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【23-31】蘇州-いかに現状を打破してイノベーションするか

霍思伊/『中国新聞週刊』記者、江瑞/翻訳 2023年05月19日

2023年1月、蘇州市は今年の経済成長目標を5%前後と発表した。これまで一貫して堅調な成長を遂げてきた蘇州にとって、この目標は高いとも低いとも言えない、2021年の8.7%と2022年の2%の間の数字だ。だが、数字の背後には、蘇州が向き合わなければならないいくつもの課題が潜んでいる。

「経済真剣勝負」の波のなか、蘇州はいかに「穏中求進」〔安定の中にも進歩を求める〕するのか。外部環境が複雑さを増す現在、いかに経済の「内外双循環」を強化するのか。完全な工業体系を持つ蘇州は、いかに「製造強市」路線への依存を打破し、ハイエンド製造業および新興産業に方向転換を加速させていくのか。

 蘇州市は今年の「政府活動報告」で、イノベーションチェーンのブレイクスルーを加速し、サプライチェーンのレベルアップを促進し、全面的に産業イノベーション集積を強化する融合的発展を提示した。また、よりよい形でグローバル経済協力競争に参与し、優良資源の集積および配置能力をさらに高めることも指示した。

「合算」から「融合」へ

 蘇州市発展改革委員会国民経済総合処副処長の王平は、2023年の蘇州市の経済運営はかなりの確率で序盤は昨年同等、後半に上昇に転じるだろうと見ている。しかし、複雑で変化の激しい外部環境もあり、蘇州市全体のGDPが「達5」目標〔5つの指標で目標達成すること〕を達成するのは容易ではなく、1年を通じて努力を惜しまず、素早くアクションを起こしていかなければならないと語る。

 蘇州市は他の地方に比べ、かなり焦っている。蘇州市は2022年の第1四半期にGDPが前年同期比+4.4%の5000億元を突破したものの、第2四半期は周辺地域で新型コロナウイルス感染症が大流行したあおりを受けてマイナス成長に転じ、第3四半期はその穴を埋めるべく、政府が様々な救済措置を打ち出したおかげで、経済は徐々に回復していった。5、6月には主要経済指標が上方修正され、上半期のGDPは辛くも+0.3%を達成した。以後の下半期、蘇州市は怒涛の追い上げを見せ、最終的には通年の域内総生産〔GRP〕2兆3958億3000万元、成長率2%を成し遂げた。今年はこの上、さらに成長を続け、成長率を少なくとも2倍に引き上げたいと考えている。

 去年のデータを見ると、製造業の牽引作用が突出していた。蘇州市統計局のデータによれば、2022年の一定規模以上の工業企業の成長率は4.1%と、GDP成長率の2倍だった。生産総額では、2022年全市の工業付加価値額のGDPに占める割合は 40%超と非常に高く、深圳、上海をも上回っていた。

「製造強市」蘇州では、製造業は経済発展の主力エンジンであり続けてきた。コロナ禍の最初の2年ですら、製造業が受けた打撃は相対的に小さかったため、一定規模以上の工業企業の工業付加価値額成長率は常にGDP成長率を上回っていた。それゆえ、蘇州の経済基盤のリスク耐性は高く、他の都市より強靱だと言える。

 蘇州市工業情報化局総合計画処処長の朱科によれば、蘇州市はこれまで一貫して「製造強市」戦略を実行してきており、近年はさらに多くの政策を打ち出して、製造業の構造転換・アップグレードを図っている。

 2022年、蘇州市党委員会、蘇州市政府の「一号文書」「蘇州市 デジタル経済時代における産業イノベーション集積の発展促進に関する指導意見」が公布され、産業イノベーション集積の概念が強化されると同時に、蘇州市全体で、電子情報、装備製造、バイオ医薬品、先進材料の四大リーディング産業に注力していくことが打ち出された。

 その後、整理・改変を経て、四大産業のサブカテゴリおよび優位性を持つ分野がさらに明確化された。例えば、装備製造業のイノベーション集積においては、カーエレクトロニクスおよび自動車部品、航空・宇宙、スマートカー〔ICV〕、ロボットおよびNC工作機械、新エネルギーが、バイオ医薬品産業においては、革新的医薬品およびハイエンド医療機器が未来の重点に指定された。

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蘇州市デジタル経済時代産業イノベーション集積融合発展大会の様子 撮影/王亭川

 2023年に入り、蘇州市は「産業イノベーション集積」を「産業イノベーション集積融合」にアップグレードさせた。2月6日に開かれた蘇州デジタル経済時代産業イノベーション集積融合発展大会では、江蘇省党委員会常任委員で蘇州市党委員会書記の曹路宝が、融合発展は産業イノベーション集積建設の本質的特徴であり、蘇州市は産業イノベーション集積建設を、要素の「合算」から、要素の「融合」に押し上げ、深く融合した協同イノベーションネットワークの構築を加速させ、グローバル競争力を持つ現代化産業体系を構築すべく努力していかなければならないと訴えた。

 その一方で、蘇州の製造業は「高原はあるが高山はない」、つまり、規模は大きいものの強力な武器に欠けるという問題を抱えている。特に、土地や産業空間が不足し、自然保護に対する圧力が高まるなか、構造転換・アップグレードおよび質の高い発展は、今年、さらに差し迫った目標となっている。

 蘇州市政府研究室調査研究処処長の趙晨儀は次のように指摘する。「産業イノベーション集積融合」を通じて現代化産業体系を構築するには、蘇州市は従来の「長い板をさらに長くする」〔強みをさらに強化する〕方針を強化・拡大し、サプライチェーン全体の発言権を増大させると同時に、科学と教育の融合を通じて重要分野のボトルネック問題解決に努め、イノベーションを通じて絶えず全体の競争力強化を図っていかなければならない、と。

「メイド・イン・蘇州」をアップグレード

 蘇州は全国でも製造業の体系が最も整備された都市の1つで、中国全土に分布する計41の工業大分類のうち、採掘業関連を除く35種の他、中分類では171種、小分類では505種の工業を有する。しかし、整備された産業体系を基に、産業も企業もさらなるアップグレードが必要なのは言うまでもない。

 蘇州の自動車産業を支える太倉市。上海に完成車メーカーの本社・支部が集中している恩恵を受け、完成車部品の7割近くで「メイド・イン・太倉」を実現しており、自動車コアパーツ企業の市場シェアは30%以上に達する。2019年からは、航空・宇宙分野にも守備範囲を広げ、「工業の中の工業」〔ドラッカー曰く自動車工業のこと〕から直接「製造業の真珠」〔製造業の星であるロボット産業のこと〕への「カットイン」を狙う。

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太倉中徳イノベーションパーク・航空産業園 写真提供/太倉市党委員会宣伝部

 2019年9月に公布された「太倉市航空産業発展計画」では、ドローンをはじめとする無人航空機・ヘリコプター・その他のゼネラル・アビエーションを重点とする完成機装備、航空機搭載システムおよび設備、航空サービスなどの新型航空産業体系を含む世界一流の航空ハイエンド製造基地を設立し、産業発展の新たな成長の極形成に努めていくことが打ち出された。

 太倉市自身も売上1000億元クラスの自動車部品産業基盤を有しているが、従来型の部品産業は近年成長危機に直面し、市場は飽和状態で、低価格競争が激しさを増している。加えて、太倉の民営企業の多くは、生産要素投入量の増加に頼った「粗放型成長」で大きくなった経緯があるため、新エネルギー自動車の登場により大きな打撃を受け、構造転換の必要性に迫られていた。太倉は最終的に、変更先の路線を航空・宇宙分野に決定した。

「路線変更」とは言うものの、ツェルナー・エレクトロニック社〔Zollner Elektronik AG〕の業務開発高級経理・朱亜軍は次のように分析している。自動車製造と航空分野はサプライチェーンにおける一致度が非常に高く、自動車製造でも「ゼロディフェクト」〔欠陥ゼロ〕が求められてきたため、加工能力や製品の技術パラメータ、技法の精緻さにおいては、航空製造と極めて近いものがある。よって、産業アップグレードの観点から言えば、太倉には極めて有利な基盤と強みがあり、自動車から航空機製造への切り替えは比較的容易だ。

「もし航空部品をつくるなら、太倉の自動車部品メーカーに依頼します。技術指標と技法を伝えるだけで、あっという間につくってくれますから。蘇州に部品の精密加工分野でかなりの蓄積があるということも、会社を太倉に構えた理由の1つです」。点石航空総経理の趙運生は、これが蘇州製造業の底力だと説明した。

 2021年2月設立の点石航空は、小型航空エンジンの開発および産業化に特化した企業で、サプライチェーンの完全性に非常にこだわる。趙運生によれば、小型エンジンは部品処理の様々な工程が関わってくるが、それらがすべて太倉でまかなえる。そしてさらに重要なのが、点石航空のような小規模開発企業は、製造前の段階では注文数がごくわずかであるが、「たった2、3個の部品でも、太倉ではどの企業も受けてくれるんです」。同様の製造能力を有する他の都市では、製造業は大規模国営企業であることが多いため、加工能力は高くても、1000個、1万個単位の注文しか受けつけてくれず、小規模開発企業とは相性が悪い。

 太倉市工業情報化局運営モニタリング科科長の賀寅によれば、太倉の産業戦略は次の2点を考慮に入れているという。1つは国家戦略に基づくもので、中国の航空市場が近年、民営企業に対し徐々に開放され、国産大型旅客機C919の開発におけるボトルネックを打破するという共通目標が掲げられたことを背景に、各大手完成機メーカーがこぞって代替国産サプライヤーを探し始めた点。もう1つは、太倉市はドイツとの協力関係を30年近くにわたって深めてきており、製造業の基盤が堅固で、精密部品の生産技術における強みを持っており、多くの企業が先進技術を基にすでに航空・宇宙産業にも乗り出している点だ。

 だが、航空・宇宙分野が「製造業の真珠」と呼ばれる所以は、資金・技術・資源集約型の産業であり、サプライチェーンが非常に長く、製造能力のレベルの高さ・精密さ・先端性が高水準で求められるところにある。賀寅も、自動車部品製造から航空という構造転換を遂げる最初の頃は太倉市も大きな壁に直面したことを認めている。

 2021年2月、蘇州市政府は中国商用飛機有限責任公司と太倉で戦略的協力枠組み合意書に署名した。以後、中国商用飛機は何度か太倉を視察に訪れたが、直接構造転換に踏み切れる企業はそれほど多くないことに気づいた。「設備も技術も整っている企業は存在します。しかしそれ以外にも、社長に相応の考え方がなければなりませんし、市場でチャンスにも恵まれなければなりません。太倉の航空産業は全体としてまだ育成期間にあると言わざるをえないでしょう」と賀寅は言い添えた。

欧州へ飛べ:内外貿易の一体化

 蘇州の製造業企業の多くは、グローバルサプライチェーンと緊密に結びついている。「最近はドイツ側幹部の来訪が非常に多く、いまは会議室すらなかなか抑えられない状態です」。2023年2月16日、朱亜軍は取材に対しこう語った。

 ツェルナー・エレクトロニック社は世界をリードする電子部品製造・サプライヤーで、本社はドイツにある。2月以降、ツェルナー・エレクトロニック社の太倉工場は、ドイツ本社や他の顧客企業など、ドイツからやってくる企業幹部の接待に追われていた。3年に及ぶコロナ禍を経てようやくユーラシア大陸の向こう側から中国に来ることができるようになった彼らは、中国市場との直接的つながりを再構築しようとしていた。

 対外貿易への依存度が107%にも達する蘇州にとって、こうした「直接的なつながり」は非常に重要だ。蘇州には2.9万社を超える対外貿易企業、1.8万社近くの外資企業があり、輸出入総額は長らく上海、深圳、北京に次ぐ全国4位の座をキープしている。実行ベース外資導入額は累計で1500億ドルを突破し、深圳を追い越して3位に浮上した。2022年は、上半期こそコロナ禍の影響が大きかったものの、年末には蘇州市全体で輸出入総額2兆5721億1000万元を達成した。

 蘇州市商務局外資処処長の顧溪によれば、外国市場向けの経済を主とする蘇州市にとって、外国からの注文は、工業および経済の成長の柱である。しかしこの3年というもの、蘇州に進出している多国籍企業の多くは、本社で人事異動が発令されても、コロナ禍の影響で新任の責任者が蘇州を現地視察することはできず、それゆえ中国の投資環境や政策に対する理解が不足し、蘇州での投資や生産拡大の意思決定にも影響を及ぼしかねなかった。「ですのでいまは、何としてでも先方に会いに行き、固く抱擁を交わして、互いの協力関係を再認識することが不可欠だと思います。こちらから会いに行くだけでなく、先方にも来ていただいて、面と向かってコミュニケーションを図り、対面式のミーティングをしなければなりません。また、蘇州に駐在する外資企業の責任者に対し、早いうちに本社を業務報告に訪れ、本来の地位と発言権を取り戻すよう働きかけてもいます」と顧溪は言う。

 つながりの再構築。だが、蘇州の外資企業や対外貿易には、今年も少なからず逆風が吹きそうだ。蘇州市発展改革委員会総合処副処長の王平の分析によれば、2023年最大の困難は世界的な需要の落ち込みで、特に欧米の需要の回復にまだ時間がかかることだという。蘇州市は毎年、対米輸出額で全国の10分の1近くを占めており、それによる打撃も顕著だ。

 朱亜軍の分析では、今年の対外貿易も順風満帆とはいかない可能性が高いのには、他にも理由がある。それは、海外顧客の多くが、物流や原材料などでコロナ禍の影響を避けるため、製品の納期をかなり先に設定し、前もって今後2、3年分の注文をしていることだ。そのため、コロナ禍の間に蘇州の企業が受けた注文には、海外からのものが多く含まれるが、毎年の統計でそれらが重複計算されてしまっている。「今年はその『水増し』分がなくなる頃なので、できるだけ早く海外顧客の元を訪れ、先方と深く話し合いたいと思っています。そうしてこそ、市場のリアルな現状を理解し、今年の経営戦略を調整し、一難去って問題山積みという事態を防ぐことができるはずです」。各企業が現時点で把握している状況からすると、海外からの納期3カ月を超える長期注文は、ここ数年に比べて多くないという。

 圧力のもと、蘇州市は全国の地方政府で初めて、企業訪問団を結成し、チャーター便を飛ばして、積極的に海外に「受注行脚」に出た。2022年11月17日、緩和措置「二十条」の公布から1週間後、蘇州は大型の経済・貿易訪問団を日本に派遣し、10億元を超える契約を取り付けた。12月には200人を超える欧州経済訪問団が再び蘇州を出発し、10日間で主にドイツ、フランスを回り、新材料、自動車部品、バイオ医薬品、半導体などの関連分野で、計画投資総額59億ドル超と同時に、貿易注文30億元分を獲得した。

 だが、蘇州にとって、この数字は十分ではない。

 2022年末以降、蘇州市は外資支援において、さらなる「合わせ技」を繰り出してきた。条件に適合する利益の出ている再投資プロジェクトに対し、最高1000万元までの奨励金を出すこと、さらに、外資企業が蘇州に多国籍企業の地区本部もしくは研究開発センターなどの機能を備えた組織を設立した場合、各種優遇政策を適用することを発表した。この政策から、伝統的なプロジェクト誘致スタイルの他、外資に対し、中国国内投資で生じた利益を、蘇州でワンランク上の投資に回すよう奨励する方向にシフトするなど、外資誘致における蘇州市の戦略の変化が見て取れる。

 このワンランク上の投資とは、顧溪の説明によれば「グリーンフィールド投資」〔外国に投資をする際、新たに投資先国に法人を設立する形態〕から「ブラウンフィールド投資」〔外国に投資をする際、現地のものに資金を投入する形態〕への移行、即ち海外メーカーが直接蘇州で土地を取得し工場を建設する段階から、中国で株式合併を実施する段階に移行することを指す。潜在力のある蘇州のスタートアップ企業を買収合併することで、国際資本は蘇州の「種」を育て人材の育成に加わることができるだけでなく、進んだ管理理念や技術、研究開発、生産ノウハウ、国際的視野と国際協力ルートを蘇州にもたらすこともできる。また、多国籍企業はこれまで蘇州に工場を建設することが多かったが、今後は本社や研究開発センターを蘇州に開設する外資企業が増えてほしい、と蘇州市は願っている。「生産基地のみから生産+本社、生産+研究開発基地を開設する企業が増えれば、蘇州の弱点である研究開発部分を補うことができます」と顧溪は説明する。

 国際資本からの熱視線を武器に、中国という大市場を利用し、外資導入の際は「内外貿易一体化と、国内・国外2つの市場の『リンケージ』」を考慮する。これこそが、蘇州市がここ数年取り組んできたことだ。

 現状を振り返ってみると、すでに蘇州に進出している多国籍企業の中国本部幹部に対しては、本社を業務報告に訪れる他、もう1つの喫緊の要請があった。それは、業務の中枢を担う中国人社員を本社研修に派遣し、「直接『差』を感じさせる」ことだと顧渓は補足する。外資導入を増やすことも重要だが、3年に及ぶコロナ禍が明けたいま、「水増し分」を急ぎ「補填」する必要がある。技術と製品の世代交代を早急に進め、研究開発投資を増やしていかなければならない。

 実は、2020年から2021年にかけて、コロナ禍は蘇州経済に、逆にチャンスをもたらした。なぜなら、海外では新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっていたため、欧米の注文が大量に中国に流入してきたからだ。蘇州の製造業は完全なサプライチェーンが形成されており、元より「外資の郷」でもある。また、ドイツ企業が長年生産を展開していたおかげで、製造の精密さでは世界最高水準に到している。そういった背景があり、ここ数年は棚ぼた注文が大量に舞い込んできた。その結果、蘇州のGDP総額は2020年に2兆元の大台を突破し、2021年には前年同期比+8.7%の2.27兆元に達した。また、2021年の一定規模以上の工業企業総生産額は前年同期比+17.2%の4.2兆元に達し、中国全土で2位となった。「特に家電分野は、コロナ禍により在宅ワークが普及したことで、スマホやパソコンといった製品に対する需要が激増しました。電子情報分野は伝統的に蘇州のお家芸です。もう1つ、新エネルギーもホットな分野でしたが、蘇州はこの二大成長分野の注文が非常に多かったのです」と王平は解説する。

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蘇州工業園区の俯瞰写真 撮影/薛巍

「種」を育てる

 蘇州市は2023年の経済成長において逼迫した事情を抱えてはいるものの、取材をおこなった複数の企業は、蘇州市政府は成功を焦っているわけではなく、十分な忍耐心を持って企業や産業育成に取り組んでいると評価する。「政府は企業に過大なプレッシャーをかけることもありません。今年は『穏中有昇』〔安定したなかでも成長を見せる〕ことが求められ、既存業務に加え、新しい市場や分野に多く接し、いろいろ試してみることが奨励されています。ツェルナー・エレクトロニック社の今年の売上目標は昨年比で+5%前後です」と朱亜軍は言う。

 朱亜軍曰く、中国の民用航空産業は全体としてはまだ成長段階にあり、政府も企業も、持久戦を戦う心の準備が必要だ。決して短期的な得失で、長期的な方向性が揺らいだり迷走してしまってはいけない。ツェルナー・エレクトロニック社だって、短期的には航空分野を黒字事業とは捉えておらず、いまはただ将来に向けて着々と布石するのみだ。今後数年間も無茶な賭けには出ない。「つまり、ある業界に参入したいなら、相応の授業料は払わなければいけないということです」

 点石航空総経理の趙運生も、2020年に長江デルタの多くの都市を視察して回った際、一にサプライチェーン、二に技術・加工能力、三に地方政府の航空産業に対する長期計画の3点を重点的にチェックした。その結果、条件をクリアしたのはやはり太倉市と蘇州市だったという。

 蘇州市の産業育成における忍耐心については、亜盛医薬董事長でCEOの楊大俊も深く実感している。楊大俊は2016年に蘇州にやって来て同社を起こした。亜盛医薬が開発した中国唯一の第3世代BCR-ABLチロシンキナーゼ阻害薬Olverembatinib(中国での商品名:耐立克®)は、2021年11月中国国家薬品監督管理局の承認を経て発売され、2023年1月18日「国家基本医療保険、労災保険、出産保険薬品目録」入りした、慢性骨髄性白血病の治療薬だ。映画『我不是薬神』〔邦題:薬の神じゃない!〕で描かれていたのもこの慢性骨髄性白血病だ。

 亜盛医薬の成功は、蘇州バイオ医薬品産業の一環に過ぎない。2022年、蘇州の「ランドマーク産業」であるバイオ医薬品およびハイエンド医療機器集積が、国家先進製造業集積にランクインした。なかでも蘇州工業園区は、バイオ医薬品企業2200社超、生産高1300億元超に達し、香港証券取引所上場のバイオ医薬品企業は累計15社を数える。また、革新的医薬品分野での蘇州工業園区のパフォーマンスがすば抜けており、一類新薬の臨床試験許可〔CTP〕562件、上場新薬22種、「国家基本医療保険、労災保険、出産保険薬品目録」掲載17種を誇る。国家科学技術部中国バイオテクノロジー発展センターが発表した「2022中国バイオ医薬品産業園競争力評価および分析報告」によれば、蘇州工業産業園の総合競争力は全国2位である。

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実験室で研究をおこなう亜盛医薬の研究者 写真提供/亜盛医薬

 BioBAYという愛称を持つ蘇州工業園区バイオ医薬品産業園で、楊大俊は、蘇州バイオ医薬品産業がここまで発展した理由を2点挙げた。1点目は、政府が長期主義を貫き、しかも非常に実務的で、一旦方向性を定めた後はそれを堅持したこと。2点目は、「種」育成路線を採用し、イノベーション型企業のインキュベーションに重点を置いたことだ。

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蘇州バイオ医薬品産業園(BioBAY)遠景 写真提供/蘇州バイオ医薬品産業園

 楊大俊によれば、蘇州には毎年バイオ医薬品分野「リーダー人材」支援資金があり、インキュベーションプロジェクトのベンチャーキャピタルでは最高2000万元まで獲得することができる他、初期資本金、住宅購入補助、家賃減免など各種支援策が充実している。この取り組みは今年で17年目を数える。

 バイオ医薬品産業以外にも、蘇州は様々な「種」を育てている。上で言及した点石航空は、まさに蘇州市政府に見込まれた企業だ。趙運生曰く、エンジンの開発周期は長いことから、蘇州市政府は優遇期間がより長い賃料減免政策を適用してくれた他、設備や人材補助金、さらには数百万元に上るプロジェクト支援金まで支給してくれた。また、点石航空は小型エンジン関連部品を多数製造していることから、政府に対し、「より適したパートナー企業」を誘致してほしいと依頼したところ、積極的サポートが得られたという。

 これはつまり、サプライチェーンにおける「リーダー企業」と「キー・ポイント企業」を正しく選別して誘致し、それら企業のニーズに応じてサプライヤーを誘致するとともに、付帯する優遇政策を提供して支援する、好循環産業育成策略なのだと賀寅は強調する。「企業を誘致する際は、その川上および川下に対するニーズを調査・考慮してから決定しています。昔のように単に誘致してくればいいというものではなく、サプライチェーン全体を見渡し、これと思った企業の誘致に尽力し、それらの企業を集積していくのです」

 現在、蘇州は「港・長江・上海に隣接」という地理的優位性を生かし、中国内外の航空産業の移転を受け入れ、上海の大型旅客機産業からのスピルオーバー効果の恩恵にあずかる最有力地となった。将来的には、航空機搭載システムというブルーオーシャンに狙いを定めている。

 だが、蘇州はまだ成都や西安など、有名教育機関・有名研究所や老舗国営企業が集積する地域と肩を並べられる存在ではない。航空産業で最もハイレベル・精密・先端的な航空機搭載システム分野の中でも、航空電子システムはその核となる存在だ。中国の航空電子分野は、外国と比べるとまだかなり水を開けられており、それに対する蘇州の戦略も始まったばかりだ。賀寅はこう話す。「航空電子分野の優秀な『種』を、蘇州が早い段階で引き抜き、孵化・育成することができれば、未来の蘇州の航空産業の発展にとって、きっと強力な支えとなることでしょう」


※本稿は『月刊中国ニュース』2023年6月号(Vol.134)より転載したものである。