第166号
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SDGsをめぐるアパレル産業の脱中国依存

2020年7月27日

中根 哲也(なかね てつや)

東京外国語大学中国語学科卒業後、清華大学公共管理学院で修士号を取得。北京にて環境ビジネス専門コンサルティング会社で5年勤務。留学から足掛け12年の北京生活を終え、2017年より愛知県在住。

「持続可能性」重視の社会風潮の中で、アパレル産業の大量廃棄問題が批判を浴びている。中国は世界のアパレル生産工場の役割を担ってきたが、新興国への生産拠点移転の流れに加え、新型コロナウイルス感染の拡大を受けて脱中国依存が進む。石油価格下落などSDGs推進に逆風もあり、先行きは見通せない。

 2015年9月の国連サミットで採択された2030年までの国際目標であるSDGsをはじめ、「持続可能性」(サスティナビリティ)が重視される社会風潮となっている。これまで、環境保護(エコ)や人権問題、企業の社会的責任(CSR)等、個人・企業・国がその社会的に果たすべき責任として、各方面から指摘されていた指標は、SDGsというひとつの体系に集約されるに至った。

 現在の大量生産・大量消費・大量廃棄の経済社会では、豊かで便利な生活を生み出す一方で、自然資源環境に対してだけでなく、途上国の安い労働力の労働環境に対しても、大きな負荷をもたらしている。様々な産業で同様の構造が見られるが、生活に最も身近な例がファッション・アパレル産業であろう。

 地球規模でのスケールメリットで低コスト化を実現したファストファッションに代表される、アパレル産業での大量生産・大量消費は、近年市民団体や専門家らにより批判の矛先を向けられている。なぜか。アパレル製品の全ライフサイクルで排出されるCO2の量は石油産業に次いで多く、航空・運送産業を上回り、世界全体のCO2排出量の8%以上を占める上、原料の栽培に大量の水が必要となり、染色工程では汚染水が排出される等、水資源環境への影響も大きいためである。更に問題となるのが、こうした環境負荷の上に作られたにも関わらず、衣類の大半が未使用のまま廃棄されているという点である。日本だけでも、年間29億着の衣服が生産供給される一方、半分以上の15億着が売れ残り、日本経済新聞によれば、推定年間100万トンが廃棄されているという。まだ着られるにも関わらず大量の衣類が廃棄されるという「衣類ロス」問題は、ファッション・アパレル産業ではいわば公然の秘密としておこなわれてきた。

 主に高級ブランドでは、稀少価値を保護するために売れ残り在庫は焼却処分されてしまうことが多い。英ファッションブランドのバーバリーが2017年度に約42億円の売れ残り在庫を焼却処分していたことが発覚し、欧州メディアの強い非難を浴びたため、今後売れ残り在庫の焼却処分を禁止する声明を発表する事態となったことは記憶に新しい。このほか、ショップ店頭にはディスプレイの効果を高めるために複数色を準備し、常に一定のラインナップを並べるため、売れ筋商品以外にも在庫を抱えるのが一般的である。値下げをして売り切ることができれば良いが、低価格帯の大量生産品であれば利益率は稼げず、シーズンが過ぎれば不良在庫として倉庫負担が増えていく一方となり、最終的に大量の廃棄処分が発生することになる。

世界最大のアパレル生産輸出国、中国

 中国は、世界最大のアパレル生産・輸出国である。中国紡績産業協会によれば、2018年の輸出額は1,576億米ドルで、うち約50%をEU(339億米ドル、21.5%)、米国(321.5億米ドル、20.4%)、日本(155.4億米ドル、9.8%)の3地域向けに輸出している。「世界の工場」と呼ばれ、安価な労働力に目を付けた世界の先進各国が相次いで生産工場を建設した時代はすでに過去のものとなり、労働市場のフロンティアは東南アジア、アフリカへと移りつつある。しかしながら、データが示す通りファッション・アパレル産業における生産輸出大国の地位は依然揺らいではいない。日本のアパレルメーカーの多くは中国に生産・縫製加工場を有しており、我々の衣類には依然多くのメイド・イン・チャイナを発見することができる。

 こうした現状を見直す動きがアパレル各社で出てきている。工場の脱中国の流れは徐々に進んでおり、生産地の多極化は必然となっている。また2020年に入って新型コロナウイルスの感染拡大が留まらない中、アパレルを含むあらゆる産業が、中国の機能停止の影響を直接間接に受けている。2010年以降、中国のカントリーリスクを回避するため一極集中を避けるべきという、所謂「チャイナプラスワン」が提唱されていたが、中国への依存が依然大きいことが改めて浮き彫りになった格好であり、今後脱中国化の流れは更に加速するだろう。

時代の潮流、逆風も

 一方で、SDGs推進の動きに水を差す流れも起きている。アラブの盟主・サウジアラビアを中心とするOPEC加盟国とロシアなどの非加盟国が実施してきた協調減産が、4月以降失効することとなった。これにより、市中に出回る石油の価格が下落することになった。アパレル製品生産量の7割を占めると言われる合成繊維のうち、6割に上るポリエステルは石油を原料とするため、原油価格の下落はこうした原料安、ひいては最終製品価格の下落に繫がる。日本のみならず、欧米においてもファストファッションが消費の大半を占めていることから、更なる価格下落は、割高感のあるエコ商品やフェアトレード品などへの購買行動にとって逆風となるだろう。

 アパレル・繊維各社は、時代の要請に応えるため、サスティナブル素材の開発・活用に励むほか、廃棄対象となる商品を途上国に届けたり、ブランド価値を損ねないようタグを付け替えて代理販売したり、と、様々な取り組みを進めている。今後も多方面から表出する様々な経済要因と理想実現のためのコストとで折り合いを付けられるかで、SDGsがスローガンに留まるのか否かが決まるのではないか。

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世界最大のアパレル生産・輸出国である中国。持続可能性を求める国際社会、新型コロナウイルスの感染拡大などの環境変化により、脱中国依存が進むと考えられる。


※本稿は『月刊中国ニュース』2020年6月号(Vol.100)より転載したものである。