中国の法律事情
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【20-021】中国民法における「離婚クーリングオフ制度」

2020年11月16日

高橋孝治(たかはし こうじ):立教大学アジア地域研究所 特任研究員

略歴

日本で修士課程修了後、都内社会保険労務士事務所に勤めるも中国法の魅力にとりつかれ、退職し渡中。北京にある中国政法大学刑事司法学院博士課程修了。法学博士。専門は比較法、中国法、台湾法、法社会学。中国の法律系国家資格「法律諮詢師」を外国人で初めて取得し、中国法研究の傍ら、中国法に関する執筆や講演、コンサルティングなども行っている。

中国で「離婚クーリングオフ」なる制度が導入され日本でも話題になっています。しかし、実はこれは中国の離婚としては大転換な制度が条文に入ったと言えるのです。

 中国で民法が2020年5月28日に可決・公布され、2021年1月1日から施行される予定となっています(これまでの旧関連法は、2021年1月1日に廃止予定)。その中で注目を集めているのが「離婚クーリングオフ制度」と呼ばれている第1077条です。中国民法第1077条は、以下のように規定しました。「婚姻登記機関に離婚登記の申請をしてから30日以内に、どちらか一方が離婚を希望しない場合、婚姻登記機関に離婚登記申請の撤回をおこなうことができる。(第2項)前項に規定する期限満了後30日以内に、双方は婚姻登記機関に離婚証の発行を申請しなければならない。未申請の場合、離婚登記の申請を撤回したものとみなす」。日本でも「離婚に『クーリングオフ』導入」(『朝日新聞』2020年5月29日付9面)などで大きく報道されています。この『朝日新聞』の記事では、「離婚率が上昇を続けるなか、けんかなどに伴う衝動的な別れを防ぐのが目的だ。......中国では、夫婦双方の合意があれば役所に届け出るだけで離婚が成立する」と述べています。しかし、日本ではほとんど報じられていませんが、実はこれは中国の婚姻法制にとっては大きな方向転換なのです。その意味を見ていきましょう。

 まず、中国の婚姻法制の歴史を見てみましょう。中国で最初の婚姻に関する法律は、1950年4月30日に「婚姻法」の名で初めて公布され(同年5月1日施行。これを「50年婚姻法」といいます)、さらに1980年9月10日に新しい婚姻法が公布され(翌年1月1日施行。これを「80年婚姻法」といいます)、さらに80年婚姻法は2001年4月28日に全面改正されました(同日施行。これを「01年婚姻法」といいます)。そして、冒頭で述べたように、民法が制定されたことにより、01年婚姻法は2021年1月1日に廃止され、それ以降は民法第1040条~第1092条が中国における婚姻に関しての根拠法令となります。

 そして、50年婚姻法第17条第2項には以下のような規定がありました。「男女双方は自らの意思で離婚でき、双方は区人民政府に登記をし、離婚証を受け取らなければならない。区人民政府は双方に離婚の意思があるか、子および財産に関する問題が適切に処理されているかを確認したときは離婚証を発給しなければならない。(以下略)」。ここで問題となるのは、「確認したときは離婚証を発給しなければならない」という規定です。そう、中国は社会主義国家として常に全体の利益が求められるのです。

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法律が変わることで、離婚がしやすくなるという現象もおきる。

 一般的に離婚夫婦の子は、心に大きな傷を負うとも言われています。つまり、離婚することにより子の心のケアが不十分と考えられれば、その夫婦は子のために我慢してでも離婚をやめる方が社会的利益があり、「子......に関する問題が適切に処理されてい」ないとされ、離婚の承認がされなかったのです。中国では「離婚」はそれ自体が社会問題につながると考え、同条などを根拠にして離婚の要件に達しているかを厳格に審査したり、離婚を辞めることはできないのか説得などをしたとされています[1]。その結果、例えば、1955年には離婚の申請は中国全土で50万7,777件ありましたが、実際に離婚が認められた件数は31万2663件で、約60%でした。これと同じ条文は後に80年婚姻法第24条、01年婚姻法第31条でも規定されています。これもあってか中国の離婚申請に対して離婚が認められた割合は1990年代半ばまで概ね6割程度で推移していました。ところが、1990年代後半からこの離婚申請数の全国統計が公表されなくなったので、これ以降、離婚申請に対する離婚が認められた割合は不明となってしまいました。もっとも、各地方では同じ統計は引き続き公開されていて、2018年に中国のある市では2198件の離婚申請に対し全て離婚が承認されています。つまり、中国では01年婚姻法の時代にも条文上、離婚の際には離婚の意思などの確認をし、審査に合格しなければ離婚できないにも関わらず、2000年代頃から事実上そのような審査がなされず離婚申請の全てが承認されるようになっていったという実態があると考えられるのです。

 これを象徴する事件が2点あります。1点目は2008年8月に結婚をしてから30分後に離婚をした例が発生したことです[2]。これは、従来通りに離婚の要件審査などが厳格におこなわれていたらほぼ認められない離婚であったと言えるでしょう。2点目は、2011年8月9日に公布された「《中華人民共和国婚姻法》の適用に関する若干の問題の解釈(三)(中国語原文は「関于適用《中華人民共和国婚姻法》若干問題的解釈(三)」)」(同月13日施行)の第12条です。これには「婚姻関係の存続期間に、双方が夫婦共有財産を用いて、一方の父母が自身の名義で改修した家屋を購入し、その家屋の登記が一方の父母の下にあるとき、離婚をし、もう一方が夫婦共有財産としてその家屋の分割を請求した場合、人民法院はこれを支持しない。当該家屋を購入した出資金については債権として処理するものとする」と規定されています。これは、中国では男性が家などを持っていないと事実上結婚してくれる女性がいないと言われているものの、中国の不動産価格の高騰で容易に家を購入することが難しくなったため作られた規定と言われています。つまり、結婚する際に夫となる者の両親が替わりに家を買うということが起こるようになったのです。特に、夫の両親が家を購入し、結婚はしたがすぐに離婚してその家を離婚による財産分与請求にかけるというケースがよく見られるようになりました。このような問題を防ぐために、この解釈の第12条では夫婦共有財産を用いて一方の父母から家屋を安価で購入してさらにまだ登記が移転していないなどの場合には、当該家屋が離婚による財産分与請求の対象とならないこととしたのです。この規定も、背景には結婚して財産のために安易に離婚するケースが増えているということを表しています。

 このように、いつから離婚に関する審査などがおこなわれなくなったのかは定かではありませんが(地方によって審査の有無や審査しなくなった時期にも差異があるものと思われます)、中国では離婚がしやすくなったために発生した事例が確実に増えていました。

 そして、今回の中国民法における離婚クーリングオフ制度の導入です。これは中国民法自体が中国の離婚は容易にできるということを認めたに他なりません。さらに中国民法からはこれまで一貫して規定されていた50年婚姻法第17条第2項のような規定は置いていません。これまで条文上は規定されていても運用上おこなわれなくなっていた離婚審査はついに条文上からも消え、むしろ軽率な離婚に対する対策が規定されるようになったのです。

 しかし、中国が離婚審査をおこなっていたのは離婚の増加は社会不安の増大につながるという理由でした。もし中国で離婚により社会不安が増えていくなら、離婚クーリングオフ制度よりもかつてのような離婚審査制度に戻る可能性もゼロではないかもしれません。2021年から離婚クーリングオフ制度はどのように運用されるのか、しっかりと機能するのか、注視していきたいところです。


1. 加藤美穂子著『中国家族法[婚姻・養子・相続]問答解説』日本加除出版、2008年、85~86頁。

2. 「婚姻登記室常有蹊蹺事児」『北京晩報』(2012年4月22日付)4面。


※本稿は『月刊中国ニュース』2020年12月号(Vol.106)より転載したものである。