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【23-64】36年前の凶悪事件を解決した新たな指紋解析アルゴリズム

都 芃(科技日報記者) 2023年11月17日

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(画像提供:視覚中国)

 中国浙江省舟山市で36年前、無人の漁船が漂着し、乗っていたはずの船員6人の姿がなく、船員が持っていた現金も見当たらず、船内から血痕が見つかるという凶悪な強盗殺人事件が起きた。現場に残された重要な手がかりの一つに血の付いた指紋があった。事件は2022年9月に解決を迎え、2人の容疑者が逮捕された。最近、事件の第一審の審理が始まった。

 血の付いた1つの指紋が、なぜ30年以上前の事件の真相を明らかにできたのだろうか? 事件解決の裏には、北京大学智能学院の封挙富教授率いる研究チームが20年以上かけて開発した人工知能(AI)指紋識別技術があった。同技術は導入以降、警察による数千件以上の事件解決をサポートしてきた。

「半自動」と言われてしまった初代技術

 現在の理論では、この世界に誰一人として同じ指紋の人はいないとされている。指紋は、数十本の湾曲した線で構成されており、それぞれの線の向きや曲がり具合は千差万別だ。2つの指紋が同じ人のものか、そうでないかを判断するためには、日々コツコツと専門的な訓練を受け、少しずつ経験を積んでいくしかない。

 北京大学は、世界のスマート学科が誕生した場所の一つで、1988年に同大学初の国家重点実験室として「視覚・聴覚情報処理国家重点実験室」が設立された。同実験室は指紋認証などの分野において、世界の最先端レベルにある。

 1980年代、中国科学院院士(アカデミー会員)で北京大学教授の石青雲氏は、いち早くパターン認識技術を指紋認証に応用し、中国の指紋認証技術の先駆けとなった。それを基に中国初の自動指紋識別システムが開発された。

 2002年、当時30代だった封教授がそのバトンを受け取った。指紋識別の鍵は、一つ一つの指紋の特徴点を探し出し、マークすることにある。システムは、それらの特徴点を二進法によって表し、システムに組み込まれている指紋データと照合する。封教授によると、2つの指紋の特徴点が全て一致すれば、同じ指紋だと判断できるという。

 しかし、指紋照合は最初の段階で壁にぶつかった。2003年、封教授は同技術を手に海南省へ行き、警察の事件解決に協力しようとした。しかし、封教授は、実際の応用では想像以上に状況が複雑で、システムが思うように指紋の特徴点を識別・マークせず、その結果、照合の成功率が低いことを発見した。

 海南省で特徴点のマークに携わっていた警察は封教授に対し「これを自動指紋識別と呼ぶことはまだできない。『半自動』といったところだ。とりあえず、一つ一つ手作業でマーキングするしかない」と冗談を飛ばしたという。封教授はそれを聞いて恥ずかしい思いがした。「この技術は確かに精度が低く、手作業でマーキングしなければならないので、申し訳なく思っている」と応じるしかなかった。

 海南省から大学に戻った封教授は「手作業の必要がない指紋識別技術を開発して、本当の意味で『全自動』のシステムを作ろう」と決意した。

「半自動」から「全自動」にレベルアップ

 封教授はその後10年間、辛抱強く黙々と研究した。2003年に海南で壁にぶつかってから、封教授は技術の研究開発に没頭したが、思うような効果はなかなか得られなかった。「通常のテクノロジー・ロードマップはすでに頭打ちになっており、高い壁を越えて『全自動』を実現するためには、新しい方法を導入しなければならない」と考えるようになった。

 2013年、ニューラルネットワークをはじめとするAI技術が急速に発展し、封教授はそれを指紋識別に応用できるのではないかと考えた。

 アイデアは良かったものの、同技術の指紋識別に応用する上で、参考にできる例があまりなく、どのように応用するかを自分たちで模索するしかなかった。封教授は「ニューラルネットワーク技術を応用するためには、マークした大量のデータを使って、モデルのプレトレーニングを実施しなければならない。データバンクの規模が大きく、ラーニングに使える資料が多いほど、最終的に良い結果が得られる」と説明した。ただ、封教授のデータバンクに入っている指紋は少なく、モデルをトレーニングするには全く足りなかった。また、数が少ないだけでなく、データの質もバラバラだった。「人によって、指紋の特徴点のマーキングの結果が異なり、質も異なるため、トレーニングの難易度が上がった」と封教授は振り返った。

 データに限りがあるため、封教授はアルゴリズムから着手することにした。「子供にネコやイヌを見分けてもらうことはできても、指紋を識別してもらうことは難しい」。封教授はまず「子供」が「指紋の専門家」になるように育成し、その後、指紋識別ができるようにトレーニングすることで、少しのデータでも大きな成果を上げることができると考えた。そして彼は、10年以上かけて研究した指紋の知識を一つ一つのコマンドに変え、それをコードに組み込み、「幼児」を「指紋の専門家」へと成長させた。

 2016年に識別精度が90%以上のAI指紋識別アルゴリズムが誕生した。この世界初のアルゴリズムは、熟練したマーキング専門技術者に匹敵し、さらにはそれを上回る能力を備えている。これにより、全自動による指紋特徴点のマーキングと迅速な照合が実現した。

事件捜査の効率向上をサポート

 封教授は取材中、棚から分厚いA4用紙の束を取り出してきた。それは、中国各地から送られてきた感謝状だった。封教授が技術のブレイクスルーを実現したことにより、重大事件の指紋照合のために、多くの人手を費やす必要はなくなり、捜査の効率が大幅に向上した。

 同技術のサポートの下、複数の重大事件が解決された。中には、長年にわたり未解決だった複数の殺人事件も含まれていた。事件が解決されたことで、凶悪犯の逮捕を切実に願い続けてきた被害者や遺族が胸をなでおろすことができた。複数の専門家もまた、その功績が認められて賞を受賞した。封教授にとっては、被害者と遺族から寄せられた1通1通の感謝状が「勲章」になっている。

 封教授率いるチームは通常、教授と5~6人の学生だけで、多い時でも7~8人と、基本的に小規模だ。学生の出入りは激しくても、封教授は粘り強く研究を続けている。そんな封教授は今「スマホの指紋認証と同じように、指紋を登録すると、すぐに正確な結果が出るシステムを作りたい」とさらに大きな夢を膨らませている。封教授は「あるベテランの指紋鑑定専門家の方と、システムが完全に鑑定専門家に取って代わる日が来るかどうかの『賭け』をしているが、その『賭け』には勝つ自信がある」と述べた。

 北京大学智能学科の「双一流」(世界一流大学・一流学科)建設発展計画に基づき、封教授は現在、北京大学武漢人工知能研究院の研究チームと協力し、スマート指紋認証技術を武漢東湖ハイテクパーク国家スマート社会ガバナンス実験総合拠点で応用する計画を進めている。社会ガバナンスのスマート化水準を高め、スマート化を通して、社会ガバナンスの現代化という目標の実現を目指している。


※本稿は、科技日報「新算法让36年前的指纹"开口说话"」(2023年9月19日付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。