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【22-01】アジアの研究開発実績急上昇 全米科学理事会が現状報告

2022年01月24日 小岩井忠道(科学記者)

 全米科学理事会が米国の科学技術状況についてまとめた報告書を公表した。米国が世界の研究開発を引き続きリードする立場にあることを強調するとともに、世界の研究開発実績が米国や欧州中心から東・東南アジアや南アジアの国々へ移行しつつある現実も認める内容となっている。毎年さまざまな世界大学ランキングを公表している英国の教育誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」は18日、中国との競争が激化する中、米国が科学の役割をあらためて重要視した報告書として紹介する記事を掲載した。

 全米科学理事会が年明けに公表したのは、米国立科学財団(NSF)法に基づき2年ごとに米大統領と米議会への報告が義務付けられている報告書「科学技術指標」の一部である「米国科学技術の現状2022」。米国の科学、技術、工学、数学(STEM)教育、STEM労働力、ハイテク産業の競争力、発明・知識移転・イノベーション実績、科学技術に対する米国民の認識・意識や米国と主要国・地域の研究開発費比較などについての詳細なデータや情報を盛り込んでいる。

研究開発費の伸び中国トップ

 報告書はまず研究開発費がいくつかの国に集中しており、トップの米国(2019年の世界の研究開発費に占める比率27%)以下、中国(同22%)、日本(同7%)、ドイツ(同6%)、韓国(同4%)の順となっていることを明らかにしている。同時にこうした研究開発費の集中地域が、米国や欧州から東・東南アジアと南アジアの国々へ移行しつつあることも指摘している。

 具体的には、過去10年間に東・東南アジアと南アジア地域の研究開発費が大きく増えた結果、2000年から2019年までに世界で増加した研究開発費の46%が中国、日本、マレーシア、シンガポール、韓国、台湾、インドなど東・東南アジアと南アジア地域の国・地域によるものだったことを明らかにしている。最も多かったのが29%の中国で、23%の米国を上回った。

Contributions to growth of worldwide R&D expenditures, by selected region, country, or economy: 2000-19

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(The State of U.S Science and Engineering 2022から)

 2010年から2019年までの10年間で比べても中国の研究開発費の年平均増加率は10.6%と、米国(5.4%)を大きく上回る。世界の研究開発費に占める米国のシェアは2010年の29%から2019年に27%に低下した一方、中国のシェアは15%から22%に上昇した。中国やインドなど中所得国の科学技術論文、特許活動、知識・技術集約型産業の生産高も増えており、科学技術能力が世界中に分散している実態を裏付けている。一方、報告書は最近、中国の研究開発費の伸びが米国と同程度に減速している現状も紹介している。

Shares of worldwide R&D expenditures, by selected region, country, or economy: 2000, 2010, and 2019

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(The State of U.S Science and Engineering 2022から)

米国の抱える問題も

 米国が抱える問題点について詳しく明らかにしているのも目を引く。連邦政府による資金援助は、基礎研究、高等教育機関で行われる研究にとって特に重要と強調する一方、研究開発に対する連邦政府の資金提供額は増加しているものの、研究開発全体に占める政府の資金提供の割合は、企業の割合が伸びているのに対し過去9年間で減少している現状を重視している。

 また、米国は大学レベルでの科学、技術、工学、数学(STEM)教育では国際的な競争力で優位にあるものの、幼稚園児から高校生のSTEM分野の成績は低迷していることを認めている。経験豊富なSTEM教師の遍在など人種や民族、社会経済的地位、地域による教育環境に見られる不平等。さらに高等教育でも高い学費が多くの家庭にとって障壁となっている現状に懸念を示している。

 科学技術の知識や技能を必要とする仕事に従事するSTEM人材が、女性、黒人、ヒスパニック、ネイティブアメリカン、アラスカ先住民など特定の少数派グループに少ないという現実からも目をそらしていない。STEM人材の約5分の1を外国出身者に依存しており、特に学士号以上の学位を持つ外国生まれのSTEM労働者の半数がアジア出身で、そのほとんどがインドまたは中国出身者が占めることも重要視している。

 こうした現状を紹介するとともに報告書が強調しているのが米国の強み。米国は依然として世界の研究開発企業の重要な協力者であり、その役割は新型コロナウイルス感染拡大時にも明確になったとしている。今後の対応として、米国の研究開発企業に向けた「研究開発への投資と、得られた知識を製品やサービスに変換するイノベーション活動の支援」、「幼稚園から高校までのSTEM教育の改善」、「国内人材の訓練と教育、外国人材の採用と定着による強いSTEM労働力構築」といった支援の必要を提言している。

他の報告書も中国の躍進裏付け

 研究開発で長年、トップの地位にある米国を中国が急激に追い上げ、一部では追い抜いている現実はすでによく知られる事実となっている。英教育誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」が毎年、公表している世界大学ランキングでも数年前から中国の大学の躍進ぶりは明白。昨年9月に公表された「世界大学ランキング2022」では、清華大学、北京大学が前年よりさらに順位を上げ、アジア・太平洋地域の大学の最上位である同じ16位にランクされている。

 文部科学省 科学技術・学術政策研究所が昨年8月に公表した「科学技術指標2021」の中でも、2018年に他の研究者に引用された回数が上位10%に入る影響力が大きい論文数で中国が長年1位の座を占め続けていた米国を追い抜き世界一になったことが明らかにされている。同研究所は、2019年8月に公表した報告書「科学研究のベンチマーキング 2019 -論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況」で、国際共著論文が最も多い相手国が米国にとっては中国で、中国にとっては米国という実態も明らかにしている。

 個々の研究者の評価が高まっていることを示す報告書も昨年11月に国際情報サービス会社「クラリベイト」から公表されている。同社の学術文献引用情報データベース「Web of Science」に蓄積されている最近10年間の論文の中で他の研究者に引用された回数が多い(価値の高い)論文の筆者を世界最高峰の研究者として公表した報告書だ。選ばれた6,602人中、最も多かったのは米国の2,622人(全体の39.7%)だったが、中国からは2番目に多い935人(同14.2%)が選ばれている。2018年は7.9%だったから4年間で約2倍増だ。中国国内の論文筆者が最も多かった所属機関は中国科学院で194人、次いで清華大学の58人。中国科学院は米ハーバード大学の214人に次いで世界で2番目に多い機関となっている。香港からも昨年の60人を上回る79人が選ばれている。

関連サイト

米国立科学財団「科学技術指標

全米科学理事会報告書「科学技術の現状2022

タイムズ・ハイヤー・エデュケーション「US sees science role as collaborative hub as China rivalry grows

クラリベイト・アナリティクス・ジャパン「自然科学・社会科学分野における世界最高峰の研究者を選出した高被引用論文著者リスト2021年版発表

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