第176号
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「全員検査」が当たり前に―中国新型コロナ対策のいま

2021年05月20日 彭丹妮/『中国新聞週刊』記者 脇屋克仁/翻訳

最近、中国では「動態清零」という言葉がよく聞かれる。元々は中国共産党中央が末端組織に業務効率化を促す意味で使われた言葉で、「問題発見即解決」という意味だ。しかし、この言葉がいま、新型コロナウイルス対策の合言葉になっている。PCR検査はもはや感染確認の手段ではなく、全市民のなかから感染者をあぶりだし、早期に感染を抑え込むための手段になっているという。なぜそんなことができるのか。武漢危機から1年、中国感染対策のいまを追う。

格段に進歩した検査体制――様変わりするPCR検査

 昨年初め――PCR検査〔核酸検査〕が武漢市の新型コロナの「堰止湖(せきとめこ)」になっていた時期があった。検査供給の不足から、感染防止の取り組みがそこでせき止められていたのだ。また当時、武漢市以外でPCR検査を受けたいと思っても容易ではなく、発熱などの症状のある人が発熱外来を受診してようやく検査にたどりつける状況だった。しかも、多くの場合、個人ではなく職場単位の予約でしか受けられなかった。ところが、昨年の夏から個人の検査が全国に広がり、事前予約不要、検査所にいって料金を払って検体を採取されるまでの全所要時間わずか20分、数時間後には検査結果を手にすることができるといった例さえめずらしくなくなった。

 肖艶群(シアオ・イエンジュン)氏〔上海市臨床検査センター細胞分子遺伝学・分子病理研究室主任〕は「昨年1年間で9,000人以上の人がセンターで研修を終え、PCR検査実施の資格を得て上海市内の現場で検査業務にあたっている。現在上海市内にある120強の検査所のうち70強は、新型コロナウイルス対策のために新たにつくられたものだ」と話す。

 以前は、PCR検査ができる基幹病院がほとんどなかった。国家衛生健康委員会が、県・区級以上の疾病予防機関と2級以上の総合病院は速やかに改革を実行し、PCR検査能力をできるだけ短期間で獲得するよう求めたのが昨年の4月。同年8月には国務院新型コロナウイルス肺炎協同防止・抑制機構が、核酸検体の採取・検査能力を備えた県級病院を9月末までに県内に最低1つはつくる方針を打ち出した。

 こうした大きな背景があって、各地で次々とPCR検査室〔遺伝子増幅検査室〕の建設ブームが起こった。山西省では、昨年8月の時点でPCR検査ができない県は省内に存在しなくなった。そのうち108県で検査室がつくられ、新型コロナウイルスの核酸検査を実施できる医療機関は当初の14から174に増加、1日当たりの検査可能人数は7万4,000人に達している。

 こうした「公衆衛生インフラ」ブームのなか、河南省の県級市・汝州市第一人民病院は500万元の予算を調達し、そのうち300万元をPCR検査室に投じた。同病院検査科主任の王軍氏はいう。「以前は全自動核酸抽出装置がなく、全部手作業だったが、今回の財政支援のおかげで昨年12月に40万元で本装置を購入した」

 検査方法も格段に進歩した。武漢市の「10日間の大会戦」で初めて5検体混合方式が採用された。つまり、5人分の咽頭スワブ検体を1つの試験管でまとめて検査する方法である。さらに、遼寧省の新型コロナ検査専門家チームのトップ、劉勇(リウ・ヨン)氏は10検体混合方式を開発した。また、華大基因〔BGI〕のエアドーム検査室「火眼」や空港・屋外で使われた移動コンテナ式検査室など、緊急時ならではの応急手段も生まれた。

 こうした努力のすべてが検査能力の急速な進歩につながった。あるメディアの試算では、仮に春節で帰省する人全員が検査証明を必要としたとしても、現在の検査能力なら十分に対応できるという。新型コロナウイルス検出試薬キット〔以下、検査キット〕の生産能力も十分どころか過剰なほどで、昨年3月からすでに海外市場向け販売を始めている企業も多い。

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1月11日、遼寧省瀋陽市鉄西区の彰駅学校検査所で検体採取に並ぶ人々。写真/新華社

「動態清零」の段階へ

1.常態化するスクリーニング

 新型コロナウイルス感染の抑え込み・予防が常態化段階に入った中国では、PCR検査、疫学調査、隔離治療、そして「動態清零〔問題を芽のうちに迅速につみとる、つまり、日常生活を送りながら感染を抑制していくという意味〕」がワンセットの対策になっている。PCR検査の規模が実践のなかで絶えず拡大していくのも当然だ。

「全員検査」の最初は武漢市の「10日間の大会戦」〔実際には19日間を要した〕である。昨年6月、北京市新発地卸売市場でクラスターが発生した際も、市政府は全市民2,000万人以上を対象にPCRスクリーニング検査の実施を打ち出した。しかし当時、専門家は不必要という意見を執拗に提言、その結果、検査件数が1,000万人前後に達した時点で中断された。

 感染症の拡大と流行を抑える科学的観点からいえば確かに全員検査は必要ない。しかし、この種の専門的判断には1%から5%の不確かさが存在する。この不確かさが人々を不安にさせる。中国疾病予防コントロールセンターの首席で疫学の専門家でもある呉尊友(ウー・ズンヨウ)氏は以前のインタビューでそう話していた。「政府の人間も含めて普通の人は、PCRスクリーニングを実施すると安心する」

 こういうロジックで、次第に全員検査は新しい通常オペレーションになっていった。昨年の9月18日、国家衛生健康委員会の馬暁偉(マー・シアオウェイ)主任は次のように強調した。新型肺炎や流感などの呼吸器疾患は秋冬に折重なるように発生する。これを予防しコントロールする任務は並大抵ではない。十分な人員、施設、物資、能力を確保し、ひとたびクラスターが発生したなら当該地区全員のPCR検査を5日から7日以内に終わらせ、感染の拡大と蔓延を最大限抑制する。

 青島市では、10月中旬に14人の感染者が出ると、それをきっかけに全市民約1,090万人にPCR検査が実施され、すべて陰性の結果が出た。そのわずか半月後、新疆ウイグル自治区カシュガル地区で感染者が出た際も地区全住民のPCR検査がおこなわれた。その数計474万人、なかには1人につき4回実施した地区もあった。その後、内モンゴル自治区満洲里市、大連市、瀋陽市、北京市順義区、河北省の石家荘市と邢台市などでも市民全員を対象としたPCR検査が複数回実施されている。

2.ネックは偽陰性問題

 いくらウイルスを「あぶりだす」強い決心で臨んだとしても、スクリーニングをすりぬけるウイルスは常に存在する。武漢市で感染が爆発した当初から偽陰性の問題はさかんに議論されてきた。しかし、いまに至るも、何度かの検査を経てようやく陽性が判明するといった事例がたびたび生じており、漏れは依然として避けられない。昨年の河北省の感染拡大でも、5回、8回、なかには11回の検査でようやく陽性が判明した事例があった。

 検査キットにすべての罪をなすりつけることはできないと専門家はいう。華中科技大学同済医学院付属同済病院の検査科に勤める劉為勇(リウ・ウェイヨン)氏は「武漢で感染が爆発した初期のころは、検査キットの発売認可を急いだあまり、その感度に問題があった。さらに、感染者があまりに多く、人手が足りず、十分な検体を採取できないといったこともあり、偽陰性問題が一時、大問題になった」と話す。

 しかし、検査キットは昨年を通じて絶えず検証、最適化がおこなわれてきたので、現在ではこの方面で改善できることはすでに少なくなっていると同氏は指摘する。

 肖艶群氏も次のように話す。昨年の3月、4月ごろに国が認可した複数の検査キットをはじめて評価したときには感度に最大16倍の開きがあった。しかし、11月に市場に出ている20強の検査キットのうち17を評価したときには差異は目にみえて縮小していた。

 検査の方法もバージョンアップしている。今年1月19日、北京市大興区で9歳の感染者が出たとき、通っていた学校の全児童、教職員らに鼻咽頭スワブ、咽頭スワブ、肛門スワブ、そして血清採取で検査を実施した。問題はなぜ肛門スワブなのか、だろう。感染症の専門家によると検出率が高く、偽陰性の確率が抑えられるということだ。昨年3月、臨床現場からの報告で、新形コロナ患者が退院後ふたたび陽性になるケースが多いことがわかったとき、上海市公共衛生臨床センター党委員会書記の盧洪洲氏は退院基準を厳格化すると表明、そのなかの1つが「肛門スワブによるPCR検査で陰性であること」だった。

3.はたして実際の検査数は?

 この問いはPCR検査を受けたことがない人は中国に何人にいるのか、と言いかえることもできる。いまのところ系統だった統計はない。間接的な数字があるのみである。昨年9月29日、アメリカのPCR検査数は1億人分の壁を突破した。世界第2位である。しかし、検査数の世界最多はアメリカに比べれば陽性者の数が微々たるものにすぎない中国である。その検査量は1億6,000万人分に達している。

 これはたしかに抽象的な数字だ。しかしいま、北京の人がタクシーを呼ぼうと思って「滴滴出向〔配車アプリ〕」を開くと真っ先に目に飛び込んでくるのが「ドライバーは直近7日以内の検査でPCR陰性」の文字である。PCR検査はすでに人々の日常生活の一部になっているということだ。その役割はもはや、感染拡大初期の「The Darkest Hour」〔映画のタイトルになぞらえている〕のように感染しているか否かを判断するものではない。まったく逆に、感染していないことを証明する手段になっているのだ。

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1月22日、北京市西城区のパビリオン前の検体採取所で準備をする医療従事者。

次なる課題は何か

1.簡単ではないスピード化

 深圳市博徳致遠生物技術有限公司の楊奇賢CEOは次のようにいう。免疫を検査して短時間で妊娠診断をする、血液を採取して生化学反応を調べる――こうした検査は10分もあれば終わる。それに比べてPCR検査などの分子診断は遅く、数時間かかる。しかも、この点を改善するのは容易ではない。

 感染拡大が深刻なアメリカでは、検査の効率化とスピード化が現実的要請になっている。アメリカ食品医薬品局〔FDA〕は、製薬大手アボット・ラボラトリーズが開発したカード型新型コロナ検査キットを緊急承認した。1キットたった5ドル、15分で結果が出るという。セルフ検査用のキットも昨年11月から配布され、いまでは検体の入った瓶をセットするだけで結果がわかる装置まで付いており、検体を検査所に郵送する必要さえない。

 こうした方法は聞く限り簡単で便利だが、中国では現実味があるだろうか。多くの専門家は次のように指摘する。これらの検査キットは抗原検査の原理を採用しており、核酸検査ではなく、感度も低い。例えば、アボット・ラボラトリーズのカード型検査キットは、症状が出て1週間以内なら感度は95%以上だが、それを過ぎると75%に低下する。そうでなくとも、陽性が出ても隠ぺいする、陰性と偽って報告する人がいないとは限らない。いずれにしてもこうした方法は検査漏れが生じやすく、いままさに検出率問題と格闘している中国にとっては明らかに満足できる代物ではない。

 中国は感染の抑制にまずまず成功しているので、仮に検査のために病院か第三者機関に足を運んでも、その途上で感染する確率は高くない。楊奇賢氏は「アメリカでは無症状、軽症の人をほとんど自宅療養にしており、症状が重くなってからしか入院できない。しかし、中国は感染判明即隔離だ。したがって、こうした自宅用セルフ検査キットを承認することはできない」

2.感染が終息しても終わりではない――PCR検査の未来

 1月21日現在、中国で新型コロナワクチンを接種した人が延べ1,500万人を超えた。免疫学的防壁が築かれるにつれて、感染防止の主戦場はPCR検査や隔離治療から人々の免疫力に移りつつある。感染の流行が収まれば、拡大の一途をたどる分子診断分野は、「行き場をなくした人々」であふれかえる状況になるだろうか。

 取材を通してよく聞かれた意見は次のようなものだ。たしかにビジネスとしては息が短いかもしれないが、新型コロナのPCR検査需要が消えてなくなることはない。ただ、流感の検査がそうであるように将来は通常の診断項目の1つになるだろう。それを機に分子診断の将来に対する人々の見方も好転するだろう。

 全国衛生産業企業管理協会医学検査産業分会の宋海波(ソン・ハイボー)会長は、たとえ感染が終息しても、プレシジョン・メディシン〔精密医療〕のニーズは不変だという。「以前は制約があって分子診断をおこなえるのは大病院だけだったが、検査室もあり、機器や設備もあるいま、検査プロジェクトをさらに増やしていって何が悪いというのだろうか」

 同協会などが中心になって発行している『中国インビトロ業界レポート』の2019年版には、数千社の会員企業のうち、むこう3年から5年、インビトロで最もポテンシャルがあるのは分子診断だと考える企業が2017年以降3年連続で多数を占めているとの報告がある。

 新型コロナ関連の医療企業に多額の投資をしている普華資本は、これまで分子診断領域では川上の原材料企業にのみ投資してきたが、今後は機器分野、PCR検査キット分野、さらには検査業者へと投資分野を拡大していく予定だ。これは決して感染拡大に乗じた機会主義ではないと代表の何騰龍(ホー・トンロン)氏はいう。「2019年からすでに、この分野に力強い成長の兆しがあることを業界は見ぬいていた」

 戴立忠(ダイ・リージョン)氏はPCR検査が普及した世界を次のように描く。動植物、食品分野は言うに及ばず、医療分野で言っても、PCR検査は予防、診断、プレシジョン・メディシン、オーダーメイド医療、遺伝病治療などに広がる。血液検査のように簡潔でスピーディーになれば、例えば、公衆衛生分野や、結核、ガンの早期発見早期治療などでどんどん実施されるようになる。そうなればもう日常検査といってもいい。「アクセシビリティ―を改善しさえすれば、市場ポテンシャルは天井知らずだ」

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新型コロナウイルスが検出できるPCR検査試薬キットのチップをクリーンルームでコピー機に投入する作業員。四川省成都市のバイオテクノロジー企業にて。写真/中国新聞社


※本稿は『月刊中国ニュース』2021年6月号(Vol.110)より転載したものである。