新株式市場「科創板」がついにリリース―中国資本市場の新たな挑戦
2019年9月19日 趙一葦(『中国新聞週間』記者)/脇屋克仁(翻訳)
7月22日、ハイテク新興企業向けの新たな株式市場――科創板が取引初日を迎え、上場25社全ての株価が高騰した。「上場企業の実力以上の価格付け」「初期的投機熱」等は「覚悟のうえ」だという。そこからは、国家イノベーション戦略・資本市場改革にとって科創板は間違いなく必要なものだという確信がみえてくる。取引開始前夜の状況を追った。
6月13日、中国資本市場は歴史的瞬間を迎えた。科創板の正式開設である。
第11回陸家嘴フォーラム開幕式――中国証券監督管理委員会〔以下、証監会〕と上海市人民政府は、この場で科創板(Science and Technology Innovation Board、略称STAR)の開設セレモニーを共同で執りおこなった。
計画公表から正式開設までわずか220日、準備段階でみても、最初に上場申請を受理してから6月13日まで83日しか要していない。
資本市場改革と国家イノベーション戦略への寄与という二重の歴史的使命を担い、開設までの道のりを一気に駆け抜けてきた科創板。ベンチャー企業にとっては発展の歴史的チャンスだが、資本市場に参画する各方面にとっては同時に大きな挑戦でもある。
6月13日、科創板の開設セレモニーは第11回陸家嘴フォーラム開幕式でおこなわれた。主催は中国証券監督管理委員会と上海市政府。劉鶴・国務院副総理、李強・上海市党員会書記、易会満・証監会主席、応勇・上海市長が列席。写真/中新
上場第1陣企業の顔ぶれからみえてくるもの
開設準備段階に入ってから、企業の上場申請・認可のペースも明らかに上がっている。
6月17日夜の時点で、IPOを申請した企業はすでに123社に達し、14社が上場審査受理段階、11社が審査を通過している。しかも、審査通過11社のうち6社がすでに登録を済ませており、蘇州華興源創科技〔特殊設備製造業〕、煙台睿創微納技術〔コンピューター・通信・その他電子設備製造業〕の2社は証監会の認可も得ている。
産業分野の内訳をみると、審査通過第1陣企業の業種は、証監会の文書に記載されている重点奨励分野と基本的に合致する。証監会が今年初めに発表した「上海証券取引所における科創板設立および登録制試行に関する実施方針」では、次世代情報技術、特殊設備、新素材、新エネルギー、省エネ環境対応、バイオ医療といったハイテク・イノベーション型産業への重点的支援が力説されている。上場申請した123社はおおむねこのハイテク・イノベーション型産業だ。特に目立つのは、イノベーション的性格が比較的強い次世代情報技術、バイオ医療、特殊設備などの産業だ。
注目すべきは、審査を通過した11社のうち4社、つまり半分近くがICチップ関連企業だということだ。最初に登録を認可された2社もICチップ関連企業である。
これについて、光大証券の首席エコノミスト・徐高(シュー・ガオ)氏は次のように指摘する。「国家産業をアップグレードする観点からみればICチップ産業はさらなる飛躍が求められる分野であり、重視することも、その成長を加速させることも当然だという側面と、中米貿易摩擦の継続にともない安全保障面での重要性が際立ってきているという側面とがあり、この両面から資金力と経験の蓄積の必要性に迫られているということだ」
ただし、同氏は審査通過企業および申請企業数はサンプルとしてはまだ少なく、科創板上場企業の産業構成を現段階で判断するのは時期尚早だともいう。さらに、科創板がバックアップに重点を置いている「六大新興分野」は将来の中国経済の新たな方向性――政府が一貫して主導してきた産業アップグレードの方向性を示しており、科創板はニューエコノミー発展の揺籃に位置付けられていること、しかし、ニューエコノミーは産業技術の最先端に位置しているといえるなかで、技術の発展には不確定要素があり、将来像を見定めにくい点も付け加えている。「産業分野の組成比率ではなく、有効な市場メカニズムを提供できるか否かに、そして将来性のある科学技術企業を強力にサポートできるか否かに科創板の関心の重点がある」
科創板の上場条件がいかに「包容力」のあるものか、最初に審査をパスした企業をみればはっきりとわかる。評価時価総額、営業収入、営業活動によるキャッシュフロー、研究開発投入額、技術優位性という5つの上場基準があり、財務指標はもちろん参考にはされるが、収益力よりも経営力の持続性を重視していることが分かる。まだ利益を出していない企業、累積赤字が解消されていない企業であっても、コア製品に明らかな技術優位性がありさえすれば上場可能だ。
企業規模の点でも、審査通過第1陣11社には「小而美〔小さいが特色がある〕」の成長企業が多い。昨年末までのデータをみると、11社中8社が資産規模20億元に届かず、営業収入規模が10億元を超える企業はわずか3社、純利益が1億元に満たない企業が5社ある。その一方で、コア技術・製品の売上が営業収入の9割を超える〔昨年統計〕企業が9社あり、企業の収益源が1つに集中している傾向もある程度みてとれる。
「科学技術型中小企業にチャンスを提供するのが科創板であって、規模や利益で企業をヒーロー扱いしない」。中央財経大学中国銀行業研究センター主任・郭田勇氏の言葉だ。こうした企業が科創板の審査を通過したということは、「当該企業のプロジェクトまたはプロジェクトにたずさわる業界は、将来有望な成長株だともいえ、企業に対する信用をある程度保証する効果がある。企業にとってプラスであり、大きなアドバンテージだ。実力とポテンシャルのある中小企業は、今後は科創板から推進力を得ることができる」〔郭田勇氏〕
科創板を設立した主要目的は、実体経済に対する資本市場の包容性を強化することであり、コア技術があって業界をリードしている企業、将来性があって世間的にも評価の高い企業、こうした企業のよりよき支えになることだと徐高氏もみている。
研究開発にどれだけ投資しているかという点も、決して企業評価の唯一の基準にはしていない。審査通過第1陣11社をみても、営業収入に占める研究開発投入額の割合にはばらつきがある。浙江杭可科技〔特殊設備製造業〕、南京微創医学科技[先端医療機器製造業]は5%に過ぎないが、深圳微芯生物科技〔生物医療〕は55・85%にも達する。申請企業123社でみても、10%以下という企業が72社ある〔数字はすべて昨年統計〕。
「研究開発投入額の割合は、ハイテク・イノベーション型企業の力量を示す重要な指標の1つであり、評価の参考になるのは間違いないが、このデータと企業のイノベーション力はイコールではない」(徐高氏)。ハイテク・イノベーション型企業の研究開発投入額は、成長期には相対的に高く、成熟期に入るにつれて低くなるのが普通で、その企業が属する産業分野、産業分野全体の発展段階、企業自身の特性にも左右されると徐氏はみている。
6月17日夜時点で、科創板上場委員会の審査をパスしたのは、上海瀾起科技、南京微創医学科技など11社。写真/IC
核心は情報公開
科創板は、国内で初めて登録制を導入した証券取引所内市場として、諮問方式をメインにした審査方法を採用している。情報公開が効果的かつ十分になされている企業にとって、これは大幅な審査時間の短縮になる。
「申請受理から審査通過まで、現在は平均で70日前後」〔黄紅元(ホアン・ホンユエン)・上海証券取引所理事長〕。受理された企業は登録制のルールにのっとり、適切な査定を経て認可される。
今回の科創板設立および登録制施行の過程で、やはり最大のカギになったのが、この登録制という制度革新だ。科創板の株式発行審査は情報公開を核心にしている。これがまず譲れない大前提だ。そのうえで、全公開、業界ごと、諮問式、電子化という方法上の原則にしたがっておこなわれる。
登録制のもとでは、証監会の重点的役割はコンプライアンス審査に変わり、実質的な審査権限は証券取引所と仲介機関に移ることになる。もともと仲介業務を通じて発行人をサポートするのが仕事だった仲介機関が、上場企業の「ゲートキーパー」になるのだ。したがって、株式発行過程における仲介機関の権限と責任をよりいっそう整備する必要が出てくる。
「登録制推進に際しては、情報公開の不徹底および関連する義務の不履行を絶対に許さないという厳しい姿勢を押し出し、違法行為を行ったことによって発生するコストを引き上げる必要がある。株式発行にかかわる違法行為やルール違反に対する罰則を強化し、処罰の執行力を高めるべきだ。引き続き行政処分をメインにしたうえで、民事責任や刑事責任の追及も視野に入れなければならない」〔郭田勇氏〕。厳格な処罰の実行が登録制の試行と矛盾しないよう、情報公開制度を十分に活用して市場における詐欺行為の隠ぺいをなくす、つまり、隠ぺい行為をする企業を情報公開であぶり出して厳罰に処すべきという考えだ。あわせて同氏は、株式買戻しや上場廃止など、登録制試行に関連する諸制度やルールを整え、複数の制度を同時に実施することでそれぞれが相乗効果をもたらすようにすべきだとも指摘する。違法発行が生じるリスクを可能な限り減らすには、それが効果的だという。
証監会の易会満(イー・ホイマン)・主席は、科創板には登録制以外にも発行上場、保証引受、価格付けの市場化、取引、上場廃止など、すべての面で数多くの重要な制度的革新があるという。「科創板開設は単純に『ボード』を増やすことではない。制度の革新、改革に核心的な意義がある。同時にそれが科創板をさらに盤石なものにする」
真の市場本位を目指して
規制当局による承認が必要な審査制から上海証取による登録制への改革は、国内資本市場にとって重大な意義がある。国務院副総理の劉鶴(リウ・ホー)氏は、オプションを文字通り市場に委ねるのが登録制の実質的な意味だと指摘する。
科創板の設立と登録制の試行はまったく新たな試みだという徐高氏も、模索をしていく過程で、とくに上場開始当初は、さまざまな困難と試練に直面するおそれがあり、市場にかかわるすべてのものは慎重な態度を崩してはならないという。「発行方式が変わると、『入学は簡単でも卒業は難しい』科創板の特徴がいっそう明らかになる。登録制は上場企業の質をどれだけ正確に把握できるのか、これは市場の検証を経なければならない。いずれ大きな試練を受けることになるだろう」
「上海証券取引所科創板株式発行と保証引受業務の手引き」〔以下、手引き〕によると、科創板上場企業の発行価格はすべて市場で決められるとしている。これは管理監督サイドが事前に発行価格を調整する既存の方法を乗り越えるものだ。同時に、手引きの第3章には、2年間の限定つきで保証機関は自己資金を用い発行人の株式に共同投資しなければならないと明記されている。この共同投資システムの導入は、「推薦するだけで保証はしない」という保証機関の旧弊を打破するものだ。この結果、証券会社の価格付け能力は経営損益と直接リンクすることになる。
「証券会社が異なれば価格付け能力も異なる。これからはこの差異が証券業界の競争構造を変える可能性がある」と徐高氏はいう。「市場が認めた価格を決定価格としてIPO企業に提示し、なおかつこの価格で実際に発行することができるかどうか。証券会社のプロフェッショナルとしての能力がおおいに試される」
郭田勇氏は次のようにいう。「科創板の価格付けシステムは現行のIPOと根本的に異なる。価格付けが『市場化』されると、新株発行時の高価格付け現象がおそらく増えるだろう」。したがって、科創板の価格付けシステムは証券業界の重要性を引き上げる役割を果たし、専門的な価格付け能力がある証券会社が結果的に優位に立つことになるという。
それだけではない。科創板を通じて証券会社は、将来の大企業にいち早く接する金融仲介機関になり得る。これによって、国内金融システムは様変わりする可能性がある。
徐高氏によると、中国の現行金融システムは銀行主導、債権融資主導の段階にあり、銀行の信用貸付が社会融資全体に占める割合は3分の2近くに達するという。したがって、伝統的企業にとっては、生命サイクルの最初期に接する外部からの資金調達方法は銀行融資であるのが普通だ。企業が一定の規模に成長してはじめて資本市場で株式や債券などによる資金調達が可能になる。
「しかし、アセットライトのニューエコノミー企業においては今後この順序が逆転する」〔徐高氏〕。つまり、これからニューエコノミー企業はVC、PEファンド、科創板などの資本市場を通じた株式による資金調達方式を先に利用し、大成長を遂げたあとにローンや債券といった旧来の負債による資金調達をおこなうようになる、ということだ。同氏はほかにも、ニューエコノミー企業はそれぞれの発展段階に応じた多様な資金調達が必要とされるが、これも証券会社の多様化した金融サービスによってその需要を満足させる必要があるという。「そういう意味では、証券会社は『ニューエコノミー』の入り口に切り込む金融機関になる可能性が高い。その重要性は今後大幅にアップするだろう」
「慌てず騒がず」リスクに対処
科創板のスタートアップ企業を30社と仮定するならば、上場が集中するのは7月中旬になるといわれている。
企業は満を持して時機の到来を待っており、証券会社も準備万端整っている。すでに3度にわたるネットワーク・テストをすませた証券会社は、6月15日の段階で技術上のチェックをすべて終えている。オンライン取引システムの科創板バージョンが正式にローンチされ、市場関係者や業務関係者のアクセスがまもなく本格的に始まる。
証監会が6月13日に公表したデータによると、科創板取引のアカウントをすでに取得したユーザーは250万人を超えるという。テーマ型ファンドの第一陣申し込みも1,200億元を超えており、全体の競争率は10倍以上になる。そのなかには科創板の取引権限をもたない個人投資家も含まれている。銀河証券によると、科創板に確実に投入できる公募ファンド資金は、中国預託証券〔CDRファンド〕のショートポジション分1,000億元と、現時点で主体的に運用されている株式ファンドの遊休資金1,000億元とをあわせた2,000億元だという。
「科創板は最初のうちは投機的状況になるおそれがある。これは警戒しなければならない」と郭田勇氏は指摘する。国内2級市場は投機的な投資家の比率が比較的高いため、科創板も開設当初は非理性的な投資行為に見舞われるかもしれないということだ。
対策として科創板公開発行自律委員会は最近開かれた今年度3回目の会合で科創板開設当初の安定的発行を企業に促した。具体的内容としては、中長期資金の十分な活用、発行・上場手続きの簡略化、新株割当に際しての仲介手数料基準を合理的に定めることなど、多くの分野が含まれ、科創板上場企業、保証機関、引受機関その他関係各方面に遵守をよびかけた。
この点については易会満氏も次のようにいう。初期段階のリスクに対しては、制度設計の時点で可能な限りの想定をしており、対策も事前に準備している。同時に、「試行しつつ検証する、検証しつつ改善していく」という原則を堅持し、各種制度配置を常に最適化していく。
「開設初期は市場の需給がアンバランスなのに加えて、新たな取引システムには定着期間が必要だ。投機的な値動きや株価の乱高下が短期的に生じるリスクは排除しきれない」。徐高氏はこう認めたうえで言う。
市場関係者は科創板に対する情熱を持ち続けると同時に、理性に満ちた冷静な態度を保ち、生じうる各種の問題に協力して対処していかなければならない。
※本稿は『月刊中国ニュース』2019年10月号(Vol.92)より転載したものである。