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【22-71】商用化を目指す中国の自動運転、その最新動向と課題

蒋芷毓/『中国新聞週刊』記者 脇屋克仁/翻訳 2022年12月19日

 技術的なボトルネックから一時は投資熱も「退潮」した自動運転。商用化には依然として困難が多いとされている。ところが中国では、自動運転開発企業がネット配車サービスと手を組み、商用化実証試験をスタートさせる例が昨年から目立ち始めた。試験営業を通じて技術的ネックをクリアする意気込みだ。政府・企業が一体となって推進する自動運転車の商用運行、その最新の動向と課題を追った。

 2022年7月、北京市は自動運転タクシーの商用化試験事業をスタートさせた。セーフティードライバーは助手席に乗車、運転席は無人である。翌月には重慶・武漢両市政府が完全無人運転の商用化試験事業を政策として打ち出し、百度公司に全国ではじめて無人化試験運行の許可証を発行した。

 こうして各地方政府・都市は自動運転商用化を我が地で実現するべく、明らかに動きを加速させている。商用化試験事業はいまや企業間の競争を超えて各地方がしのぎを削るテーマになっている。

 一方、国もまたこの動きを後押しする格好だ。交通運輸部は8月に「自動運転車運輸安全サービスガイドライン(試行)」(意見募集稿)〔以下、ガイドライン〕を公開、意見募集を始め、輸送の安全を絶対条件にバス、タクシー、物流の自動運転サービスを奨励するとした。政府もまた商用化実現に前向きな姿勢である――業界全体はそう受け止めている。

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湖北省武漢市の街角に並ぶ自動運転タクシー〔2021年2月27日〕。写真/視覚中国

商用化の全面的普及はなお前途多難

 高速鉄道の蘇州北駅から出てきた乗客の多くがスマートフォンを手にしている。オンラインプラットフォームで自動運転車を呼ぶのだ。やってくる自動運転車は屋根に大きなセンサーが搭載されている以外、一見すると普通の自動車と区別がつかない。蘇州市相城区ではこうした自動運転車が約500台、公道を試験的に走っている。

 オンラインプラットフォームで乗車予約する「ロボタクシー」と「ロボバス」。乗客は専用ステーションで乗り降りし、いまのところ乗車賃は不要だ。蘇州市は自動運転公共バスの恒常的運行にむけて比較的早くから動いている。現在、ステーションは7カ所、運行時間は午前9時から午後4時半まで、3キロほどの短距離シャトルバスの位置づけで、乗客は専用アプリ〔軽舟出行〕で乗車手続きをする。

「軽舟出行」は無人運転汎用システム会社・軽舟智航〔QCraft〕が開発をてがけた。その共同創業者兼CEOの于騫(ユー・チェン)氏は、自動運転バス「龍舟ONE」が営業を始めてからすでに2年、路線は計8つに増え、創業当時数十名だった社員も400人近くになったという。

 同氏は、大規模な商用化をロボタクシーで実現するにはまだ5年~10年必要だが、ロボバスの方は路線が固定しているため、おそらく2、3年で実現可能だという。

 自動運転商用化の実現の難しさは主に技術的問題にある。「ロボタクシーの大々的普及にはまだ技術的に克服しなければならない部分が多く、Waymo〔米国の、試験走行距離世界最長を誇る自動運転開発企業〕でさえ限られたエリアでしか完全無人運転を実現できていない」〔于騫氏〕

 MPI(Miles Per Intervention、テイクオーバー=手動運転への切り替えが一度発生してから次に発生するまでの平均距離)は、自動運転技術レベルを測る最重要指標の1つだ。Waymoのセーフティードライバーのテイクオーバー回数は昨年1年間で292回、MPIは7965マイル、つまり、7965マイル走るごとにテイクオーバーが1回発生していることになる。MPIの比較のみに照らせば、Waymoの自動運転システムの信頼度は人間が運転する場合の約45分の1である。

 自動運転技術・配車サービスを手がける中智行の狄笛(フオ・ディー)CSOは「従来のデータ収集方式では限界効用がすでにみえなくなっている。これは単純に技術上の問題だ」という。「車単体のインテリジェントのシーン対応は9割までは問題ないが、残り1割のロングテール部分を突破するのが難しく、1ポイントクリアするのに10倍の努力と100倍の代償が必要だ」

 技術上の難題は間違いなく商用化の足かせになる。「シェア方式の自動運転が将来収益を生み出すとしたらその主なポイントはドライバーの人件費が部分的に不要になることだ」〔狄笛氏〕。商用化に必須なのは自動運転システムがセーフティードライバーに取って代わることだが、業界はセーフティードライバーを車内に「置かない」ことは、なかなかできない。

 技術だけでなく、採算性も企業の前に横たわる難題だと狄笛氏はいう。「レベル4の自動運転車にはレーザー型レーダーなどの設備が必要になる。車両1台あたりの製造コストはおおむね50万元を超える」

 2018年設立の中智行は、2019年に協調型=自動車・道路共同〔車路共同〕路線での開発を発表した。自動運転の分野では、技術上のボトルネックを突破して商用化を早期に実現するために2種類の異なる技術コースが生まれている。Waymoや軽舟智航が採用している自律型=車単体のインテリジェントシステム路線と、中智行が採用している車路共同路線だ。後者は「次世代の道路」〔スマート道路〕の活用に重点を置く。

 蘇州市では、中智行と天翼交通が共同で開発する車路共同システム「軽車・熟路」がすでに実証段階に入っている。軽量仕様のレベル2スマートカーを使い、スマート道路の力を利用してレベル4クラスの自動運転を実現するのが「軽車・熟路」だ。中智行は車両側の自動運転システムのソリューション全般を担当し、天翼交通は道路側の建設を担当している。

 従来の車単体路線は、自動運転車本体のセンサーに100%依存しているが、「軽車・熟路」では、車側のセンサーがすべて機能せず、道路側のセンサーしか利用できない場合でも、車に搭載された5G通信モジュールで道路側のスマート情報を取得し、そこから運転動作を決定することができる。

「スマート道路はいわば『プラグイン』であり、技術安全面では、車単体に足りない部分を補うことができる。採算性の面では、センサーやコンピューティング設備の一部を道路側に置くので車本体は比較的軽くなるし、車の量産ラインに軽量化センサーの設置を残しておけば、車路双方のインテリジェントを冗長化システムにする〔互いが互いに予備システムとして機能する〕ことができ、スマート交通全体のコストパフォーマンスも上げることができる」〔狄笛氏〕

 天翼交通のスマート道路は全長6km、車路共同デジタルツインプラットフォームにつながった200個近いセンサーを駆使してあらゆる交通状況を把握し、自動運転車に最適の指示を出す。

 しかし、「軽車・熟路」は公道試験距離とテイクオーバー状況をまだ公表していない。ある業界関係者は、責任主体が曖昧で、車側と道路側の判断が対立した場合の解決が難しく、車と道路が真の協力を実現するにはもっと時間をかけて検証する必要があるという。

 また、次のような関係者の指摘もある。現在の技術では主に信頼性を基準に車側のデータ、道路側のデータそれぞれの有効性を判断し、どちらの指示を採るかを決めている。しかし、このシステムは膨大なビッグデータの収集と検証を通じて判断の正確性を上げていく必要がまだある。言い換えれば、道路側・車両側それぞれの企業が絶えずすり合わせをし、大量の試験データの分析を通して判断の信頼性を高める必要があるということだ。

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専用ステーションで乗客を乗せる江蘇省蘇州市の「無人小型バス」〔2021年6月10日〕。撮影/『中国新聞週刊』記者 泱波

政府と企業が「熱中」する理由

 大々的な普及にはまだ技術的な壁があるにもかかわらず、自動運転開発企業はすでに商用化試験事業に前のめりだ。狄笛氏は「自動運転車に有料サービスが認められれば、それが商用化のスタートだ」という。「一定エリア内や任意の2地点間での走行が始まり、恒常的運行が可能な状態、商用モデルの実用化が認められる状況、これを目指さないと技術の絶えざる更新や大々的な普及・活用を進めることはできない」

 商用運行にはライセンスが必要だが、自動運転開発企業は資格条件を満たしていないため、各企業は昨年から配車プラットフォームと提携するようになった。小馬智行〔ポニー・エー・アイ〕は曹操出行と提携し、軽舟智航や中智行もオンライン配車サービスと共同でロボタクシーを運営する予定だ。

 しかし、これには欠点がある。自動運転区間以外は従来の配車サービスドライバーが運転を引き継がねばならず、事実上のハイブリッド方式であり、自動運転開発企業にとっては不完全な商用化で、しかも責任の所在が曖昧でユーザーの満足度も低い。

 ただ、技術上のボトルネックが存在するにもかかわらず、国レベルから地方レベルに至るまで前向きな政策が次々と出されているのは、それだけ自動運転産業に対する支持があるということでもある。

 軽舟智航の副CEO・程修遠(チョン・シウユエン)氏は、国が8月に出したガイドラインは自動運転開発企業の商用化試験事業を着実にバックアップするものであり、商用化のクローズド・ループ実現を目指す業界にとってプラスだという。

 また、標準ランキング都市研究院の謝良兵(シエ・リアンピン)・院長は、大都市間の競争は従来の次元を超えて、商用化試験事業の争奪段階に入ったという。

 自動運転車の商用運行を許可することは、その地の政府が自動運転の発展を支持しているシグナルとみなされる。北京市は全国初の「運転席無人」タクシーサービスを試験的に始めると7月に発表、続いてそれに遅れをとるまいと重慶・武漢両市が「完全無人」運転の商用化試験事業を発表した。他にも、深圳、平潭、厦門、常州、鄭州などの各都市から次々と新たな動きが伝わってきている。

 北京市は2020年9月に北京市ハイレベル自動運転モデル地区を設立、モデル地区工作弁公室の主任には北京経済技術開発区管理委員会の孔磊(コン・レイ)副主任が就任した。関係者によれば、自動運転工作小組のメンバーを「非常勤」にしている都市と比べて、北京市のこの弁公室は実体のある機関であり、「組織のランクも非常に高い」という。

 いまのところ北京市の商用化試験は「運転席無人」の段階で、百度と小馬智行の2社が初の実施許可を取得、経済開発区の中心エリア60㎡に30台の自動運転車〔運転席無人、助手席にセーフティードライバー〕を投入し、恒常的な有料サービスを展開している。

 完全無人運転の商用化試験事業を最初に勝ち取るのはどの都市か、この争いもかなり激しい。『重慶日報』は百度からの情報として、全車両完全無人運転モデル運行資格が中国ではじめて重慶市永川区でリリースされると8月8日に報じた。一方、同日の鳳凰網〔ifeng.Com〕湖北は、武漢市政府部門が同じく全国初の無人運転モデル運行資格を百度に認めると報じている。

 政府のガイドラインは、輸送営業に携わる完全自動運転車には遠隔ドライバーまたはセーフティードライバーが必要と定めている。現在、永川区のアポロゴー〔百度の自動運転アプリ〕は「車内完全無人化」がすでに認められているが、同時に遠隔でセーフティードライバーが置かれている。

 ただ、多くの地方が競って自動運転商用化試験事業を政策的にバックアップしているにもかかわらず、真の「商用化の着地」までには依然として距離がある。国家発展改革委員会総合運輸研究所都市交通研究室の程世東(チョン・シードン)主任は、現在の自動運転商用化はいわば「形だけお金をとっている」だけで、成熟した大規模なモデルにはまだなっておらず、依然として試験段階だと考える。

 また同氏は、各地方政府は商用化試験事業にそこまで躍起にならなくていいという。「経済的に利益が出るかどうかまだわからないのだから、企業側もいくつもの都市でテストをする必要はなく、それよりもいろんなシーンで無人運転を試すほうが重要だ」

 狄笛氏も「単城打透」〔1つの都市で徹底的にテストする〕の考えだ。「中智行は一点突破の方針を採っている。ある都市で短い距離を走行しただけでは商用化とはいえない。そのエリアで十二分に検証をおこない、商用化の力を蓄えてから打って出るべきだ」

 しかし、商用化を進める過程で地方政府と企業が意気投合しているのは、将来のより巨大な市場を見据えているからだ。蘇州市政府が自動運転推進のために設立した企業で代表を務める王佳利(ワン・ジアリー)氏は、スマートコネクテッドカーの開発は様々な分野にまたがっており、ニッチ産業のチェーンも多く、非常に牽引力の強い産業だという。

 従来のインフラプロジェクトが飽和状態にあるいま、スマート道路は新たなインフラ投資の最前線になるかもしれない――そう考える関係者もいる。2021年5月に住建部と工信部が共同で発表した「ダブルスマート(スマート都市インフラとスマートコネクテッドカーの共同発展)」試験事業は新段階の「造城運動〔都市開発〕」といわれている。

「最前線」というが、実は自動運転の試験道路建設競争は各地でとっくに激化していた。

 王佳利氏が明らかにしたところによると、道路の方では、蘇州市はすでに全長63.4kmの道路を自動運転に開放しており、これを約160kmまで伸ばす工事を現在進めている。

 他にも、重慶市は新たに計116.76kmの公道を自動運転試験に開放すると昨年6月に発表している。さらに今年8月、深圳市交通運輸局も56.68kmの試験道路を新増すると発表、翌月には北京市ハイレベル自動運転モデル地区弁公室もエリアを500m2まで拡張すると発表した。

 また、車路共同システムの分野にいる人の話では、スマート道路は5G通信新型インフラに対する政府の建設投資に左右されるため、企業は試験事業が成功したら建設計画の普及に努め、あらためて政府の入札に参加して事業を手にするだろうという。

 この競争激化の波に企業も決して乗り遅れていない。IoVサービスプロバイダーの蘑菇車聯は四川省はじめ各地で数十億単位にも及ぶ自動運転プロジェクトに合意している。百度が開発を手がける自動運転プラットフォームApolloは、広州市黄埔区の総額4億元を超えるスマート交通の「新型インフラ」プロジェクトを落札し、2022年になってさらに同地区のスマートシティ・プロジェクトも手にした。

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2021i - VISTA自動運転車チャレンジマッチが重慶で開幕し、競技に参加した自動運転車(白色)が実際の道路で「S字カーブ」に挑戦する〔2021年8月20日〕。写真/新華社

モデル地区には「縛り」も重要

 試験走行から商用運行へと急ピッチで進んでいる自動運転だが、急速な発展と同時にシステムの管理施策をどう紐づけていくか、これもまた各地の自動運転モデル地区が解決しなければならない課題だ。

 蘇州市は2019年に最初の自動運転公道試験許可証を発行した。中智行もその時期に取得している。狄笛氏によると、試験項目は17あり、項目ごとに30回連続してテストがおこなわれ、すべてに合格しないと許可証は取得できなかったという。

 都市ランク上の制約で蘇州市はまだ商用化試験事業を政策化できておらず、現地の自動運転開発企業は「試験的運用」段階――不特定多数の乗客から乗車賃をとらずに運行試験をする段階――にある。王佳利氏は、蘇州市は「試験的運用」を許可する一連の基準を定めていて、自動運転車がバーチャルシーンでのシミュレーション試験を合計2000kmクリアしなければ実際に人を載せて運行することはできないという。他にも、蘇州市は「自動車分野の質の高い発展先行エリア」を江蘇省に申請しており、将来的にこの先行エリアが法律上、政策上のブレイクスルーになるはずだということだ。

 自動運転技術の進歩にとって、「セーフティードライバーを置かない」ことは最重要メルクマールである。王佳利氏によると、蘇州市は無人化運行の先行試験を、低速で走行する清掃車や物流車両といった作業用車両で検討しているという。作業時間が一般的に早朝深夜で、乗用車ではないこともあって危険性が少ないという理由だ。また、ロボタクシーやロボバスの無人化運行については、現状はまだ技術的ボトルネックがあるので、より慎重になるはずだという。

 北京市のモデル地区はロボタクシーの発展に明確な段階を設けており、有人試験段階、高速道路走行試験段階、無人試験段階、試験的商用運行段階の4段階を相次いで定めた。また、無人試験段階では、セーフティードライバーの有無に応じて自動運転試験をさらに3つの段階に明確に区分している。『北京市ハイレベル自動運転モデル地区発展報告』によると、第1段階は、セーフティードライバーが運転席から助手席に移動する、すなわち「運転席無人」の段階で、必要なときにはセーフティードライバーが備え付けの制動装置で運転を引き継ぎ、安全な走行を保証する。第2段階はセーフティードライバーが後部座席に移動する段階、第3段階はセーフティードライバーが乗車しない、完全な無人運転試験の段階である。

 自動運転開発企業にとってもう1つやっかいなのは各都市の基準が統一されていないことだ。そうなると都市ごとに許可証を取得しなければならなくなる。また、許可証が企業単位ではなく車両ごとに発行されるのも問題だ。いずれにしても企業にとってはかなりの負担である。

 商用化試験の実施をすでに認められている都市では、北京市が明確な基準を設けている。自動運転バスが北京で商用運行するには合計1万km程度の模擬走行試験が必要で、しかもそのすべてが「有効自動運転距離」でなければならない。他にもテイクオーバー率など厳しい基準があり、すべてをクリアしなければ有料サービスの資格は得られない。

 北京市モデル地区にもさまざまな基準がある。例えば、セーフティードライバーが運転席にいる段階、助手席にいる段階それぞれで配車オーダーの実績を積まないと最終段階には進めない。

 北京市が公表しているデータによると、自動運転車のモデル地区での全走行距離は現時点の合計で約308万kmである。しかし、テイクオーバーの回数はまだ明らかにされておらず、自動運転率のみが公表されている。ちなみに自動運転率は2021年度で70%から80%、手動運転の割合は減り続けているという。

 米国の自動運転業界は更に積極的にデータを公表している。例えば、カリフォルニア州車両管理局〔DMV〕は自動運転車にテイクオーバーが生じた場所、そのときの路面状況、気象状況など詳細な報告を義務付けており、DMVは試験走行距離とあわせてこれらをすべて公表している。

 しかし中国では、テイクオーバー率などのデータがまだ地方政府から発表されていない。程世東氏は、政府またはサードパーティは自動運転システムにアクセスし、リアルな公道試験距離やテイクオーバー状況などのデータを取得すべきだという。「自動運転技術が合格となるかどうかは、人間の運転免許試験とはロジックが異なる。運転技術が基準をクリアしているかどうかを数回のテストで判断するわけにはいかない。自動運転車のデータをリアルタイムでトラッキングし、リアルな公道試験距離とテイクオーバーのデータから技術の成熟度を判断するべきだ」

 データ所有権の帰属問題も、今後この分野の問題点になるかもしれない。車路共同システム構築の過程でスマート道路は都市の交通シーンの情報とデータを大量に集めるが、これは個人のプライバシー権に抵触する恐れがある。他方、企業のもつデータをどう管理するかも難題だ。テイクオーバーの正確なデータなどは企業秘密であり、これを積極的に公表する企業はない。

 ある業界関係者は、プライバシーデータには暗号化されているものがあり、権限がなければ送信できないという。「人の運転する車が普段どこに向かうかを交通警察はリアルタイムで把握できない。それと同じだ」。自動運転車は、事故が起きてはじめて管理監督プラットフォームに関連する情報を送る。

 清華大学車両・運送学院の楊殿閣(ヤン・ディエンゴー)教授は最近発表した文章で、スマートカーのデータ管理は安全と発展の両方を考慮し、「宜粗不宜細」〔大ざっぱがよく、細かいのはよくない。元々は鄧小平の言葉〕であるべきだと言っている。以下は同氏の考えだ。スマートカー技術の歩みはまだ試行錯誤の段階であり、データのセキュリティ管理に関する規定を細かくしすぎるのはよくない。最低限の安全性保持を担保に一定の自由度を企業に与えるべきだ。基本的な安全の保証を前提に、データの使用、精度、分類といった部分では企業が自由に扱える余地を適度に残し、技術が成熟してから改めて細かい規定をつくればよい。そうしないと「身動きがとれない」状況になってしまう。

 管理監督部門に近い人はこう話す。「テイクオーバー率などは企業秘密にあたるので、やはりすべてのデータを企業に報告してもらうのは難しい。実証試験車のデータ管理といっても、もっぱら最低限の安全を守るためであって、政府が技術それ自体を評価することはあり得ない。新しく生まれた産業と技術の速やかな発展のためには寛容な態度が必要だ」

待たれる責任区分の明確化

 自動運転産業の発展に伴って、関連法規の整備も待ったなしになっている。北京市の公表データによると、モデル地区で発生した自動運転実証試験にからむ交通事故は全部で18件である。そのうち、手動運転時の事故が6件、自動運転時の事故が12件である。平均17.1km走るごとに1件の事故が発生している。

 国内外を問わず、自動運転公道試験のライセンス申請者に対しては高額の保険加入が求められる。米カルフォルニア州のDMVは、自動運転車が引き起こした人身事故、物損事故に対する責任能力を証明するため、企業に500万ドルの保険負担を求めている。中国の「スマートコネクテッドカー道路実証試験管理規範(試案)」は、「交通事故責任強制保険証書」と、500万元/年以上の「交通事故責任保険証書」または500万元/年以上の「自動運転道路実証試験事故賠償保証状」のどちらか1つの取得を自動運転開発企業に求めている。

 交通事故処理と違反取締に対する現行法規の規定は「ドライバーありき」の従来型発想でつくられている。ところが、自動運転車では人はもはやすべての運転操作に権限をもって車をコントロールするわけではない。そうなると責任区分の問題もより複雑になる。

 8月1日に正式に施行された「深圳経済特区スマートコネクテッドカー管理条例」(以下、条例)は中国初のスマートコネクテッドカー法規である。関係者は「自動運転車は展開規模が小さいだけにこれまで法的には例外扱いされてきたし、交通管理部門も場当たり的な対応をしてきた」という。

 程世東氏は、深圳市は経済特区の立法権を使って、自動運転道路交通違反事故の処理規定を明確にする初の法規を公布し、事故責任の主体不在というこれまでの空白を埋めたと考えている。

 深圳市交通運輸局インテリジェント処のメンバーである曾乾瑜氏によると、深圳市人民代表大会の音頭で組織された専門チームが現場座談会や他都市の視察を繰り返し、欧米の法規も参照しながら約90万字の調査報告書を作成、2年がかりで条例に仕上げたという。

 自動運転車が事故を起こしたとき誰が責任をとるのか。条例は「有人運転」と「無人運転」の2つの状況について定めている。事故原因がスマートカーにあってしかもドライバーが乗車していた場合は、まずドライバーが責任をとる。他方、無人運転の場合は「受益者=責任者」の原則に基づき、車両のオーナー、管理者がまず補償責任を負う。後に車両本体の欠損が事故原因だとわかった場合は、ドライバー、車両のオーナー、管理者が法規に則って車両メーカーに賠償を請求することができ、全体としては「補償が先で賠償請求が後」のルールに従っている。

 つまり、自動運転車については、セーフティードライバーがいる限りセーフティードライバーが優先的に責任を負うということだ。緊急事態のときでもセーフティードライバーは車を操作できるわけだから、セーフティードライバーを責任主体として定めるのは合理的だと程世東氏はいう。しかし、セーフティードライバーを主にしたこの判定方法は、自動運転を補助運転のステータスに留めることになるという人もいる。今後、他の都市が同様の法規を出せば、事故責任の認定もより細分化されるだろうし、事故発生時に実際に運転していたのは人間=セーフティードライバーなのかシステムなのかの判定も可能になるだろう。そうなれば、責任の所在――人なのかシステムなのか――も定まるに違いない。


※本稿は『月刊中国ニュース』2023年1月号(Vol.129)より転載したものである。