科学技術
トップ  > コラム&リポート 科学技術 >  File No.23-71

【23-71】量子ドット材料が中国の得意産業になる可能性は?

崔 爽(科技日報記者) 2023年12月11日

image

第2回中国(安徽)テクノロジーイノベーション成果実用化交易会で展示された量子ドットディスプレイを見る来場者。(儲瑋瑋/中国新聞社/視覚中国)

 中国工業・情報化部(省)と国務院国有資産監督管理委員会はこのほど、「先端材料産業化重点発展指導リスト」の第1弾を発表した。先端材料産業化の革新的発展を加速させるのが狙いだ。新材料産業は戦略的かつ基礎的産業で、先端材料は新材料産業発展の方向性とトレンドを示しており、新たな成長の原動力を構築するうえで、重要な切り口となる。先端材料の革新的研究の方向性、産業の発展状況、今後の応用見通しなどについて解説する。

 2023年度のノーベル化学賞は「量子ドットの発見と合成に関する業績」により、モウンジ・バウェンディ氏、ルイ・ブラス氏、アレクセイ・エキモフ氏の3人が受賞した。

「量子ドット」は微細なナノ粒子の一種で、さまざまな分野で既に応用されている。例えば、テレビの画面やLEDライトの光の伝導は、いずれも量子ドットと関係があり、化学反応の触媒としても機能し、外科医師が発光によって腫瘍組織を照らすのにも使われている。

 中国科学院半導体研究所の研究員である楊暁光氏は「中国は『先端材料産業化重点発展指導リスト(第1弾)』で、量子ドット材料の発展を明確に打ち出しており、これは非常に戦略的な視点を持っている。中国の量子ドット材料関連の科学研究と産業はいずれも国際水準にあり、将来、中国の得意産業に育て上げることができる」との見方を示した。

「人工原子」とも呼ばれる量子ドット

 量子ドットは、準ゼロ次元ナノ材料の一種で、少量の原子で構成されており、発光効率や色純度が高く、色域が広く、溶液加工可能などの特徴がある。量子ドット材料には、青色リン光材料、シリコンベースの量子ドット周波数コムレーザー材料などがあり、次世代の情報技術などに応用できる。

 アモイ大学材料学院の解栄軍教授は「量子ドットは『半導体ナノ結晶』とも呼ばれる、3つの次元のサイズが1~100ナノの0次元(0D)ナノ構造だ。一つの量子ドットには、少量の電子、正孔、または電子-正孔対があるため『人工原子』とも呼ばれている。量子ドット材料の中ではコロイド量子ドット材料が最も幅広く研究、応用されている」と説明した。

 人類の発展過程を変えた多くの大発見と同じように、量子ドットも偶然発見されたものだ。アレクセイ・エキモフ氏は1980年、ガラスマトリックスを研究している際に、ナノ粒子のサイズが性質に依存していることを発見し、これが量子ドット発見の起点となった。また、ルイ・ブラス氏は1983年、硫化カドミウム粒子を含むコロイド溶液を研究した際に、量子ドットの光学的特性である量子サイズ効果を打ち出した。モウンジ・バウェンディ氏は1993年に、画期的な「ホットインジェクション法」を開発し、粒子サイズとサイズ分布を制御できる質の高い量子ドットの製造に成功し、この分野の発展を大きく推進した。3人の科学者の画期的な成果が、量子ドット技術の発展の道を切り開き、量子ドットは実験室から出て、実際に応用されるようになった。解氏は「これらのナノ粒子は、独特な量子特性により、現代テクノロジーに非常に明るい発展の見通しをもたらした」と語った。

 楊氏によると、半導体分野では日本の東京大学の荒川泰彦教授が1986年に、半導体材料構造が2次元量子井戸構造から0次元量子ドットに進化することで材料性能がどのように変化するかを予測した。その後、量子ドットを光電デバイス、特にレーザー装置に応用するのが重要技術の発展傾向となった。その典型例は量子ドットレーザー装置で、200℃もの高温下でも正常に作動し、従来の半導体レーザー装置が作動する温度の上限を大きく上回っている。

まずは高画質ディスプレイに応用

 解氏によると、最も商業価値の高い量子ドット材料の応用分野は、テレビやパソコン、タブレットPC、スマホなどの高画質ディスプレイで、その市場規模は1兆元(1元=約21円)にのぼる。高精度で制御された状態で、異なるサイズの量子ドットが外部エネルギーの刺激を受けると、対応する波長の光を発することができ、これがディスプレイに応用する1番目の重要なメリットとなる。量子ドット材料の2番目の重要なメリットは、その発光スペクトルが非常に狭いため、発光色の純度が極めて高くなり、ディスプレイ画面がより鮮やかで、リアルな色になることだ。溶液の加工性は量子ドット材料の3つ目の重要なメリットで、材料の加工コストが低く、さまざまな化学溶剤と互換性があることを意味する。

 量子ドット材料が登場した当初、量子ドットに独特の光電特性があることから、主な応用分野は電子と光学の分野になると予測した学者がいた。実際、量子ドット技術の応用を率先して推進した分野がディスプレイ産業だった。2013年、日本のソニーは先頭を切ってバックライトに量子ドット技術を採用した液晶テレビを発表した。液晶ディスプレイ(LCD)は、有機ELディスプレイ(OLED)と同じ土俵で戦う実力を再び備えることとなった。中国の大手電子機器メーカー「TCL」は2016年にバックライトに量子ドット技術を採用した液晶テレビを発表した。その後、量子ドット材料は中国内外のミドル・ハイエンド液晶テレビやディスプレイ、ノートパソコン、タブレットPCなどに幅広く応用されるようになった。楊氏は「量子ドット材料を採用することで、ディスプレイは、よりフレキシブルになり、画素数が増え、より色域が広がった」と説明した。

 解氏は「現時点で商用の量子ドットバックライト技術(QD-LCD)は依然として、量子ドットのディスプレイへの応用という初期段階にある。その主な原因は、質の高い量子ドット材料は通常、複雑なプロセスと原材料の製造が必要で、製造コストが非常に高いことため、大規模な商用化応用発展の足かせとなっている。また、一部の量子ドット材料にはカドミウムなどの有害元素を含んでいる可能性もあり、環境や人体に害を及ぼすリスクが潜んでいる。直流の電気が量子ドット薄膜を通ると、量子ドットが充電され、電気を帯びるようになると、トランジスターに電気が流れ、量子ドットがエレクトロルミネセンスを維持するのが困難になるからだ」と紹介した。

複数の分野で優位性を発揮

 量子ドットのディスプレイへの応用は「プロローグ」に過ぎない。量子ドット材料の応用はディスプレイにとどまらず、バイオイメージングやセンサー、太陽電池といった分野にも今後応用されることになるだろう。

 解氏は「量子ドット材料は既に、ナノ技術において不可欠になっており、生化学や医学などの分野で幅広く応用できる。量子ドット材料は劣化に強く、輝度は有機染料の10~20倍だ。この特性は、量子ドットタイプの蛍光プローブが細胞の生命過程をさらに長く追跡することを可能にしている。また、量子ドット材料は、化学反応が起きにくく比表面積が大きいため、薬物キャリア能力が高く、生物システムにおいてナノキャリアーにラベリングすることができ、治療薬の送達に適している。さらに、量子ドット材料は、表面修飾が可能で、相互作用を通じて、ペプチドや炭水化物、DNA断片、ウイルス、天然産物などと、生体共役反応(バイオコンジュゲーション)することができる。こうした応用は、量子ドット材料が生物医学研究においてポテンシャルを秘めていることを示すとともに、生命過程や病気治療の研究の新たな道筋を提供している」と説明した。

 楊氏は「現時点で、中国は量子ドット材料の研究及びその産業応用の面で、世界のトップレベルにある。量子ドット材料は、中国の光電気、情報、ディスプレイなどの分野における支配的な製品になる可能性は十分にある」との見方を示した。

 そして「中国ではデータセンターの建設が加速しているが、エネルギー消費が主な足かせとなっている。高密度の光電デバイスは、作動の過程で大量の熱を発する。しかも、光電デバイスの性能は温度に非常に敏感であるため、データセンターは、光電デバイスの温度を下げるために、大量のエネルギーを消費する必要がある。統計によると、温度制御に使われるエネルギーは、データセンターが消費するエネルギー全体の約4割を占めている。もし、高温でも正常に作動する量子ドットレーザー装置を採用できれば、データセンターのエネルギー消費は大幅に減るだろう。高温は量子ドットレーザー装置の応用環境の一つに過ぎず、高密度光電子集積回路や高精度測量、光量子生成といった分野でも優位性を発揮する」と述べた。

 また、解氏は「ノーベル化学賞受賞者の発表により、量子ドット材料が注目を浴びるようになったため、その産業化の発展がさらに推進され、多くの分野で価値を発揮する可能性がある。受賞者発表の際に選考委員会が述べたように、『我々は量子ドットのポテンシャルを探求し始めたばかりだ』」と語った。


※本稿は、科技日報「量子点材料有望成为我国长板产业」(2023年10月24日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。