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【19-34】アジアインフラ投資銀行とは補完的関係 中尾アジア開発銀行総裁言明

2019年12月3日 小岩井 忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 任期を1年近く残し、来年1月に退任することを表明しているアジア開発銀行(ADB、本部マニラ)の中尾武彦総裁が11月28日、日本記者クラブで記者会見し、アジアインフラ投資銀行(AIIB)と補完的関係を続ける意義を強調した。中国向け融資など中国との関係維持にも積極的な考えを示した。一方、現在、中所得国向けの金利を適用している中国に対しては近々、金利を上げる対応をとることも明らかにした。

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記者会見する中尾武彦アジア開発銀行総裁(日本記者クラブ)

 中尾総裁は2013年4月に黒田東彦前総裁(現日銀総裁)の任期を引き継いでADB総裁に就任し、2016年11月に再任された(任期5年)。就任まもなく中国が提唱し、2015年に設立条件を満たして発足したAIIBとの関係をどのようにするかが、任期中の大きな仕事の一つとなった。日本は米国とともに加盟していないが、AIIBは現在、加盟が創設時の57カ国から100カ国・地域に増え、68カ国・地域から成るADBを加盟国・地域の数では上回る。 

 ADBの業務は、通常資本財源(OCR:Ordinary Capital Resources)による融資が、中所得国を対象とする一般OCRと、低所得国を対象とする譲許OCRに分かれている。中所得国とみなされるのは、一人当たり国民総所得が6,795億ドル以下を目安、低所得国は一人当たり国民総所得が1,145億ドル以下を目安とされている。このほかに、アフガニスタン、タジキスタン、島嶼国など債務負担能力の低い国に対するプロジェクトを支援するグラントがある。こちらはもう一つの財源であるアジア開発基金が用いられる。

 OCRとアジア開発基金を合わせた融資業務の2018年実績を見ると、融資契約締結額216億ドルのうち最も融資額が多いのはインドで全体の16%。2位が中国で12%、続いてバングラデシュ10%、インドネシア10%、フィリピン7%、ウズベキスタン5%、パキスタン5%、ベトナム4%、その他31%となっている。

 中尾総裁は、ADBがAIIBと対立する必要がない理由として、両者の違いを挙げた。ADBの職員数は3,374人(うち専門職員1,242人)であるのに対し、AIIBが200数十人。2018年の融資契約締結額が、AIIBの約30億ドルに対しADBは216億ドルと7倍大きい。ADBはインドや中国をはじめ加盟各国に事務所を持つ。インドや中国の事務所には70~80人の職員が常駐しており、これによって効率的な融資を可能にし、ノウハウも蓄積されている。インフラに対する貸し付けに限っているAIIBと異なり、ADBの対象は、エネルギー、運輸・交通、農業、公共部門管理、水道・都市、金融、教育、産業・貿易、保健と幅広い―。こうした事業規模や職員数の違いを紹介した上で中尾氏は、「お金は無駄に使わないという考え方は似ている。ADBのような組織がAIIBに是々非々で協力する意義はある」と同じプロジェクトに対する協調融資など既に実施している協力関係を維持する考えを明らかにした。

 今年5月4日フィジーで行われた「第52回アジア開発銀行(ADB)年次総会」で演説した麻生太郎財務相は、世界銀行が既に実施しているように国ごとの所得水準や支援対象分野に応じて融資金利を差別化するよう求めている。これは中所得国を対象とした一般OCRが適用されている中国に対する融資の金利を上げ、融資額も減らすことを求めたものだ。中尾総裁は、中国に対する金利を上げることは近々実施することを明らかにしたが、「中国がいなくなるとバランスが悪くなり、アジアにおけるADBの存在意義が低下する」と中国との関係を縮小することについては明確に否定的な考えを示した。

 中国の急激な経済成長が予想以上だったことを認める一方、中国が現在、抱える問題にも言及している。具体的に挙げたのは、相続税、固定資産税がなく、所得税も徴収できている層が薄いという中国の税制上の問題点。さらに、地方や農村が豊かになるような政策を採り続けてきた日本と異なり、工業化によって拡大した都市と農村の経済格差を是正できていない現実も指摘した。

 ADBは世界最大の貧困人口を抱えるアジア・太平洋地域の貧困削減を図り、平等な経済成長を実現することを最重要課題として1966年に設立された。通常基本財源(OCR)の出資比率(2018年末)が最も多い国は日本と米国でそれぞれ15.6%。続いて中国(6.4%)、インド(6.3%)、オーストラリア(5.8%)、インドネシア(5.4%)、カナダ(5.2%)、韓国(5.0%)、ドイツ(4.3%)、その他(30.4%)となっている。もう一つの財源であるアジア開発基金の累積供出比率のトップは。日本の38.1%。2位以下は、米国(13.8%)、オーストラリア(7.9%)、カナダ(6.0%)、ドイツ(5.7%)、英国(5.0%)、フランス(4.2%)、その他(19.3%)という順だ。日本は専門職員数も156人と最も多く、設立以来、総裁を出し続けている。

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記者会見の最後に日本記者クラブへのメッセージを読み上げる中尾武彦アジア開発銀行総裁(左)

 中国は1979年から日本の政府開発援助(ODA)の対象国となっている。2016年度までの額は有償資金協力(円借款)として3兆3,165億円,無償資金協力として1,576億円、技術協力として1,845億円に上る。しかし、日中両国政府は今後、対等なパートナーとして開発分野における対話や人材交流など新たな次元の日中協力を推進することで合意済み。2018年度で新規採択は終了し,採択済みの継続案件も2021年度末で終了することが決まっている。

関連サイト

日本記者クラブ 中尾武彦アジア開発銀行総裁記者会見(2019年11月28日)

2019年9月17日 財務省 アジア開発銀行中尾総裁の辞任についての財務大臣談話

2019年5月4日 第52回アジア開発銀行(ADB)年次総会における麻生副総理兼財務大臣総務演説

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