第168号
トップ  > 科学技術トピック>  第168号 >  量子インターネット時代が間もなく到来?

量子インターネット時代が間もなく到来?

2020年9月15日 劉 霞(科技日報記者)

image

画像提供:視覚中国

複数の国が量子インターネットを配置、相次いで計画打ち出す

 米国エネルギー省(DOE)が最近発表した「全国に量子ネットワークを構築し通信新時代を牽引」と題する報告書では、米国が世界の量子技術競争の先頭に立ち、通信新時代を牽引する今後10年の米国全土の量子インターネットの戦略的青写真を打ち出している。

 DOEは、量子力学の法則を利用した量子インターネットは、現有のインターネットよりも、さらに安全に情報を送信することができ、「解読はほぼ不可能」としている。そして、今後、科学や工業、国家安全保障などのカギとなる分野に大きな影響を与えるようになるとの見方を示している。

 同報告が発表されると、「量子インターネットとは一体何なのか?」、「それは、世界や人々の日常生活にどのような影響を与えるのか?」、「量子インターネット発展の道において、どんなハードルが待っているのか?」など、多くの疑問の声が上がっている。

ハッカーの情報読み取り複製は不可能 最高の安全性

 上海交通大学統合量子情報技術研究センター(IQIT)の金賢敏センター長は、「量子インターネットは、大規模に分布する量子ノードと、各ノードを繋ぐ量子チャンネルから構成されており、各種量子で強化された通信、計算、計量などの技術実現に用いられる。これまでずっと、実際に利用可能な量子インターネットは、量子情報科学の分野が追い求めてきた目標の一つだ」と説明する。

 米誌「サイエンス」は2018年にいち早く、「量子インターネット:発展のビジョン」という文章を掲載し、量子通信ネットワークの発展の青写真を描いた。同文章は、「量子インターネットは、現有のインターネットに代わる存在という簡単なものではなく、それに『盾』が加わった新型インフラ」としている。中国の量子通信の分野でリーダー的存在の中国科学院の潘建偉院士は2019年にメディアの取材に対して、量子インターネットに言及し、「周知の通りインターネットは情報の送信、処理、保存に用いられるグローバルシステムだ。量子インターネットも、同じく量子情報を送信、処理、保存することができる。量子ビットと量子もつれ(量子ビットが絡みあった状態)は、量子インターネットの基本ソースとなる」と述べた。

 DOEの報告によると、量子インターネットは特殊なアクセス方法を備えているため、アクセスするたびに、決して消すことのできない「形跡」が残る。そのため、「最も安全性の高いインターネット」と呼ばれている。潘院士は、「実際の応用という観点から考えると、量子インターネットの最優先任務は、無条件で安全な形でグローバルなシークレットキーを共有することだ。ランダムに生成された暗号は、光子の量子状態上で、量子複製不可能定理により、未知である任意の量子状態に対し、それと全く同じ複製を作る事が禁止されるため、複製しようとすると検知され、破壊される。そのため、誰かがそれを盗んで、量子シークレットキーを解読しようとすると、必ず発見される」と説明する。

 量子インターネットを使えば、暗号化した情報を送信できるだけでなく、クラウドに基づく量子計算もサポートし、多くの分野に応用されることが期待されている。DOEの報告によると、同省が構築を計画している量子インターネットは、まず銀行や医療サービス機関などで応用され、将来的には、国家安全保障や飛行通信などの分野にもその手が広げられる計画だ。報告ではさらに、「最終的には、携帯電話に量子ネットワーク技術が使われ、人々の生活に幅広い影響を及ぼすだろう」としている。

 その他、超高感度な量子センシングネットワークを構築すると、より正確に地震を検知したり予測したりできるほか、地下の石油、天然ガス、鉱物を探すこともできる。

 専門家によると、量子インターネットは、一歩ずつ発展、進歩しており、量子計算や量子センシング、測量など、各種機能がそこにどんどん組み込まれている。最終目標は、量子セーフティーネットワーク、分散型量子計算、量子センシングネットワークを含む「全量子ネットワーク」を形成することだ。DOEは報告の中で、「人々の間で、量子インターネットは、21世紀における最も重要な技術の先端の一つという共通の認識ができている」との見方を示している。

世界の注目を浴びる量子インターネット、各国が急ピッチで構築を計画中

 量子インターネットは安全性が高く、幅広い分野に応用できるなどの特徴があるため、世界の多くの国がこの新型通信方式を研究・開発している。

 今年2月、DOEのアルゴンヌ国立研究所とシカゴ大学の科学者たちは、シカゴ郊外に52マイルの「量子ループ」で光子を絡ませ、最長の陸上量子ネットワークの1つを構築した。同ネットワークは、すぐにイリノイ州バタビアのDOEフェルミ国立加速器研究所に接続され、3ノードの80マイルのテストプラットフォームが完成した。その他、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校とブルックヘブン国立研究所は、ローレンス・バークレー研究所と共同で、長さ80マイルの量子ネットワークテストプラットフォームを構築すると同時に、ネットワークの拡大に積極的に取り組んでいる。

 量子インターネットは、多くの国から注目されている。オランダ、カナダ、日本、韓国、ロシアおよびEUは、量子ネットワーク構築の計画を急ピッチで進めている。

 2016年5月、EUは「欧州量子技術フラッグシップ」を制定し、その投資総額は10億ユーロ(約1,250億円)に達する。その主な目標の一つは、10年で量子インターネットを構築することだ。

 また、ロシア紙「イズベスチヤ」ウェブサイトの今年4月の報道によると、ロシアは今後、ロシア鉄道のインフラを活用して、量子インターネットプラットフォームを構築する計画だ。同プラットフォーム試験エリアは2021年に始動し、金融機関や国有企業グループ、生産企業、インフラなどが最初のユーザーとなる可能性がある。

 近年、中国も量子通信技術の発展に大きな力を入れており、量子通信の分野で世界から注目を集める成果を挙げている。例えば、2017年、総延長2,000キロ以上の世界初の量子機密通信幹線「京滬幹線」プロジェクトの総合技術が検収に合格した。さらに、今年6月、中国科学技術大学の潘建偉院士率いるチームは、世界初の量子科学実験衛星「墨子号」を利用し、もつれに基づく無中継・1,000キロメートル級量子機密通信を実現した。

 金センター長は、「こうした成果は、中国が量子インターネットを構築するうえで重要な意義があると同時に、中国の量子インターネットの研究、発展が既に世界の先端水準に達していることを示している」との見方を示す。

実用化の鍵は中継器

 しかし、量子インターネットの発展の道は決して平坦ではない。

 金センター長は、「量子インターネット発展における課題の中でも、科学者たちが解決にずっと力を注いでいるカギとなる課題は2つある。1つは、長距離の光通信の過程において、光子の伝送による減衰は指数関数的に増大することだ。次に、光量子状態の生成が確率的である点だ。この2つの課題が、量子インターネットの実際の運営効率を低くしている」と指摘する。

 量子インターネットの実現には、量子通信、量子精密測量、量子計算などの分野において、全方位的なブレイクスルーが必要だ。金センター長は、「長い目で見ると、本当の意味で量子インターネットを実用化させるためのカギは中継器にある」との見方を示す。

 簡単に言えば、もつれている2つの量子は、どんなに遠く離れていてももつれた状態で、例えば誰かが測量を行うなどして、そのうちの1つの量子の状態が変わると、もう1つの量子の状態も瞬時に変わる。もし、情報の受信者と送信者がそれぞれ一つの光量子を持っていると仮定すれば、それぞれが「仲介」としてそれともつれた光量子を送り、2つの「仲介」である光量子が中継器でもつれると、2つが残す光量子ももつれる関係になる。

 情報通信の分野で、量子中継器の概念は幅広い。それは、情報の高速道路の「ガソリンスタンド」のようで、主にもつれ交換、もつれ浄化、もつれ保存などの基本的な技術を通して、量子状態のもつれ操作を実現し、情報をより遠くまで送信できるようにすることで、量子通信の距離の制限を克服しようとする技術だ。

 今年3月に学術誌「ネイチャー」に掲載されたハーバード大学とマサチューセッツ工科大学の研究者の研究成果によると、量子中継器は本質的に言うと、小型の量子計算設備で、効果的に量子情報を獲得、処理し、それを十分な時間保存し、情報を数千キロ以上離れたところに送信しなければならない。

 金センター長率いる研究チームは、量子中継器の実用化に向けたカギとなる課題の研究に取り組み続けており、そしてハイブリッドアーキテクチャの、室温下で作動できるブロードバンド量子ストレージネットワークを実現した。これは、量子インターネットの実際の応用という面で、重要な意義をもっている。同成果は今年上半期に、サイエンスの姉妹誌・Science Advancesに掲載された。

 金センター長は、「実際に応用できる量子ストレージの構築のための課題は、高いストレージ帯域幅、長い耐用期間、高効率、低騒音などの指標を全てクリアしなければならない。さらに重要なのは、室温下で作動できることだ。これは、非常に難しく、極めて大きな意味を持つ一歩だ」と説明する。

 量子技術が日に日に成熟し、商用化に近づいている現在、中国の量子技術研究は相次いでブレイクスルーを実現している。金センター長は、「今後、実際に利用可能な量子中継器に基づく量子インターネットを十分に発掘し、さらに多くのノードを構築し、ノードの性能を向上させることで、量子インターネットが、完全な拡張性、高い量子情報処理能力を備えるようになることを望んでいる。共に取り組むことで、最終的に、グローバル量子インターネットが実現することを願っている」と語る。


※本稿は、科技日報「量子互聯網時代就要来了?」(2020年8月19日付7面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。