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【22-70】マグネシウム電池が実験室から応用へ

雍 黎(科技日報記者) 2022年12月16日

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重慶大学マグネシウムセンター実験室でテスト中のマグネシウム電池 撮影・雍黎

 マグネシウムの研究と加工において、中国はトップ水準を誇っている。重慶大学国家マグネシウム合金工学技術研究センターには、世界最大のマグネシウム電池研究チームとマグネシウム固体水素貯蔵チームがあり、複数種類のマグネシウムイオン電池と水素貯蔵密度が6.1wt%に達している安全性の高い新型水素貯蔵材料などを開発している。

 新エネ車やスマホ、コンピューターといった技術が発展するにつれて、電池が私たちの生活必需品となっている。しかし、現時点で主な動力電源となっているリチウム電池には、資源不足やコスト高、深刻な環境汚染、低い安全性といった問題が存在している。リチウム電池の重要な原料としての炭酸リチウムの価格は、現時点で高騰を続けており、まだ頭打ちにはなっていない。報道によると、11月7日、江蘇省無錫の取引所における中国の電池級の炭酸リチウムの平均価格が1トン当たり61万5000元(1元は約19.4円)、最高値で61万7000元となった。そのため、業界は別のテクノロジー・ロードマップを探し続けている。

 どのような電池がリチウム電池に代わって、「アフターリチウム電池」時代の幕開けを告げるのだろう?重慶大学国家マグネシウム合金材料工学技術研究センターが広東国研や広東省科学院といった機関と共同で開発した「マグネシウムイオン電池」がこのほど、2022年国際「マグネシウム未来技術賞」を受賞した。マグネシウムイオン電池が、リチウム電池に取って代わるために新しい可能性が加わったことを意味しており、業界の期待も高まっている。

マグネシウム電池がリチウム電池に取って代わる可能性

 世界のリチウム資源は約3950万トンで、うち、商業的採掘価値のあるリチウムの埋蔵量は1351万9000トンしかない。もし、リチウム電池のニーズが爆発的に高まると、17年足らずで世界のリチウム資源が枯渇すると予測されており、これもリチウム電池のコストが高い原因の一つとなっている。そのエネルギー貯蔵の発電コストは0.6--0.9元/kWhで、大規模応用の目標である0.3--0.4元/kWhまでには、まだ大きな開きがある。また、リチウム電池は、エネルギー密度が高いほど、安全性が低いというのが、解決が難しい問題となっている。このほか、一部のリチウム電池体系では、生産や使用の過程で、深刻な環境汚染をもたらす。

 効率が良く、エコで、安全性の高い次世代電池の開発が現在、世界の電池産業発展の重点となっている。そして、科学者は、水素燃料電池や硫化物系全固体電池、ナトリウムイオン電池、マグネシウムイオン電池など、リチウム電池に取って代わる電池を探し求め続けている。

 中国工程院の院士で、中国国家マグネシウム合金材料工学技術研究センターのセンター長を務める重慶大学の潘復生教授は、科技日報の取材に対して、「マグネシウム電池は効率が良く、安全で、資源が豊富といった特徴がある。技術のブレイクスルーを実現できれば、電池工業に破壊的イノベーションをもたらし、その市場規模は1兆元以上になるだろう。リチウムと比べると、マグネシウムベースのエネルギー貯蔵材料は、資源の埋蔵量が豊富で、コストが安く、安全性能が高いという優位性があり、ポテンシャルが非常に高い次世代エネルギー貯蔵材料であり、エコで、エネルギー密度の高い電池材料でもある」との見方を示した。

 そして、「マグネシウムは、安定した化学的性質を備え、融点は651℃にも達する。マグネシウム電池は相対的に安全で、融点、沸点が高く、かつデンドライトが発生しにくく、爆発する危険性が低い」と説明する。

 マグネシウムは、全ての固体水素貯蔵材料の中で、水素貯蔵密度が最も高い金属材料で、その密度は気体水素の1000倍、液体水素の1.5倍だ。また、マグネシウム水素貯蔵は、常温、常圧で貯蔵できるため、その安全性は、高圧水素貯蔵と液体水素貯蔵よりはるかに高い。マグネシウム電池の体積理論エネルギー密度は、リチウム電池と変わらない。中国はマグネシウム資源が豊富で、世界の70%を占めているうえ、そのコストは、リチウムの25分の1から50分の1である。環境保護という面を見ると、2015年以降、マグネシウムの製錬や製造、応用、回収の過程で排出される汚染物質は、アルミニウム合金より少なくなっており、本当の意味で最先端のグリーン材料となっている。

 マグネシウム電池は既に、欧州連合(EU)の研究プロジェクトに指定されている。米国のエネルギー省もプロジェクトを計画し始めており、複数の著名な研究機関の研究介入を支援している。また、日本の電池業界は、「マグネシウム電池がリチウム電池に取って代わるようになるだろう」としている。

電池の3大構成要素から着手して難関攻略へ

 マグネシウム電池が実験室の段階から実際の応用へと移行するには、まだ多くの技術及び材料に関する難関を攻略しなければならない。

 重慶大学材料科学・工程学院の黄光勝教授は、「電池は主に正極、負極、電解液の3つの部分で構成されている。当チームの研究も主にその3つの面から着手している。正極材料の面では、我々が研究開発したハイキャパシティの硫化物系複合材料は、比容積が1200mAh/gに達している。ハイレートの多孔質硫化銅ナノスフェアは比容積が250mAh/gに達している。長寿命の高電圧マンガンベースのプルシアンブルー材料は、3ボルト(V)電圧を実現し、サイクル寿命が1万回に達している。負極材料の面では、我々は十数種類のマグネシウム合金負極を研究し、不動態化しにくく、比容積が500mAh/g以上などの優位性を誇るようになっている。人工的に作製した界面層がマグネシウムを保護し、負極の過電圧はわずか50mVとなっている。電解液の面では、我々は2020年に全く新しい低コストの全無機塩型電解液MLCHを開発した。この電解液は、電気伝導率と安定性が高い。また、当チームは高電圧で低コストという特徴を備える求核性のないホウ素ベースの電解液も研究開発し、正極、電解液といったカギとなる材料のまとまった量の試作に成功し、Ah(アンペアアワー)級のマグネシウムソフトパック電池を開発した」と説明する。

 電池の3つのカギとなる構成要素の技術が重要な進展を遂げ、マグネシウム電池が実験室の段階から、応用へと移行するための基礎が築かれている。

 重慶大学マグネシウムセンター実験室に足を運ぶと、数本のマグネシウム電池の充電・放電テストが行われている。黄教授は、「試験結果によると、我々が研究開発したマグネシウム--プルシアンブルー電池、マグネシウム硫黄電池、マグネシウム硫化銅電池、マグネシウム二酸化バナジウム電池のエネルギー密度はいずれも、リン酸鉄リチウム電池よりも高い。特にマグネシウム硫黄電池のエネルギー密度は785Wh/kgに達している。それに対し、グラファイト--リン酸鉄リチウム電池の場合、160Wh/kgにとどまる」と説明する。

 そして、「現時点で、当チームは空気マグネシウム電池、海水電池、マグネシウム乾電池といった一連の電池の製造技術を有している。空気マグネシウム電池は、一次電池の一種で、陰極に空気を使用し、陰局と陽極の酸化還元反応を通して放電する、クリーンで、安全、効率的な新型エネルギー電池だ。そのエネルギー密度は鉛蓄電池の20倍以上で、テレビや照明器具、ノートパソコン、スマホ、GPSといった設備に電気を供給できる。現在、既に企業と共同で量産化を始めている」とした。

 マグネシウム海水電池は、直接的に海水を利用して、金属マグネシウムの化学エネルギーを電気エネルギーに変換する装置で、マグネシウムを負極材料、そして海水を電解質としている。別の電解質を携帯する必要がなく、エネルギー密度、安全性が高いというのが、その最も大きな特徴で、深海作業にも使えるという際立つ特徴がある。そのため、深海着陸機、海底原位置実験ステーションといった海洋設備に応用できると期待され、その見通しは明るいものとなっている。

新型エネルギー貯蔵テクノロジーイノベーションプラットフォームを構築

 潘教授は、「マグネシウム水素貯蔵やマグネシウム電池の研究開発において、中国は際立つ技術的基礎と優位性を誇っている。マグネシウムの研究と加工の面で、中国はトップ水準を誇っている。重慶大学国家マグネシウム合金工学技術研究センターには、世界最大のマグネシウム電池研究チームとマグネシウム固体水素貯蔵チームがあり、複数種類のマグネシウムイオン電池と水素貯蔵密度が6.1wt%に達している安全性の高い新型水素貯蔵材料を開発しており、その主要な指標はいずれも世界のトップ水準を誇っている。2018--19年、重慶大学と重慶市科技局は共同で、2000万元以上の資金を投じて、マグネシウムエネルギー貯蔵材料研究を支援していた」と説明する。

 広東省国研科技研究センター有限公司や重慶大学、広東省科学院などは2020年、共同で総投資額5億元のマグネシウムエネルギー貯蔵材料研究開発プロジェクトを展開し、粤港澳大湾区(広州、仏山、肇慶、深セン、東莞、恵州、珠海、中山、江門の9市と香港、澳門<マカオ>両特別行政区によって構成される都市圏)にマグネシウムベースエネルギー貯蔵研究開発センター及び産業化応用モデル拠点を構築し、マグネシウム電池とマグネシウムベース固体水素の貯蔵/輸送の試作とモデル応用が間もなく始まることになっている。

 重慶大学と重慶両江新区は今年5月、重慶新型エネルギー貯蔵材料・設備研究院を共同で立ち上げた。同研究院は国のエネルギー戦略とエネルギーのモデル転換の先端技術に照準を合わせ、テクノロジーの成果転化に焦点を当て、世界最大の新型エネルギー貯蔵材料・設備研究院を作り上げることを目標にしている。

 安徽省青陽県には豊富なマグネシウム資源があり、その生産量は年間30万トンにも達しているため、マグネシウムベース材料の開発及び生産の良好な基礎がある。同研究院は、この「マグネシウムエネルギータウン」で、一連のマグネシウム電池モデルプロジェクトを展開し、電気自動車や街灯、観光車両、分布式エネルギー貯蔵システムなどを開発する計画だ。重慶広陽島プロジェクトでは、広陽島において電気自動車やマグネシウム電池を使った街灯、固体水素貯蔵・水素ステーション、水素自動車といった複数のマグネシウム水素貯蔵、マグネシウム電池のモデルプロジェクトを実施する計画だ。

 潘教授は、「当チームは今年、マグネシウム動力電池のパイロット生産を始め、企業と協力し、まず電動自転車にマグネシウム電池を搭載する計画だ。現時点で、マグネシウム電池の性能はリン酸鉄リチウム電池と同レベルになっている。このことは、マグネシウム電池は、動力電池として商品化できる可能性があるということを物語っている。もちろん、リチウム電池に取って代わるようになるためには、さらなる研究が必要だ。そこで、エネルギー貯蔵テクノロジーイノベーションプラットフォームを共同で構築し、中国の新型エネルギー貯蔵分野の発展をサポートするために、重慶新型エネルギー貯蔵材料・設備研究院は世界から人材を募集するキャンペーンを行っている」と説明する。


※本稿は、科技日報「鎂電池正従実験室走向応用」(2022年11月9日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。