第166号
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「中国製造の拠点都市」武漢 待ち望まれる完全復活

2020年7月16日 趙一葦(『中国新聞週刊』記者)、吉田祥子(翻訳)

東風汽車と同様に、武漢市内の多くの製造企業が産業チェーン分断のリスクに直面している。サプライチェーンの危機に対応するシステムを再構築することが、操業再開後の企業にとって避けては通れない課題だ。

 操業は再開しても都市封鎖が解除されていないので、大多数の従業員が職場復帰できず、現実的にはまだ生産ラインを再稼働することができないのです」。中国国有自動車メーカー・東風汽車集団の武漢本社に勤務するマーケット部門担当者はこう言って、やるせなさをにじませた。

 実際のところ、東風汽車集団は早くも3月11日に湖北省政府から操業再開の認可を得ていたものの、武漢市をはじめとする省内の多くの地域がまだ封鎖状態にあり、人の移動と物流が引き続き制限されていたため、本格的な生産開始には至っていなかった。

 都市封鎖下に置かれた東風汽車集団は武漢の製造企業の縮図そのものだ。すでに2カ月にわたる操業停止状態のなかで、武漢の経済への下押し圧力は政府と企業の間の各レベルに波及した。そして、中国の製造業産業チェーンにおける不可欠かつ重要な構成要素として、自動車・通信・電子・医薬など多岐にわたる分野の有名メーカーの集積地である、この武漢という都市は厳しい試練に見舞われている。

「操業解禁・規制継続という措置が当面は続くでしょう」。湖北省社会科学院経済研究所の葉学平(イエ・シュエピン)所長は、労働集約型の製造業とサービス業の全面的な企業活動再開にはまだしばらく時間がかかるとみている。

 東風汽車集団と同様に、武漢市内の多くの製造企業が産業チェーン分断のリスクに直面している。例えば、武漢は自動車および関連部品分野で大規模な産業クラスターを擁しており、国内さらには全世界の産業サプライチェーンを構成する川上・川下企業〔川上は原料や部品の供給、川下は販売関連の事業を指す〕のなかで主要な連結点に位置付けられる。武漢の製造事業〔産業チェーンの川中に相当〕の一時停止による重大な損害がもたらした衝撃は徐々に世界中の自動車産業に波及しつつある。

自動車サプライチェーンに深刻な影響

「目下、自動車工場の作業員がまだ職場復帰していないため、工場は本格的な生産開始には至っていないし、工業団地周辺にはまったく人影がありません」。東風大道自動車工業団地で勤務する企業の担当者はこのように現状を伝えた。

 新型コロナウイルス感染症〔以下、新型コロナ〕流行のあおりを受けて、武漢経済技術開発区の東風大道からかつてのような車の盛んな往来が消えた。この全長13キロの幹線道路は、国際的自動車産業の密集度が最も高い軸線であり、「車都之脊」〔自動車都市の背骨〕とたたえられ、武漢市ひいては湖北省で最高の工業生産額を誇るエリアである。

 東風大道沿線には7社の完成車メーカー、12の自動車組立工場、500社余りの部品メーカーを含む2万社近い企業が集まっており、そのうち54社が「フォーチュン・グローバル500」〔米ビジネス誌『フォーチュン』が発表している世界企業番付〕に選ばれている。自動車の年間生産台数は100万台超、家電は1,000万台超であり、総売上高は1兆元規模に達する。

 自動車産業は9年連続で武漢の基幹産業のトップの座を占めていたが、新型コロナ感染拡大から2カ月余りの間、東風大道を中心とする武漢の自動車産業はほぼ完全に停滞した。

「感染発生からいまに至るまで、武漢の自動車生産ラインは通常稼働に戻っていません」。湖北省統計局の葉青(イエ・チン)副局長は、自動車工場の生産ラインは作業員全員が各自の持ち場に就く必要があり、1人も欠けてはならないと説明する。「都市封鎖が完全に解除されないうちは作業員が揃わないので、生産ラインの稼働に必要な人員の確保が難しいのです」

「中国製造業企業トップ500社」〔中国企業連合会と中国企業家協会の共同発表、2019年版〕で4位にランクインした東風汽車集団は、武漢の自動車産業のリーディングカンパニーであり、湖北省最大の企業集団でもある。武漢市に本社を置き、湖北省の至る所に生産拠点と支社を設けている。

 同社はグループ全体の生産能力の半分以上が湖北省にあり、武漢における生産能力がそのうちの8割を占める。都市封鎖の解除を待つ間、武漢本社では管理部門のみが業務を再開し、そのほかの部門と生産ラインは停止状態が続いていたという。

 武漢に生産拠点がある自動車メーカーはいまだかつてない苦境に立たされている。中国最大の格付け会社・中誠信国際信用評級のデータによると、湖北省の自動車生産能力の約80%が武漢に集中している。武漢に対する生産能力の分布比率は、東風汽車集団傘下の東風ホンダ・東風乗用車・東風ルノーの3社が100%、神竜汽車〔東風汽車と仏PSAとの合弁〕が76%、上汽通用汽車〔上海汽車と米GMとの合弁〕が23%である。

 3つの完成車工場がすべて武漢にある東風ホンダの場合、1月22日の春節〔旧正月〕休暇初日から起算して、すでに損失は40稼働日分の生産能力を超えた。同社の今年の生産販売計画によれば、これは約10万台以上の生産量の損失に相当し、金額に換算すると、経済損失は250億元に上る。

 操業を1日停止するたびに、東風ホンダ全体で5億元もの損失が出る。北京ベンツ〔北京汽車と独ダイムラーとの合弁〕も、政府に操業再開の繰り上げを申請した際に、操業停止1日あたり4億元の損失が生じることを明らかにした。

「現在、湖北省ですでに操業再開した地域の自動車メーカーも管理事務が中心で、正常な生産の回復には至っていません」。前出の東風汽車集団マーケット部門担当者はこう述べて、全面的な操業再開を待たなければ、自動車メーカーは新型コロナ流行期間中の操業停止の損失を確定できないが、「損失が極めて巨額になるのは確実」との見方を示した。

 また、武漢市および湖北省の自動車部品工場も全国の自動車産業チェーンの重要な一端を担う。武漢市のほか襄陽市や十堰市など、自動車または自動車部品の生産量が多い都市はいずれも感染拡大が深刻だった地域だ。

「武漢の工場がまず生産を回復しないと、湖北省ひいては全国の完成車生産ラインの生産正常化は困難です」と先ほどの担当者は明言する。武漢は自動車部品工場の重要な集積地であるうえ、自動車部品は適合性の要求が極めて高く、短期間で代替品をみつけるのが難しいため、「いったん主要部品が欠損すると完成車の生産はすぐに停滞してしまいます」

 3月12日、中国自動車工業協会は月次データを発表し、新型コロナ感染拡大の影響を受け、2月の国内自動車生産・販売台数はそれぞれ28万5,000台と31万台で、共に前年同期比8割減となったと表明した。

 中国全土で相次いで事業が再開されるなかで、自動車産業は新型コロナの余波がまだ続いている。中国自動車流通協会のデータによると、3月17日時点で、全国の自動車販売店の総合的な営業再開率は58%だが、湖北省ではわずか38%だった。

 湖北省の乗用車生産台数は全国の10%以上を占め、そのうちの80%以上が武漢に集中していることを踏まえ、前出の湖北省社会科学院経済研究所・葉学平所長は、武漢の自動車産業の停滞は、全国規模で自動車産業チェーンに重大な影響を及ぼしていると分析する。

 ここ数年、武漢の自動車産業はすでに過剰在庫削減の状況にあり、すべての生産能力を生産に投入していなかった。「それでも、長期にわたる操業停止は、自動車メーカー本体と川上・川下企業に対し今もなお大きな圧力をもたらしています」と葉学平所長は付け加えた。

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3月24日、武漢の東風乗用車公司の工場にて、製造現場を消毒する従業員。撮影/厲禹王

サプライチェーンの危機に立ち向かう武漢

 いまもなお、武漢は「製造業の拠点都市」という重厚な基盤を維持し続けている。この人口1000万人超の巨大都市は、中国四大自動車産業都市の1つであるだけでなく、「中国光谷〔Optics Valley of China〕」や「国家光電子情報産業基地」といった称号も持ち、鉄鋼・自動車などの従来型製造業は元より、チップ・レーザー・医薬品などのハイテク製造業も立地している。

 製造業の分厚い基盤は武漢の自力救済のための重要なパワーになっている。新型コロナの感染が拡大するなか、武漢の多くの製造企業は「都市の危機を救う」重要な役割を担い、かつ、企業の自力救済をある程度実現した。

 武漢に根ざした巨大鉄鋼コンビナート企業として、武漢鋼鉄集団公司〔以下、武鋼集団〕は市内全域へのさまざまな基礎的エネルギーの供給を担っている。武漢の感染拡大から今日に至るまで、武鋼集団傘下の多くの企業がほぼ一度も操業を停止せずに、感染防止のために各種資源を供給し続けてきた。

 傘下の武鋼集団気体有限責任公司は武漢市地元の最大手医療用酸素製造企業であり、新型コロナ流行期には24時間体制で増産して市内の半数以上の病院に医療用酸素を供給、1日当たりの供給量は平時の4倍だったという。

 また、新型コロナの患者を収容・治療する火神山医院と雷神山医院の建設中に、武鋼集団傘下の武漢鋼鉄股份有限公司は延べ130人余りを建設支援に派遣し、同じく傘下の鄂城鋼鉄有限責任公司は500t余りの鋼材を提供した。市民生活の需要に対応するために、武鋼集団傘下の電力供給部門と給水部門も24時間稼働し、武漢市街区域の水と電力の安定供給を確保した。

「新型コロナ感染拡大のさなかに武鋼集団が提供した医療や鉄鋼などの資源は、基本的に極めて低価格もしくは無償で提供され、無条件で支援されたものです」。湖北省統計局の葉青副局長はこう述べて、「武鋼集団が提供したさまざまな資源は多くの人を救いました。彼らの生産と供給がなかったら、武漢はもっと危険な状況になっていたでしょう」と指摘する。

 東風汽車集団や武鋼集団といった国有企業だけでなく、武漢の製造業における多くの民営企業も「貢献力」を発揮している。

 武漢市東部の武漢東湖ハイテク産業開発区は、「中国光谷」の別称でも知られる。中国三大知力密集区〔高等教育機関・研究機関・ハイレベル人材が多数集まる地区〕の1つであり、光電子情報、ハイエンド設備製造、省エネ・環境保護、バイオ医薬・医療機器など多くの産業が集積する。

 なかでも光電子情報とバイオ医薬・医療機器は、自動車以外の武漢市二大基幹産業だ。新型コロナ感染拡大期間中も、この二大基幹産業に属する数多くの企業がさまざまな方法で操業を維持し、技術的サポートの提供や生産・供給をおこない、大幅な業績の伸びを実現した企業さえあった。

 武漢市地元のハイテク製造企業は目覚ましい成果を上げた。赤外線サーモグラフィーのリーディングカンパニーの1つとして、武漢高徳紅外股份有限公司は新型コロナ流行期間全体を通じて生産量が急増し、1日当たり1,000台の生産速度で武漢および全国に全自動赤外線体温測定装置を供給している。

 新型コロナが発生する前は、高徳紅外の体温測定装置の年間販売数はわずか数百台だったが、現在は生産と販売が飛躍的に増加した。同社が生産する測定装置の国内設置数は、2月だけですでに1万台に達し、3月初めには2万台近くになった。近ごろは海外からの注文も大量に受け、すでに供給が需要に追いついていない状況だ。

 このほかに、武漢市地元の先端情報技術企業も武漢が情報化による感染拡大防止を実現するために重要なサポートを提供した。

 武漢市の東湖ハイテク産業開発区新型コロナ予防抑制指揮部の事務所には、感染状況と予防・抑制の動向をリアルタイムで更新する電子情報マップがある。その全称は「時空間ビッグデータに基づく『マップ版』感染状況監視・防疫システム」で、武漢市地元の武大吉奥信息技術有限公司〔Geo Star Information Technology、以下「ジオ・スター」〕が開発したものである。この会社はすでに昨年6月に、中国工業情報化部が発表する「小さな巨人」企業〔特定分野に傑出した国際競争力のある優良中小企業〕リストに入選している。

「2月9日にリリースして以来、このシステムは湖北省を含む10余りの省と市の感染拡大防止活動を補佐しています」とジオ・スターの周暁霞(ジョウ・シアオシア)マーケット部部長は述べ、「1枚のマップ」により各地方の予防抑制指揮部が直観的かつ正確にエリア内の重点的な感染状況の指標を把握し、精度の高い予防・抑制を実現できると説明する。

 武漢市街地が感染拡大から沈静化に向かうまでの間、市管轄区内の人口4000人余りの仏祖嶺街道B社区〔「街道」は末端の行政単位、「社区」は地域コミュニティー〕はずっと「感染者ゼロ社区」という状態を維持しつづけた。この社区が採用した感染拡大防止システムは、武漢虹信技術服務有限責任公司が開発した「スマート基層社会管理総合支援プラットフォーム」であり、社区のきめ細やかな感染予防・抑制の実現を手助けするものだ。

「このシステムは2月中旬にリリースしてから、すでに武漢市・山東省・広西チワン族自治区など多くの地域の感染拡大防止に役立っています」。同社のスマート社区プロジェクト責任者の顔暁曦(イエン・シアオシー)経理によると、とりわけ「4タイプの人」〔診断確定患者、疑似症患者、感染の可能性を否定できない発熱患者、濃厚接触者〕に対し「収容すべき患者はすべて収容する」という武漢市の命令のもと、同システムは社区内の住民の統計と感染状況データ分析の効率を大幅に向上させたという。

 一方、「休眠」状態の武漢では、いまなお大部分の生産活動の全面的な再開が待ち望まれている。

 光電子情報分野では、武漢市は情報通信エレクトロニクス・エネルギーエレクトロニクス・コンシューマーエレクトロニクスの三大産業チェーンを構築する。なかでも世界1位の生産規模を誇る光ファイバーケーブルは、国内市場の3分の2、国際市場の4分の1のシェアを持つ。全国700社余りの光通信機器メーカーのうち約200社が武漢にある。

 新型コロナ禍が暗い影を落とすなか、武漢の大部分の光通信関連企業では研究開発と生産活動の再開が依然として難航している。多くの企業の操業再開率は低い水準で停滞しており、仕入れ注文すら十分にできず、一方で新規注文と新規顧客を流失するリスクにも直面している。

「長期にわたる操業停止状態で、産業チェーンとサプライチェーンにおける武漢の企業のポジションは必然的に影響を受け、一部の市場を失うリスクも存在しています」。葉学平所長はこう述べて、全国ですでに次々と操業を再開している大きな流れのなかで武漢は操業停止状態が長引いたため、産業の上流・下流企業には代わりのメーカーを探して産業チェーンの運営を維持しようとする動きがあると明かした。「もしも武漢が4月末までに全面的な操業再開に至らなければ、ほぼ四半期分の受注を失うことを意味し、年間を通じた生産と販売に深刻な影響を及ぼすことになります」

 中国の製造業の重要拠点である武漢は、新型コロナ感染拡大により大きなダメージを受けたが、感染状況が徐々に沈静化するにつれて、製造業産業チェーンに対する影響も次第に小さくなるだろう。とはいえ、サプライチェーンの危機に対応するシステムの再構築は製造企業にとって今後避けては通れない課題である。

 葉学平所長は、製造業の細分化した業種のなかでも、とりわけ労働集約型産業がより大きな影響を受け、ハイテク型産業はそれほど影響を受けていないとして、次のような考えを示した。「今後、製造企業は、ウイルスの流行のような不確実性がもたらすリスクを回避するために、生産ラインにスマート技術やスマート製造を導入する割合を増やす傾向がいっそう強まるでしょう」

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※本記事は元となる『中国新聞週刊』が刊行された3月30日時点の記事を翻訳したものです。取材は武漢の封鎖解除前におこなわれましたが、その後、封鎖は4月8日に解除されています。


※本稿は『月刊中国ニュース』2020年7月号(Vol.101)より転載したものである。