経済・社会
トップ  > コラム&リポート 経済・社会 >  File No.23-35

【23-35】中国「ゼロコロナ~アフターコロナ」期のスタートアップ企業の資本調達動向と進む企業のデジタル化

2023年05月29日

山谷剛史

山谷 剛史(やまや たけし):ライター

略歴

1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より2020年まで中国雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?中国式災害対策技術読本」「中国のインターネット史:ワールドワイドウェブからの独立」(いずれも星海社新書)など。

 2020年から2022年にかけて、中国ではゼロコロナを実現すべく、住宅地域別ロックダウンを実施し、ロックダウンが長引いた上海市などの経済は停滞した。この3年間に直近の四半期である2023年第1四半期を加え、スタートアップ企業への投資にどう変化があったのかを紹介する。

 2020年は、2016年から始まる第13次五カ年計画の最後の年でもあった。この年は融資件数が3615件、融資総額が9300億元となった。10月まではコロナ対策で動けなかったのか、件数・金額ともに少なかったが11月、12月と回復した。

 ジャンル別では医療健康と企業サービスのスタートアップへの資金調達が件数では抜きん出ていて、医療健康系への件数は688件(19.0%)、金額は1557億200万元(16.7%)となった。金額ベースでは金融が2位だった。医療健康と企業サービスは2020年だけでなく2021年以降も最も多く資本調達イベントがあった。医療健康と企業サービスに続くジャンルは、件数ベースでは「スマートハードウェア」「エンタメ」「EC」「教育トレーニング」「金融」、金額ベースでは「自動車」「教育トレーニング」「企業サービス」「スマートハードウェア」「EC」だった。地域別では北京市が首位で、2位以降は上海市、広東省、浙江省、江蘇省となっており、この5省市が年々、順位は変わっても上位を独占している。

 翌2021年は、第14次5カ年計画の初年度なので、中国政府各省庁が担当領域の5カ年計画を発表し、今後強化する業界を示した。またカーボンニュートラルの取り組み初年度であり、教育産業で学生の負担を減らす「双減」が実施され、学生向けの課外学習ができなくなり教育企業に激震が走った年でもある。この年は融資件数が5163件、融資総額が1兆1200億元となり、件数・金額ともに前年を上回った。

 ジャンル別では、前述の通り2021年も医療健康と企業サービスが件数・金額ともに抜きんでて多かった。3位以下は件数では「食品外食」「ICチップ」「エンタメ」「スマートハードウェア」「EC」、金額では「自動車」「EC」「ICチップ」「交通サービス」「金融」となり、食品外食とICチップが台頭した。ICチップが増えてきたのはファーウェイやZTEへの米国の制裁により、国産化を加速する動きと次世代自動車向けのチップ開発の動きが影響した。前年まで上位に名前があった教育トレーニングは、双減政策の影響で前年の6位からこの年は10位に下がり、翌年以降も資金調達イベントは少ないままに。地域別では1位から北京市、上海市、広東省、浙江省、江蘇省の順となった。

 2022年は件数が4591件、金額が8785億4300万元と、2021年から減少に転じた。第1四半期から第4四半期になるにつれて件数が減少した。ジャンル別では前述の通り医療健康と企業サービスが特に多く、3位以降は件数では「ICチップ」「食品外食」「電子設備」「スマートハードウェア」「製造業」、金額では「自動車」「ICチップ」「製造業」「エネルギー」「電子設備」と続いた。前年比の変化で目立ったところでは、金融系サービスが急激に減少した点と、AIが件数ベースでベスト10内入りしたこと、それに食品外食の減少が挙げられる。食品外食の投資規模が小さくなったことから、資本調達を受けた新興チェーンの店舗拡大は前年に比べて減り、勢いが落ちた。資本調達の有無はかつてのシェアサイクルでもそうだったが、こうしたところではっきり出る。地域別では広東省、北京市、上海市、江蘇省、浙江省の順となった。

 2022年末には、実質的にゼロコロナ体制ではなくなり、移動を伴った経済活動が再開した。これで2022年は減少の一途だったスタートアップへの資金調達が戻ったかというと、2023年第1四半期の資本調達は、2022年第4四半期よりもさらに件数が減少し、低調となった。また、1億元以上の資金調達件数も徐々に減少しており、2022年第1四半期では718件だったのが、2023年第1四半期には380件とほぼ半減している。

 ここまで、ゼロコロナ体制下だった第13次五カ年計画から第14次五カ年計画への移行期を振り返り、2021年には盛り返すもその後下落の一途をたどったこと、それに医療健康系や企業サービスへの資本調達が毎年目立っていたことが確認できた。ここで、医療健康系や企業サービスの業務とは何かについて補足したい。

 医療健康系は、オンライン医療・医薬系EC・医療系チェーン・医療機械・新薬開発・医療業界向けAIやDXなどが相当する。アリババの阿里健康や、京東(JD)の京東健康はオンライン医療もやっているが、医薬系ECが稼ぎ頭だ。一方、企業サービスは人力ではなくITを活用したプロジェクト管理・事務・財務税務・企業資源人事管理・セールス・マーケティング・デザイン・シェアオフィス・IT運用保守といったSaaSに影響する企業や、ある業界に特化して全IT化・DX化サービスを提供する企業が当てはまる。

 中国でITというと、スマートフォンやパソコンと連携する個人向けのハードウェアや、バイトダンスのTikTokやアリババのECサイトといったソフトウェアを連想する人が多いと思うが、そうしたジャンルのスタートアップへの資金調達は少なく、それに反映するように実際にハードウェアやソフトウェアの新製品のリリースは以前より少なくなった。Meta(旧Facebook)がメタバースを宣言し、メタバースビジネスブームが中国でも起き、例えばAR/VR企業にも資金調達はあったが、相対的に非常に少ない。ただ中国のITは止まったわけではない。ここに書いたように、ビジネス向けのITソリューション・SaaS・DXツールを扱う企業が続々と資金調達を受けている。中国の企業が中小企業を含めてどこまでデジタル化が進んだかを事細かく把握するのは、様々なレポートを読んでもつかめない。しかし企業のデジタル化のためのツールやソリューションを新興企業が揃え、大手のアリババやテンセントもクラウドソリューションで対抗することで、企業のデジタル化の技術的・価格的ハードルが下がり、毎年多くの企業がデジタル化ソリューションを導入しているはずだ。


山谷剛史氏記事バックナンバー