第181号
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DNAバーコード:「経験頼み」から脱却する中医薬材の真偽鑑定

2021年10月04日 代小佩(科技日報記者)

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画像提供:視覚中国

中医薬材のDNAバーコード鑑定技術には共通性があり、1つ、または複数の遺伝子断片を選ぶだけで、ほとんどの種の鑑定を正確に、かつ迅速に行うことができる。そして、再現性と安定性が高く、実験過程は基準化されており、操作も簡単となっている。インターネットや情報プラットフォームを通じて、現有の種の配列情報を集めて統一管理し、分類鑑定の人材が不足しているという現状を効果的に打破することを可能にしている。
陳士林(中国中医科学院中医薬研究所所長、研究員)

 昔から現在に至るまで、中医薬材には「偽物の薬材」という問題が存在している。近年、中医薬材の種類は増え、そのソースは複雑化し、市場の利益も関係して、中医薬材の品種の区別がはっきりしなくなったり、偽物が混入したりといった問題が頻発するようになり、中医薬材の評判に影響を与えるだけでなく、患者の命や安全が脅かされたりしている。白鮮(ハクセン)の根皮を乾燥させた白鮮皮を例にすると、これに似た偽物の中医薬材を修治(加工操作)した薬を服用したことで、薬物性肝障害を患った患者が多くいる。

 そのため、中医薬材が本物であるかを見極めるのは特に重要なことだ。しかし、偽物と本物の中医薬材は形態が似ており、従来の物理的・化学的手法を使った鑑定方法ではそれを区別するのは至難の業だ。そのため、正確で迅速、かつ信頼性の高い新しい中医薬材鑑定方法の開発が急務となっている。こうした背景のもと、中国中医科学院中医薬研究所所長で、研究員である陳士林氏率いる科学研究者は新しい中医薬材鑑定方法である「中医薬材DNAバーコード鑑定技術」を研究開発した。

中医薬材の「遺伝子身分証明書」をオーダーメイド

 従来の中医薬材鑑定方法には、主に、基原鑑定や性状鑑定、顕微鑑定、物理的・化学的手法を使った鑑定などがあった。

 それら鑑定方法にはそれぞれ、重きを置いているポイントがある。例えば、基原鑑定は植物、動物、鉱物の形態学、分類学の特徴を応用し、中医薬材のソースを確かめる。そのため、鑑定する材料には、高い完全性が求められる。性状鑑定は、中医薬材のマクロ性状の感覚による鑑定で、顕微鑑定は主に、中医薬材微細構造と特徴を拠り所にしている。このように物理的・化学的手法を使った鑑定は、中医薬材の物理的性質、化学的性質に基づいて、真偽を見極める鑑定方法となる。

 陳氏は取材に対して、「ただ、これらの方法では一部の近縁種や他の種と混在しやすい中医薬材の鑑定に限界がある。また従来の鑑定方法は経験に依存しており、鑑定者には高い専門的素養が求められる。従事する人材を育成するには時間がかかり、ベテラン従事者が非常に少なく後継者がいないという地域も多い。中医薬材DNAバーコード鑑定技術はその難題を効果的に解決し、中医薬材鑑定を専門従事者に依存しなくてよくなった」と説明した。

 陳氏によると、DNAバーコーディングという概念はカナダの動物学者・Paul Hebert博士が提唱した短く、標準化され、増幅しやすいDNAの断片を利用して、迅速にしかも正確に、標準化して種の鑑定を行う方法である。中医薬材のDNAバーコードに主に記録されているのは、現行の分類系統下における中医薬材の種を代表するDNA配列情報となる。中医薬材のDNAバーコード鑑定技術は、中医薬材の種の鑑定のDNAバーコーディングに用いられる。端的に言えば、中医薬材の「遺伝子身分証明書」をオーダーメイドするようなものだ。それぞれの中医薬材の「遺伝子身分証明書」があれば、分子生物学の手法を利用して、DNA採取やPCR増幅、配列測定、配列分析などを行うことができる。

 陳氏は、「従来の中医薬材鑑定方法と比べると、中医薬材DNAバーコード鑑定技術には多くの面でメリットがある」とし、「この技術には共通性があり、1つ、または複数の遺伝子断片を選ぶだけで、ほとんどの種の鑑定を正確にしかも迅速に行うことができる。そして、再現性と安定性が高く、実験過程は基準化されており、操作も簡単となっている。インターネットや情報プラットフォームを通じて、現有の種の配列情報を集めて統一管理し、分類鑑定の人材が不足しているという現状を効果的に打破することができる」と説明する。

 近年、DNAバーコード鑑定技術を中医薬材鑑定に応用することに成功しており、従来の形態鑑定方法で必要とされた「豊富な経験」という束縛から解き放たれた。陳氏は、「この技術は基準化に適しており、中医薬分子鑑定方法学上のイノベーションだ」と強調する。

 しかし、この鑑定技術にもウィークポイントがある。陳氏は、「DNAバーコード鑑定技術は主に、核酸レベルの種の鑑定であるため、種の性状や物理化学の質量基準情報が含まれていない。そのため、精製、加工の過程において、DNAが分解してしまう中医薬材の鑑定には不向きだ。この他、DNAバーコーディングでは鉱物の中医薬材を鑑定することはできない」と説明する。

鑑定の基準化進む中医薬材

 近年、中国国内の関連チームは中医薬材DNAバーコード鑑定技術体系の構築に取り組んでいる。

 例えば、陳氏が率いる本草ゲノミクスチームは、大量の中医薬材サンプルの遺伝子配列スクリーニング研究を基礎にして、「中国薬典中医薬材DNAバーコード基準配列」と「中医薬DNAバーコード分子鑑定」を出版し、中医薬材DNAバーコード分子鑑定体系を構築した。

 陳氏によると、「この体系には、ITS2+psbA-trnHを主体とした植物系中医薬材DNAバーコード鑑定体系とCOI+ITS2の動物系中医薬材DNAバーコード鑑定体系が含まれている」という。

 2010年、陳氏のチームは候補となる7つのDNAバーコードを比較した。選出の基準は、PCR増幅効率や種内/種間遺伝的変異などだ。7門753属4,800種のサンプル6,600点以上のITS2配列鑑定能力を分析したところ、ITS2の種レベルの鑑定効率は92.7%に達していることが分かった。

 そのため、陳氏のチームはITS2を薬用植物の基準DNAバーコードとすると同時に、ITS2を、新たな共通バーコードとして幅広い植物群系の鑑定に活用することを提案した。2011年、中国のDNAバーコード植物業務グループは、75科141属1757種のサンプル6286点の4つのDNAバーコードを研究し、ITS/ITS2を種子植物の主要バーコードとすることを提案した。

 鑑定結果の精度を確保するため、陳氏のチームはDNAバーコードのデータバンクも構築した。DNAバーコードのデータバンクは、サンプル情報やDNAバーコード配列を保存するツールであるだけでなく、DNAバーコード研究や種の鑑定・分析を行う生物情報学プラットフォームでもあり、中医薬材鑑定方法の共通化と基準化、グローバル化を推進するうえで重要な役割を果たしている。

 研究を基礎に、陳氏のチームは中医薬材DNAバーコード鑑定系統を構築し、主要なデータバンクは、「中国薬典」(2010年版、2015年版)に収録されているほぼ全ての動物系、植物系中医薬材、よくある偽物をカバーした。さらに、「韓国薬典」や「日本薬局方」、「インド薬局方」、「欧州薬局方」、「米国薬局方」に記録されている草薬中医薬材もカバーし、データバンクが収録している種の数は10万種以上、配列は100万以上にまで拡大している。

中医薬材産業の発展を促進

 陳氏は、「中医薬材DNAバーコード鑑定技術は近年、急速に発展している」と語る。

 2019年、陳氏のチームは深圳華大智造科技股份有限公司と提携して中国が独自の知的財産権を有する初の中草薬ゲノムシーケンシングスマート鑑定デバイス「中草薬DNAバーコードハイスループットゲノムシーケンシング一体型デバイス」を開発し、産業チェーンの川上のブレイクスルーに成功。ハードウェアデバイスの独自の知的財産権所有と国産化を実現し、中国の中草薬遺伝子鑑定が海外の機器に依存している状況から脱することを実現した。

 その他、DNAバーコード技術と等温DNA増幅技術、ラテラルフロー検査(LFD)装置を組み合わせることにより、陳氏のチームは猛毒植物であるゲルセミウム・エレガンスを迅速に鑑定する方法の研究開発にも成功した。

 陳氏は、「この方法は、簡単で、特殊な設備も必要ないため、30分で信頼できる結果を得ることができる。ゲルセミウム・エレガンスの迅速な現場での鑑定に活用できるほか、植物や動物を含む他の種の迅速な現場での鑑定に、新たなアイデアを提供している」と説明する。

 科学技術が発展するにつれて、ハイスループットスクリーニングは、より長いシークエンスを、より深くスクリーニングできるというメリットを備えるようになり、高いポテンシャルを秘めたスクリーニング方法となっている。陳氏は、「中医薬材バーコードデータバンクとロングリードシークエンススクリーニング技術に基づいて、全長多バーコード方法を編み出した。この方法を使うと、複数の種からなる混合物の生物起源を識別することができ、DNAバーコード技術の複数の種からなる混合物における応用の基礎となった。ソースが複雑で、形状がはっきりしない、また、すでに粉々の状態になっている中医薬材の鑑定や研究に、実際的で、実行可能な方向性を提供した」と説明する。

 中医薬材DNAバーコードはすでに「中国薬典」(2020)に収録され、中医薬材の「遺伝子身分証明書」として、遺伝子レベルで、中草薬の真偽を見極めることができるようになっている。さらに、「英国薬局方」にも収録され、中医薬の栽培、生産、加工、流通、臨床応用など、さまざまな分野に応用されている。

 中医薬材産業の発展について、陳氏は、「安全な栽培を皮切りに、中医薬材の品質の向上のキーテクノロジーに焦点を合わせ、中医薬材の品質向上プロジェクト戦略を速やかに展開し、安全な環境で栽培して高品質の中医薬材を生産し、中医薬材の質を抜本的に向上させ、安全な薬を提供して、中医薬材産業の発展を促進していきたい」と語る。

 そして、「中医薬産業の発展は科学、技術の力に頼らなければならず、オリジナルの技術を把握しなければ、中医薬材産業の発展を促進することはできない」と強調した。


※本稿は、科技日報「DNA条形碼: 譲中薬材鑑定擺脱経験依頼」(2021年8月27日付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。