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【19-015】熊本からイノベーション先進国「中国」を体感して

2019年10月7日

松田英生

松田 英生:
熊本県企画振興部企画課政策班 主幹

熊本県(天草市)出身。熊本県立大学総合管理学部を卒業し、熊本県庁に入庁。
八代地域振興局福祉課、健康福祉政策課、くまもとブランド推進課を経て平成27年4月から現職。

1 はじめに

 私は、2019年6月24日から29日までの日程で、「中国政府による日本の若手科学技術関係者の招へいプログラム」に参加し、北京や福州において、中国の最先端の科学技術の現状を体感し、様々なことを学ばせていただいた。

 このプログラムは、科学技術振興機構(JST)と交流がある中国科学技術部により立ち上げられたものであり、日本の若手科学技術関係者を中国の一流大学や研究機関、有名企業等に招き、中国のイノベーションの現状を学ぶとともに、科学技術分野における両国の交流を深め、日中交流と科学技術分野における両国の発展に貢献することを目的としている。

 このプログラムは、平成28年度から実施されているが、今回、熊本県庁から初めて私が参加させていただいたところである。

 正直に言うと、そもそも、私は、熊本県庁で行政職として勤務する職員であり、「日本の若手科学技術関係者」であるかと問われると、正面から「はい、そうです。」とはなかなか言いづらい立場である。しかしながら、本プログラムに参加させていただいた手前、科学技術について、少なからず言及する必要があることから、まずは、私の職務内容を紹介させていただきたい。

 私は、熊本県庁で企画振興部企画課という部署に在籍しており、おおざっぱに言うと産・学・官の連携に関する業務を担当している。ちなみに、余談ではあるが、その前は「くまもとブランド推進課」という部署に在籍し、今では、世界進出を果たし、関連商品の売り上げが年間1,500億円を超えた「くまモン」のプロモーションを担当していた。その時に、くまモンのプロモーション活動の一環として、台湾と香港に訪問したことはあるが、中国本土への訪問は今回が初めてである。今回の中国訪問において、繁華街でくまモングッズを見かけることができた。また、現地の大学で、おそらく学生が描いたと思われるくまモンのイラストも見かけ、感慨深いものがあった。ただし、繁華街で見かけたくまモングッズは、無許諾のものであったため、これから述べる科学技術強国である中国とは相反する闇の部分であり、なんとも複雑な気持ちになったところである。

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熊本県営業部長 くまモン(Ⓒ2010 熊本県 くまモン)

 閑話休題。現在、私が担当している産・学・官の連携に関する業務の中で、具体的なものとして、文部科学省の交付金(地域イノベーション・エコシステム形成プログラム)を活用し、熊本大学や県内企業等と連携して、有用植物からエイズや癌、慢性腎臓病等の治療薬を開発する「有用植物×創薬インテグレーションシステム拠点推進事業」というプロジェクトがある。このプロジェクトは、最先端の科学技術を活用して、①医薬品等の原材料となる有用植物について、これまで困難だった高品質で安定的な人工栽培手法となる環境再現型栽培システムの構築と、②有用植物からリード化合物の抽出まで自動化・一貫して行う有用植物評価システムラインの構築などを行い、高品質生薬等素材の安定供給や革新的医薬品の創出などを行うというものである。私が科学技術関係者と言える所以は、唯一ここにあると考えている。

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革新的医薬品の創出を目指す熊本大学産業イノベーションラボラトリーの開所式:2019年5月

2 中国訪問

 さて、前置きが長くなったが、中国への訪問についてである。

 まず、6月24日から26日までの日程で北京を訪問し、清華大学や中関村サイエンスパークの視察、中国政府関係者等との交流座談会などが行われた。

 清華大学は、20学院(学部)、58系(学科)を有する研究型総合大学で、2018年のQS世界大学ランキングで17位、タイムズ紙が公表した世界大学ラインキングで30位と中国のハイレベル人材育成と科学技術研究のための重要な拠点である。科研費は、政府から60%、産業界から40%の支援を受け、インテルなどの世界的トップ企業との共同研究を実施しており、現在、2,000を超えるプロジェクトを進行中とのことであった。国からの科研費に依存し、産業界との共同研究が進んでいない日本の大学との大きな違いを感じるとともに、中国の科学技術が急速に成長している一因ではないかと感じた。この産業界と大学との共同研究は、①企業からの依頼、②大学OBが有名企業に就職し、OB経由での依頼、③大学自らが企業に依頼、という3本の矢で構成されており、企業との共同研究が行われやすい仕組みができていた。なにより驚いたのは大学OBの企業経営者からの寄付金により最新鋭の機器を装備した建物(ビル)が建設されており、その規模に圧倒されたところである。

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清華大学

 中関村サイエンスパークは、ハイテク企業が22,013社、企業の総収入が5.1億元(約87兆6,600億円)、2017年にイノベーション企業が新たに2万9千社設立されるなど、中国国内で企業が最も盛んに行われている地域である。約90の大学、400の科学院・研究院、120の国家級重点実験室、90の国家エンジニアリングセンターを有しており、無人運転、ビッグデータ、コンピュータービジョン、ディープラーニング等の技術が進み、世界の最先端に近づいている。

 このことから、ベンチャー・キャピタルが活性化しており2万人以上の投資家を集め、100以上の銀行が立地し、スタートアップ企業への支援が特化していた。リスクを恐れるあまり、ベンチャー企業への投資が遅々として進まない日本の起業後進国を打破するヒントがここにあるのではないだろうか。

 次に6月27日から28日までの日程で、福州市を訪問し、福州大学や福州ハイテク区、最先端企業等を視察した。

 福州大学は、国家「双一流(世界一流大学)」構築の対象校であり、「211プロジェクト」(中国国家重点大学)の指定校となっており、化学、工学、材料科学の3学科は、世界トップ1%に入っている中国でも有数な大学の一つであった。

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福州大学

 福州ハイテク区では、世界でも重要な影響力を持つ構造化学関連企業や3Dプリンティング先端研究企業、ICTアプリケーション企業など、いくつかの最先端企業を視察した。その中で最も印象的だったのは、「福建仙芝楼生物科学技術有限公司」という科学研究、栽培、生産、販売、観光事業を一体化した企業である。ここは、「霊芝」という有用植物(キノコの一種)などを活用し、漢方薬を研究・生産するハイテク農業産業化における国家重点企業である。霊芝サプリメントを100種類以上研究開発するとともに、特許を20件以上保有し、生産高とシェアは、いずれも業界トップ3となっている。霊芝製品の輸出額はここ数年連続して業界トップで、アメリカ、日本、東南アジアなど約30か国・地域に進出している。

 先に述べた私が携わっているプロジェクトにおいては、有用植物を活用して革新的医薬品の創出を最終目標としているものの、その前段として、健康食品や化粧品、漢方薬等も出口戦略として構想していることから、この企業に相通じるものを感じた。

 さらに、このプロジェクトを実施するに当たっての背景として、①漢方薬の原材料の約8割が中国に依存しており、国内原材料のシェア拡大には至っていないこと、②需要増加や乱獲による薬用植物の減少等を背景に生薬が高騰、コスト増大等により、今後の漢方薬マーケットにも悪影響を与えるおそれがあること、を課題として認識しており、今後、中国に依存しない国内での高品質・安定的な生薬生産体制の構築を目指しているところである。このことから、この企業に大きな脅威を感じる一方、今後の目指すべき姿のヒントを得ることができた。今回の視察では、時間の都合上、表面的な部分しか見ることができなかったため、今後、連携の可能性も含めて、もう少し、この企業に対する学びを深めたいと考えたところである。

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福建仙芝楼生物科学技術有限公司

3 おわりに

 今回の中国訪問を通じて、大きく2つのことを感じた。

 1点目は、学生や研究者、企業経営者等から、現代日本にはないハングリー精神を持っているということである。特に大学生の強い学習・研究意欲が印象深かった。これは、①日本の高度経済成長時代にも似たような経済発展を遂げている中国の現状と、②近年、欧米等に多くの留学生を輩出していることにより、アメリカなどの潮流を汲んでいること、が要因ではないだろうか。大学入学を最大の目標とし、グローバル化が遅れている日本の大きな課題を感じた。

 2点目は、イノベーション・エコシステムの確立である。中国では、国内各地にサイエンスパークなどのイノベーションの機運を高める地域を指定し、集中的な投資を行うことで、いくつものユニコーン企業を誕生させている。集中投資に二の足を踏む日本との圧倒的な差を感じた。ここで誕生したユニコーン企業や成功した企業などが、大学や研究機関等に桁違いの寄付金を還元するとともに、リスクを恐れないベンチャー・キャピタル等により起業化支援を実施しており、既に「イノベーション・エコシステム」が確立されている。また、少しでもイノベーションの可能性があるプロジェクトには、失敗を恐れず投資を惜しまないという風土は、リスクを恐れて慎重に投資を行う日本とは全く異なっており、日本も見習うべきである。この風土の違いが、近年、アメリカに次ぐ世界第2位の科学技術強国となっている中国と日本との差に繋がっているのではないだろうか。

 私が中国を訪問した期間は1週間とそれほど長い期間と言えるものではなく、私が体感した中国は、表面的な部分に過ぎないかもしれない。それでも十分な学びを得ることができた。これをきっかけとして、これからより深く中国について学んでいくとともに、更なる交流を深めていきたいと強く感じたところである。

 最後になるが、このような素晴らしい機会をご提供いただいた、中国政府及び日本政府関係者の皆様に、感謝するとともに、現地で交流を深めていただいた日本の若手科学技術関係者の皆様に感謝申し上げる。

 この素晴らしいプログラムを熊本県の関係者に広く周知し、熊本県として、今後も継続して参加させていただきたいと考えている。このことにより、中国の最先端の科学技術を学ぶこと、及び現地の研究者等との交流を通じて、熊本県の課題解決を図るとともに、科学技術を活用した地方創生に取組み、熊本の発展、ひいては日本の発展に繋げていきたい。

(以上)