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【23-42】急成長をとげる中国越境EC-その現在地

孟 倩/『中国新聞週刊』記者 脇屋克仁/翻訳 2023年06月15日

北米をはじめ海外市場で「格安」旋風を巻き起こしている中国の越境EC。その戦略とビジネスモデルはどんなものなのか。将来、ECの巨人アマゾンを脅かす存在になるともいわれているが、はたしてその現状と課題は――。

 米アメリカンフットボールリーグNFLの頂点を決める今年のスーパーボウルで、中国発のショッピングアプリTemuが1億元近くを投じて30秒のCMを2本放映した。スーパーボウルのCM料としては過去最高額である。ワンピース9.9米ドル〔以下、ドルは米ドル〕、ウィッグ4.99ドル......「格安」をアピールしたCMだった。

「格安」「割引」を武器に、またたく間に世界市場に進出した海外版「拼多多」Temu。わずか半年で北米から欧州へと広がり、昨年9月には米国のショッピングアプリダウンロードランキングで「ECの巨人」アマゾンやファストファッションでは「先輩格」のSHEIN〔希音〕を抜いた。

 Temuの北米での急速な勃興はSHEINにとって大きなプレッシャーだ。2008年に始動した、中国越境ECのユニコーン企業SHEINは、すでに米国に根付いている。昨年の売上高は227億ドル、その6割以上が北米と欧州市場がもたらしたもので、アクセスユーザーの半分以上が米国籍だ。SHEINとTemuはすでに火花を散らしており、昨年12月には米国でSHEINがTemuを提訴した。

 この2社の存在は大きいが、実際は氷山の一角に過ぎない。欧米に限らず、東南アジアや中東の新興市場でも中国ECプラットフォームの進出は目覚ましい。その多くが各地に「激安」ブームを巻き起こしている。

 中国国内ECはすでにレッドオーシャンだ。中国のインターネットの巨人たちにとって海外進出以外の選択肢はなかった。こうした巨人たちの加護のもとに、TemuやTIKTOK Shopなどが越境EC市場に殴り込みをかけ、業界全体が戦闘モードに入っているのが現状である。

 究極のコストパフォーマンスで海外市場に切り込んでいる中国越境EC。低価格で新境地を「切り開いた」プレーヤーたちは、商品品質やサービスでもブレークスルーを果たすことができるかどうか。既存の海外ECの巨頭――アマゾンやeBayなど――と渡り合い、世界クラスのプラットフォームになれるかどうか。その検証には依然として時間が必要だ。

「格安」旋風の来襲

「Uberタクシーを呼んだら、ドライバーがナビがわりのスマホを運転席と助手席の間にあるカップホルダーに置いていたんです。それでスマホスタンドを勧めようと思って調べたら、Temuが一番安くて、見た目は同じものがアマゾンの10分の1、SHEINの半額でした。それでドライバーにTemuアプリのダウンロードを勧めました」。米国在住のある華人女性の話だ。あまりにも安すぎるためドライバーはにわかには信じなかったそうだ。

「コストパフォーマンスがいい中国のサプライ商品を米国の消費者に売る、これは市場全体からみればねらい目の穴場だ」。真格基金の投資ディレクター・秦天一氏はそう話す。「米国には淘宝〔タオバオ〕がないということ。財力のある企業が低価格競争を続けるのはすごいことで、カギは全力でミラクルを起こせるかだ」という。

 米国商務省のデータによると、米国における昨年のEC売上総額は概算で1兆341億ドル、前年比プラス7.7%で、ここ10年近くでは低空飛行の部類だ。しかし、マッキンゼー・アンド・カンパニーの統計では、コロナを経てECの浸透率がトータルで33%アップしているという。ただし、インフレもここ10年で最高水準に達していること、世界的に消費者マインドの低下があること、こうした状況のもとでは「コストパフォーマンス」が重要な購買決定要因になるとも指摘している。

 実際、2008年に誕生したファストファッションブランドの単独サイトSHEINは、早くから「超ド級のコスパ」を武器に米国市場に食い込んだ、越境ECの典型である。

 米国に留学中のある中国人学生は月に1、2度SHEINを利用するという。「安いので留学生にはありがたい」。しかし、最近になって友人のすすめでTemuを知った。同じものがSHEINより安く売っていた。

 SHEINとTemuの海外市場でのつばぜりあいは価格から始まった。浙商証券の調べでは、服・シューズ・ファッション小物といったカテゴリーでTemuはSHEINをベンチマークしており、SHEINの53%~80%の価格を実現しているという。

 ZARAやSHEINに出品したことがあるビッグセラーの馮立さん〔仮名〕は「Temuではレディースのパーカーが送料込みで9.9ドル。米国では送料だけで6、7ドルするというのに」と話す。アパレルというサーキットでSHEINはTemuに目をつけられており、「SHEINでヒットした商品は必ずTemuでより安く買えるようになっている」ことに馮さんは気づいた。

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TemuのWEBページ 写真/視覚中国

 SensorTowerのデータによると、今年3月時点でTemuの登録ユーザーは5000万を超え、そのうち2000万がアクティブユーザーだという。また、月間取引額は10億ドルに達し、すでにSHEINを超えている。10年以上海外のファストファッション市場を耕してきたSHEINはすでに思い知っている。自分たちが無視できないライバルに直面していることを。

 今年になってからSHEINはTemuを「攻撃」し始めた。「ソーシャルメディアでのプロモーションで虚偽と欺瞞に満ちた言葉を発した」「TemuとSHEINは関係があると消費者に思わせる間違ったマーケティングをした」としてTemuを提訴したのだ。

 Temuの意図は明白である。越境ECのモデルについて検討した結果、SHEINのやり方を採用することにしたと、拼多多に近い人物が話す通りだ。「メーカーにプラットフォームの運営権はない。価格設定、マーケティング、販促はすべてTemuが握り、『サプライチェーン、プラットフォーム、海外の消費者』という取引ラインをつくる。出品者は商品を用意するだけ」

 Temuは国内でもSHEINに襲いかかっている。SHEINの本拠地・広州に本部を移し、SHEINが十数年間つくりあげてきた人材、サプライチェーン、ノウハウを狙って、常軌を逸したヘッドハンティングを展開し始めている。

「SHEINと対照的にTemuの低価格圧力は容赦がない。目先の利益にとらわれないやり方がそれを可能にしている。Temuによるサプライチェーンの『簒奪』にSHEINはプレッシャーを感じているはずだ」。広州のあるアパレルサプライヤーはそう話す。

 フリーアナリストの程偉雄氏は、「TemuもSHEINも流通プラットフォーム。コストを抑えて低価格で販売するにはサプライチェーンのマネジメントが要になる。そこでの競争が激化するのは当然だ」という。

 先述のアパレルサプライヤーは「Temuは賢い。巨人の肩に乗っているようなもの。SHEINのやり方に学び、ヒット商品の画像をAIで変換してそのまま使うことまでしている」と話す。また、価格に敏感な層を格安商品でひきつけるTemuにとって、アパレル・ファッションは海外市場参入の格好の切り口だ。こうしてTemuはSHEINと直接火花を散らす関係になった。

 報道によると、Temuは今年2月、北米での驚くべき売り上げ目標を設定した。今年9月までに少なくとも1日の流通取引総額〔GMV〕でSHEINを追い抜くというものだ。5年以内にGMV300億ドルという報道もある。300億ドルといえば元々SHEINが設定していた今年の目標額だ。これはSHEINが15年かけてたどりつこうとしている目標額にTemuは5年で到達するということを意味する。

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「すべての道はローマに通じる」

「10年前、モール型サイトも企業単独サイトも低価格を戦略にするしかなく、国内サプライチェーンの優位性に頼って海外市場に出ていった」と跨境通物流公司のブランド戦略CEO・姜娜氏は話す。新たなプレーヤーがもたらした様々なマーケティングモデルがここ数年で業界に浸透、Temuの参戦にともなってヒートアップしている競争も多様化している。とはいえ、低価格がいまも際立った強みであることは間違いないという。

 しかし、低価格戦略の他に、何に依拠して海外市場で安定したポジションを得るか。こちらの方が長期的に考え、探るべきテーマだろう。

 NewMeの創業者・顧俊氏は、Temuは情勢とタイミングを十分に推し量って北米に進出したという。「ECのトッププレイヤーがその勢いを感じている。北米市場では淘汰が加速するだろう」

 マクロ的にみれば北米は購買力があって、市場も成熟しているし客単価も高い。しかし、だからこそコストパフォーマンスのいい商品に消費者が惹きつけられる。だからTemuはミドル~ローエンドにターゲットを絞った。

 姜娜氏は「Temuは大型プラットフォームの強みをうまく発揮した」とみる。「サプライチェーンに恵まれている大型プラットフォームは商品コストを安くできる。物流面でも人材面でも優位だ」。同氏はさらに指摘する。低価格戦略は最初から売上利益を目指しているのではなく、潤沢な戦略資金を武器に一気に市場に切り込み、強力なユーザーの分裂を短時間で引き起こすのが目的だ。「Temuが前段でとった低価格戦略は確かに市場に一定の衝撃をもたらす。しかし、これは同時に次のことを考えさせる。大型プラットフォームが参入してくるなかで、単独ECの強みをより発揮していくにはどうすればよいかと」

 単独ECであるSHEINはいまでも売上高や純利益、GMVではTemuを上回っている。しかし、「初戦」で「勝利」を得たのは間違いなくTemuだ。

 SHEINは元々、アマゾンが比較的苦手にしているアパレルで北米に切り込んだ。

 いま、その後を追うTemuはアマゾンの得意分野(家電、雑貨)だけでなく、SHEINのアパレルにも狙いを定め、成熟したEC市場で血路を切り開こうとしているのだ。

 Temuのあるセラーの話では、デザインに問題なければ注文はまずまず入るという。以前はSHEINに商品を出していたが、次々と新商品を要求され、プレッシャーだったらしい。明らかなのは「Temuの運営はモール志向、SHEINの運営はブランド志向」ということだ。

 以前、SHEINと提携していたサプライヤーの高准さん〔仮名〕は「死ぬか生きるか」という実感を強くもったと振り返る。SHEINは「小ロット短納期」というアジャイル・サプライチェーン方式をとっている。したがって、市場と消費者のニーズに基づいて生産しなければならず、柔軟な対応と調整が必要なため、高ランク〔SHEINは提携メーカーをランク分けしている〕メーカーは毎月かなりの量の新商品をつくって、そのうちいいものだけをスピーディーに出品することを迫られたという。いざ注文が入れば相当な数が必要なので、工場は生産能力を絶えず上げねばならず、「それができないなら死ぬしかない」状態だったらしい。

 SHEINはそうやってサプライヤーを品定めするやり方で、商品を高速かつ繰り返しバージョンアップし、大ヒット商品を生み出していたと高准さんはいう。これは「どういうものが売れるかはSHEINが教える」というロジックであり、ブランド性が強い。対照的にTemuは、コストパフォーマンスのいい商品を全部モールに出品させる方法でヒットを生み出す。これは本質的に「何が売れるかわからないから、試してみよう」方式で、位置づけ的にはワンストップ・サービスのショッピングモールだ。

 Temuのバイヤーは「いまがチャンス」といって出品を促す。いまはまだモールの出品数が少ない。競争が少ないから成功率が高いと。こうやってTemuは品ぞろえを広げていった。

 これはB2Cプラットフォーム、アリエクスプレスのやり方に近い。中国企業は海外に進出する過程で様々な困難に直面する。そもそもメーカーには越境ECのノウハウがない。だからアリエクスプレスはプラットフォームという土台を用意し、進出企業の面倒をそこですべてみるサービスモデルを新たにつくった。企業側も自分に合った事業運営方法を選ぶことができる。

 SHEINとTemuの競争戦略には内在的ロジックの違いがあると、上海財経大学電子商取引研究所の責任者・崔麗麗氏は指摘する。レディース・ファストファッションのブランド単独サイトの形で進出したSHEINは、まずブランド認知と一定の市場規模をつくってから商品カテゴリーを広げていった。その過程でアジャイルなサプライチェーンを創り出し、中国から海外に進出したブランド単独サイトのトップランナーになった。他方、Temuは「なんでも売っている」を看板に掲げ、モール型としてアクセス数を切り口に進出していった。それはオンラインプラットフォームのビジネスモデルに内在するロジックであり、いわば「ユーザーの威光をもって出品者に令を発する〔三国時代の故事『挟天子以令諸侯』をもじったもの〕」もので、安定的なクロスサイドネットワーク効果〔需要の増加が供給側の増加を引き起こす効果〕を引き入れ、形成できるかどうかが成功のカギを握る。

「実際、海外市場でブランド認知をつくるのは大変」。崔麗麗氏はさらに分析を進めて、中国越境EC企業の場合は各々がその強みを存分に発揮すべきだし、実際の状況をみてもある程度差別化できているのは確かだという。ブランド力とファストファッションのSHEIN、コンテンツの魅力をECに広げるTikTok、アクセス獲得力とコストパフォーマンスを武器にするTemu、万能プラットフォームのアリエクスプレスといったように、「中国の越境EC企業はそれぞれの能力の特性を活かして海外EC市場の懐に入っていっている。すべての道はローマに通じる、だ」

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2022年11月13日、東京に世界初のSHEIN実店舗がオープン。写真/視覚中国

ワールドクラスにはまだ及ばない

 SHEINの焦りを生み出しているTemuだが、近い将来、アマゾンやeBayといったグローバルECの巨人をも脅かす存在になるだろう――ECのある専門家は話す。

 いま、アマゾンとTemuに同時に出品しているセラーもいくつかでてきているが、単独サイトZAFULもその1つだ。姜娜氏は、水着からファストファッションに転換し、メンズファッション、靴、バッグ、アクセサリーへと手を広げていったZAFULは、アマゾンやTemuといったプラットフォームにピッタリだという。「ZAFULは10年前にサードパーティー・プラットフォームとの提携を開始し、昨年末にTemuとも契約、いまではTemuで8つのショップを展開している。週間の注文は1500件前後、アマゾンでは3カ月の総売上の伸び率が106%と、目にみえて増えている」

 同氏は、価格に敏感でコストパフォーマンスにとことんこだわるタイプの消費者がアマゾンにもいて、それがおそらくTemuのユーザーとも重なるのだろうとみる。しかし、アマゾンのアクセス基盤と客単価であれば高価格商品でも十分にやっていけるのが事実で、その次元で考えれば、「今後は、Temuも自社ブランド路線に走り、もっと高い価格帯にインキュベートしていく可能性がある」という。

 ここ数年、越境EC業界は変化がめまぐるしい。2021年4月からアマゾンでアカウント・ロックの嵐が吹き荒れて、数百のサイトと億単位の資金が凍結され、中国企業も影響を受けた。このアカウント・ロックの嵐と在庫高止まりの陣痛を経て、いまではチャネルの多様化とブランド化がセラーのコンセンサスになっている。現在、セラー側は新しいモールへの参加を次々と進めており、TemuやTikTokはとくに人気が高い。

 しかし――魔鏡市場情報の高峰CROはいう――アマゾンには他の追随を許さないプラットフォームがある。しくみも完成されており、オプションも充実している。生活用品をはじめ、どのカテゴリーでも一定のレベルに達している。やはり依然としてグローバルECのメインストリームだ。2021年のアカウント・ロック騒ぎで中国のセラーは多少減ったが、ここ数年は回復基調にある。

 公表されている統計によると、越境ECの市場シェアはアマゾンが22%と断トツであり、カテゴリーによっては8割のシェアを誇るものもある。

「実際、アマゾンはここ数年で着実に発展している。アカウント・ロック騒ぎを経てメーカーにとっては好ましい状況が生まれた。いままでより製品力とユーザー体験が重視されるようになったが、これは裏を返せば、メーカーは製品で勝負できるということだ」。そう話すのは慈渓電子商取引協会の余雪輝会長だ。同氏は、成熟した越境ECプラットフォームは価格で勝負するのではなく、コストパフォーマンスの高さを土台にブランドを育てると強調する。「アマゾンのアカウント・ロック事件でビッグセラーは実感した。バブリーに注文を増やしても長続きしない、グローバル市場に身を置きたいなら、基本はやはりしっかりとした製品力とブランド構築だと」

 セラーでもある同氏はかつてTemuに充電式のミニ扇風機とウォーターピックの見積りを出したことがある。しかし、ウォーターピックは価格が高いということで審査が通らなかった。アマゾンに出品していた単価80ドルほどの商品は、「もっと価格を下げろ」といわれてあきらめた。

 同氏は続ける。「いまはTemuの客単価も上がりつつある」。「格安」で顧客をひきつけるのは、最初はいいが長続きしない。サプライヤーとプラットフォームの両方が儲からなければ持続的発展はないということだ。

 ただ、藍海億観網〔越境ECのポータルサイト〕を立ち上げた呉以輝氏は、いまのところ海外での中国ECの規模はアマゾンと比べるべくもないとはいえ、アマゾンにとってダメージがないわけではないとみる。長期的にみて、アマゾンの中国セラーがこぞってTemuなどに鞍替えすれば、市場シェアも徐々に変わってくるということだ。昨年の中国セラーのGMVは2010億ドル、そのうちアマゾンでのGMVは26%だった。おそらく今年はもっと増えるだろう。

 呉以輝氏は「TemuやSHEINをはじめとする中国越境EC企業はいま、自身のブランド価値を熟成させているところだ」とみている。ECが成熟の域に入りつつある今日、Temuは低価格戦略で淘汰を加速させ、中国の小都市・農村市場での戦術をコピーして米国の市場に食い込もうとしている。最終的に、格安総合ECモールとして欧米消費者の心をつかみ、それが自分のプラットフォームだけで購買を完結してくれる顧客になれば、アマゾンの独り勝ちになっている既存の市場シェアを奪うことも夢ではないし、欧米、東南アジア、中東などでも発展を追い求めることもできるだろう、と。

 ただ、アマゾンに追いつくにはまだ長い道のりが必要だと、商務部研究院電子商取引研究所の副研究員・洪勇氏はくぎを刺す。

「1つは、アマゾンなみの高度な物流・配送サービスをもたねばならない。もう1つは、ブランドの知名度と評価だ。アマゾンは世界中で知られているし評価も高い」。中国の越境ECプラットフォームは、良質の商品とサービスを提供すること、SNSを積極的に使ってマーケティングとプロモーションをおこなうこと、そうしたことを通じてブランド知名度と評価を上げることができるという。

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2022年11月16日、SHEIN東京ショールームのフォトスポットで写真を撮る来店客

「目先の利益にとらわれるな」

 最近、米国でSHEINが閉鎖になるかもしれないという情報が市場に流れた。これは、Temuの攻撃に囲まれ、バリュエーションの低下と成長鈍化に陥っていたSHEINをいっそう苛立たせることになった。

 情報によるとSHEINが直面しているのは税務リスクだ。具体的には、米国の顧客がSHEINで買い物をしたとき、それは個人輸入扱いになり、800ドル以下の注文なら米国税関に報告する義務はない。

 しかし実際、SHEINは数十億ドル規模の商品を中国から米国に「輸出」している。米国からの注文単価がすべて800ドル以下というのは無理がある。したがって、SHEINに脱税の疑いがかかる恐れは十分にあるということだ。

 これに対してSHEINは、米国民間機関のデマに対しては断固としてこれを否定し、会社の権利と利益を死守すると公式に回答した。「わが社は米国の法律と規則に則り、現地で正当な営業をしている」

 たしかに米国の法律では800ドル以下の郵送物に関税はかからないし、服、シューズ、ファッション小物といった、中国から米国への商品小包は通常800ドル以下である。SHEIN以外のB2C越境企業もすべてこの法規に則って合法的に関税が免除されている。

 おなじことが南アフリカでも起こっている。現地の紡績労働組合が訴え出て、南アフリカ政府がSHEINを調査した。意図的に輸入関税がかからない額の小包を発送して「税逃れ」をしているか否かをはっきりさせるためだ。通常、南アフリカに衣料品を輸出した場合、40~45%の関税がかかる。SHEINは「800ドル以下」を利用してこの関税を避けている、というのが現地組合の言い分だ。SHEIN側は、わが社は一貫して現地のコンプライアンスに全力で取り組んでいると表明した。

 中国政法大学財税法研究センターの施正文主任は、国際小包のこの少額免税制度は欧米のスタンダードだったが、越境ECの急速な発展で廃止に傾いている国が多いという。

「B2C越境ECの取引は柔軟で多岐にわたる。しかし、少額免税制度で巨額の貿易取引を実現しているのであれば、国家の税収や業界の公平性に悪影響を与える恐れがある」。伝統的な貿易がデジタル貿易に発展し、将来的にそのデジタル経済が税制度の改善と修正をもたらすだろうと同氏は分析する。多くの国の税制度がいま再編期に入っているが、現状税制度は世界的にバラバラで、国によって異なる。

 同氏は念を押す。「企業は必ずコンプライアンス意識を上げ、それぞれの国・地域の制度に適合しなくてはならない。登記すべきは登記し、納めるべき税は納める、ということだ」

 網経社電子商取引研究センター越境EC部の張周平主任は、最初期の越境EC輸出は政策ボーナスを手にすることができたし、ごまかしの利く余地があったと指摘する。「税を逃れるため、毎回、発送商品価格800ドル以下に抑える企業もたしかに存在した」。しかし、企業はこれからますますコンプライアンスが重要になる。

 日増しに競争が激化しているなかで、アマゾンのような巨大プラットフォームだけでなく、小プラットフォームのユーザーをたくさん獲得して経営を維持する企業も出てきた――そう話すのは越境ECサービスのプラットフォームDMSの運営責任者だ。とくにいま注目されているのは現地法人の設立だ。実はその背後で活躍しているのは代行会社で、煩わしい手続きはすべて引き受けてくれる。

 リビング用品をメインにした単独サイトを運営する馮立さんも各種のリスクを避けるため、欧州で海外法人を設立したばかりだ。デザイナーや販売・配送チームも現地採用である。これには2つの面でメリットがあるという。1つは、マーケティングと物流の問題を解決してくれること、もう1つは、ローカライズの過程で税務や知的財産権といったリスクを十分にクリアできることだ。

「海外の税法体系は国内とは違うし、財務規範も異なる。リスクは非常に多い」。自社単独サイトは税申告なども全部自分でしなければならず、問題があればそれがリスクになってしまうということだ。

「中国の越境ECにとって、海外との文化の違いや現地当局の規制は試練だ。国が異なれば、文化的背景、消費習慣、法制度なども異なる。越境ECはこれを乗り越え、商品・売上・サービスなどの分野で現地のニーズとルールに合った状態を確保する必要がある。それだけではない。ECに対する規制は国によって違いがあり、税の徴収や税関などにも違いが存在する」と洪勇氏は話す。中国の越境ECが続々と急ピッチで海外に進出し、業界の発展がどんどん高度な段階に入っていけば、試練も不確実な要素もそれに応じて増えていくという。

 こういう状況で重要なのは臨機応変な対応力だと、崔麗麗氏はいう。コンプライアンスは海外に進出する中国企業の共通の課題だ。法律、商習慣などさまざまな違いに対応し、生産、仕入れから末端の販売まで、漏れなくコンプライアンスを徹底していかねばならないということだ。

「チェーン全体に契約精神を貫き、目先の利益にとらわれないことだ。経営マネジメント上の規範を無視すれば、致命的なリスクを招くことになる」。崔麗麗氏の警鐘は、いつか現実のものになるかもしれない。


※本稿は『月刊中国ニュース』2023年7月号(Vol.135)より転載したものである。