金ナノクラスターによりシルクが超高速のタンパク質基RRAMに
2020年7月15日 謝開飛(科技日報記者)、欧陽桂蓮(科技日報特派員)
中国の養蚕・製糸は長い歴史を誇る。古代からある天然動物繊維であるシルクは、線維状タンパク質やフィブロイン、無機物などの成分を含み、その構造は安定しており、やわらかい質感で、リサイクルしやすいなどの特徴があり、家庭用の紡績品、医療、美容など、幅広い領域で応用されている。科学研究者は現在、一般的なシルクをバイオAIチップにして人体に埋め込み、人工知能(AI)と「大健康」(総合的ヘルスケア)を組み合わせることにチャレンジしている。国際科学雑誌「Advanced Functional Materials」にこのほど掲載された成果は、その夢の実現に一歩近づいている。
それは、中国の国家特別招聘教授で、長江学者(中国教育部が選抜したトップクラスの研究者)の劉向陽氏が率いる厦門(アモイ)大学チームの成果だ。同チームは、世界で初めて非常に画期的なフィブロインメゾスコピックハイブリッド材料の開発に成功した。高性能で、安定性が高く、消費エネルギーも少ない実用可能なシルクのハイブリッドメゾスコピックメモリスタと人工シナプスに応用することができる。
このブレイクスルーにより、将来、人体に埋め込み可能なバイオセンサー・コンピューター、生体内リアルタイム人工知能コンピューティング、遠隔ユーザーフレンドリー人工知能医療などを実現可能とする草分け的意義を持つ。3月13日、劉氏は取材に対して、「当チームは現在、関連の技術を高性能ウールなどのオールバイオマテリアルメモリスタや超高性能オールバイオマテリアCPU・メモリ一体チップなどの開発に応用していく」と紹介した。
科学研究者が目を付けたシルク独特の構造
ビッグデータや人工知能が発展するにつれて、人工知能チップは、学習や認証、認知などの分野に幅広く応用されるようになっており、次第に社会の進歩を牽引するテクノロジー要素のひとつになりつつある。しかし、スマート時代である今、データ計算の複雑さや消費エネルギーが急増しており、技法や材料加工は限界に達し、ジョン・フォン・ノイマン型コンピューターはこれまでにないチャレンジを突きつけられ、ディープラーニングニューラルネットワークのさらなる発展の足かせともなっている。
現在、「CPU・メモリ一体化」を実現できる可能性を持つメモリスタが、そのボトルネックを解決するための重要な技術となっている。「メモリスタは、電源を切った後も、通過した電荷を記憶することができる。そして、模擬ニューラルのネットワークの特徴を基に、メモリスタの演算スタイル、消費電力、データ転送スピードなどは、従来の演算と記憶管理を別々に行うスタイルと比べて、画期的に向上している。その特徴は、ヒトの脳のシナプスの属性と似ており、ヒトの脳の特徴を模倣するサポートができ、人工知能などの複雑でネットワーク的な計算に運用することをサポートできる」と劉氏。
「以前、メモリスタやシナプスコンポーネントの製造は、主に酸化チタンなどの無機材料頼りだった。しかしそれら材料には、分解が難しい、生体適合性が低いなどの問題が存在している」。新時代の情報電子部品をフレキシブルウェアラブルやインプランタブルなどの分野へ応用する流れに合わせるために、ますます多くの有機タンパク質部品が人気を博するようになっている。
ここから劉氏のチームは、マルベリーシルクを基にしたフィブロイン材料に目を付けた。劉氏は、「この有機材料は、力学的性能、生体適合性に優れており、人体に埋め込んでも、分解をコントロールすることができ、タンパク質基電子部品を作るのに理想的な材料である。現有のバイオ有機材料は、特有の電荷伝達メカニズムに欠けているため、メモリスタを作る際、電気学的循環の安定性に欠け、情報のメモリへの書き込み・消去の速度が遅く、作動エネルギーが多いなどの問題が存在し、実際に応用することができない」と説明する。
それらの課題を克服するべく、劉氏のチームは全く新しい方法を編み出した。「メゾスコピックは、マイクロとナノの間に介在する体系である。フィブロイン材料は、メゾスコピック構造を有するソフトマター材料だ。メゾスコピック構造の設計を最適化し、全く新しいシルクメゾスコピック電子機能材料を作ることができ、フィブロイン材料の性能を画期的に向上させることができる」と劉氏。
シルクに非凡な機能を持たせる小さな粒子
長期にわたる研究の結果、劉氏のチームが開発したシルクメゾスコピックメモリスタや人工シナプスコンポーネントは、大躍進を遂げ、同類の有機バイオコンポーネントと比べると、その速度は、有機バイオマテリアルの100倍ほど、消費電力は最高の同類の有機バイオ電子部品の10分の1、on/off比は1,000に達し、重複性、安定性が高い。
では、この画期的な成果はどんな原理に基づき、秘訣は何なのだろう?劉氏によると、シルクは、1千年以上の歴史を誇る天然バイオマテリアルで、特殊なメゾスコピックネットワーク多段構造を有している。秘訣は、白銀または金のナノクラスターを、シルクフィブロインメゾスコピックネットワークの構造に埋め込んだことにある。そのようにして、シルクのタンパク材料が、非凡な機能を持つようになるという。
「実験を通して、おもしろい現象を見つけた。銀ナノクラスターをフィブロインメゾスコピックネットワークに組み込むと、銀ナノクラスターが無数のメゾスコピック井戸型電力を形成し、荷電粒子がスピーディー、かつ効果的にフィブロインネットワークの中で「跳躍」し、フィブロイン材料の電子学的特性を極めて大きく向上させている」と劉氏。
そして、「その特性は、電場の作用の下で、材料のメモリスタの最適化・コントロールを実現し、書き込み・消去の速度が10ナノ秒の超高速タンパク質基抵抗変化型メモリ(RRAM)を作ることができる。純シルクの、または、現時点で報道されているタンパク質基メモリスタと比べて、2‐3桁速くなる」という。
これは、現時点で報道されているタンパク質基情報メモリで、書き込み・消去速度が最も早く、最先端の無機系材料メモリスタにも匹敵するという。同成果は、このメゾスコピックの機能化戦略がフレキシブル材料の機能化の分野において、非常に大きな推進の価値を有していることを証明しており、フレキシブル電子部品の分野に新しい設計のアプローチや理論的基礎を提供することができる。
※本稿は、科技日報「納米黄金粒子"出手" 蚕絲変身超快蛋白質基憶阻器」(2020年3月16日付7面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。