【19-23】国際共著論文でも米中2強時代に 科学技術・学術政策研究所が報告書
2019年8月15日 小岩井 忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)
国際共著論文が最も多い相手国が米国にとっては中国で、中国にとっては米国という実態が、9日公表された科学技術・学術政策研究所の報告書「科学研究のベンチマーキング 2019 -論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況」で明らかになった。論文総数、国際共著論文総数のいずれにおいても1位が米国で、中国が2位となっている。最近の激しい米中対立は、技術覇権競争。日中の研究者から聞かれるこうした主張を補強する報告書ともいえそうだ。
科学技術・学術政策研究所の報告書が、各国の研究活動を評価する上で基本データとしているのは、主要な学術誌に掲載された論文数と、論文の中でも他の論文に引用された回数が特に多い高被引用論文の数。さらに国際共著論文の数も重要視されている。
主要国の論文数の変化(件)
(「科学研究のベンチマーキング 2019 -論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況」から)
国際共著論文の数え方は二種類ある。一つの論文に対して各国に1を割り振る整数カウント法と、参加国・機関の数から算出した2分の1あるいは3分の1といった分数をそれぞれの国に割り振る分数カウント法(1論文に対する分数の合計が1)がある。「科学研究のベンチマーキング 2019 -論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況」は両方の手法で論文数を比較している。整数カウント法による主要国の論文生産数を見ると、米国が常に1位で2位以下に英国、日本、ドイツ、フランスが米国とはだいぶ差を付けられて並ぶ。こうした状態が1990年代半ばまで続いていた。ところが1990年代後半から急に論文数を増やしてきた中国が、2006年に2位に浮上する。論文生産数はその後も伸び続け、2017年には34万4,733本と、37万833本の米国に肉薄するまでに増えた。日本は1990年代半ばから約10年間、米国に次ぐ2位の座にあったものの、近年の伸びは鈍く2017年は8万521本と、英国、ドイツよりも下位の5位にとどまる。
国際共著論文数の推移
(「科学研究のベンチマーキング 2019 -論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況」から)
米国と中国の強さは、国際共著論文数からも見て取れる。2017年に米国の国際共著論文数は16万5,354本と飛び抜けて多く、中国が9万1,147本で2位だ。日本は2万7,305本と英国、ドイツ、さらにフランスより下の6位となっている。
米国の国際共著論文の24.3%が中国
研究力からみた米中2強状態を表すデータとして、「科学研究のベンチマーキング 2019 -論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況」は、米国と中国からそれぞれ出された国際共著論文の相手国を調べた表も示している。2005年から2007年の3年平均値でみると、米国の国際共著論文の共著者が最も多かった相手国は英国で、中国はドイツ、カナダに次ぐ4位。比率(シェア)でいうと英国が12.9%だったのに対し、中国は8.7%にとどまっていた。ところが2015年から2017年の3年平均値では、1位に浮上し、比率も24.3%に急増している。
米国の国際共著論文を分野別で見ると、2005-2007年時点で中国が1位だったのは8分野中、材料化学、計算機・数学、工学の3分野だった。しかし、2015-2017年には化学、物理学、環境・地球科学、基礎生命科学が加わって7分野で中国が1位となり、唯一、臨床医学だけが英国に次ぐ2位となっている。ちなみに日本は2005-2007年時点では全体で5位だったのが、2015-2017年にはさらに順位を下げ8位となった。また分野ごとで見ても8分野いずれにおいても、この10年間に米国の共著相手国としての日本の順位は低下している。例えば工学、計算機・数学の2分野は上位10位から姿を消してしまった。
米国の主要な国際共著相手国と国際共著論文に占める各国のシェア(%)
(「科学研究のベンチマーキング 2019 -論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況」から)
中国の共著論文の47.2%は米国が相手国
一方、中国から出た国際共著論文の相手国は、2005-2007年時点で既に米国が1位(比率38.5%)。2015-2017年には比率を47.2%に伸ばし、米国との共著論文がさらに飛び抜けて多くなっている。分野別で見ても2005-2007年、2015-2017年いずれにおいても8分野全て米国が国際共著論文の最も多い相手国となっている。さらに全ての分野で米国の比率は増えており、臨床医学では米国が相手国となっている国際共著論文は63.0%に上る。
ちなみに中国にとって日本は、2005-2007年時点で米国に次いで2位の国際共著論文相手国だった。しかし、2015-2017年には英国、オーストラリア、カナダ、ドイツより下位の6位に低下している。分野別でみても、この10年間に全ての分野で日本は比率を落としている。「研究活動において米中の関係性が強まっていることがうかがわれる」と、科学技術・学術政策研究所の報告書は解説している。
中国の主要な国際共著相手国と国際共著論文に占める各国のシェア(%)
(「科学研究のベンチマーキング 2019 -論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況」から)
日本にとって共著論文が多い国はどこか。2005-2007年、2015-2017年とも米国が1位で中国が2位、共著論文の50%以上が米国あるいは中国が相手国という図式は変わらない。変化が見られたのは中国の比率が増え、米国が減ったこと。分野別で見ると2005-2007年時点で国際共著論文の日本の相手国として中国の方が米国より共著論文が多かったのは材料科学だけだった。しかし、2015-2017年には、化学、計算機・数学、工学が加わって4分野で米国に代わり中国が共著相手国第1位となっている。日本の国際共著論文に占める米国の比率は長期的に減少している一方、中国の比率は増加しているということだ。
米中対立は技術覇権競争
米中貿易戦争という形で顕在化した米中両国の対立は、中国の台頭により技術的な優位が脅かされているという米国の危機意識が大きな要因。こうした声が日本や中国の研究者から聞かれる。8月6日、日本記者クラブで記者会見した森聡法政大学法学部教授は現在の米中関係を技術覇権競争と捉え、米中の対立は長引くとの中長期的見通しを示している。朱建榮東洋学園大学教授も7月22日同じ日本記者クラブの記者会見で、5G(第5世代移動通信システム)の構築で中国企業がリードしていることに対する米国の危機意識を対立の大きな要因の一つに挙げていた。
また、科学技術振興機構研究開発戦略センターが7月に公表した「研究開発の俯瞰報告書 統合版(2019年)~俯瞰と潮流~」も、「政治経済の不安定化に伴う国家間競争は科学技術の世界にも波及してきており、AI・IoT、量子、バイオテクノロジーなどの国の安全保障に関わる分野における競争はさながら国家間の技術覇権争いの様相を呈している」と記している。「これまで米欧で育まれてきた民主主義、市場原理、科学技術を規範とする価値観がグローバリズムを推し進めてきたが、米国による自国第一主義、中国の台頭等により、その価値観に揺らぎが生じている」との現状認識も示している。
関連サイト
科学技術・学術政策研究所
科学研究のベンチマーキング 2019 -論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況
科学技術振興機構 科学技術振興機構研究開発戦略センター
研究開発の俯瞰報告書)統合版(2019年)~俯瞰と潮流~
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