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【22-57】機械的性能と軟磁性の矛盾を解決する合金を開発

俞 慧友(科技日報記者) 2022年10月28日

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画像提供:視覚中国

 応力負荷条件下で作動する軟磁性合金の部品は、良好な軟磁性を備えている必要があるほか、その機械的性能も非常に重要だ。しかし、合金の機械的強度を高める大部分の方法では、磁性が弱まってしまう。そこで、「Fe-Co-Ni-Ta-Al」という多元素からなる合金を設計し、その矛盾を解決した。

李志明 中南大学材料科学・工程学院教授

 この世界に、金属材料の機械的性能を強化すると磁性が弱まってしまうという矛盾を効果的に解決してくれる材料はあるのだろうか?

「以前はなかったが、今はある」というのがその答えだ。

 中南大学は9月14日の取材に対して、同大学の材料科学・工程学院の李志明教授が、ドイツのマックス・プランク研究所のDierk・Raabe教授ら研究者と協力して行った研究で、機械的強度と展延性が高く、保磁力が低く、飽和磁束密度が中レベルで、電気抵抗率が高いといった性能が一体となった多元素からなる軟磁性合金を開発したことを明らかにした。

 李教授は、「高性能な軟磁性合金は、電気応用の分野においてカギとなる材料だ。応力負荷条件下で作動する軟磁性合金の部品は、良好な軟磁性(低い保磁力や高い飽和磁化強度など)を備えている必要があるほか、その機械的性能(強度や塑性など)も非常に重要だ。しかし、合金の機械的強度を高める大部分の方法では、磁性が弱まってしまう。それに対し、『Fe-Co-Ni-Ta-Al』という多元素からなる合金を設計し、その矛盾を解決した。この合金体系は今後、高性能の軟磁性部品において重要な応用価値を持つようになると確信している」と説明した。

 この最新の研究成果はこのほど、世界的な科学ジャーナル「ネイチャー」に掲載された。

強靭性を備える次世代軟磁性材料の開発が急務

 ハイグレードと思われる分野によく応用されている軟磁性材料は、私達の身近な所にもよく見られる。

 次のような小さな実験が紹介されている中学校の教科書も多い。

 紙の上に鉄粉を載せ、左右に振るなどしてそれを無造作に揺らす。こうした鉄粉も揺らすことにより、紙の上でさまざまな姿を見せる。

 その時、紙の下に棒磁石を載せ、上述の過程を繰り返すと、鉄粉はすぐに規則正しく並び磁力線の形を描き出す。

 このように、中学の時に磁力について初めて知ったという人も多いだろう。しかし、鉄というのは軟磁性の材料であるというのはあまり知られていない。磁石の磁場にコントロールされるようになると、鉄は非常に磁化しやすい。しかし、磁場から他の場所に移すと、磁力は弱くなってしまう。

 科学的には、軟磁性の材料は、外部磁場の変化に迅速に反応し、低消耗で高い磁束密度が獲得できる材料と定義されている。逆に、磁化した後、磁力が弱くなりにくく、外部磁場にさえなり得る材料(例えば上記の実験における磁石)は、硬磁性材料と呼ばれている。

 軟磁性材料は、保磁力が弱く、透磁率と飽和磁束密度が高いという特徴があるため、電力工業と電子デバイスに幅広く応用されている。特に、中国の新インフラといった関連の政策が推進・実行されるにつれて、太陽光発電や新エネ車及び充電ポールやデータセンター、家電製品といった分野における軟磁性材料のニーズが高まり続けている。

 李教授率いるチームの科学研究者・葛蓬華氏は取材に対して、「軟磁性材料は、種類が最も多い磁性材料だ。その発展は100年以上前にまで遡ることができる。しかし、新エネ車業界の急速な発展につれ、遠心力が大きい環境下で永久変形を起こしてしまうのを避けるために、電気機械内部の高速ローターといった軟磁性材料の部品には、さらに高い強度が求められるようになっている。つまり、強靭性を備える次世代軟磁性材料の開発が急務であることを意味する。実際には、応用環境が複雑であるため、材料に対する要求は高く、現時点で商用化されている軟磁性材料は、種類こそ多いものの、複雑な加工条件または作動に対する要求を満たすのが難しい」と説明した。

合金の性能を大きく影響するのは析出相のサイズと分布

 葛氏は、「通常、強度や塑性といった基準を通して、一つの材料の力学的性能の良し悪しを評価する。強度は、材料の永久変形に対する抵抗力を反映している。変形は、微視的世界において、『転移』と呼ばれる欠陥移動によって起こる。通常、金属中にはその移動を阻止する特定の障害物があり、それが多いほど、マクロな観点から見て、金属材料の強度も高くなる。こうした障害物の中でも、最も効果的なのが『析出相』と呼ばれるものだが、合金の磁化には資さない。そのため、多くの研究者は、金属の力学的性能と軟磁性を両立させることができず、頭を悩ませている。力学的性能と軟磁性の両立が、軟磁性材料の発展の難点となっており、この分野の研究の注目の的ともなっている」と説明する。

 李教授と共同研究者は、合金の析出相のサイズと分布、密度はいずれも合金の性能に決定的な影響を与えることを発見した。そのため、材料の状態をパーフェクトにするために、さまざまな熱処理方法を試した。ほんの少しのミスがあるだけで、結果に大きな差が出るため、研究は細心の注意を払って行う必要があるという。

 その過程で、同チームは、合金の力学的性能と軟磁性を最適化できる「臨界値」となる析出相のベストサイズを突き止めた。

 李教授は、その研究を詳しく「再現」した。チームは「実験を通して、Fe32.6Co27.7Ni27.7Al7.0Ta5.0という多元素からなる合金を設計し、無秩序な面心立方構造の母体に、秩序あるL12ナノ析出相を導入するとともに、熱機械処理を通して、ナノ析出相のサイズを調整した。そして、L12相の平均サイズが91ナノメートルになると、合金は保磁力が極めて低くなり、飽和磁束密度が中レベルになり、電気抵抗率が高くなる。合金の伸びが54%の場合、引張強さが1336MPaになることが分かった」と説明した。

 その後、走査型電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)、三次元アトムプローブトモグラフィ(3D-APT)などさまざまな手段を駆使して、同チームは、ナノ析出相のサイズと分布が合金の性能に影響を与えるメカニズムも発見した。

商業化応用のために超えるべき高いハードルも存在

 高い機械的性能と軟磁性を備える金属材料を作るこの技術は、現時点ではまだ実験室の段階にとどまるものの、李教授と共同研究者が開発したこの合金の総合的な性能は非常に優れており、現時点で商用化されている軟磁性材料を大きく上回っている。

 同チームは、「この研究成果は、科学研究者が既有の軟磁性合金の性能を最適化するのを助け、軟磁性合金業界全体の発展を間接的に推進することになるだろう」と期待している。

 ただ、李教授は、「率直に言うと、私たちが開発した合金は、極めて高い強度が、高い塑性、低い保磁力という優れた性能を誇るものの、飽和磁束密度は、現在ある最も良い軟磁性材料を下回る。それがこの合金の実際の応用に影響を与える要素となる可能性がある。そのため、今後の研究では、合金の成分と製法をさらに最適化することで、飽和磁束密度を高める必要がある。また、今後の研究では、それをベースに、合金体系をさらに開発し、この合金の設計理念の普遍性を高め、引き続きコストをもっと抑え、多元素からなる軟磁性合金の工業化量産を推進できるよう取り組みたい」と語る。

 このほか、李教授率いるチームと共同研究者は、他の複数の高性能合金も開発し、合金設計の新たなアプローチを提供している。例えば、ストレスに強い双子効果を持つ超高強靭性のハイエントロピー合金、理想の強度に近い侵入型固溶体合金及び、高い電気抵抗、低い電気抵抗温度係数、高い強度を持ち、そして変形能力が比較的高く、コストが安いフェライト型の多元素電気抵抗合金などを開発し、業界で大きな注目を集めている。


※本稿は、科技日報「調和機械性能与軟磁性能間矛盾 這種合金実現"魚与熊掌兼得"」(2022年9月15日付7面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。