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【23-46】高齢者の「健康的な加齢」メカニズムを解明

趙漢斌(科技日報記者) 2023年09月11日

 健康的な加齢(ヘルシーエイジング)をどのように実現するかは、国の発展全般や何億もの人々の幸せに関わる重要なことだ。

 そのため、健康な高齢者を研究対象とした加齢分子メカニズムの分析は、人類のヘルシーエイジング保護メカニズムを理解するのに役立ち、新たなアンチエイジング介入技術の開発に指針を提供することができる。最近、中国科学院昆明動物研究所の孔慶鵬研究員のチームが行った研究により、ゲノムの重要機能を担う領域で体細胞突然変異を回避し、特定領域の高メチル化を維持することが、100歳以上の高齢者における重要な「秘訣」であることが明らかになった。

重要機能領域の体細胞突然変異を回避

 人は年齢を重ねるにつれて、体細胞突然変異が徐々に蓄積される傾向にある。この蓄積が加齢関連疾患を引き起こす重要な要因だと考えられている。

 だが、100歳以上の高齢者群では、多くの人が老化してはいるものの、相対的に健康を維持している。疫学的調査でも、100歳以上の高齢者の多くは非常に長い寿命の中で相対的に健康を維持しており、彼らがアテローム性動脈硬化や冠状動脈性心疾患、アルツハイマー病など、年齢に関わる一連の重大疾患を抑制する能力を備えていることが明らかになっている。これは、非常に高齢になると、体細胞突然変異が蓄積されて加齢関連疾患を誘発するという推論と矛盾する。

 孔氏は「これまでの研究に基づき、100歳以上の高齢者の多くが、体細胞突然変異の独特な分布パターンを持ち、人類の健康や生存に密接に関わるゲノム領域の有害な突然変異を回避している可能性があると考えている」と述べた。この見方を検証するため、孔氏のチームは重慶医科大学の寸玉鵬教授のチームと共同で、100歳以上の高齢女性73人と無作為に選ばれた対象群の女性51人の末梢血サンプルにより、特別な全ゲノムシーケンスを行った。

 同研究所の王昊天博士は、「100歳以上の高齢者群が持つゲノムの体細胞突然変異の数は、対照群と明らかな差が見られなかったものの、持っている突然変異の有害レベルが対照群よりも明らかに低いことを発見した。100歳以上の高齢者は転写調節に関連する領域、転写活性領域、人類に必須の遺伝子などのゲノム領域で、持っている突然変異遺伝子が少なかった」と説明した。

 興味深いのは、研究者がゲノムには特定領域が存在し、100歳以上の高齢者はこの領域が非常に保守的で、体細胞突然変異を起こさないことも発見したことだ。反対に対照群では、この領域やその一部で発生したすべての突然変異がどれも高度に有害だった。孔氏は「詳細な分析を行った結果、この領域の機能が相対的に重要であることがわかった。これは100歳以上の高齢者が人類の健康と密接に関わるこうした重要機能を担う部分で有害な突然変異を無意識に回避していることを示すものだ」と紹介した。さらに分析した結果、100歳以上の高齢者群の体細胞突然変異は欠陥の修復により引き起こされたものが少なく、またDNA修復に関連する遺伝子の全体的な発現レベルが著しく上昇していることがわかった。これらの検証を踏まえると、100歳以上の高齢者において、高い損傷修復能力が重要領域の突然変異を回避できる原因になっていると考えられる。この研究は、100歳以上の高齢者の体細胞突然変異にリスク回避の特徴があることを、全ゲノムシーケンスを通じて明らかにしたもので、関連論文は学術誌「Aging Cell」に掲載された。

特定領域に高メチル化部位が大量に存在

 同研究所の肖富輝副研究員は「健康的な長寿になるか、それとも早すぎる老化になるかは、遺伝的要因と環境的要因が作用し合って決まる。研究の結果、そのうち遺伝的要因の影響は約15~35%であることがわかった。エピジェネティクスは環境と遺伝をつなぐ懸け橋であり、そのうちDNAメチル化のレベルが、加齢や加齢関連疾患の発生と密接に関連している」と述べた。

 孔氏のチームは海南医学院の蔡望偉教授のチームと共同で、全ゲノムDNAメチル化シーケンス解析技術を利用して、海南省のさまざまな年代の個体をカバーする、バイアスのない1塩基解像度のDNAメチル化マップを作成した。研究で使われた末梢血サンプルは、102歳前後の高齢者57人、74歳前後のシニア対照群22人、58歳前後のミドル対照群32人から採取した。

 このデータは人類のゲノムの84%を超える2360万個のCpGアイランドをカバーしている。さらなる分析により、102歳前後の高齢者はシニア対照群と比べて、特定領域に高メチル化部位が大量に存在していること、ミドル対照群は年を重ねる過程で、こうした領域が加齢に伴いメチル化レベルを徐々に低下させやすいことがわかった。分析によると、こうした部位はH3K9me3のヒストン修飾をマーカーとする構成的ヘテロクロマチン領域が明らかに数多く集中していた。

 孔氏は「ヘテロクロマチンが失われることが老化を招く重要な原因であり、高メチル化はヘテロクロマチンの安定性維持を助ける」と説明した。孔氏のチームは、100歳以上の高齢者がこうした高メチル化領域においてトランスポゾンの発現が抑制される傾向があること、その周囲の一定範囲では老化を引き起こす多くの疾患遺伝子の発現が抑制されていることも発見。この研究により、ゲノムの特定領域の高メチル化が、ヘテロクロマチンの安定性を維持し、人類の健康的な加齢を促す可能性があることを示した。関連研究成果は国際学術誌「National Science Review」に掲載された。


※本稿は、科技日報「长寿老人健康老化机制揭示」(2023年7月19日付8面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。