第158号
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月面初の発芽成功の背景に「専門外」の大学コンソーシアム

2019年11月19日 雍黎(科技日報記者)

 11月5日、教育部(省)宇宙探査連合研究センターは創立10周年を迎えた。このほど、中国の月面探査機「嫦娥4号」の生物科学実験ペイロード研究開発チームが、月面での植物の発芽に、世界で初めて成功したことが、大きな話題となった。最新の3D画像解析により、その若芽の葉は2枚だったことが分かった。

 同センターの責任者によると、月面で発芽した植物は既に枯れてしまったものの、実験に使われた小型容器はでも正常に稼働している。これにより、容器の密封性、信頼性、安全性などが、月面での生存条件をクリアしているということが証明され、将来、宇宙における生態系環境の構築および人類の地球以外で生きていくための基礎を築いた。

 このような大きな成果に、多くの人が胸を躍らせているが、このプロジェクトを担当したチームのメンバーの中に、宇宙を専門とするメンバーが一人もいないとは、誰も想像できないだろう。さらに想像できないことには、中国教育部(省)宇宙探査連合研究センターが中心となり中国の重点大学29校の力をあわせてプロジェクトチームを立ち上げたことであり、これこそが中国の宇宙探査の最先端分野に、独自イノベーションの原動力を提供する「スーパー大学コンソーシアム」である。

10年の取り組みを経て連合研究センターを設立

 今年1月15日、重慶大学が発表した情報によると、同校が委託を受けて設立された教育部宇宙探査連合研究センターが担当した嫦娥4号生物科学実験ペイロードが、月面での植物の発芽に世界で初めて成功した。

 「もう10年も頑張ってきた」のだと、同センターの副センター長で、生物科学実験ペイロードのシニアデザイナーを務める重慶大学先端技術研究院の謝更新院長は言う。

 2008年、大学の優位的資源を統合し、重大特定プロジェクト「月探査・有人宇宙飛行プロジェクト」に寄与し、大学や学科の垣根を超えたチーム作りを模索するべく、当時、教育部の部長を務めていた周済院士と副部長を務めていた趙沁平院士は、大学、機関、学科の垣根を超えた協同イノベーションプラットフォームを構築して、宇宙探査技術やプロジェクト研究開発のミッションを担当することを提案した。当時の湖南大学学長であった鐘志華氏は、大胆な策を講じ、カリフォルニア大学バークレー校で博士研究員として研究を展開していた謝院長を、宇宙探査連合研究センターの設立に向けた準備作業に参加するよう招いた。子供の頃から、愛国心を抱き、祖国のために身を捧げたいと夢を描いていた謝院長はすぐにその招きに応じた。

 謝院長は、「中国国内の重点大学の優位性を持つ学科をもっとうまく活用し、中国の宇宙探査の発展に寄与したり、人材を育成したりするのが当センターの目標。センターが正式に発足したのは2009年11月5日で、北京大学、清華大学、北京航空航天大学、南京大学、武漢大学、華東師範大学、山東大学などの教育部直属の重点大学29校、中国科学院、中国航天科技集団公司第五研究院、第八研究院などの企業や事業機関15機関が設立に参加し、鐘氏がセンター長に就任した」と話した。

 現在、連合研究センターの委託整備機関は重慶大学であり、清華大学、北京大学、北京航空航天大学、南京大学などの大学に13の専門サブセンターが設立されている。そして、意思決定、管理、技術コンサルティングなどの必要に基づいて理事会、学術委員会などが設立され、理事会指導下のセンター長責任制を採用した。

 謝院長は、「このようなグループは緩やかだがバラバラではなく、各大学と航空宇宙の分野の架け橋となった。理事会は、当センターの最高意思決定機関で、教育部、科技部(省)、国防科技工業局、軍事委員会装備発展部などの機関の関係責任者らで構成されている。主に、当センターの全体的な発展の方向性と目標を定め、発展計画を制定し、各種資源を協調・統合するのが責務」と説明する。

 孫家棟院士は激励の言葉として、「基礎研究を強化し、大学の独自イノベーション能力を向上させよう」と書いた。謝院長は、「それが、センター設立の初心であり、目標だ。当センターを学校や学科の垣根を超えて資源を統合した科学技術イノベーションプラットフォーム、中国宇宙探査プロジェクトに寄与する窓口にして、世界的に先端を走り、中国国内で一流の宇宙探査技術研究開発センターを構築することだ」と説明する。

優位性を発揮して大学が科学研究成果に寄与

 嫦娥4号の月面生物科学実験ペイロードのほか、同センターの多くの成果が中国の宇宙探査に貢献している。

 鐘氏がリーダーとなるプロジェクトグループが研究開発した「四輪三軸月面車」は、独自の知的財産権を有し、月面に似た環境下での実証実験をクリアし、海外で多く採用されている六輪月面車よりも、方向転換、登坂能力、障害に対する踏破能力の面において優れている。

 同センターは、中国伝統文化の要素を盛り込んだ全く新しい外観、構造の「有人月面車」も設計した。謝院長によると、「現在、4機関が事前研究開発のミッションを担当している。最終的に国家プログラムに選出され、中国の宇宙飛行士を載せて月面で探査を実施できるよう願っている」とし、「有人月面車」のほか、火星コンセプトカーなども研究開発したことを明らかにした。

 謝院長の説明によると、「当センターは、積極的に世界の宇宙探査の進展や技術の発展の動向についていき、大学が宇宙探査技術やプロジェクト研究開発のミッションを担当するように取り決め、国際協力を展開するように取り組んでいる。当センターは既に、月探査プロジェクトの『表面の試料採集構造キーテクノロジー・プロトタイプ機の研究・製作』、『着陸器姿勢シミュレーションプラットフォームシステムの研究・製作』などのプロジェクト研究を完了させた。当センターの中心機関も大学の優位性を十分に発揮し、多くの最先端の研究成果と技術が嫦娥2号に応用された。例えば、浙江大学のCMOSカメラシリーズ光学レンズ、北京科技大学が研究開発した金属層状複合マイクロフィラメント、上海交通大学が研究開発したテレメトリング・リモートセンシング器具・軽質アルミニウム基複合材料などである」という。

数多くの協力を得て総合的人材を育成

 人類の宇宙探査の夢が一歩一歩実現しており、夢の実現を支えているのが人材だ。

 謝院長は「当センターが、大学間連携や、学科の垣根を超えることで、産学研連携に取り組んていることにより、人材育成を大いに促進している」としている。

 1984年生まれの張元勳氏は重慶大学航空航天学院の准教授で、教育部宇宙探査連合研究センターの主任デザイナーだ。重慶大学機械設計工学の博士課程を修了している張氏は、宇宙飛行の分野に携わるようになるとは考えてもみなかったものの、卒業時に、ちょうど同センターが重慶大学に移されたため、そこに所属することになった。

 張氏は、「私が担当するのは工業設計で、宇宙機ペイロードの全体設計や有人月面車の研究開発、特殊ロボットの設計などに携わってきた。宇宙分野の研究は、総合性が非常に強い学問分野で、どの研究過程も、自分とチームにとっての学習過程だ。月面で使われた小型容器の設計は、生物、エネルギー、材料、熱制御など、数多くの分野が関係しており、どの研究も一つの分野にとらわれずに学習する必要がある」と説明する。

 また、「生物科学実験ペイロードの研究において、分からないことがあれば、関連機関の専門家に指導を仰いた。当チームは15省の、50あまりの企業や事業機関に足を運び技術交流を実施した。同プロジェクトは、非常にたくさんの人の協力を得て実施されるもので、人材も研究を通して成長してきた」と話す。

 同センターは、大学院生の教育、育成の面で、二重指導教員制を採用し、中国航天科技集団公司第五研究院、第八研究院などと連携して育成を実施している。

 同センターは、科学研究や人材育成を展開すると同時に、中国の有人宇宙飛行と月探査プロジェクトの成果のPRも非常に重視している。チームは、米国やイタリア、フランス、英国などに足を運んで科学普及交流を複数回開催し、中国国内の大学が科学普及に関する書籍を出版するよう企画し、中国の複数の地域の小中高校生を対象に科学普及報告会を実施し、月面車のデザインを募集するなどの活動も展開している。2019年だけで、中国全土の小中高校で、科学普及報告会を40回近く行った。

 謝院長は、「広大な宇宙には、未知の神秘や人類が利用できる資源がたくさんある。当センターの取り組みを通して、人類にとって宇宙がより身近な存在になることを願っている」と話す。


※本稿は、科技日報「月球第一株嫩芽背後 有個"外行"的高校聯盟」(2019年11月7日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。