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【21-20】影響力大きい論文で中国1位 被引用数トップ10%米国抜く

2021年08月12日 小岩井忠道(科学記者)

 2018年に他の研究者に引用された回数が上位10%に入る影響力が大きい論文数で中国が世界一になったことが、科学技術・学術政策研究所の調査で明らかになった。国・地域あるいは個々の大学・研究機関の研究力を比較する上で、論文総数に加え、論文の影響力が測れる高被引用論文数が重要視されている。論文総数、高被引用論文数とも長年米国が1位の座を占め続けていた。論文総数で中国はすでに前年に米国を抜き1位になったが、被引用数がその研究分野の論文の中で上位10%に入る論文数でも1位となったのは初めて。

 10日公表された科学技術・学術政策研究所の調査資料は、同研究所が毎年公表している「科学技術指標」の最新版「科学技術指標2021」。2018年(2017~2019年の年平均)に公表された自然科学系22分野の論文を対象に各国・地域の研究力を分析している。論文の中で国際共著論文の数を各国・地域に割り振る(加算する)方法として「整数カウント」と「分数カウント」の二つの方法を用いている。整数カウントが一つの共著論文に関与した国に一律に1を付与するのに対し、分数カウントは、国のいくつの機関が関与したかも加味し、国の寄与度を分数で示す(足し合わせると共著論文一つにつき1となる)。分数カウントの方が、共著論文に対するそれぞれの国の貢献度がより把握できるとしている。中国が初めて1位になったのは、被引用数がその研究分野でトップ10%に入る論文を分数カウント法で評価した結果だ。

 

国・地域別Top10%論文数:上位10カ国・地域(自然科学系、分数カウント法)

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(科学技術・学術政策研究所「科学技術指標2021」から)

 中国のトップ10%高被引用論文数は、40,219で前年の33,831に比べ約19%の増。トップ10%高被引用論文の約4分の1(24.8%)を占めている。米国は37,124(トップ10%高被引用論文の占める比率は17.6%)と、前年の37,871からわずかに減っただけだったが、中国の大きな伸びの前に初めて1位の座を明け渡すことになった。10年前(2007~2009年平均)、20年前(1997~1999年平均)に比べ、中国の躍進ぶりが分かる。続いて3位英国8,687(同5.4%)、4位ドイツ7,248(同4.5%)、5位イタリア5,404(同3.3%)、6位オーストラリア4,879(同3.0%)、7位カナダ4,468(同2.8%)、8位フランス4,246(同2.6%)。前年と比べると中国と米国、カナダとフランスの順位が入れ替わっただけで8位までの顔ぶれは変わらない。

 トップ10%高被引用論文数の分析結果から、中国が優位な研究分野は材料科学、化学、工学、計算機・数学であることが分かる。一方、米国は臨床医学、基礎生命科学、物理学、英国は臨床医学、基礎生命科学、環境・地球科学のシェアが他分野と比べて高く、優位な研究分野となっている。

 日本は3,787(同2.3%)と前年より数字を落とし、順位も前年10位だったインドに抜かれ9位からこれまでで最も低い10位に下げた。影響力が大きな論文数で見劣る現状は、論文総数の比較からも見て取れる。分数カウント法で日本の論文総数は65,742と中国、米国、ドイツに次いで4位に入っている。世界全体の論文に占める比率(シェア)は4.1%だが、トップ10%高被引用論文数になるとシェアも2.3%に低下してしまう。さらに中国、米国、英国、ドイツが多くの分野でトップ10%高被引用論文数シェアの方が、全体の論文数シェアを上回るのに対し、日本は、逆に多くの分野で論文数シェアよりトップ10%高被引用論文数シェアより低い。影響力の大きな論文の生産で見劣りすることが分かる。

 

国・地域別論文数:上位10カ国・地域(自然科学系、分数カウント法)

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(科学技術・学術政策研究所「科学技術指標2021」から)

トップ1%論文数も中国急迫

 一方、被引用数が上位1%に入る、つまりより影響力が大きいとみなされるトップ1%高被引用論文数は、米国が1位を維持した。ただし、こちらも中国は全年より約12%増やし4,046と1位の米国4,413との差を詰めている。中国の急迫ぶりは、両国のトップ1%高被引用論文数が、全体に占める比率(シェア)からも明らか。米国が前年の29.3%から27.2%にシェアを落としたのに対し、中国は21.9%から25.0%に増やしている。

 米中両国が抜きん出ている傾向は、トップ1%高被引用論文数でトップ10%高被引用論文よりも際立っている。3位の英国970(同6.0%)以下との差はますます広がった。日本は、ここでも前年同様9位322(同2.0%)と振るわない。

 中国の躍進がいつから始まったのか。過去の「科学技術指標」を見てみるとわかる。分数カウントで中国は1986年(1985~1987年平均)に論文数4,382(シェア0.8%)18位でトップ10%高被引用論文数146(同0.3%)22位。1996年(1985~1987年平均)になっても論文数14,674(同2.0%)12位、トップ10%高被引用論文数582(同0.8%)16位だった。しかし2006年(2005~2007年平均)には論文数72,649(同7.6%)と米国に次ぐ2位に急浮上している。トップ10%高被引用論文数も3,799(同4.8%)と5位。ただし、1位の米国(論文数240,462、トップ10%高被引用論文数29,285)との差はまだ歴然としていた。

 

1986年(1985~1987年平均)国・地域別論文発表数:上位25カ国・地域

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2006年(2005~2007年平均)国・地域別論文発表数:上位25カ国・地域

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(「科学技術指標 2009」から)

 トップ10%高被引用論文数でも米国に次ぐ2位につけたのは2011年。12,126と米国の37,857との差を詰め、シェア差も32.0%対10.3%に縮めた。その後は、年々、米国との差は縮まる一方。前年の「科学技術指標2020」では、数で37,871対33,831、シェアで24.7%対22.0%という僅差に詰め寄っていた。

次の飛躍狙う動きも

 論文数でみる中国の躍進ぶりは、早くから日本国内でも多くの人たちが注視していた。2016年6月に科学技術振興機構(JST)中国総合研究交流センター(現アジア・太平洋総合研究センター)主催の研究会で講演した沖村憲樹JST特別顧問(当時)は、中国の科学技術水準が当時すでに多くの面で日本を追い抜いていることを指摘している。沖村氏が強調したのが、中国の科学技術政策重視は、毛沢東が中国科学院をつくったとき以来の長い歴史を持つという事実。国の科学技術に対する財政歳出が大きい理由として氏は、「科学技術進歩法」の存在に注意を促した。この法律に含まれる「国が科学技術の経費に投入する財政資金の増加は、国家財政における経常収入の増加幅を超えるものとする」という条文が、決定的な役割を果たしていることを強調している。

 一方、論文数と高被引用論文数の急激な増加に対し、問題点もあることを指摘する声も聞かれる。林幸秀JST研究開発戦略センター上席フェロー(当時、現ライフサイエンス振興財団理事長)は、2017年7月にJST主催の研究会で講演し、「被引用回数の多さを過大視すべきではない」と次のように指摘している。「研究者同士の評価が特に中国では難しいため、論文という定量的な評価を重視せざるをえない。さらに、競争的研究資金が有力研究者に集中しがちなことや、はやりの研究分野,研究テーマに研究者が集中し、論文も急増する傾向がある」。被引用数が多い論文が多いことをもって、独創的な研究も多いとみなすことに疑問を呈した指摘だ。

 こうした懸念を中国自身がすでに気づいているとみられる動きが中国国内で起きている。昨年8月に開かれた日本学術会議主催のフォーラム「学術振興に寄与する研究評価を目指して」で、中村栄一東京大学総括プロジェクト機構特任教授が紹介した同年2月に教育部・科学技術部が出した通知だ。「単科大学および総合大学におけるSCI論文に関する指標に使用規制と、正しい評価の方向性の樹立について(关于规范高等学校SCI论文相关指标使用 树立正确评价导向的若干意见)」と題する通知について中村氏は次のような見方を明らかにしている。

 SCI(Science Citation Index)というのは、国際情報サービス企業が持つデータベースで、論文がどのように引用されているかを調べるために広く使われている。教育部・科学技術部の通知には、「研究評価においてSCI関連指標を直接的な評価指標にしない」、「研究分野の特徴に留意しながら透明性の高いピアレビューシステムを確立する」と言った記述が含まれている。学位審査から人事考査、研究費配分、大学や研究機関のランキングに至るあらゆる目的にSCI指標が使用されることの弊害が目立つようになった。研究業績偏重のため、教員が教育、管理運営、社会貢献に興味を持たなくなり、研究面でも、知的好奇心に端を発する独創的な研究に時間を割いて取り組まず、短期間で成果が出やすいテーマを選ぶ、といった問題も出てきているのが通知の背景にある、というのが中村氏の見方だった。

「基礎研究については論文の革新性と科学的価値、応用研究と技術革新では新技術・新製品創出、および実質的な産業貢献が重要」。通知にはこうした研究の価値に対する考え方にも大幅な変更を求める記述が含まれていることを紹介し、中村氏は「研究の目的と評価のありよう双方を抜本的に見直すことを明確にしたこれらの具体策を中国は必ず実行するだろう」との見通しも明らかにしていた。

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日本学術会議主催学術フォーラム「学術振興に寄与する研究評価を目指して」(2020年8月29日、オンライン配信画像から)

関連リンク

科学技術・学術政策研究所「『科学技術指標2021(調査資料-311)』及び「科学研究のベンチマーキング2021(調査資料-312)」の結果公表について

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