【20-026】家庭料理を作るのは誰?
2020年10月21日
斎藤淳子(さいとう じゅんこ):ライター
米国で修士号取得後、北京に国費留学。JICA北京事務所、在北京日本大使館勤務を経て、現在は北京を拠点に、共同通信、時事通信のほか、中国の雑誌『瞭望週刊』など、幅 広いメディアに寄稿している。
北京には水餃子やジャージャン麺、黒酢白菜炒めなど、数々の美味しい家庭料理があるが、これらは一体誰が作っているのだろうか?
日本人が「家庭料理」ときいて連想するのは「お母さん」かも知れないが、北京を始めとする中国の大都市ではそうとは限らない。この習慣には南北差があるが、中国の男性の台所仕事はすでに年季が入っている。1950年代から男女平等と共働きを掲げる社会義制度のもと、中国の都市部では女性の社会進出が進み、男女間での家事の分担が当たり前の家庭の風景になっているからだ。
北京では男性の台所仕事は年季が入っている。父の料理で育った人も多い。
いまの50歳代以下の世代は料理を始め、家事をする父親の背中を見て育ってきた。「料理は女性」のイメージは、日本ではなかなか打破されない固定観念だが、北京などではほぼ消滅している。
さらに北京の先を行く地域もある。一般的に南方の男性は甲斐甲斐しいことで知られ、料理上手も多い。例えば随分前のことだが、上海の知人のオフィスでは夕方になると毎日、夕食の献立で悩む夫が妻に相談の電話をかけてくるのだそうだ。何という家庭的な夫だろうか!
一方で、北京を含む北方一帯は、伝統的には南方より亭主関白色が強い。料理はするが、このレベルには達していない。ただ、中国全体で、近年人気なのは、圧倒的に南方タイプの「暖男」と呼ばれる男性だ。芸能人でも料理の名人は女性より男性が多い。こんな感じで中国の都市部では料理は「時間がある人が作る」というスマートな常識ができていた。
ところがいまでは一人っ子同士のカップルから成る世帯が増え、厨房で異変が起きている。例えば、30代既婚女性で北京でバリバリ働く一人っ子のZさんは「料理はできないし、作らない。両親が作ってくれるから」という。なるほど、これが噂に聞く一人っ子世代の新しい結婚のカタチらしい。ネットで見ても「両親が作るから、私は一度も台所に入ったことが無い」とやや得意気に宣言する既婚女性は多い。
あくまで一例だが、昨年、ネット上で約200人の全国の乳幼児の父母が参加した調査では「食事を作るのが多いのは誰?」に対し、パパが36%、祖父母とパパが35%、ママは29%だった。また、夕方、蘇州のマンションの窓から見た近所世帯の台所の主は夫が3世帯、妻が1世帯、夫婦両方が1世帯だったというのぞき見調査結果(!)もある。
若者の厨房では以前から見られた男性比率の増加に加え、新たに両親の比率も増えているようだ。中国では元々退職世代が働き盛り世代の後方支援をする二世代協力の伝統がある。少し前までは、確かに私の周囲でも産後や幼児の就学前まで期間限定で親に同居してもらい、子供の面倒を見てもらっている夫婦も珍しくなかった。ただし、基本は一世代世帯が主流だった。
それが、最近はZさんのように一人っ子同士のカップルは、結婚直後から二世代で同居(又は同じマンション内など近所に居住)し、家事も親任せスタイルというのが増えている。若夫婦は親の準備してくれる料理を食べ、また、出前サービスも豊富なので、自分で作る意欲も必然性も一向に生じないということらしい。一抹の不安が過るが親子が一体化した一人っ子社会は既に到来している。
このように、北京では家庭料理は女性のものとする古い固定観念は早々に打破されている。「誰が作るか」を卒業した北京の家庭料理。これからは、いかに楽しく食べるかが問われるようになるのかも知れない。
北京の家庭料理を代表する水餃子。かつては誰でも作れた餃子だが、一人っ子世代では「一切料理はしない派」もいる。
※本稿は『月刊中国ニュース』2020年11月号(Vol.105)より転載したものである。