中国の法律事情
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【20-003】食の安全と中国法の動向

2020年1月27日

御手洗 大輔

御手洗 大輔:早稲田大学比較法研究所 招聘研究員

略歴

2001年 早稲田大学法学部卒業
2003年 社団法人食品流通システム協会 調査員
2004年 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了 修士(法学)
2009年 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学
2009年 東京大学社会科学研究所 特任研究員
2009年 早稲田大学比較法研究所 助手(中国法)
2012年 千葉商科大学 非常勤講師(中国語)
2013年 早稲田大学エクステンションセンター 非常勤講師(中国論)
2015年 千葉大学 非常勤講師(中国語)
2015年 横浜市立大学 非常勤講師(現代中国論)
2016年 横浜国立大学 非常勤講師(法学、日本国憲法)
2013年より現職

はじめに

 2020年が始まりました。本年も中国の法律事情を通じて、日本と中国の異同の確認と中国社会の動向についてお届けして参りたいと存じます。どうぞ宜しくお願いいたします。

 早速ですが、中国では1月1日より外国企業の技術の強制的な移転を禁止した「外商投資法」と暗号の管理ルールや国家による技術振興を言明した「暗号法」を施行しています。また、以前より21世紀型の民法典を作るのだと気勢を上げていた民法典の目標年が2020年(そう、今年です!)。過去、日本では中国の物権法や労働契約法(労契法)の制定・施行にともなって様々なセミナー、研究会等が開催されましたから、おそらく今年のメインテーマの1つであることは間違いないでしょう。

 なお念のために、物権法や労契法の思考前後の議論をふりかえって想起したことですが、特に日本の議論では、当時、まるで日本法を投影したかのような共通のストーリーの描き上げがなされ、結局のところ日本と中国の異同はどこなの?と煙に巻かれた論調が主流でした。是非、民法典で同じ轍を踏まない議論の深まりを期待したいものです。

 一方、日本では4月1日より改正民法が施行します。契約ルールの見直し、配偶者が自宅に住み続けられる配偶者居住権の創設など、新しい法的論理や概念が実社会に通用することになります。また、働き方改革関連法も施行され、大企業には同一労働同一賃金のルールが、中小企業には残業時間の上限規制が、いよいよ適用されます。さらに6月1日からは大企業にパワハラ防止関連法に基づきパワハラ防止対策が義務付けられ、中小企業には2022年4月より同じく義務付けされることになっています。日本も、法を通じて安心・安全な社会を、21世紀の日本のあり方を模索しつつ歩んでいると言えるかもしれません。

 さて、今回のコラムでは上記で紹介したようなメインの、話題に上りやすい法を取り上げようかとも考えました。が、おそらく既に様々な論調が溢れていることと存じますので、マイナーではあるけれども私たちの日々の当たり前の行動と直接関係する法を取り上げることにいたしました(その業界の聞き取りが残念ながら十分にできておらず、実際にどんな対策を立てられているのかについて、私個人として興味のあるところでもあります)。

食品生産許可管理弁法の改正から考える

 今年1月3日に「食品生産許可管理弁法」が公布されました。3月1日より施行します。同法は昨年5月末に意見募集稿が公表され、パブリックコメントが求められていました(中国のパブリックコメント制度については、「中国の立法過程」として『よくわかる現代中国政治』ミネルヴァ書房2019年度末刊行予定で紹介いたしましたので、参照いただければ幸いです)。ちなみに、同法は2015年10月に一度改正を経ており、旧法では多品目を生産する企業は生産許可証を1つに集約できたり、自社の状況に応じて別々の許可証のうち1つを新しい許可証に更新すれば他の許可証も順次更新されるというように事務作業の効率化が図られていました。今回の改正のポイントは、旧法からどう進展するのか?でした。

 今回取り上げることにした理由は、2点あります。第1に、私たちが日々口に運ぶ食品について、スーパーやコンビニなどの店舗に並ぶその「品質」を、新たな食品生産許可管理弁法を通じて、中国としてどのように改善を促し、食の安全をアピールするのか?という視点から読めば、中国社会の動向が少しは垣間見れるのではないかと感じたからです。そして第2に、まさに旧法からの進展を確認する意味で読み込んでゆく中で意見募集稿と制定法とのギャップが単純に面白かったからです。

 今回のコラムは次の2点を意識して読んで頂ければと存じます。第1に、そもそもパブリックコメント制度については、日本でも実際に寄せられた意見の全てが公表されているとは必ずしも言えず、いわばブラックボックスの中で立法関係者にとって都合の良い意見だけが取り込まれているのではないか?と懸念されることもあるものです。しかし、無関係の意見を公表する「無駄」は省くべきとの反論もあります。無駄かどうかも含めて寄せられた意見が全て公表されなければ検証できないとの再反論もありますが(ここまで来ると議事録のまとめ方の問題のように私は感じます)。

 第2に、法化という法学のテーマにちなんだものです。法の姿に様々なものがあることは、一般に承認を得ています。教科書的な説明をしておくとすれば、裁判などの紛争処理を目的とした「自律型の法」、合意調整を目的とした「自治型の法」のほか、政策目標を実現するための「管理型の法」というように、3つの分類で現代の法を整理しようとする視点です。この三分類を一元的に捉えるのか、多元的に捉えるのかをめぐってちょっとした議論があります。そして、今回取り上げる食品生産許可管理弁法は、「管理型の法」の側面を色濃く反映しています。管理型の法は時に強引であるという印象を与えるのですが、果たして同法はどうなのか?という点です。なお、「管理型の法」の意義は、権力の担い手が、特定の目標を実現するために法を策定することによって、法による支配を忠実に遂行することで権力の暴走を抑制できるとするところにあると一般に説かれています。

意見募集稿と制定法の比較

 意見募集稿からは次のことが言えます[1]

 意見募集稿は、食品の生産監督管理を強化して食の安全を保障するために、まず、(1)県レベル以上の地方政府が「食品衛生生産許可情報化」の建設を推進したい、としていました。いわば電子政府構想の一環で、許可申請、受理、審査、許可証の公布、検査などを一貫して電子管理しようというものでした。また、(2)企業には国家の産業政策の遵守を求めました。その一方で、(3)リスクの低い食品(低リスク食品)の生産許可については「告知承諾制」、いわば許可制を実施すると言明し、(4)輸出食品のみを生産する企業には食品生産許可証を発給しないとしていました。つまり、あくまで中国国内で流通する食品のみを対象にしよう、としていたわけです。

 次に、(5)許可証の有効期限の延長申請は20営業日前までに行うこと、(6)申請者の生産条件が変化し、食品の安全に影響を及ぼすかもしれない場合には現場検査を行なえると言明しました。また、(7)許可証を交付した後20日以内に県レベル以上の政府部門が実際の状況を視察し、(8)検査不合格が1年内に3回あれば、許可証を取り消し、(9)季節的に生産したり、半年以上の生産停止後に再開したりする場合は政府部門へ報告し、検査を受けることを義務付けました。そして、(10)食品衛生許可事項の監督管理は日常の監督管理を行う職員が責任を負うとしていました。

 最後に、(11)許可証の内容と不一致の状況が継続し、警告を受けても是正しない時は2000元以下の罰金を科すことを、また(12)本弁法を施行するまでに取得済みの生産許可証は、その期限までは有効であると言明していました。

 以上の意見募集稿に対して、制定法では次のように変化しました[2]

 まず、(1)「食品衛生生産許可情報化」の建設の促進を削除。また、(2)国家の産業政策の遵守という文言も削除されました。そして(3)低リスク食品のみを優遇する規定、(4)輸出食品のみを生産する企業を対象から除外する規定も削除しました。つまり、中国国内で生産する食品の安全に責任をもつという姿勢を明らかにしたわけです。その一方で、意見募集稿では言明しなかった旧法が規定した「多品目を生産する企業は生産許可証を1つに集約」できるとする制度を踏襲することが追加されました(同法18条)。

 次に、(5)延長申請は30営業日前までに行うことと、申請期日が早められました。また、(6)「食品の安全に影響を及ぼすかもしれない場合」という曖昧な表現を含む規定が削除されました。その一方で、上記の(7)(8)(9)(10)を削除する代替として、「食品許可管理情報プラットフォーム」(同法44条)と「食品生産許可档案管理制度」(同法46条)により一元管理することが言明されました。中国では様々な方面で档案の電子化が進んでいますから、将来的に電子管理する大きな流れに反するものではないかもしれません。ちなみに、申請者の同意を経ずに申請者が提出した商業秘密、情報を原則公開しないことが言明されています(同法48条)。

 最後に、(11)罰則規定を強化して1万元以上3万元以下としただけでなく、いわゆる「両罰規定」を追加しました。すなわち、違反者に対する行政罰は、企業だけでなく、その法定代表者や主な責任者などにも科すことを言明しました(同法54条)。その一方で、旧法では生産許可証の有効期限の随時更新を認めていたのですが、(12)を削除すると同時に、付則の最後で「本弁法は2020年3月1日より施行する。国家食品薬品監督管理総局が2015年8月31日に公布し、同局が2017年11月7日に「一部規則の部分改正に関する決定」に基づき部分改正した「食品生産許可管理弁法」は同時に廃止する。」(同法61条)と言明しました。

意見募集稿と制定法の主な比較
  意見募集稿 制定法
(1) 「食品衛生生産許可情報化」の建設 削除
(2) 国家の産業政策の遵守 削除
(3) 低リスク食品の生産許可は許可制 削除
(4) 中国国内で流通する食品のみが対象 削除(域内生産の全てが対象)
(5) 延長申請は20営業日前までに 延長申請は30営業日前までに
(6) 食品の安全に影響を及ぼすかもしれない場合には現場検査 削除
(7) 許可証を交付した後20日以内に現場視察 「食品許可管理情報プラットフォーム」(同法44条)と「食品生産許可档案管理制度」(同法46条)により一元管理を行なう
(8) 検査不合格が1年内に3回あれば、許可証を取り消し
(9) 生産再開時は報告、検査義務
(10) 食品衛生許可事項の監督管理は日常の監督管理を行う職員に責任
(11) 警告を受けても是正しない時は2000元以下の罰金 1万元~3万元の罰金
「両罰規定」の追加
(12) 取得済みの生産許可証は、その期限までは有効 削除
旧法は同時に廃止する

 以上のように意見募集稿と制定法の内容を比較すると、次のことが言えそうです。

 第1に、国家の産業政策の遵守が削除されたことや、国家の安全や重大な社会公共の利益が及ぶ場合を除いて申請者の同意を経ずに申請者が提出した商業秘密などが公開されないことは、パブリックコメントで懸念が示されたからかもしれません。しかし、その一方で監督管理の任務を電子政府化の流れの中へ取り込んだことは、責任の所在を曖昧にすることにならないでしょうか。

 第2に、両罰規定を含めた行政罰の手段を制定法時になって複数追加したことは、パブリックコメントで懸念が示されたからなのでしょうか。むしろ政策目標の実現のために、すなわち制定法の強制力を高めるために、ブラックボックスの中で立法関係者にとって都合の良い追加がされたとは言えないでしょうか。これは法による支配に基づく法治国家を志向する中国にとって、制定法の規定を政府職員が忠実に遂行することで権力の暴走を抑制できると説明できそうです。が、言い換えれば複数の手段を合法的に付与するわけですから、権力行使をスムーズに行わせることになるとも説明できそうですね。

 第3に、旧法の時点で認めていた随時更新の規定を制定法時に削除し、付則において旧法の全面廃止を確認したことは急すぎるのではないでしょうか。ちなみに、意見募集稿では(12)で本弁法施行前に取得済みの生産許可証はその期限まで有効であるとの規定がありましたが、制定法時に削除されています。ということは、制定法の条文を忠実に遂行しようものならば、直ぐにでも申請しておかなければ3月1日の施行に間に合わない企業も出て来るのではないでしょうか。このように考えると、パブリックコメントの中で緩やかな、段階的な実施を求める意見があったとしても不思議ではなさそうですが、どのような政策判断が行なわれたのでしょう?

日中における食品の安全と法の異同は何処にあるのか?

 今回は今年3月より施行される中国の食品生産許可管理弁法について、その意見募集稿との比較を通じて日本と中国の異同の確認と中国社会の動向について紹介してまいりました。考えてみれば、日本のスーパーや居酒屋でも中国産の食品が溢れています(居酒屋での飲み会で、この焼き鳥は山東省産だろう?なんてコメントで驚いていた頃を懐かしく感じます)。私たちが日々口にする食品の安全は、重要な問題です。そうすると、中国社会においても食品の安全を確保しようという意識が高まっていることを、今回の比較を通じて見て取れるのではないでしょうか。

 一方で、意見募集稿から制定法への変化の中で、やや強引に見える法化をどう評価すべきか?については、意見が分かれるところかもしれません。パブリックコメントの集約過程というブラックボックスの中での操作で、中国でも行政国家化が、極論すれば政府の圧力・圧政が合法的に強まっていると懸念する評価も導けるかもしれません。とはいえ、このような評価は法の支配に基づく法治国家を志向する日本法でも同じことが言えるのではないでしょうか。私は、この両者は異なっているように見えて、実は法のもつ強制力と求心力という二面性を真逆の方向から見つめ合っているのではないかと感じています。すなわち、法を通じて安心・安全な社会を目指そうという意欲が高まれば法の求心力を高めようとする動きが評価され、法を通じて安心・安全な社会を目指さなければならないという義務が高まれば法の強制力を高めようとする動きが評価されるのではないかと思うのです。

 したがって、中国の立法関係者は、中国社会の現状としては法を通じて安心・安全な社会を目指さなければならないという義務が比較的高い状況にあると考え、今回の制定法を施行したのではないかと私は評価しておきたいと考えます。そして、日々私の口の中へ入って来る中国産の食品について見れば、一消費者として、管理型の法を立法する中国法の姿勢は好ましからざるものでは決してありません。


[1] 次のサイトで公開されています。http://www.moj.gov.cn/news/content/2019-05/28/zlk_235863.html (最終閲覧日2020年1月20日)。

[2] 次のサイトで公開されています。http://gkml.samr.gov.cn/nsjg/fgs/202001/t20200103_310238.html (最終閲覧日2020年1月20日)。