【19-09】《亜洲創客》モノのResearch and Development
2019年7月18日
高須正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人
略歴
中国深圳をベースに世界の様々なMaker Faireに参加し、パートナーを開拓している。
ほか、インターネットの社会実装事例を研究する「インターネットプラス研究所」の副所長、JETRO「アジアの起業とスタートアップ」研究員、早稲田大学ビジネススクール非常勤講師など。
著書「メイカーズのエコシステム」「世界ハッカースペースガイド」訳書「ハードウェアハッカー」ほかWeb連載など多数、詳細は以下:
https://medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac
STEM教育ツールを開発するスタートアップであるChibitronics社の共同創業者であり、MITメディアラボの研究者でもあるアンドリュー・バニー・ファンは、スタートアップのハードウェア製造の第一人者として知られている。
バニーは2006年頃から中国深圳で小ロットのハードウェア製造に取り組んでいる。彼がハードウェア担当副社長を務めたChumbyは最初期のIoT端末であり、欧米のスタートアップ深圳で量産を行った最初のケースになる。
彼の経験は書籍「ハードウェアハッカー」(拙訳、山形浩生監訳、技術評論社、2018年)にまとめられている。
MITメディアラボの「ML Shenzhen」プロジェクト
MITメディアラボは2015年から中国深圳で、ML Shenzhenと呼ばれる試みを続けている。バニー他、深圳で自分のプロジェクトを量産した経験を持つ研究者がメンターとなり、MITメディアラボ内から深圳での量産可能性があるプロジェクトをピックアップして、2-3週間の日程で深圳・東莞の工場群と協力し、クラウドファンディングなどを用いた大規模テストに向けてプロジェクトを加速させるというものだ。
2019年はメンターの一人ジー・チーが東京大学大学院工学系研究科の川原研究室で研究していることもあり、東京大学とMITの合同プロジェクトとなり、僕もサポートとして参加することになった。
量産に向けた設計、DFMについてレクチャーするバニー・ファン
新しいセンサーを作る、大量のLCDプレートを必要とする、大量のニッティング(編み細工)を使うなど、工業生産されているハードウェアを改良するタイプのプロジェクトがピックアップされていて、Research at Scaleの副題がつけられている。(過去はHacking manufacturing等のタイトルもつけられていた)
モノのResearch and Development
僕自身は貿易商やニコ技深圳コミュニティの共同発起人として、深圳のスタートアップと協業してハードウェア開発に関わっているが、「世界の工場」と言われるこの街にいると、「あらゆるものはすでに作られている」という想いにとらわれてしまう。
また、コモディティ化したハードウェアを組み合わせて新製品を開発する深圳スタートアップのアプローチ、たとえば大きなスピーカーとタブレットを組み合わせてラジカセのような外見のスマートスピーカーを作ってしまう様をみると、「素早い市場投入こそが最適解」との志向をますます強くする。
その中でバニーたちが指導するMITメディアラボのResearch at Scaleでは、「この世にないもの」を作るために深圳の力を利用する。彼らはAQSというアメリカに本社を置くサプライチェーンマネージメント会社と長く協業している。AQSは深圳にオフィスがあり、多くの中国人エンジニアが働き、さまざまな工場と提携して製造プロセス全体をマネージメントしている。そのネットワークを利用して、研究の対象になっているパーツを数多く入手し、さらにはそのパーツが製造されている製造工程を見学しに行く。
たとえばセンサーを使った研究に対し「そのセンサーを作っている工場に行って、どうやって製造されているか見てこよう。そこから新しいアイデアが浮かぶ」などのレビューとセンサー工場への見学がアサインされ、センサーの製造工程を深く理解したところから「センサー工場と協業して新しいセンサーを生み出す」方向にプロジェクトが進化する。
まるで研究者がまず論文を数多く読み、学会で研究者に質問することから研究活動を始めるように、モノに数多く触れ、実際にモノをつくっている工場に行って工場のエンジニアとやりとりすることで「いまは世の中にないが、工夫することでつくれる可能性のあるもの」を追い求めていく過程は、モノのResearch&Developmentといえる。実際に今あるモノをリサーチして深く把握し、世の中にないモノをつくるのは、未知を既知にする研究活動そのものだ。
プロジェクト主のバニーと、第1期の参加であるJie Qiが共同で創業したChibitronicsは、そうした「今のプロセスを研究して今ないプロダクトを作る」試みがスタートアップになった例である。
フレキシブル回路をつくる試みが製品になったスタートアップ Chibironics
言語化できない「スキル」を伝達する
今回のプロジェクトに参加している学生は東大とMITあわせて約10名、6プロジェクトほどだが、メンターとして前述のバニーとジーのほか、Xobs, Artemと4人が参加している。この4名はいずれも
-自分のプロジェクトを量産したことがある
-深圳の量産業者と仕事ができる
-研究者である
-現在のプロジェクトをよく知っている
と、今回のプロジェクトに必要な複数の経験をスキルとして兼ね備えている。この4つのどれが欠けても助言やマッチングは難しい。さらに、量産関係のスキルと研究者としてのスキルは別方向なので、両方を備えた研究者を探すのはさらに難しい。今回アシスタントとして参加している僕は、深圳での業者マッチングにはさほど問題ないが、研究内容への理解や「自分で作る経験」には大きな欠落を感じた。
こうした別方向のスキルを兼ね備えた人間が複数人いるのがMITメディアラボの強さだと感じた。
さらに、先に挙げたメンター四名は全員英語が母語のアメリカ人(ジー・チーは子供の頃に渡米した華人1世で中国語のヒアリングは問題ないが、読み書きはできない)だが、そうした外部からの来訪者と柔軟に協業体制を構築できるところに今の深圳の強みがある。
Research at Scaleについてはまだ半分以上プログラムが残っているので、今後ともレポートしていきたい。
工場内部で、製造工程について説明
MITメディアラボは深圳の工場群と密接な関係がある
メイカーズ技術関連イベント
2019年7月25日 インターネットプラス研究所 オンラインオープンデイ
(https://note.mu/shao1555/n/n5742270f8c2a) ネット動画で視聴可能
2019年8月3-4日 メイカーフェア東京(https://makezine.jp/event/mft2019/)
2019年8月8日 シリコンバレー×深圳 グローバルイノベーションの最前線とコミュニティ
東京大学 (https://dlab-and-nicotechsz-2019.peatix.com/)
2019年8月10日 秋葉原AkiParty Tokyo 2019 (https://club-mogra.jp/2019/08/10/3935/)
2019年8月31日 ニコ技深圳コミュニティ 深圳華強北オープンデイ (https://www.facebook.com/events/2346484202094671/)