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【22-15】大気中の水を集める クモの糸を模倣したミクロフィブリル

羅洪焱 陳 科 2022年06月21日

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(画像提供:視覚中国)

 孟涛教授率いるチームの研究では、クモの糸を模倣したミクロフィブリル内部に空洞構造を作ったところ、繊維の集水性が目に見えて向上したという。研究では、このバイオミミクリーの技術を駆使したミクロフィブリルで集めた水滴の大きさは、ミクロフィブリル上にあるクモの糸の粘球を模した紡錘形構造の大きさの1663倍に達し、大気中の水を集める能力の数値が発表済み文献の数値を遥かに上回っていることが分かった。

 淡水資源の不足が今、世界の社会・経済発展の主な足かせとなっている。統計によると、海水資源が地球上の全ての水資源の96.54%を占めており、淡水資源が占める割合はわずか2.53%だ。さらに、人が直接利用できる淡水資源に限ると、その割合は0.36%にとどまる。そのため、さらに多くの利用可能な淡水資源をいかに確保するかが、解決が急務となっている。

 化学の分野の学術誌「Journal of Materials Chemistry A」に最近掲載された中国の西南交通大学の孟涛教授率いるチームの研究では、連続した管状の空洞構造を持つクモの糸を模倣したミクロフィブリルを使って、効果的に水分を集めることに成功した。研究チームは、クモの糸を模倣したミクロフィブリル内部に空洞構造を作ったところ、繊維の集水性が目に見えて向上したという。研究では、このバイオミミクリーの技術を駆使したミクロフィブリルで集めた水滴の大きさは、ミクロフィブリル上にあるクモの糸の粘球を模した紡錘形構造の大きさの1663倍に達し、大気中の水を集める力が発表済み文献の数値を遥かに上回っていることが分かった。

クモの糸の繊維構造をヒントに

 世界では現在、水質汚染や淡水資源不足といった水資源危機に対してより大きな注目が集まるようになっている。海水淡水化や排水処理技術はその適用性や簡便性、コストパフォーマンスといったハードルがあるため、一部の地域ではこうした技術を活用して淡水資源を得ることができない。各分野の科学者は近年、大自然からヒントを得て、バイオミミクリーを駆使して水を集める技術を研究している。

 自然界のほとんどの生物は、劣悪な環境に対応するための独特の能力を備えており、長い時間をかけた自然選択を経て、一部の生物は、生き抜くために必要な水分を霧から集める能力を備えている。そのような能力は、淡水を作り出すシステムにおいて材料系バイオミメティクスの機能設計や製造にヒントを提供している。研究者はこれまでに、サカダチゴミムシダマシやサボテン、クモの糸が空気中の水分を集めるメカニズムをヒントに、バイオミミクリー技術を駆使して、水分を集められる材料を数多く開発してきた。

 雨が降った後の早朝や湿気の高い場所に張られたクモの巣にたくさんの水滴が付いているのを見たことがあるという人も多いだろう。研究によると、実際には、クモの糸には、空気中の水分を集める優れた機能があり、その秘密は独特な繊維の構造にあることが分かっている。その構造は、等間隔で並んだ数珠状の粘球と接合部からなっている。粘球はランダムで不揃いな繊維からなっているのに対して、接合部はきれいに整列したナノ繊維からできている。乾燥していた空気の湿気が高くなると、クモの糸は構造変化を起こし、粘球が水分を集める。クモの糸の上に凝結した非常に小さな水滴は、力の作用によって粘球の方向に向かって移動し、そこに蓄えられて大きな水滴となる。

 クモの糸にヒントを得て、研究者はその構造を模倣したミクロフィブリルを作り出し、空気中の水を集めることを計画した。しかし、近年の研究は、繊維の表面の形を調整して、毛細管現象を強化することに集中していた。しかし、この方法では、繊維の集水性能の向上という面では限界がある。そのため、ミクロフィブリルの集水能力の向上が依然として大きな課題となっていた。

ミクロフィブリルに空洞構造を作ることで集水性能が向上

 そのため、孟教授率いるチームは内部構造に着目して、繊維の集水性能を改善する方法を模索した。研究の過程で、チームは、油と水や気体と液体のマイクロ流体力学技術を使って大量の実験を行ったものの、思うような効果は得られなかった。

 最終的に、研究チームは細胞内外の水性二相分離構造からヒントを得て、水溶性二相系に基づくマイクロ流体力学紡績技術を駆使し、水溶液が自発的に二相に分離するメカニズムを利用して、界面で瞬時に架橋反応を起こして繊維を作り出し、その後の物質の拡散と反応の継続を阻止し、クモの糸を模倣したミクロフィブリルを開発した。孟教授は、「当チームが開発したクモの糸を模倣した空洞構造のあるミクロフィブリルと、空洞構造のないミクロフィブリルの集水性能比較実験を同じ条件下で行ったところ、空洞の構造が繊維の集水性能を増強するため、空洞構造のあるタイプの集水能力のほうが優れていることが証明された」と説明する。

 粘球を模倣した空洞構造のないミクロフィブリルよりも、空洞構造を作ったミクロフィブリルのほうが、水滴を集めて蓄える能力が高いのはなぜなのだろうか?孟教授は、「管状の空洞構造の存在のおかげで、水滴と繊維の間の三相接触線の長さが大きく伸び、水滴が受ける毛細管現象が強化され、水滴を集めて蓄える能力が向上した。水滴が空洞構造のあるミクロフィブリルに付着すると、管状になった空洞内の液柱が細い管状の橋のような構造になる。そして、液柱の両端の半月板のような形の凹みが、付着した水滴にさらに大きな毛細管現象を起こし、その作用が水滴をためる能力向上の点で重要な役割を果たすようになる」と説明する。

 毛細管現象が起きると、液体表面が固体表面に対して吸引力を持つようになる。液体表面はピンと張ったゴム膜のようになっており、丸い状態になっている場合は平らな状態になろうとする。孟教授は、「毛細管の中に浸潤した液体の表面は凹んでいる。そして、下の液体に対して引っ張り上げる力が働き、液体が管の壁に沿って上昇する。その後、上に引っ張り上げる力と管内の液柱が受ける重力が等しくなると、管内の液体は上昇しなくなり、均衡状態になる。自然界や日常生活の中でも、たくさんの毛細管現象を見ることができる。例えば、植物の茎の内部の導管はすなわち極細の毛細管であり、土壤の中の水分を吸い上げることができる。その他、レンガが水を吸収したり、タオルが汗を吸ったり、チョークが墨汁を吸ったりするのもよく見られる毛細管現象だ。こうした物体には多数の細孔があり、毛細管と同じ作用が起きる」と説明する。

 そのため、毛細管現象を活用して、クモの糸模倣空洞構造ミクロフィブリルの水滴を集めて蓄える能力を高めることができる。付着した水滴の体積が大きくなるほど、一定時間内に空気中から集める水分も多くなり、ミクロフィブリルが空気中から水分を集める効率が高まるのだ。

幅広く応用できるクモの糸模倣ミクロフィブリル

 現在では、クモの糸模倣空洞構造ミクロフィブリルの良好な機械的性質を活用して、長期的かつ大規模に水を集めることができるようになった。大量のミクロフィブリルを製造し、クモの巣のような構造を作り出し、湿気が高くなる早朝や夕方に、大気中の水分を集めることができるのだ。孟教授によると、この方法は乾燥した砂漠や水が不足している海の島といった劣悪な環境にも適しており、淡水不足を解決することができるという。

 孟教授は、「粘球を模した構造のあるミクロフィブリルの大気から水を集める分野における応用とイノベーションを促進するべく、当チームは今後、水を集める過程において、水滴と繊維が相互に作用し合う界面のメカニズムや、クモの糸模倣空洞構造ミクロフィブリルの大規模生産技術について、系統的に一歩踏み込んだ研究を実施する計画だ。その他、繊維の集水性能実験は、湿度がある程度高い霧の中で行われるが、今後は、粘球を模した構造のあるミクロフィブリルを使って、湿度の低い環境下においていかに水を集めるかや、風速や気温、ミストフロー量といった外部の要因が集水性能に与える影響などについても研究する計画」と説明する。

 このミクロフィブリルは、水を集めるために使うことができるほか、医薬品や化粧品、環境保護、軍事工業といった分野にも応用することができる。例えば、クモの糸模倣空洞構造ミクロフィブリルは、創傷被覆材として医薬品の分野に応用することができる。これは生体適合性材料で、傷口の表面を覆うと余分な浸出液を効果的に吸収するほか、それがゲル状になって傷口を保護することができる。その他、製造過程において水溶性二相系を活用しているため、繊維には酵素やタンパク質を封じ込める特性がある。そのためこの繊維は、成長因子や抗炎症、血液凝固促進系の薬物を付着させた創傷被覆材として用い、傷口表面の癒合を加速させる働きを期待することができる。


※本稿は、科技日報「倣蛛絲微繊維:"凭空取水"能力超強」(2022年5月11日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。