第153号
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科学技術イノベーションで新たな産業競争力を育てよ

2019年6月6日 王一鳴(全国政治協商会議委員、国務院発展研究センター副主任)/江瑞(翻訳)

科学技術イノベーションや新興産業に対する政府の管理には、依然として「越権」「放棄」「乱用」問題が存在している。現行の管理手段は比較的単一で、管理方式がなかなか刷新されない。市場参入に関しては、審査認可重視・監督管理軽視で、監督管理能力の向上が見られない。

新たな産業競争力を育てる

 昨年末の中央経済工作会議で今年度の計画が話し合われた際に強調されたのは、供給サイドの構造改革を主旋律とする路線は揺るがず、「強固、増強、向上、円滑」に注力すると同時に、「産業チェーンをレベルアップさせ、技術イノベーションとスケールメリットを集中利用し、新たな競争力を生む」ことを、供給サイド構造改革深化の重要手段とする点だった。産業チェーンをレベルアップさせ、新たな産業競争力を育てるためには、世界的な科学技術の進化と産業改革の新たな動向に順応し、中国の科学技術イノベーションが直面している問題を見つけ出すことが不可欠だ。

 目下、全世界の科学技術は活発な成長期に入っている。その特徴は、いくつものブレークスルーと集団全体での飛躍の2点であり、絶え間なく登場する革新的技術が、新技術、新産業、新業態、新モデルを生み出し、産業発展と生産改革にかつてないほどの影響を与えている。

 IT技術は加速度的にインテリジェント化の方向に向かっているIT業界の各分野がレベルアップし融合することで、インターネットのモバイル化・ユビキタス化、情報処理の高速化・スマート化が進み、イノベーションチェーンおよび産業チェーンの飛躍的発展と、情報サービスのスマート化・カスタマイズ化への発展を促している。モバイルインターネット技術はIoT〔モノのインターネット〕の方向に、コンピューティング技術は高性能化と量子コンピューティングの方向に発展し、ビッグデータ技術が全面的データ化を後押しすることで、「ヒト-ネットワーク-モノ」のインターネットシステムと、ユビキタスなインテリジェント情報ネットワークを形成している。また、AIを自己学習や人機協働による知能の強化と、ネットワークに基づく群知能などの方向に発展させることで、様々な産業分野において根本的改革とイノベーションを誘発している。

 製造技術はネットワーク化・スマート化・グリーン化の方向に発展している。IT技術と製造業が深く融合し、先進的なセンサー技術、設計・製造のデジタル化、ロボットとスマートコントロールシステムなどが急速かつ広範囲に普及することで、人機協働を特徴とする次世代ロボットは絶えず能力強化が図られている。人機融合型のスマート製造モデルは製造システムの柔軟性と敏捷性を大幅にアップさせ、工業生産を分散型・カスタマイズ型製造モデルへと転換させている。また、クリーン生産技術とスマートコントロールの広範囲への普及と、工業におけるエコシステムの確立により、製造のグリーン化が進められている。

 さらに、情報技術のブレークスルーと情報インフラの整備に伴い、情報データは徐々に産業発展のコア的生産要素となり、第1次産業・第2次産業・第3次産業の境界がどんどん曖昧になり、産業構造の高度化の意味に明らかな変化が生じている。産業の現代化レベルを推し量る指標は、主として、情報データ要素の投資による限界効率の改善と労働生産率の向上度合いである。情報データがコア的生産要素になるにつれ、現代産業はコンピューター、インターネット、IoT技術に支えられ、デジタル化、ネットワーク化、そして最終的にはインテリジェント化の方向に向かっている。この他、産業形態と製造業における競争でもパラダイムシフトが起こっている。生産組織と社会的分業方式は、消費者の個別のニーズに応えるべく、ネットワーク化、フラット化、プラットフォーム化、少人数化の方向に転換しており、大規模なカスタマイズ生産と差別化されたカスタマイズ生産が製造業パラダイムの主流になりつつある。企業組織の境界も日に日に曖昧になっており、プラットフォームを基盤に展開するシェアリングエコノミーや個人のイノベーション起業に巨大な成長の余地がもたらされている。こうした背景の下、製造業における競争のパラダイムは、それまでの大企業間競争や供給チェーンの競争から、産業分野を超えたデータプラットフォームに基づくバリューチェーンネットワークの競争へと変化している。まとめると、世界的な科学技術の発展と産業改革という新情勢が、中国にとって、科学技術イノベーションを加速せざるを得ない外的圧力になっているだけでなく、科学技術の体制・メカニズム刷新を進め、科学技術イノベーションを強化することで、産業チェーンをレベルアップし、新たな産業競争力を育てる支柱および原動力としていくことに、もはや一刻の猶予もない状況となっている。

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現在建造中のITER

 ICチップ加工工場にて。中国の科学技術イノベーションは、量的蓄積から質的飛躍へ、個々のブレークスルーからシステム全体の能力向上へと向かう重要な時期に差しかかっている。写真/視覚中国

科学技術イノベーションは正念場に突入

 習近平体制が発足した中国共産党第18回全国代表大会以降、中国はイノベーション駆動型の発展戦略を大々的に実施してきた。科学技術イノベーションは大きく進展し、従来の追走型中心から、追走型と並走・独走型が併存する新段階に突入しつつあり、量的蓄積から質的飛躍へ、個々のブレークスルーからシステム全体の能力向上へと向かう重要な時期に差しかかっている。全世界のイノベーション勢力図においても、その地位はさらに向上し、すでに大きな影響力を持つ科学技術大国になっている。

 中国はいまや世界第2の研究開発投資大国である。2017年、中国全体の研究開発支出は、GDPの2.13%を占める1億7600万元に達し、発展途上国のなかで首位に立ち、EU15カ国の平均2.1%を超える水準となった。国際科学技術論文の総数は世界第2位で、その被引用数は初めてドイツやイギリスを追い越し、世界第2位に躍り出た。発明特許出願件数及び取得件数は世界第1位、有効発明特許保有数は世界第3位である。中国とイノベーション型国家との差はどんどん縮まっている。世界知的所有権機関〔WIPO〕が発表した「グローバル・イノベーション・インデックス2017」によると、中国のイノベーション指数は、2013年比13位アップの世界第22位で、上位25位のうち唯一の非高所得国だった。しかし同時に、イノベーション型国家の仲間入りをし、世界的な科学技術強国になるという目標と比べたとき、科学技術イノベーションには脆弱部分や根深い問題が存在するという事実も認識しなければならない。それらは主として、中国のイノベーション投資は、基礎研究および応用研究の割合が低く、試験開発の割合が高いという特徴に表れている。例えば2015年における中国の三大研究開発活動〔上述の基礎研究、応用研究、試験開発の3つを指す〕の割合はそれぞれ5.1%、10.8%、84.1%だったが、同時期のアメリカはそれぞれ17.4%、19.3%、63.3%だった。中国はオリジナリティーのある基礎研究といったフロントエンドへの投資が明らかに不足している。基礎研究および応用研究への投資が不足しているため、産業のバージョンアップを支え、先端分野でのブレークスルーを牽引する根源的技術や基盤技術の蓄積がなく、少なからぬ分野でコア技術やキーパーツを輸入に頼っており、中核基盤技術の供給は、産業のイノベーションや構造転換のニーズを満たせていない。研究成果の評価は数量重視・品質軽視、短期的利益重視・長期的効果軽視であり、全体としての質は高くなく、世界の最先端をリードする能力は残念ながら備えるに至っていない。中国が、追走型と並走・独走型が併存する新段階に突入するに伴い、基礎研究などイノベーションチェーンのフロントエンドへの投資を拡大させ、イノベーションの先行優位を確立させることは喫緊の課題である。

 近年、科学技術の研究開発投資は比較的増加しているとはいえ、イノベーション効果は依然低く、投資収益率〔ROI〕も高くない。特許の質的レベルを反映する三極パテントファミリー〔三極特許〕を見ると、先進国と中国との差はやはり大きいと言わざるを得ない。経済協力開発機構(OECD)の統計によると、2014年の中国の三極特許出願件数は全世界のわずか4.6%に過ぎないが、日本は31.2%、アメリカは27.2%、EUは24.7%を占めており、しかも同時期のR&D支出はそれぞれ中国の46.2%、129.4%、97.9%しかない。中国では産学官の連携不備がいまだ改善されず、大学や科学研究所は企業と効果的な相互補完関係を形成できていない。イノベーション人材が産学官の間で自由に流動することも難しく、産学官の効果的な協力体制の強化が望まれる。

 中国では財政支援を受けた技術成果の移転・実用化率が10%に満たないが、先進国では通常40%~50%を保っている。近年、科学研究成果の実用化を奨励する一連の法律・法規が制定されたとはいえ、重要政策の実行効果は望ましいとは言えず、実用化率のさらなる向上を制約している。米シンクタンクのランド研究所が発表した報告書「2020年世界技術革命」〔The Global Technology Revolution 2020〕では、重要技術に関する中国の研究開発および産業化能力を53点と評価している。これは評価対象となった16カ国中第8位の成績で、第1グループのアメリカ、ドイツ(約100点)や第2グループの日本、韓国(約80点)などとはやはり開きがあることが見て取れる。現在、中国では少なからぬ高等教育機関や科学研究所が技術移転機関〔TLO〕を設けているが、そのほとんどは行政管理機関に属しており、職員も少なく専門性も著しく欠如している。社会に開かれ専門性の高い第三者TLOの設置は遅々として進まない。

 研究者の生み出す価値がなかなか実現されず、イノベーションが相応の見返りを得られないことで、研究者の積極性が抑制されている。人材の登用人数ばかりを重視し、人材育成の環境づくりを軽視しており、国際社会と足並みを揃えた科学研究の雰囲気や持続可能な研究施設の保障、また、一部大都市では避けて通れない戸籍、住居、子女の教育、医療等公共サービスの問題では、いまだ大きく遅れている。科学技術のリーダー人材やイノベーション型の実業家といったハイエンド人材も多くない。中国は科学技術者の総数では世界トップレベルであるものの、ハイエンドのリーダー人材や高技能人材は不足しており、イノベーション型の実業家も限られている。トムソン・ロイターの報告書「世界で最も影響力のある科学研究者 2015」〔The World's Most Influential Scientific Minds 2015〕によると、中国は計148人の科学者(香港・マカオ・台湾を含む)がのべ168回入選しているが、世界に占める割合はわずか5%で、アメリカの10分の1に過ぎない。

 科学技術イノベーションや新興産業に対する政府の管理には、依然として「越権」「放棄」「乱用」問題が存在している。自由にさせるべきところをさせず、管理すべきところを放置している。現行の管理手段は比較的ワンパターンで、管理方式がなかなか刷新されないため、新技術や新業態の急速な発展に対応できていない。市場参入に関しては、審査認可重視・監督管理軽視で、監督管理能力の向上が見られず、企業の規模や数を抑制するために参入基準を高くしているせいで、後から参入しようとする企業が競争に加われない。公正な競争の保護においては、知的財産権保護に対する努力不足、法執行のゆるさ、独占規制の不徹底などの問題が存在している。

科学技術イノベーションの底支え作用・牽引作用を強化

 今後、中国がなすべきことは次のようなことである。

 まず、オリジナルなイノベーション能力を強化しなければならない。先見性のある基礎研究を強化し、オリジナルなイノベーション能力を向上させなければ、競争および発展において真に主導権を握ることは叶わない。

 次に、イノベーションシステム全体の効能を高めなければならない。イノベーションプロセスにおける市場ニーズの誘導作用と企業の主体的役割を強化し、トップダウンの政府主導型のイノベーション組織形態を改め、市場・企業・政府の良好な相互作用を推進し、効果的なイノベーション奨励メカニズムを形成し、公正な競争がおこなえる市場環境をつくり、市場メカニズムの誘導によりイノベーションが進展するよう導くことが重要だ。

 3つ目に、技術イノベーションにおける企業の主体的地位を強化しなければならない。企業に委託する形で国家技術イノベーションセンターを設立し、重要なコア技術、最先端技術、現代的エンジニアリング、革新的技術のイノベーションを展開するべきである。

 4つ目に、イノベーションと相容れる人材奨励メカニズムを確立しなければならない。職務上なし得た科学技術成果の権益配分について初歩的変革を模索し、既存の多岐にわたる人材誘致計画を統合し、雇用元により多くの発言権と自主権を与え、市場による人材選別機能や評価機能を積極的に発揮させるのがよい。

 最後に、科学技術イノベーションの体制及びメカニズム改革を掘り下げなければならない。政府の役割転換を加速し、科学技術と経済が深く結びついた体制およびメカニズム上の障害を取り除き、技術イノベーションの市場ニーズ誘導作用を強化し、平等な参入と公正な競争がおこなえる市場環境づくりにより注力すること。また、政府の科学技術に対する投資方法を改革し、主としてサービスを委託するなどの方法で、産学官提携や重要な基盤技術の研究開発を支援することが必要である。他にも、知的財産権保護を強化し、権利侵害の賠償コストを適切に引き上げ、権利保護のコストを引き下げるようにしなければならない。


※本稿は『月刊中国ニュース』2019年7月号(Vol.89)より転載したものである。