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【20-10】アジア通貨危機再来の懸念なし アジア開発銀行幹部が予測

2020年4月17日 小岩井 忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 新型コロナウイルス感染拡大が、アジア通貨危機のような影響をアジア・太平洋地域に及ぼす可能性は小さいという見通しを、アジア開発銀行の澤田康幸チーフエコノミストが6日、日本記者クラブ主催の記者会見で明らかにした。アジア開発銀行は3日、新型コロナウイルスの影響で2020年のアジア・太平洋地域開発途上国全体の経済成長率は2.2%に低下するものの、翌2021年には6.2%にV字回復するとの予測を公表している。「アジアの経済は堅調に推移していた。経済の基礎的条件ではない公衆衛生上の問題のために起きた経済成長率低下なので、順調な回復は可能」と、澤田氏はV字回復が予測される理由を説明した。

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インターネット回線を介し、マニラから記者会見する澤田康幸アジア開発銀行チーフエコノミスト(日本記者クラブ)

 澤田氏はさらに、経済回復を目指し、アジア開発銀行(ADB)やアジアインフラ投資銀行(AIIB)を含む多くの国際金融機関が参加するビデオ会議が何度も開かれ、どの機関がどこにどの程度の支援をするか協議が進んでいる現状も明らかにした。中には参加者が100人ものビデオ会議があったことも紹介し、「経済は順調に元に戻る」という見通しを示している。

 アジア開発銀行は3日に「アジア経済見通し2020年版」を公表した。澤田氏の記者会見は、この報告書の内容説明を目的に、マニラのアジア開発銀行と日本記者クラブの記者会見場をインターネット回線で結んで行われた。2020年のアジア・太平洋地域開発途上国全体の経済成長率を2.2%とした「アジア経済見通し2020年版」の予測は、2019年の5.2%に比べると大幅な低下。国別で見ても6.1%から2.3%に低下した中国、5.0%から4.0%に低下したインドをはじめ、すべての開発途上国で成長率の低下が見込まれている。

 一方、「アジア経済見通し2020年版」は、中国が2021年に7.3%という2019年まで続いていた水準を超える経済成長率に回復し、インドも6.2%に上昇するという予測も示している。アジア・太平洋地域開発途上国全体でも6.2%へV字回復するという予測に関して澤田氏は、アジア通貨危機をもたらした当時の状況との違いを強調した。アジア通貨危機は1997年にタイで始まり、アジア各国に自国通貨の大幅な下落と金融危機をもたらした。米国の機関投資家による通貨の空売りが発端とされている。澤田氏は、アジア通貨危機のような事態が起きる可能性が薄いとみる理由として、新型コロナウイルス感染が発生するまでアジア各国の経済は回復基調にあったことを挙げた。さらに、アジア通貨危機の経験で、アジア各国は為替レート制度をはじめ、様々な対応策を取り入れていることも付け加えている。

 ただし、2021年に経済成長率が6.2%へV字回復するという予測は、新型コロナウイルス感染が、今後3~6カ月で終息するとの見通しに立っている。澤田氏は、今後、状況次第で現在の見通しよりも経済成長が下振れし、回復が遅れる可能性があることも認めた。

中国(PRC)とインド(India)の経済成長率(%)
(2019年まで実測値、2020、2021年予測値)

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(Asian Development Outlook 2020 - Online presentation から)

 「アジア経済見通し2020年版」は、特別テーマとしてイノベーションを取り上げ、イノベーションが発展途上にあるアジア・太平洋地域の経済成長を支える主要因であることを強調している。中国、日本、韓国、シンガポールなど世界で最も革新的とされる国がある一方、その他の国のイノベーションは依然として遅れているとして、これらの国に対してイノベーションを促進するための五つの方策を示した。

 最初に重要として挙げられているのが、健全な教育システムの必要。澤田氏は、アジアの開発途上国で、10歳の子供の3人に1人が十分な読む力を身につけていないことを表したグラフを示し、「学習の危機が低所得国で大きな問題になっている」と緊急な対応の必要を指摘した。さらに起業して3年未満の起業家42人のうちイノベーション活動に関与しているのは6人に1人しかいないというデータを示し、革新的な起業家精神で突出した成長力と雇用創出力を持つ「ガゼル企業」を支援する必要も強調した。

 このほか澤田氏は、「商標権のような簡単な知的所有権から特許のようなより高度な知的所有権を重視する支援政策」、「銀行融資よりも株式市場・社債市場での資金調達」、「研究型大学と革新的企業を結びつける活気に満ちた都市」が、イノベーション創出・推進に大きな力となるとして、開発途上国の対応を求めた。

 「アジア経済見通し2020年版」が対象としているアジア・太平洋地域開発途上国の中には、香港、韓国、シンガポール、台湾のような新興工業経済地域は含まれているが、日本など先進国は入っていない。

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澤田康幸氏記者会見場の様子(日本記者クラブ)

関連サイト

日本記者クラブ「『アジア経済見通し2020年版』報告書会見 澤田康幸・アジア開発銀行(ADB)チーフエコノミスト

YouTube会見動画

アジア開発銀行「ASIAN DEVELOPMENT OUTLOOK 2020

アジア開発銀行「Asian Development Outlook 2020 - Online presentation

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