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【25-01】アジア躍進続くも日本は低迷 英教育誌分野別大学ランキング

小岩井忠道(科学記者) 2025年02月12日

 アジア地域の大学の実力向上と日本の大学の低迷ぶりが英教育誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」(THE)の「分野別世界大学ランキング」でもあらためて明らかになった。北京大学、清華大学、シンガポール大学が11の研究分野中2分野でそれぞれ10位内に入るなどアジアの大学が高い評価を得る一方、日本はどの研究分野でも20位内に入った大学がないほか、東京大学と京都大学以外は50位内に評価された研究分野が全くない大学ばかりという結果となっている。

 1月22日に公表されたTHEの分野別世界大学ランキングは、「芸術・人文科学」、「ビジネス・経済学」、「コンピューター科学」、「教育学」、「工学」、「法学」、「生命科学」、「医学・保健学」、「物理科学」、「心理学」、「社会科学」という11の分野ごとに世界の大学を順位付けしている。評価法はTHEが昨年10月に公表済みの「世界大学ランキング2025」と同じ。「教育(学習環境)」、「研究環境」、「研究の質」、「企業との関係」、「国際性」の五つの指標をさらにそれぞれ複数の項目(全体で18)に分けて点数をつけ、総合点で順位づけしている。ただし、「分野別世界大学ランキング」ではそれぞれの分野の特徴に合わせて評価法の調整が行われている。

高等教育の多極化示す結果

 今回の「分野別世界大学ランキング」で目立ったのが、アジア地域の大学の高評価。THEは「国の学術的能力がより広範囲に分散している今日の『多極化した高等教育の世界』を反映している」というサイモン・マーギンソン(Simon Marginson)英国オックスフォード大学教授のコメントを紹介している。東アジアと東南アジアの高等教育制度は、学生数の増加、政府資金の増加、より焦点を絞った業績重視の組織と運営、選択的な国際化政策により、過去20年間でよくなった、と同教授はみている。

 ランキング結果でまず目を引くのは、ビジネス・経営、会計・財務、経済学・計量経済学を含む「ビジネス・経済学」分野で北京大学が前年の10位から4位に浮上し、清華大学も8位から6位に上昇、と中国の2大学が高い評価を得ていることだ。さらに教育に関する学術研究や教員養成などを含む「教育学」分野でもアジアの大学の高い評価が目立つ。香港大学が6位、清華大学が7位と前年の順位を維持し、北京大学が12位から8位に浮上した結果、上位10位内にアジアの3大学が入った。香港中文大学も前年の19位から11位へと大きく順位を上げている。

 物理学、化学、数学、統計学、天文学、地質学、環境・地球・海洋科学という幅広い専門分野を含む「物理科学」分野でも、シンガポール国立大が前年の12位から10位に順位を上げ、アジアで初めてトップ10に入った。北京大学が11位(前年15位)、清華大学が12位(同14位)と、ともに前年より順位を上げ、トップ10に近づいている。

「THE世界大学ランキング2025」では、1位の英国オックスフォード大学、2位の米国マサチューセッツ工科大学以下、最上位10大学を英米2カ国が占める。こうした米国と欧州主要国の有力大学が圧倒的に優位という状況は、分野別ランキングでも大きな変化は見られない。しかし、これら米国と欧州主要国以外の大学の順位だけを比較すると、アジアの優位が明らかに見て取れる。11の分野のうち、カナダ・トロント大学が「芸術・人文科学」「医学・保健学」「心理学」の3分野で最高位を得ているほか、オーストラリア・メルボルン大学が「法学」で最高位となっている。しかし、これら4分野を除く残り7分野(「ビジネス・経済学」「コンピューター科学」「教育学」「工学」「生命科学」「物理科学」「社会科学」)の最高位校は、いずれも北京大学、シンガポール国立大学、香港大学というアジアの大学だ。しかもこれら7分野は2位もアジアの大学となっている。

 中国とシンガポールの大学は、11の分野すべてで上位50位内に名を連ねており、香港の大学も「芸術・人文科学」と「心理学」を除く9分野で上位50位内に入っているのも目を引く。

「THE分野別世界大学ランキング」各分野1位校と米国・欧州除く地域最上位2校
(World University Rankings by Subject | Times Higher Education World University Rankings 2025 | Times Higher Educationから作成):―はランキング外、数字の前の=は、同順位(タイ)を示す
分野 1位校
(世界大学ランキング2025順位)
米国欧州除く地域最上位2校と順位
(かっこ内は世界大学ランキング2025順位)
芸術・人文科学 マサチューセッツ工科大学(2) 16位トロント大学(21) 25位シンガポール国立大学(17)
ビジネス・経済学 マサチューセッツ工科大学(2) 4位北京大学(13) 6位清華大学(12)
コンピューター科学 オックスフォード大学(1) 11位シンガポール国立大学(17) 12位北京大学(13)
教育学 スタンフォード大学(6) 6位香港大学(35) 7位清華大学(12)
工学 ハーバード大学(3) 9位シンガポール国立大学(17) 11位北京大学(13)
法学 スタンフォード大学(6) 11位メルボルン大学(39) 12位シンガポール国立大学(17)
生命科学 ハーバード大学(3) 11位北京大学(13) 15位清華大学(12)
医学・保健学 オックスフォード大学(1) 9位トロント大学(21) 15位清華大学(12)
物理科学 カリフォルニア工科大学(7) 10位シンガポール国立大学(17) 11位北京大学(13)
心理学 スタンフォード大学(6) =11位トロント大学(21) 17位ブリティッシュ・コロンビア大学(41)
社会科学 マサチューセッツ工科大学(2) 16位北京大学(13) 17位シンガポール国立大学(17)

アジア大学の課題「芸術・人文科学」

 では、アジアの大学が抱える課題はないのか。THEが指摘しているのは「芸術・人文科学」分野の順位の低さだ。最高位はシンガポール国立大学の25位だが、20位内に評価されている分野が8分野ある同大学としては特に高い順位とは言えない。38位の北京大学は前年の28位から、39位の清華大学は前年34位からともに順位を下げている。北京大学は11分野のうち「芸術・人文科学」以外の10分野の順位はすべて25位内。清華大学もランキング外の「心理学」を除く残り9分野がすべて20位内であることから、これら両大学とも「芸術・人文科学」分野の順位の低さは目立つ。

 実用的で応用的な学問を優先させるため、中国をはじめとするアジア地域の政府は歴史的に文系を軽視してきた。社会科学の分野では大きな進歩を遂げたが、人文科学は構造的、歴史的、政治的な要因のために遅れをとっている。しかし、より広範な使命を目指す清華大学や北京大学のような総合大学にとって芸術や人文科学は、豊かな教養を身につけた卒業生を育て、世界的な評価を維持するために不可欠だ。芸術や人文科学への投資を増やし、国の高等教育政策や戦略を策定する際には、これらの学問分野をSTEM(科学・技術・工学・数学)分野と同等に扱う必要がある。こうした黄福涛広島大学高等教育研究所教授のコメントをTHEは紹介している。

「THE世界大学ランキング2025」上位100位内アジア・太平洋地域大学の分野別順位
(World University Rankings by Subject | Times Higher Education World University Rankings 2025 | Times Higher Educationから作成):―はランキング外、数字の前の=は、同順位(タイ)を示す
世界大学順位 大学 芸術・人文科学 ビジネス・経済学 コンピューター科学 教育学 工学 法学 生命
科学
医学・保健学 物理
科学
心理学 社会
科学
12 清華大学 39 6 13 7 13 19 15 15 =12 =20
13 北京大学 38 4 12 8 11 14 11 25 11 18 16
17 シンガポール国立大学 25 12 11 9 12 21 17 10 45 17
28 東京大学 65 28 37 24 31 30 27 25 =72 35
30 南洋理工大学 101-125 36 19 18 14 49 85 26 101-125 47
35 香港大学 =60 46 53 6 39 30 45 =21 =41 =57 =29
=36 復旦大学 126-150 27 58 101-125 =43 39 40 22 =98
39 メルボルン大学 48 40 50 =16 69 11 35 20 79 25 56
44 香港中文大学 88 47 30 11 56 59 =81 24 61 67 55
=47 浙江大学 151-175 41 32 62 27 40 46 76 60 201-250 101-125
52 上海交通大学 101-125 25 33 26 39 56 56 =41 89
=53 中国科学技術大学 94 52 46 85 =31
55 京都大学 101-125 90 67 52 =43 37 =46 54 87 72
=58 モナシュ大学 81 =67 61 19 =59 74 57 31 101-125 63 77
61 シドニー大学 45 =71 =69 =21 61 47 47 35 =85 50 49
=62 ソウル大学 151-170 =75 49 65 40 63 44 70 101-125
65 南京大学 151-175 101-125 66 58 74 86 =31 126-150
66 香港科技大学 126-150 33 28 33 101-125 64   101-125
=73 オーストラリア国立大学 65 81 81 101-125 31 =71 101-125 59 101-125 =29
77 クイーンズランド大学 126-150 65 101-125 40 68 =95 42 57 87 28 =68
=80 香港城市大学 101-125 48 57 =59 42 96 65 61
82 KAIST(韓国科学技術院) 201-250 176-200 39 35 87 =82 301-400
83 ニューサウスウェールズ大学 101-125 98 84 60 =51 35 =89 =71 =82 69 90
=84 香港理工大学 101-125 =37 74 41 151-175 151-175 =97 =68

影薄い日本の大学

 一方、あらためて明らかになったのは日本の大学の評価が見劣る現実だ。アジアだけでなく「THE世界大学ランキング2025」で上位100位内に日本より多い6校が並ぶオーストラリアの大学と比べても評価の低さは明らか。「THE世界大学ランキング2025」28位の東京大学は11分野中、「芸術・人文科学」、「法学」、「心理学」を除く8分野で上位50位内の評価を得ている。同じく55位の京都大学は「工学」と「生命科学」の2分野で50位内と評価されている。しかし、東京大学、京都大学を除くと50位内に評価された分野を持つ大学は一つもない。

 100位内に広げても東北大学(「THE世界大学ランキング2025」120位)が「工学」分野の62位をはじめ3分野、大阪大学(同162位)が「生命科学」分野の61位をはじめ2分野、「東京工業大学」(同195位)が「工学」分野の65位をはじめ2分野で100位内に評価されているだけだ。東京大学、京都大学とこれら3校を除く大学は「THE世界大学ランキング2025」で201位以下、500位までに入っている5校(名古屋大学、九州大学、北海道大学、筑波大学、東京医科歯科大学)を含め、100位内に評価された分野が全くないという結果となっている。

 日本の大学でもう一つ目を引くのは、「法学」分野で順位がついた大学が一つもないことだ。憲法と行政法、国際法、商法および会社法、刑法と司法、法理論と法哲学が評価の対象となっており、この分野での研究・教育の国際的レベルをうかがわせる結果となっている。

「THE世界大学ランキング2025」上位500位内日本の大学分野別順位
(World University Rankings by Subject | Times Higher Education World University Rankings 2025 | Times Higher Educationから作成):―ランキング外、数字の前の=は、同順位(タイ)を示す
(編集者注:東京工業大学と東京医科歯科大学は2024年10月1日付で統合し、東京科学大学と名称変更)
順位 大学 芸術・人文科学 ビジネス・経済学 コンピューター科学 教育学 工学 法学 生命
科学
医学・保健学 物理
科学
心理学 社会
科学
28 東京大学 65 28 37 24 31 30 27 25 =72 35
55 京都大学 101-125 90 67 52 =43 37 =46 54 87 72
120 東北大学 251-300 101-125 62 =89 101-125 =95
162 大阪大学 401-500 251-300 151-175 101-125 61 70 176-200 301-400 301-400
195 東京工業大学 90 =65 176-200 126-150 301-400
201-250 名古屋大学 251-300 201-250 251-300 176-200 126-150 201-250 176-200 251-300 251-300
301-350 九州大学 301-400 301-400 301-400 251-300 126-150 151-175 251-300 301-400 301-400 301-400
351-400 北海道大学 401-500 601-800 201-250 151-175 251-300 301-400 301-400
351-400 筑波大学 401-500 501-600 201-250 401-500 251-300 251-300 301-400 401-500 251-300
401-500 東京医科歯科大学 601-800 251-300 151-175

変わらぬアジア地域大学評価

 アジア地域とりわけ中国の大学の評価が高まり、日本の大学の低迷が指摘されて久しい。文部科学省科学技術・学術政策研究所が2016年11月に公表した「日本の科学研究力の現状と課題」改訂版は、2001~2003年と2011~2013年の10年の間に他の論文に引用された数がトップ1%の高被引用論文数で中国が10位から2位に急浮上した一方、日本が5位から12位に大きく順位を落とした実態を明らかにしている。同研究所が昨年8月公表した「科学技術指標 2024」は、日本のトップ1%高被引用論文数が世界12位のままである一方、中国は米国を上回る1位を維持している現状が示されている。

 2017年9月に公表された「THE世界大学ランキング2018」でも、シンガポール国立大学が、前年の24位から22位、北京大学が29位から27位、清華大学が35位から30位とそれぞれ順位を上げ、このランキングが始まった2010-2011年以来、上位30位内に初めてアジアの大学が3大学入ったことを明らかにしている。日本は2011~2015年の間、アジアで1位を維持していた東京大学がこの時点で46位、京都大学が74位と100位内に入ったのが2校だけとなっている。

 その後も中国の大学の躍進は止まらず2021年10月にTHEが公表した「世界大学評判ランキング 2021」では、中国の大学が人文・社会科学分野でも世界の有力学者による評価を高めており、総合評価を押し上げている実態が示されている。最新の「THE世界大学ランキング2025」でも清華大学が前年同様12位を維持し、北京大学が前年より順位を一つ上げて13位となり、上位10校にさらに迫った。さらに上位200位内に入った中国の大学は13校と前年と変わらないものの10校が前年より順位を挙げている。日本は上位200位内に入ったのは前年と同じ5校。東京大学が前年より順位を一つ上げたものの全体としては大きな変化はない結果となっている。

関連サイト

THE分野別世界大学ランキング「WorldUniversity Rankings by Subject

THE世界大学ランキング2025「WorldUniversity Rankings 2025

THE分野別世界大学ランキング2024「WorldUniversity Rankings 2024 by subject: arts and humanities

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