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【22-13】月の表と裏 小天体の衝突により生じた「二分性」

唐 芳(科技日報記者) 2022年06月14日

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(画像提供:視覚中国)

 今回の研究で、南極エイトケン盆地(SPA)の衝突の過程をシミュレーションした結果、衝突によりマントルにマントル・プルームが発生し、それにより深部の放射性元素が月の地殻や地表に持ち上げられたことを示していた。このシミュレーションでは、SPA盆地を形成する各種ダイレクトな衝突や斜め衝突を再現した。どの衝突であっても、マントル・プルームが発生するエリアや方向は全て同じであり、月の表側に向かってしか発生しないことが分かったことは特筆すべきだ。

 NASAのアポロ計画の時代から、科学者は月には表と裏があり、表側は常に地球に面している一方、裏側は地球とは反対に位置している。表の地形は比較的平坦であるのに対して、裏の地形は凸凹があり、隕石などの衝突によって生じたクレーターがたくさんあることを知っていた。

 月の表と裏の非対称性はこれまで、月をめぐる謎の一つとなってきた。

 科学者は最近、月の表と裏の非対称性に関して、全く新しい説を発表した。「数十億年前に、月の裏側の南極付近にある巨大クレーター『エイトケン盆地』(SPA)ができるほどの衝突により、月全体に影響を及ぼす巨大なエネルギーが発生し、そのうちのマントル物質の融解が促進され、希土類元素(REE)や天然放射性元素のトリウム(Th)、カリウム(K)、リン(P)などが、衝突エリアとは反対の月面に達し、岩石『KREEP』が形成され、月の表側の嵐の大洋とその周囲に散らばった。天然放射性元素が集まり、月面に溶岩流が生じ、最終的に、月の表側に火山平原が形成された」という説だ。関連の研究結果は、学術誌「サイエンス・アドバンシス」に掲載されている。

 中国科学院国家天文台研究員の平勁松氏は科技日報の取材に対して、「今回の研究は、月の表と裏の形成原因を解き明かすための説得力ある分析を提供している」との見方を示す。

月の表にあるKREEPは裏の盆地と関係がある可能性

 科学者が注目しているKREEPは、月の火山活動が何万年も続いた原因でもあると考えられている。KREEPは、岩石に豊富に含まれている不適合元素のカリウム(K)、希土類(REE)、リン(P)から名づけられたもので、ウラン(U)、トリウム(Th)といった天然放射性元素も含んでおり、月の継続的な火山活動に熱源を提供している。

 中国地質大学(武漢)惑星科学研究所の肖龍教授は取材に対して、「KREEPとイルメナイトはマグマオーシャンが固結する過程の末期の産物で、一部のKREEPは、イルメナイトと混ざり合って、マントル境界部に分布し、月の表層が固結した後に形成した可能性があることを示す研究が既にある」と説明した。

 平氏によると、KREEPは、アポロ12号が回収した試料から初めて発見され、その後月から持ち帰られたほとんどの試料から、その破片が確認されている。KREEPは、月の表側の火成岩エリアに存在している。また、1994年、米国の月探査機「クレメンタイン」が月の表側に「嵐の大洋」とよばれるKREEPテレーンの成分が異常なエリアが存在していることを発見した。

 主流の仮説では、月面上で最も年代の若い玄武岩(火山活動の産物)は、主に、月の表側の嵐の大洋のKREEPテレーンを充填していると考えられている。しかし、KREEPの放射性発熱により月の最も年代の若い火山活動が起きたという仮説はまだ検証されていない。

 KREEPが月の表側の嵐の大洋に集中しているのは、なぜなのだろう?今回の研究は、月の裏のSPA盆地と関係があるという新たな説明を提供している。

 SPA盆地は月にある小天体の衝突でできた最大級、最深、最古の盆地で、直径は約2500キロ、深さは6--8キロであり、月深部の物質が露出している可能性が最も高いエリアと考えられている。

 平氏は、「今回の研究で、SPA盆地の衝突の過程をシミュレーションした結果、衝突によりマントルにマントル・プルームが発生し、それにより深部の放射性元素が月の地殻や地表に持ち上げられたことを示していた。このシミュレーションでは、SPA盆地を形成する各種ダイレクトな衝突や斜め衝突を再現した。どの衝突であっても、マントル・プルームが発生するエリアや方向は全て同じであり、月の表側に向かってしか発生しないことが分かったことは特筆すべきだ」と説明する。

 この過程における内部エネルギーの原動力のメカニズムについて、肖教授は、「月の南部のSPA盆地では、衝突が起きて以降、大量の熱が急速に北へと伝わり、SPA盆地下部の核‐マントル境界の温度が1800℃を超えた。温度差による駆動力で、マントル物質が、温度の高いエリアから温度の低いエリアへと流れた。粘度の低いイルメナイト層は、その作用により、嵐の大洋やその周辺へと押し出された。イルメナイト層はより高い密度を持ち、重力作用により、大部分のイルメナイト層がゆっくりと核‐マントル境界にまで沈んだ。基数が大きいため、嵐の大洋やその周辺エリアには観察可能なイルメナイトやKREEP物質が残った」と説明する。

 そして、平氏は、「SPA盆地が形成される原因となった巨大天体の衝突により、月全体(月の核‐マントルから地殻まで)に十分伝わる熱エネルギーや運動エネルギーが発生し、マントル物質の融解が促進された。マントルの回転の過程で、月の表側においてイルメナイトやKREEPを豊富に含むマントル源エリアの形成が促進され、希土類や天然放射性元素などの月内部の物質が火成過程により、集中的に衝突エリアの地球に面している表側の表面に運ばれ、私たちが観察することができる月の表面の溶岩流が発生した。それが、月の表面の表と裏側の物質の非対称性の原因となった」と付け加える。

KREEPが嵐の大洋に集中する理由を説明する3つのモデル

 KREEPは、なぜ嵐の大洋やその周辺に集中しているのだろう?肖教授によると、現時点では、(1)SPA盆地衝突モデル(2)嵐の大洋衝突モデル(3)内生モデル‐‐‐の3種類のモデルがある。しかし、広く受け入れられているモデルは今のところない。

 SPA盆地衝突モデルは、月の嵐の大洋のKREEPテレーン形成のモデルの一つであり、嵐の大洋のKREEPテレーンの形成を知るためのアプローチを提供している。また、肖教授は「SPA盆地衝突モデルが成立するためには、KREEPの分布を説明する必要がある以外に、比較的薄い月地殻(30キロ以下)や巨大なリニアメントといった、嵐の大洋のKREEPテレーンのその他の特徴も説明しなければならない」と説明する。

 ただ、SPA盆地が形成された衝突により、嵐の大洋のKREEPテレーンの月地殻が薄くなったり、巨大リニアメントが発生したりしたという仮説を支持する関連の研究は今のところまだない。

 SPA盆地が形成された衝突と嵐の大洋のKREEPテレーンの関連性について、肖教授は、「SPA盆地のサンプルリターンによりそのモデルを検証することができるかもしれない。このほか、SPA盆地が形成された衝突が起きた時期を確定することができれば、当時の月の内部構造や地温勾配と組み合わせて、SPA盆地が形成された衝突のモデルを大幅に改善し、より信頼できる結果を導き出せるだろう」との見方を示す。

 嵐の大洋が形成された衝突のモデルは、月地殻が薄いことのほか、KREEPの再分布を説明することもできるため、多くの研究者の支持を得ていることは特筆すべきだ。ただ、肖教授は、「もし、嵐の大洋が衝突によって形成したのでれば、その産物は、それより後に起きた衝突の作用によって覆われてしまうため、それを実証するのは非常に難しい」と指摘する。

 巨大リニアメントを説明する面で、海外の研究者は、米国の月探査機「GRAIL」の重力データを通して、嵐の大洋のKREEPテレーンを囲む、巨大な線状の展張性テクトニクスがあることを確認しており、それにより、嵐の大洋のKREEPテレーン形成の内生モデルが打ち出された。同モデルは、別の衝突がなくても、嵐の大洋のKREEPテレーンが発生するとの仮説を立てている。肖教授は、「このモデルを検証するためには、嵐の大洋のKREEPテレーンの重力を、さらに高い精度でシミュレーションしなければならないだろう」との見方を示す。

月の表と裏は多くの面で「二分性」が存在する

 これまでずっと、月の表側は常に地球に面している一方、裏側は地球とは反対に位置してきた。これは、人類の月探査による重要な発見の一つだ。さらに不思議なことに、表側と裏側では、さまざまな面で大きく異なっており、これは月の表と裏の「二分性」と呼ばれている。

 平氏は、「月は地形や地質、化学元素などのほか、重力、磁性、熱といった特性の面でも、表と裏で『二分性』が存在し、その発生メカニズムも異なることが研究で既に確認されている」と説明する。

 月は密度が一定の天体ではない。科学者は、月の内部にはたくさんの「マスコン」が存在し、その分布の法則にも「二分性」が存在することを確認している。平氏は、「月の表側の月の海の下には、高密度の物質が存在し、重力が周辺よりも強い巨大な『マスコン』がたくさん形成されている。しかし、月の裏側は『マスコン』がやや少ない上、はるかに小さいのに対して、表側は多く、重力も強い。それにより、月の質量の中心と形状の中心が重なり合わず、形状の中心と比べると、質量の中心のほうが地球側に約2キロ近づいている。それによって潮汐トルクが起き、月の自転と公転のキラリティーが一致し、周期も一定になる。そして、月の表側は常に地球に面している一方、裏側は地球とは反対に位置することになる」と説明する。

 報道によると、月の磁場の強度は、地球の磁場の1000分の1以下だ。平氏は、「月の形成とその変化の過程において、強い磁場が存在していたかをめぐっては、依然として議論がある。しかし、月の表面の磁場にも、表側は弱く、少ないのに対して、裏側は強く、分布範囲が広いという二分性が存在する」と説明する。

 近年、小天体や微小流星物体が地球に衝突する恐れがあるという話題は決して珍しくない。実際には、それが衝突する確率も、月の表側と裏側では異なる。平氏は、「月の表側に比べると、裏側のほうが衝突する確率が高い。宇宙から飛んでくる小天体や微小流星物体に対する、地球の引力がより強いため、月の表側は一部の衝突を避けることができるというのがその原因の一部」と説明する。

 中国の科学者は、太陽の光の吸収という面でも、月の表側は裏側よりポイントでわずかに上回っているため、表側のほうがより風化が進んでおり、地表に近い層の温度もやや高いことを発見している。

 平氏は「中国の月探査プロジェクトは、月往復ミッションや将来の月面科学研究基地計画などにより、次の二分性の謎を必ずよりはっきりと解明することになるだろう」との見方を示す。


※本稿は、科技日報「双面月球:一次巨大撞撃的両種結局」(2022年05月10日付8面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。