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【19-018】中国におけるコンプライアンスの最新課題

2019年7月29日

野村高志

野村 高志:西村あさひ法律事務所 上海事務所
パートナー弁護士 上海事務所代表

略歴

1998年弁護士登録。2001年より西村総合法律事務所に勤務。2004年より北京の対外経済貿易大学に留学。2005年よりフレッシュフィールズ法律事務所(上海)に勤務。2010年に現事務所復帰。2 012-2014年 東京理科大学大学院客員教授(中国知財戦略担当)。2014年より再び上海に駐在。
専門は中国内外のM&A、契約交渉、知的財産権、訴訟・紛争、独占禁止法等。ネイティブレベルの中国語で、多国籍クロスボーダー型案件を多数手掛ける。
主要著作に「中国でのM&Aをいかに成功させるか」(M&A Review 2011年1月)、「模倣対策マニュアル(中国編)」(JETRO 2012年3月)、「 中国現地法人の再編・撤退に関する最新実務」(「ジュリスト」(有斐閣)2016年6月号(No.1494))、「アジア進出・撤退の労務」(中央経済社 2017年6月)等多数。

1. はじめに

 最近、日本企業の中国における子会社や合弁会社において、不正会計や横領などの社内不正行為が発覚したというニュースを、しばしば目にします。ある意味で、昔から中国事業では潜在していた問題とも言えますが、近年それが次々と明るみに出るようになったのは、なぜでしょうか。

 中国サイドでは、ここ数年、反腐敗運動が広範かつ強力に展開された結果、政府機関・国有企業のみならず民営企業や外資企業まで贈収賄防止を中心とするコンプライアンス(中国語で「合規」と呼ばれます)の強化が急速に図られています(中国の大手企業では、最近、贈収賄や社内不正の防止のために、非常に厳格な制度が設けられるケースが増えています)。日本サイドでもコンプライアンスの更なる強化が叫ばれており、近年は海外のグループ会社に対するガバナンスの強化が強く要請されています。このような流れの中で、今まで潜在していた問題が明るみに出るようになったことが背景にあるのではと推察します。

 本稿では、中国の現地法人が今後より注力していくべきコンプライアンス上のトピックとして、以下を取り上げます。いずれも難易度・重要性ともに高い課題です。そのうち③は従来あまり論じられていなかった問題ですので、やや詳しく述べたいと思います。

中国子会社の現地化に伴うコンプライアンス上の課題
日中合弁会社におけるコンプライアンス上の課題
環境問題対応におけるコンプライアンス上の課題

2. 中国子会社の現地化に伴うコンプライアンス上の課題

(1) 問題の所在

 多くの日系現地法人は、経営の現地化を進めており、現地法人の経営を中国人幹部社員に委ねるようにし、他方で駐在日本人を減らす流れにあります。「日本企業は中国法人の現地化が遅れたために、欧米系や中国系企業にビジネス展開で遅れを取っている」と言われて久しいですが、実際には多くの企業で、時間を要したものの着実に現地化が進行しています。中国人が総経理・副総経理を務める日系企業は今や珍しくなく、部長クラスは中国人が多数を占めるという企業は非常に多いと思われます。私自身、日系企業クライアントの中国人担当者と中国語でやり取りする機会が増えており、日系企業で活躍される中国人社員の方々の姿を見ますと喜ばしく感じられます。

 他方で、そのために現地法人へのガバナンスが働きにくくなるとすれば問題と言えるでしょう。現地スタッフに経営を任せきりにした結果、法令遵守が図られなくなり、違法行為が度重なって顕在化し、遂には本社の経営責任にまで発展したような事例もあります。

 現地法人の経営の現地化に伴う社内不正行為の発生の態様には、大きく、①現場の担当者レベル(営業部員、調達部員等)での不正行為(営業活動の経費精算をごまかしたり、取引先から個人的にリベートを取得する等)と、②会社の経営トップ層(総経理や部長クラス)による不正行為(規模の大きい不正会計や裏金作り、ダミー会社との多額の取引等)があります。②が存在する会社の場合、同時に①の事象も見られることも多いのではと思います。

現場の担当者レベル(営業部員、調達部員等)での不正行為
(営業活動の経費精算をごまかしたり、取引先から個人的にリベートを取得する等)
会社の経営トップ層(総経理や部長クラス)による不正行為
(規模の大きい不正会計や裏金作り、ダミー会社との多額の取引等)

 現地法人の現地化とガバナンス強化とは、本来、二者択一の関係にある問題ではないはずです。現地法人の経営の現地化と、本社からのガバナンスとを、どのようにバランスを取りつつ進めるかが喫緊の課題となってきていると思われます。

(2) 対応へのアプローチ

 中国現地法人における主なコンプライアンス制度としては、以下のものが挙げられます。①~③は、社内の不正行為の発生自体を防止しようとする予防的な制度であり、④~⑥は潜在する不正行為を積極的に発見し是正することを目指す制度と言えます。

社内コンプライアンス規程の整備(制定・改訂)
社内コンプライアンス担当者の配置
社内向け贈収賄防止セミナーの実施
定期的な社内監査の実施
取引先等へのデューデリジェンス調査
内部通報制度の導入と活用

 いずれの制度についても、どのような制度を何時導入するかについて、唯一の正解があるわけではありません。基本的には、当該現地法人の人的体制やコンプライアンスのレベル感等を勘案しながら、当該時点でベターと思われる方法を選択して、段階的に導入していくことになると思われます[1]

 こういったコンプライアンス強化のための活動を通じて、中国法人の経営層やスタッフ達に、「日本本社はコンプライアンス問題に積極的にコミットする。決して現地に任せきりにして、見て見ぬ振りをすることはない。」とのメッセージを送り続けることが大事と思われます。現地法人の社員達が、自分自身の行為が何らかの形で常に見られていると自覚するようになれば、社内不正行為の更なる増加や悪化を防ぐうえで一定の効果は期待できると思われます。また、もともと日系現地法人には真面目な中国人社員が多数おりますので、そこに向けたアピールとなるという意味もあります。

 平時においては、このようなコンプライアンス強化のための制度構築を徐々に進めていくことになりますが、不正行為が現に進行している場合は、よりスピーディな対応策が求められるため、現地法人における様々なリアクションも勘案しながら進めていくことになります。

3. 合弁事業におけるコンプライアンス上の課題

(1) 問題の所在

 日本企業が中国で合弁会社を設立した場合、社会制度や文化の相違、言葉の壁などの理由から、日本企業側の出資比率がマジョリティを占めている場合であっても、合弁会社の運営は中国側パートナーに任せきりにしているケースが多く見られました。具体的には、以下のようなケースが見られます。

日本企業側から現地に出向して合弁会社の運営をチェックする役回りの人員が派遣されておらず、内部からのチェックが働きにくくなっている(メーカーであれば、技術系の社員を派遣して技術指導を提供するに止まり、経営や財務を管理監督するポジションの派遣がされていないケース)。
董事会が形骸化していて、上がってくる財務資料や報告書を追認するだけとなり、日本企業側が董事会を通じて経営状況の実情を知ったり中国側パートナーと議論することもなく、経営への監督が果たせないようになっているケース
財務部門は中国側パートナーが掌握しており、財務データが操作されていたり、出入金の管理が十分になされていないケース
会計監査を行う会計事務所について、中国側パートナーが関係の深い地元の会計事務所を選定しており、監査機能が十分に働かないケース

 歴史の長い合弁企業は、往々にして運営面で中国側パートナーへの依存度が高いことが多く、事業運営はほぼ中国側パートナーの独断でなされていて、日本企業側が合弁会社内のことに口出しできない状況に陥っていたりします。そうなれば、合弁会社に対するガバナンスをきかせることは難しく、仮に社内で不正行為がなされていてもチェックを働かせるのは困難です。

 日本企業側が、遅まきながら合弁会社の運営に対して監督を及ぼそうとして、例えば経営管理層に人員を派遣したり、財務資料の監査を要求したりすると、既得権が侵されるとばかりに強く抵抗し始め、合弁事業そのものが継続困難になるケースも見られます。

 このように、合弁企業においてコンプライアンスを強化しようとする場合には、前述したような社内コンプライアンス制度の改善に先行して、中国側パートナーとの協議・交渉が必要となり得るという問題があります。

(2) 対応へのアプローチ

 合弁会社の場合には、中国側パートナーとの良好な関係維持の必要性があるため、独資企業に比べて、日本企業側がガバナンスを及ぼすのは確かに難しい面があります。ただ、長期にわたり事態を放置しておくと、それが既得権化してしまい、ガバナンスをきかせるのが益々難しくなるのも事実です。

 もっとも、最近は中国国内でも企業の法令遵守・コンプライアンス強化が叫ばれることが一般的になっており、その意味で、以前よりは中国側パートナーとも目線を合わせやすくなってきていると思われます。やはり漫然と放置するのではなく、積極的に問題を提起し議論を重ねた方が良いと思います。

 一つのアプローチとして、中国におけるコンプライアンス状況の変化を捉え、それに併せてコンプライアンス強化を訴えていくことで、徐々に社内の制度等を変えていくことが考えられます。

 例えば、反腐敗運動の展開によって、政府や国有企業の関係者への接待・贈答は大幅に抑制されましたし、大手の国有企業や民営企業も社内コンプライアンス体制を強化しています。このように急激に変化する状況の下で、従前通りの贈答行為を継続しているのは、却ってリスクが高い行為とも言えます。このようなリスクが変化する状況を捉えて、中国側パートナーにも問題提起をし、双方の共通利益のためという前提のもと、合弁会社の社内体制や運営方法を改善していくよう働きかけていくことが効果的と思われます。

 そのためには、日頃から情報収集に努めるとともに、それが全国的な変化なのか、当該地域における変化なのか、今後の流れはどう予測されるかも見極めて、合弁会社のガバナンス強化に活用していく必要があります。

 また、合弁会社の中で社内不正行為が発覚したり、その具体的な懸念がある場合には、合弁会社の利益保護の観点から積極的な調査や処罰を求めたりして、日本企業側のコンプライアンス強化の姿勢を示していくことも考えられます。

 また、合弁会社の財務に関する情報の開示が不十分な場合、外資系の会計事務所への変更を提案したり、別の会計事務所による監査の実施を求めることが考えられます。

 ある程度は時間がかかることも覚悟のうえで、合弁会社のコンプライアンス強化を粘り強く求めていくことが必要と思われます。

4. 環境問題対応におけるコンプライアンス上の課題

(1) 問題の所在

 中国の環境規制は近年非常に厳格化しており、製造業の一部で工場の撤退を余儀なくされるケースも現れていると言われます。環境規制に関する最近の動向については、別の機会に改めて全体像を取り上げたいと思いますが、本稿では、コンプライアンス上の課題という観点から取り上げてみようと思います。

 これまで、環境問題は主に、法令上の環境基準をいかに満たすかという技術的な問題であるという見方が強く、そのため日系企業の社内でも、技術系の人員が環境問題を担当するケースが多かったのではないかと思います。ただ私が最近感じるのは、中国における環境問題は法令上の環境基準を技術的にどう満たすかという問題に止まらず、コンプライアンス上の問題も内包しているのではないかというものです。

 環境問題がコンプライアンス問題でもあるというのには、二つの側面があると思われます。一つは、会社が環境問題で法令違反となり、行政処罰を受けるような事態は、法令遵守という意味でのコンプライアンス上の問題であるというものです。もう一つは、環境問題対応の社内プロセスにおいて、様々な不正行為が潜在していることがあり、それを防止するという意味でのコンプライアンス問題です。

図

(2) 行政当局の調査・処罰への対応

 環境問題を考えるうえで、日本と中国で最も異なっていると思うのが、中国では(環境保護関連の部門に限らず)行政機関が非常に強い権限を持っており、当局が積極的に調査から処罰まで行うという点です。日本では、様々な業界基準(法令の基準よりも厳格な)が設けられ、企業が自発的にこれを守ることで、法令遵守も果たされるという建付がよく見られると思います。中国では各種の環境法制において非常に厳しい基準が設けられており、企業がその基準を満たさない場合に、環境保護局等の行政機関が積極的に調査・処罰を行うことになります。

 中国では、税務問題や税関問題、賄賂問題でもそうですが、管轄の行政当局が強い権限と調査能力を持っており、法令違反行為に対して積極的に調査を行い、没収・罰金や営業停止等の行政処罰を課するという特色がありますが、それが環境面においても当てはまるとも言えます。

 企業が環境問題で行政処罰を受けますと、環境保護局のサイトに社名と処罰内容が掲載されたり、企業信用情報公示システムのサイト(http://www.gsxt.gov.cn/)で公表されたりします。このように、行政処罰を受けると会社の信用評価にも影響するなど様々な不利益が生じる可能性があります。そのため、法令遵守の観点から、環境保護当局による調査・処罰に積極的に対応し、行政処罰が減免されるように尽力することが重要になります。

 中国での環境規制の厳格化と当局の調査・処罰の強化の流れのもと、中国の大手企業では、専門の環境担当を置いて、中央及び現地の環境保護局の動向をウォッチしたり、当局による調査に積極的に対応したりしています。当局の担当者ともよくコミュニケーションを取り、現在は当局がどの分野・地域にフォーカスして重点的に取り締まろうとしているかを把握しようと努め、環境保護の面での当局対応に力を入れているわけです。

 他方で、多くの日系企業では、技術系のスタッフが環境問題を兼務して付随的に担当しており、数多い環境法令の改正情報の収集で手一杯となっていて、上記のような当局対応まではカバーできていないケースも多いのではないかと思います。そこで、社内の環境専門の担当者を育てるか又は外部から招聘する、あるいは外部の専門家の知見を利用することも考える必要があるのではないかと思われます。このような積極的な対応体制の構築が、コンプライアンス上の課題として求められていると言えます。

(3) 社内不正行為の防止

 日系企業において、社内の環境問題の担当者が、必ずしも十分な専門性を有していない一方で、社内では専門的で特殊な役職だと捉えられ、その業務内容について会社の経営層等からの監督管理が十分に及んでいないケースが多いようです。その場合に、どのような問題が起こり得るかを考えてみたいと思います。

 メーカーの工場が環境保護対策を取る場合、環境規制に対応するための機器・装置の交換や新規購入が必要となることがよくあります。このような機器・装置は、非常に高額であるにもかかわらず、社内の環境担当者が実際上単独で選定しているケースが少なくないようです。特定の人物が長年にわたって担当している場合に、それが既得権化してしまい、外部の業者との癒着やリベートのやり取り等が生じ、相見積もりを取らなかったり、複数の業者と通謀して形だけ相見積もりをとったことにするケースも見られるようです。環境保護対策が社内不正の温床になっているわけです。

 近年、中国の現地法人における社内不正の防止策の強化が叫ばれ、調達部門のサプライヤー選定や外部サービス業者の選定において相見積もりの取得を義務づけたり、ローカル社員の人事異動により特定の部門や職位への固定化を防いだりといった対応が進められています。ただ環境分野では、まだ同様の対応が進んでいないケースもあるように思われます。

 環境問題対応の社内プロセスにおいても、社内不正行為を効果的に防止するという見地から、これをコンプライアンス問題と捉えて体制作りを工夫することが重要と思われます。まずは、会社が環境問題対応のため購入している設備が、そもそも要求される環境基準に照らして必須のものかどうか、及び代替できる機器・装置との機能・価格の比較などを、外部専門家の知見も利用して行うことが考えられます。更に長期的には、社内の人材育成を踏まえて、人事の固定化を防ぐことが望まれます。

5. おわりに

 近年、中国におけるコンプライアンス強化の必要性は広く一般的に認識されるようになったと思われます。現在は、コンプライアンスに関する各論の課題に入ってきており、現地法人の状況に応じたコンプライアンスの強化が必要となっていると感じます。ますます多くの中国現地法人が、本稿で述べたようなコンプライアンス上の課題に対して、積極的かつ効果的に対処して頂きたいと願っています。


※本稿は「西村あさひ法律事務所中国ニュースレター」(2019年6月25日号)より転載したものである。


[1] 弊所の中国ニューズレター「中国現地法人におけるコンプライアンス制度の段階的構築と、取引先等へのデューデリジェンス調査の実務」(2017年6月号)において、3段階に分けてコンプライアンス制度をレベルアップする方策について述べており、参照されたい。https://www.jurists.co.jp/ja/newsletters/china_1706.html