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上海・張江の「島」 なぜAI大手が集結し産業生態系が構築されているのか

2022年04月08日 岑 盼 王 春(科技日報記者)

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上海張江人工知能島内部 撮影:新華社記者丁汀

 数百社の企業間で化学反応が起き、人工知能島計画のうちの「スマート応用層」が島内の豊富な応用シーンとして姿を現すようになっている。次々とやって来るAI企業を中心として、複数レベルのAI生態圏が姿を現し始め、人工知能が張江、ひいては浦東の産業高度化を牽引する新たなエンジンとなっている。

 上海浦東新区にある張江サイエンスシティには、10万平方メートルのミステリアスな小さな島がある。その島には、中国初の「5G+AI」のオールシーン商用モデルパークや上海初の「AI+パーク」試行事業応用シーン、上海人工知能イノベーション応用先導エリアといった特別な「肩書」がある。

 このほど、この人工知能島を訪ねた。張江サイエンスシティ南側の川楊河を渡りこの人工知能島に入ると、未来の世界にタイムスリップしたような気分になる。空ではドローンが、水中ではロボットが、地上ではパトロールカーが24時間環境モニタリングや安全警備の任務を遂行している。AI搭載分別ゴミ箱や無人キッチンカー、顔認証網膜カメラ、下半身を鍛えるパワードスーツ、非常に高い学習能力を備えた筋電義手、コンテンツを30言語以上にリアルタイムで翻訳できるスマート黒板......

 これらを実現しているのはこの島に住んでいるスマート「島民」だ。

 2018年4月、張江サイエンスシティが人工知能島計画を発表すると、瞬く間に、リーディングカンパニーやイノベーション企業、イノベーション機関などが集まる場所となった。そして、2019年5月、張江人工知能島は、中国初の人工知能イノベーション応用先導区に認定され、コア技術層やデジタル技術層、スマート応用層などが一体化した整った人工知能産業生態系モデルの任務を背負うようになった。人工知能の概念が生まれて、そこに「根」を張り、応用シーンが出来上がるまでの土壌が浦東張江にあるのだ。

 それから2年が経ち、AI+ホームやAI+スマート医療、AI+安全警備、AI+交通、AI+パーク管理といった、30以上のスマート未来の応用シーンがここに集まり、IBM研究開発本部、マイクロソフトAI&IoT Insider実験室といった大手多国籍企業のほか、阿里巴巴(アリババ)上海平頭哥(T-Head)、雲従科技(CloudWalk Technology)といった企業が集結し、上海、さらには中国全土のAI産業の新たなランドマークとなっている。

 張江サイエンスシティの壮大な志はそれらだけにとどまらず、「島」から「区」に変わり、10万平方メートルの張江人工知能島を「極核」とする、波及範囲1キロメートルの張江サイエンスシティ中部のコアエリアは今後、人工知能技術の最先端企業のコア集積地となり、巨大な人工知能産業生態系が構築される見通しだ。

「島民」となる企業が続々と進出

 未来を牽引する先端的、戦略的技術としての人工知能は現在、従来型業界の発展スタイルやイノベーション勢力図、経済構造などを再構築している。しかし、技術が依然として未熟であるため、応用コストが高く、人工知能の工業応用の大規模化はまだ実現していない。リアルで効果的なシーン応用が産業発展の足かせとなっている。

 AI企業のニーズを見抜き、企業のために「シーンを作り出す」という大胆なアイデアが瞬く間に人工知能島の実施案となった。島に進出する人工知能企業は産業チェーンやパートナー関係を形成し、島には基盤技術が強い世界の大手企業のほか、シーン応用の面においてアクティブな中国国内のイノベーションの新鋭も必要で、さらに、バラエティーに富む業態の高い成長の可能性を秘めた中小企業も必要だ。

 人工知能島の敷地面積は6万6000平方メートルで、地上の総建築面積は10万平方メートル。三方が川に面しており、建物21棟で構成されている。2019年1月17日、IBM(中国)上海本部及び研究開発ビルが正式に使用開始し、人工知能島は「一人目の島民」を迎えた。

 IBMは1936年には、中国では初となる事務所を上海に構えた。その同社が人工知能島進出前には、非常に慎重な検討を重ねた。上海張江(集団)有限公司(以下「張江集団」)投資誘致サービスセンターの趙棟センター長は、「IBMを誘致するために1年近くかかった。多国籍企業はパークのオフィスや研究開発、生活環境などに対して、非常に細かい要求があり、チームはIBMに対して重点的な追跡、サービスを実施した」と振り返る。

 人工知能島が高い志と目標を持ち行動する位置づけをしているばかりでなく、IBMといった大手が進出しているため、他のリーディングカンパニーには、非常に良いシグナルが発せられることとなった。そして、マイクロソフトAI&IoT Insider実験室やアリババ上海研究開発センター、インフィニオン・テクノロジーズ中華圏本部、雲従科技といった20以上の企業、研究所が次々に進出するようになった。

 わずか1年半の間に、それら「ビッグネームの島民」である企業のロゴがパークのビルに次々と掲げられるようになり、人工知能島内の「デジタル技術層」の基盤が日に日に強化されてきた。張江集団の党委員会書記を務める袁濤会長は「島の企業は全て『生態系の一部』で、互いに協力関係を構築し、人工知能のテクノロジーエネルギーを放出し、張江、ひいては浦東の『産業エンジン』となっている。技術から産業に至るまでの整った協力生態チェーンを構築したことで、大きなインキュベータープラットフォームがあるものの、それぞれの業界が単独で活動し、『孤島』となる現象など過去の問題を解決できた」と説明する。

AI生態系の「熱帯雨林」を構築

 人工知能企業が高度に集積し、島に進出した企業の間で少しずつ化学反応が起きるようになっている。例えば、小企業が大企業から受注し、大企業が小企業に技術的指導を提供するようになっている。大企業と張江集団が共同で小企業の孵化に取り組み、パークが基本サービス誘導を担当し、企業が専門サービスを担当し、プライスウォーターハウスクーパースAI連合イノベーションセンター、ABBロボット産業イノベーションセンター、GLPテクノロジーイノベーションセンターといった6つのイノベーションセンターが波に乗って誕生した。うち、IBM Waston Build人工知能イノベーションセンターは、中国国内の企業に人工知能関連のカリキュラム80科目を提供し、大・中・小に関わらず全ての企業が、無料で同プラットフォームが提供する資源を利用できることを約束している。

 数百社の企業間で化学反応が起き、人工知能島計画のうちの「スマート応用層」が島内の豊富な応用シーンとして姿を現すようになっている。次々とやって来るAI企業を中核に、複数レベルのAI生態圏が姿を現し始め、人工知能が張江、ひいては浦東の産業高度化を牽引する新たなエンジンとなっている。

 張江サイエンスシティの重点エリアの一つとしての人工知能島の産業の相乗効果が顕著となり、イノベーションの要素が揃い、大・中・小企業の要素も豊富になり、技術や産業研究から、資本に至るまでもが相乗効果を発揮するようになっている。それにより、多国籍企業が進出して、生態系において企業の孵化を加速させる役割を担うようになっている。2020年7月、紅杉デジタルスマート産業孵化センターが人工知能島で正式にオープンした。クローズドア投融資マッチングなどのスタイルを通して、同インキュベーションセンターは上海における活動を持続的に強化している。最近は、沐曦科技や雲豹智能、奔曜科技、杉互健康、衛瓴科技といったスタートアップ企業に集中的な投資を実施した。

「島の核」として高エネルギーを放出

 ここ数年、張江人工知能島は、並大抵でない道を歩んでいる。まず、島を建設してからエリアを拡大させ、「点」から「面」へ、さらに全方位に、立体的に影響を及ぼすようにするというのが、袁会長が描く人工知能産業の発展のルートマップだ。

 人工知能島には既に企業100社以上が集まっており、うち大企業は20数社、それ以外の70数社は中小企業だ。しかし、全てのパークの建設と同じように、人工知能島の空間的キャパシティーには限界があるため、後から進出してきた企業は、島の周りに押し出される形となっていた。そこで、張江サイエンスシティは2020年7月に、「島」を「区」へと変える概念を打ち出し、浦東人工知能産業の質の高い発展のために空間的保証を提供するよう取り組むようになった。

 高エネルギー産業島の核が形成され、島外への影響力もますます強くなっている。島のリーディングカンパニーやサービス機関、大学プラットフォームなどに魅力を感じ、島に進出したくてもできない企業は積極的に島の周りのエリアに集まっている。そのため、スマート島の向かい側には人工知能ストリートができ、島の周りにある張江中区にはイノベーション企業1000社以上が集まっている。このエリアの業態はバラエティーに富んでおり、人工知能企業のほか、百度やエフ・ホフマン・ラ・ロシュといった中国内外の有名企業も数多く集まっている。

 人工知能クラスターエリアは、巨大な人工知能産業生態系を構築している。張江サイエンスシティには、上海光源や国家蛋白質科学施設といった世界一流のビッグサイエンス施設が集まっており、李政道研究所、上海科技大学といったハイレベルの科学研究イノベーションキャリアーもあり、さらに、科学会堂といった公共イベントセンターが建設中で、張江人工知能クラスターエリアに、学術交流、実践、展示に最適なプラットフォームが提供される。

 人工知能島の人工知能ロードマップがクローズド・ループを形成している。産業が高度に集まる「島の核」から影響力が周辺に波及し、さらに多くの人工知能企業が島の周辺エリアに集まるようになっている。人工知能島と張江中区に数多く集まった産業形態、科学施設が連動して、人工知能産業のエネルギーレベルや技術能力を向上させている。張江中区は居住環境が優れているため、ハイレベル人材を呼び込み、周辺のコミュニティが充実するようになり、エリア内の豊富な人工知能技術案、製品を周辺コミュニティに配置し、人工知能応用が現実の生活に溶け込み、人工知能にさらに多くの応用の機会を提供している。

 浦東張江の人工知能企業集積地としての人工知能島は今後、従来型産業にエンパワーメントするイノベーション拠点としての役割を担うようになり、インスピレーションがどんどん湧いてくる脳のように、同地の巨大なバイオ医薬品、航空、製造といった産業が融合し、その影響力が波及し、エンパワーメントしている。

 人工知能島では現在、創立当初の計画が少しずつ実現し、「島の核」として高エネルギーを放出し、張江中区は張江サイエンスシティの産業全体の高度化を駆動する原動力の源となっている。計画では、「島」から「区」へと変わった後、張江人工知能クラスターの企業数は1200社に達し、2025年にはその数が2500社を超える見込みだ。

「島」が「区」へと変わり、産業とシティが融合し、人工知能島を原点として、AIが輝いている。


本稿は、科技日報「上海張江這个"島" 縁何吸引AI巨頭共築産業生態圈」(2022年1月18日付7面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。