高須正和の《亜洲創客》
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【19-07】技術移転とスタートアップ

2019年10月15日

高須正和

高須正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

中国深圳をベースに世界の様々なMaker Faireに参加し、パートナーを開拓している。
ほか、インターネットの社会実装事例を研究する「インターネットプラス研究所」の副所長、JETRO「アジアの起業とスタートアップ」研究員、早稲田大学ビジネススクール非常勤講師など。
著書「メイカーズのエコシステム」「世界ハッカースペースガイド」訳書「ハードウェアハッカー」ほかWeb連載など多数、詳細は以下:
https://medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

コミュニティベースでのインド・グルガオン視察

 筆者が友人のエンジニア/起業家/研究者たちと運営しているコミュニティ、「ニコ技深圳コミュニティ」で、インド・グルガオンへの視察を行った。このコミュニティはボランタリーで運営していて、今回の全費用も参加メンバーの割り勘で賄っている。

 東京大学准教授伊藤亜聖氏のアレンジでJETROニューデリーおよびインド情報科学局のDigital India担当官からレクチャーを受けられたほか、様々な技術・クリエイティブに明るい各氏と意見交換を行うことができ、大変実りのある3日間の日程を終えることができた。

 現地でIP Tech(知財関係のテクノロジー)のスタートアップに勤務する田中陽介氏の協力でインドの工科大が備えているインキュベーション施設FITT(Foundation For Innovation And Technology Transfer)を見学し、いくつかのスタートアップから話を聞くことができた。

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FITT 組織のタイトルにも「技術移転」が含まれている。

新興国のスタートアップがタイムマシン経営を行うのか

 見学したスタートアップには一様に、先進国のスタートアップに見られない特徴がある。

 稲わらを再利用しているKariya labs、遺跡や仏像などのデータを3DにモデリングしているVizaraなど、現時点でマーケットも売り上げも目処が立っていて、企業としての体をなしていることだ。

 これまでの世の中になかったサービスや、これまでビジネスになっていなかった手法をビジネス化してきたGoogleやHyperloop等の米スタートアップとは異なる。

 たとえばVizara社の、遺跡や仏像の3Dスキャンデータから手作業で実際の3Dデータを起こす作業は、誰でもできるほどコモディティ化されていないが、先進国で研究者が取り組むようなテーマではない。

 点群データの取得はUNESCO等の海外勢が行う作業だ。これは最新技術の見せ所で自動化の恩恵が出やすい分野だし、インドにはいくらでも遺跡がある。

 この会社の仕事はそうしてUNESCOなどが3Dスキャナ、Lider等を用いて取得した点群データをもとに、写真と組み合わせて「実際の表面はどうなっているか」を形作ることだ。これは詳細な地図データをもとに実際の風景を描くような手間仕事だ。自動化の恩恵はフルに活用しているが、そこに加えて

  • 3DのCADソフトが扱える
  • インドの遺跡について深い暗黙知がある
  • 実際の遺跡に行った経験などのイメージが必要

など、簡単に作業者を増やしてスケールアップするのは難しい。

 たとえば日本の例なら、「八咫烏」というものを知っていないと、点群データから3本足のカラスを描くのは難しいだろう。「この時期のこの神様は、2つの顔は男と女だ」「尻尾は3つあって頭はライオンと蛇と..」みたいな文脈に踏まえながらデータを保管していく。これは「職人技」であり、地味だが会社内の知見として溜まっていく。

 一方でこの会社はデータの活用についてコンサルティングも行っている。こうやってできた3Dプリンタは、たとえば

  • ゲームのステージとして利用
  • 博物館に置いてVRゴーグルで中を歩き回る
  • Webサイトに載せてGoogleストリートビュー的に中を歩き回る
  • 形状を3Dプリント

などの使い方ができる。発注側が「3Dデータでどういうことが可能か」をわかっていることは希で、受注側である個のスタートアップが経験を元にコンサルティングしていくことになる。こちらも会社の知見として溜まっていく。

 この仕事は安定して会社を回していくことができる。スタートアップが社会に受け入れられる上で一番必要なことは、「使った以上のお金を稼ぐこと」だ。多産多死のスタートアップ経営術、リーン・スタートアップ(無駄のないスタートアップ経営)では、MVP(Minimum Valuable Product)が最重視される。なるべく最短でお金を払ってもらえるものを作る、ということだ。Vizara社はその壁をすでに越えている。

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個客へのデモ用に、遺跡のデータを3Dプリントしたもの。

なぜそれが新興国の大企業にできないのか

 一方でこの業務は先進国では前からあるものだ。京都などの遺跡が3Dデータになっている様子はよく聴くだろう。そして、そうした遺跡のデータ化は、最初期は日本でも東大廣瀬研などの研究室が主導して行っていた。その意味で、先進国のトレンドをキャッチアップしたタイムマシン経営と言える。

 インドでもゲームを作る会社や映画を作る会社には同様のスキルセットがある。それでもこういうスタートアップが成立するのは、急成長中のインドでは、「まだ手をつけられていない産業」が至る所にあるからだ。ゲーム会社や映画会社も急成長中で、リソースを他にかけるよりは本業を伸ばした方がいい。また、先進国でも研究機関が行っていた分、知見は論文やYouTube動画などで公開されていて、大企業でなくてもアクセス可能になっている。それであれば動きが速い技術者集団、つまり大学発スタートアップの勝負所になる。

スタートアップと技術移転

 FITTのスタートアップ群を見て、「インターネットにより、技術移転のモデルが変わってきている」と感じた。

旧来の技術移転は、以下のようなステップを踏む。

  1. 先進国の研究機関および企業での研究開発
  2. 先進国での事業化
  3. 新興国への直接投資、ライセンシング、アウトソース等によるノウハウのスピルオーバー
    このあと、新興国で別種のイノベーションが生まれるリープフロッグが起こることもある。

 これがインターネットにより、このようなモデルが可能になっている。

  1. 先進国の研究者
  2. 新興国の研究者がネット越しにキャッチアップ
  3. 新興国の研究者がそのままスタートアップ

 この場合のインターネットは以下のような効果をもたらしている。

  1. 先進国と新興国で研究者同士を繋ぐ
  2. 新興国で起業したスタートアップに対して、投資家やマーケットを直接繋ぐ

 先進国と新興国の研究者が触れられるリソースは、インターネットのおかげでますます縮まっていることは明白だ。そこにくわえて、インターネットは情報の活用を加速することで、「スタートアップのしやすさ」を生んだ。そして、「スタートアップの起こしやすさ」は経済全体が成長していて、社会に足りないものだらけの新興国のほうが、遙かに上回っている。中国ほか新興国で様々な社会のデジタル化が進んでいるのは、「デジタル化で解決できる、未解決の課題」が多すぎるからだ。そうした新しい課題へのチャレンジは、むしろ失敗リスクの少ないスタートアップの方が、同じ新興国での大企業より早いかもしれない。さらに中国では、スタートアップが掘り起こした市場に大企業が出資する流れが加速しているし、FITTの担当者もそこは意識していると語っていた。

 こうした「インターネットによる社会構造の変化」を今後数十年にわたって我々は目撃していくだろう。