中国実感
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【20-012】中国は今

2020年6月18日

吉富 萌子:
環境省地球環境局総務課脱炭素化イノベーション研究調査室

2016年3月環境省入省。地球環境局国際連携課、水・大気環境局水環境課海洋環境室を経て、2018年4月から現職。

 「あっ!CONTRAILペイント機だ!」離陸のために滑走路へと進む飛行機の窓から、すれ違うJALの機体に、民間国際定期便による大気観測プロジェクト"CONTRAIL"の緑色のロゴを見付けた。特別塗装機は僅か2機体しか存在せず、その一つをこの瞬間に見た偶然は、これから始まる「中国政府による日本の若手科学技術関係者の招聘プログラム」(以下、プログラム)において、中国の大気質の変化を体験すること、また中国の大気環境・気候変動対策やイノベーション戦略から大きな学びとエネルギーを得る強い予感を私に与えた。

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CONTRAILペイント機

 飛行機は北京上空に到達。北京首都国際空港上空を旋回する間に機内の窓から見た空は、時には航空機の着陸が許可されないほど大気汚染の影響で視界が遮られている空を想像していた私の期待に反して、里坊制の街並みがはっきりと見える青空だった。

 2019年10月21日から26日まで、中央省庁や大学・研究機関等から集まった92人の訪中団は、北京及び、杭州又は厦門を訪問した。このプログラムは、中国政府科学技術部が主催し、科学技術振興機構(JST)と中国科学技術交流センターが、科学技術政策・研究に携わる日本の若者を中国に招き、科学技術分野における両国の人文交流を深め、科学技術分野における日中間協力の将来発展をより確実なものとすること、両国の科学技術の発展に貢献する人材を育成することを目指して、2016年以来、開催している。

 北京の晴れ渡る青空が何によって実現しているのか――これを理解することこそ、私の今回のプログラム参加の最大の目的だった。

 中国政府は2007年以降、良好な空気を保証するためとして、五輪や国際会議期間中、あるいは深刻な大気汚染が3日間続いた場合に、北京市内を走行する車両に対して、ナンバープレートの偶奇数による交通規制を行い、深刻な大気汚染を一時的に軽減することに成功してきた。五輪開催当時、衛星観測データから、窒素酸化物排出量が一時的に劇的に減少した様子を見て、大学院生の私はオフィスメートと共に研究室で大きな感嘆の声を上げたものだ。

 しかし、その青空を見た1時間後に地上で見たものは、緑色のナンバープレート装着車による大渋滞だった。緑色のナンバープレートは電動車両(EV)であることを証明している。中国政府は、クリーンな青空を目指す取組「衛藍行動」を展開し、石炭の使用比率を低下させ、旧式排ガス規制車を廃車させてきたほか、今日では、EVにはナンバープレートを無料発行する等優遇措置を取る一方で、ガソリン車両には通過率1%程度の抽選制ナンバープレート発行制度を取っている。さらに、北京市だけで米国全土とほぼ同数のEV充電ステーションを設置する等、官主導でインフラ整備を促進しているという。

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青色と緑色のナンバープレート

 今回の訪中で国家の最重要課題の一つに掲げられた大気汚染に対して、「政府目標は必ず達成する」という強い意思と、石炭から天然ガスへの燃料源切り換えや電気自動車の積極的な導入等により、中国が「青空」を取り戻していることを目の当たりにした。

 もう一つの私の関心事は、海亀(ハイグイ、海外留学から帰国した中国人)の増加の背景を正確に知ることであった。

 中国では90年代以降、より良い教育を受けるために欧米高等教育機関への留学者が多くなり、近年は増加率が頭打ちであるものの、その数が減ることはない。一方で、欧米の教育を受けた高度人材は、以前は留学国で就職し、永住権を取得する割合が高かったが、今では学業を修めた後に中国に帰国する割合が劇的に増えている。私自身が2000年以降に留学した当時、どこの国でも、キャンパスの至る所で中国人留学生を見かけた。自分は、日本人がほとんどいなかったこともあり、専門外で自分の語彙が十分とは言えない科目に関して、他人の議論を聴き取ることで精一杯になり、積極的に発言ができないことが悔しかったので、母国語でも議論ができる中国人留学生を羨ましく思ったものだ。

 2010年頃の米国では、自分より5年程上の学年までは学位取得後にそのまま留学国に残っているケースが多かったが、それ以降の世代は次々に中国に戻り、欧米で研究した最先端の知識・技術を持ち帰り、帰国後も留学時代の人脈を生かして、欧米の研究機関と共同研究を行っているケースが増えている。

 今回のプログラムを通じて出会った海亀によると、彼が帰国を決めた背景には、主に(1)中国政府による、魅力的な優遇条件を付与した上での優秀な人材の呼び戻し政策、(2)世界の最先端で研究してきた技術・知識により、自国が一番発展する時代において自国の科学・技術発展に貢献できるという誇り、(3)「一人っ子」としての両親への責任、があるという。

 海亀は起業にも熱心である。中国は米国に次いでユニコーン企業を多く持ち、北京は米国のシリコンバレーに次ぐ世界第2のユニコーン企業輩出都市となっている。シリコンバレーに置かれた「連絡事務所」が帰国後に起業を希望する高度人材をスカウトし、専門分野に関して中国国内の帰国留学生用のインキュベータ「留学人員創業園(パイオニア・パーク)」とマッチングを行うほか、帰国後は、無料のインキュベーションオフィスのスペースや、税金・融資の優遇制度、政府主導の研究・起業支援などを提供している。

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インキュベータオフィス

 インキュベータは1988年以来、「火炬計画」に沿って、国が主導して開発する産業拠点「高進技術産業開発区(サイエンス・パーク)」に併設され、高度技術を基盤にした起業を支援してきた。我々が訪問した北京の「中関村サイエンス・パーク」は第1号の高進技術産業開発区で、広大な区域に、清華大学のサイエンス・パークや多くの大学・研究機関・企業の研究施設、工業団地が立地していた。30年を超える取組を経て、今は「分野の専門化」を実現し、国際的に競争力があるインキュベータの重点的整備を目指しているという。

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広大な土地に最先端の設備を導入し、技術イノベーションを牽引する中関村の俯瞰図

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中関村で開発されたロボット

 中国政府は、科学技術による革新が国の発展の原動力であるとして、科学技術を重視する姿勢を明確に打ち出しており、科学技術予算もGDP以上の伸び率で年々増加している。特許取得総件数や政府研究開発費等は、ついに米国を超えて、世界一だ。

 2008年からは「千人計画」を通じて、海外で重点分野の第一人者として活躍する人材を呼び戻し・招聘を積極的に行っている。さらに、2011年からは若手研究者の呼び戻しを強化するべく、40歳以下で、海外一流大学の博士課程修了後に、海外一流大学で教職に就くあるいは一流研究所で研究員を務めるなどの経歴を持つ人材まで対象を拡大した。対象者には、多額の研究資金支援に加えて、中国では自由度が非常に低い戸籍制度に制限されない居住地選択や研究機関における高役職からのスタート、高水準の給与・手当等が保証されており、有能な若手人材に早い段階での帰国を促し、中国国内で育成している。長期戦略の下で国が投資する研究費を確保し、国策として有望な学生を海外派遣し、学位取得後は好待遇で呼び戻すと、彼らは学問及び産業振興等経済成長の担い手として活躍する。また、海亀に限らず海外から高度人材を好待遇で招致することにより、ひいては全球規模での共同研究を構築することになり、国際的な「頭脳循環」を実現している。中国は1990年代に深刻な「頭脳流出」を経験し、人材への投資の重要性を認識したため、2000年代以降にこれだけ積極的に海亀を優遇するようになったのだという。実際、海亀の急増が科学技術人材層の形成に寄与し、経済発展や科学論文数・特許数増加の大きな推進力となっているそうだ。

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中関村の世界事務所を示す地図

 大気質改善の体験から始まった今回のプログラムでは、中国の科学技術進展の勢いに圧倒された。中国の一番の強みは、長期的展望に基づく科学技術政策・人材育成への確実な投資を実現していることにあると、私は強く感じた。時間をかけた人材育成・招致政策が、IT産業革命の波に乗り、中国におけるイノベーション政策は一挙に花開いている。

 基盤には科学技術に基づく国家発展の大指針があり、各政策は世界時流を捉えて軌道修正もなされながら、国の発展に貢献してきた。今回のプログラムを通じて見えた中国の方針は、地域化の充実とさらなる国際化の強化である。サイエンス・パークは従来、優秀な高度人材を集めて発展し、国のイノベーション戦略や産業発展を実現してきたが、今は各地域におけるイノベーションの核となり、地域の経済発展を実現することをより追求する段階という。そこでは受動的な産業集積ではなく、最先端の研究開発から新産業を創造しようとする勢いが感じられた。一方で、従来は海外の競争力がある企業・研究機関を中国内のサイエンス・パークに誘致してきたが、今では他の先進国にもサイエンス・パークを展開し、中国企業が海外展開や技術移転する際の拠点、さらにはアジア・アフリカ等の途上国には、ネットワーキングの場として科学技術イノベーション基地等を共同建設しているという。

 中国の若いイノベーション人材達に話を聞くと、とりわけ感謝しているのは、試行錯誤の研究価値を重視した創造イノベーションを奨励し、失敗に寛容で、失敗を許容する長期的な投資が行われている環境だという。さらに、産業政策を政府補助金からファンドに切り替えたことも奏功し、イノベーションを支えるファンドは急速に伸びているという。

 だが、プログラムを通じて、勿論、これらの取組が完璧ではないことも垣間見た。建設ラッシュの地区に行けば、「降雨なしには青空は見られない」と聞いたし、シベリア高気圧が弱く、高気圧の中心が北京周辺に位置すれば、風が弱く大気が安定し、大気汚染物質が高濃度になりやすい気象条件が形成されることから、北京で「大気汚染警報発令」のような深刻な状況になることは今後もありうるだろう。また、政府によるEVインフラ支援が補助金であることから、自動車がほぼ通らないところにも拘わらず、EV向け充電スタンドが無駄に造られている現状があることも聞いた。インキュベータも、設備は過剰なほど整ったが、ファンドとのマッチングの支援等が行き届いていない等の改善すべき点があるそうだ。さらに、中国では人材の早期育成が行われ、幼い頃からずっと、人材として一生涯「選ばれる」ことが重要で、競争に生き残るためには特に精神的に大きな負担も受け入れた人生を生きていることを知った。

 継続は容易ではない。

 冒頭で書いた国際定期便航空機による温室効果ガス観測は、1993年以来継続されており、上空の南北両半球の温室効果ガスの緯度分布データとして世界最長の蓄積を持つ。航空会社の厳しい経営状況や、今のCOVID-19による大幅減便の中でさえも、地球温暖化メカニズムを解明したい研究者と協力企業の社会貢献に対する積極的な姿勢により、観測継続を実現し続けてもらっている一例だ。

 私は今、環境省において、気候変動及び多様な分野におけるその影響を、中・長期的な視点から観測、監視、予測並びに評価する研究より、行政課題の解決に資する科学的知見を集積する業務に従事している。我が国は、世界的にも有数の観測能力・観測網を構築してきた一方で、その持続的な運用・開発を実現する見通しが立っていない課題に直面している。今後、気候変動が継続し、その影響が拡大すると予測される中で、気候変動プロセス及びその影響を正確に理解し、気候変動予測の精度向上や不確実性の低減を実現させるには、継続的な地球観測の重要性がさらに高まることは自明である。さらに、気候変動のみならずSDGsや防災・減災、生物多様性保全等の政策判断や経済活動においても、地球観測データのさらなる貢献が見込まれている。私はプログラムを通じて、中国政府の長期的視点に立った科学技術政策や投資を参考に、地球観測の継続性の確保に向けた戦略を考えていく必要性を再認識した。

 日中間では長年、環境保護分野における協力が行われてきた。日本から中国に対する円借款や技術協力等の支援のうち、1/3以上が環境分野の案件だ。1996年には北京市に日中友好環境保全センターが建設され、環境政策立案、観測・分析、人材育成等の面で人材交流が行われている。特に日本が風下に位置するため影響を受けやすい越境大気汚染問題に関しては、暖房燃料を石炭から天然ガスに転換する技術協力や観測機器の提供等を通じて、二酸化硫黄や窒素酸化物の総量削減に貢献している。しかしながら、技術協力だけでは解決できず、実効性を伴わせるには、政府間合意が欠かせない。今後も、様々な分野における環境協力を進めていく必要がある。

 科学的知見は、時として武器になり得る。科学的知見に基づいて、相手を説得したり、共通認識を作ったり、ひいては共通利益を提案する環境外交の形もある。中国政府と協力し、科学立国として互いに科学的知見に基づく環境協力を実現し、環境汚染や気候変動に対峙していきたい。

 最後に、この素晴らしい学びの機会を与えてくださった中国政府、受け入れてくださった機関の関係者に感謝申し上げる。