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【21-04】大学が高校と連携―イノベーションの「金の卵」発掘

2021年04月23日 雍 黎(科技日報記者)

10年で数千人の高校生を育成、研究成果は800件以上に

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重慶大学の材料科学実験室で、「鷹のヒナ計画」に参加する高校生に試験の内容を説明する重慶大学材料科学・工程学院の張育新教授。筆者撮影

 高校生が大学で実際の科学研究プロジェクトに参加させることによって、まず、高校生の「拿来主義」という文化や技術を他者から取り入れることに依存する心理を変えると同時に、高校生の情報検索能力や学術規範意識を高め、その総合能力、科学リテラシーを向上させることができる――張育新(重慶大学材料科学・工程学院教授)

 子供をどのように育てたら子供が科学者になれるのか、というのは、多くの親たちにとって関心の高いテーマである。ノーベル賞受賞者から、(中国科学院、中国工程院の)院士、教授など、科学界のトップで活躍する人たちは、口をそろえて「子供たちが好奇心を維持できるようにしなければならない。子供や青少年は生まれつきの科学者だ」という。

 科学に対する興味を植え付け、育てるには、幼少期から始めることが肝心である。重慶では、高校生をイノベーション人材に育成するための「鷹のヒナ計画」が実施されて、既に10年になる。重慶は現在、10年のテスト事業をベースに、イノベーション人材育成計画を手探りで推進し、小学校、中学校、高校をカバーする小中高イノベーション人材育成体系を構築、整備した。では、イノベーション教育にはどのような課題があるのだろうか? いかにして子供の頃から、イノベーション人材を育成すればよいのだろうか? そのような質問の答えを見つけようと、筆者が取材を試みた。

理念、教師陣、選抜などの面で課題が残る「金の卵」発掘

 重慶市教育科学研究院の党委員会書記を務める範卿沢・副院長は、「高等教育の段階は、イノベーション人材を鍛えるゴールデンタイムであるのに対し、基礎教育は、イノベーションの『金の卵』を発掘し、啓蒙する重要な段階である。1980年代以来、中国は、イノベーションの『金の卵』の育成模索に取り組んでいる。しかし、2018~20年の3年間、重慶市教育科学研究院は、華北、華東、西南、西北の4地域で調査・研究を展開し、イノベーションの『金の卵』育成において、目標や理念の違い、リソースの構築不足、非科学的な選抜評価などの問題が普遍的に存在していることが分かった」とする。

 重慶市教育科学研究院の王華准教授も、「目標・理念の面では、価値指向が実利化に向かっており、進学という目的を強調しすぎている。調査を通して、課題グループは、一部の学校がイノベーション人材育成を進学教育の手段としており、特別の加点をすることで、進学の下地を作っていることを発見した。『進学の上でメリットがないのであれば、子供が関連の活動に参加することに賛成できない』とする保護者も一部いる。『学問を通して真実を求める』という初心を忘れている」と指摘する。

 カリキュラム体系が整備されておらず、専門の教師が不足するというのも問題の1つだ。大部分の学校のテクノロジー系の教師は、情報技術や物理、化学、生物などの教科の教師が兼任している。各学校は、科学的、体系的、連続的に教師のイノベーション教育能力育成を実施することができていない。

 情報の非対称性、プロセスが不透明、基準が偏っているなど、選抜評価にもメカニズムが不合理という問題が存在している。中には人材選抜において、生徒の勉強の成績ばかりを強調し、イノベーション的思考やイノベーション能力に対する評価を疎かににしている学校もある。

 重慶市青少年イノベーション学院プロジェクト責任者の楊穎氏は、「以前は重慶にも、イノベーション人材育成の面における教師の不足、育成の原動力不足、育成の協力不足という3つの問題があった。しかし重慶は、イノベーション人材育成を展開する資源と人材の優位性を持っている。調査・研究によると、重慶には大学の重点実験室が102室、プロジェクト技術センターが37施設、実験教育モデルセンターが70施設、科学研究機関が100カ所ほど、ハイテク企業が数千社あるほか、重慶市第一中学など、1950年代から、イノベーション教育を展開している優秀な高校が数多くある。重慶は、青少年イノベーション人材育成の面で、一連の模索を展開している。例えば、重慶市教育委員会は、市青少年イノベーション学院の設立を承認し、同学院が市全体のイノベーション人材育成の模索と研究を担当している」と強調する。

2校で2人の教師から指導を受ける「鷹のヒナ計画」実施10年で成果が現れ始める

 重慶大学の材料科学実験室では、重慶市第一中学の高校2年生・趙晨皓さんや呉一壮さんが、実験機器を慣れた手つきで操作していた。「鷹のヒナ計画」の第10期生である彼らは、重慶大学材料科学・工程学院の張育新教授の指導の下、1年以上にわたりケイソウ土ナノコンポジットの研究を行っている。

 楊氏は、「高校段階の教育は、生徒が個性を形成し、自主発展するためのカギとなる段階だ。そのため、『鷹のヒナ計画』は、まず、高校でテスト事業をスタートしている。2011年から、重慶は市の9区・県、優秀な高校22校、市内の大学10校と共同で、『鷹のヒナ計画』を実施し、大学と高校が手を携えて青少年イノベーション人材を育成するよう取り組んでいる」と説明する。

「鷹のヒナ計画」は、一般の高校でイノベーションのポテンシャルが高く、学業の面で余力のある1年生の生徒を選抜し、育成期間は2年だ。選抜された生徒は、重慶大学、西南大学などのイノベーション人材育成拠点3カ所で一般教養教育に参加して学習、高校では特定の課題研究に必要な関連の補助的カリキュラムで学習し、大学(または科学研究機関、ハイテク企業)の実験室で特定の課題研究を展開する。このように、「2校で2人の教師から指導を受ける」というスタイルでイノベーション人材育成カリキュラムの学習を行う。

 趙さんは、「実際に自分でやってみて初めて、科学研究というのは思っているほど簡単なものではないということが分かった。以前、実験で沈殿の現象を発見し、新物質ではないかと思ったが、同じグループの先輩に『そんなに簡単に決めつけてはいけない。研究には大胆な発想が必要だが、注意深く証明することはもっと大切だ』とアドバイスされた。案の定、2回目の実験で、沈殿物は実際には不注意で入ってはいけない物質が混入したものだったと分かった」と話す。

 張教授は、「高校生を大学で実際の科学研究プロジェクトに参加させるには、まず、高校生の『拿来主義(借りもの・コピー主義)』という文化や技術を他者から取り入れることに依存する心理を変えると同時に、高校生の情報検索能力や学術規範意識を高め、その総合能力、科学リテラシーを向上させなければならない。大学の教師が高校生を指導するというのは、適材適所ではないと感じるかもしれないが、高校生の心に科学研究の種を撒くことができれば、将来の基礎研究人材育成の基礎を築くことができるのだ」との見方を示す。

 高校生が加わることで、教える側の教師も益を得ている。重慶大学航空航天学院の李衛国教授は「鷹のヒナ計画」の講師を担当している。李教授が高校生を育成する過程で、自分の打ち出した課題の仮説に対して、ある生徒が通常とは異なる新しいアプローチを打ち出した。李教授はそれを真剣に分析したうえで採用し、国家重大特定課題の申請を行った。

 統計によると、2011年以来、重慶では、「鷹のヒナ計画」により高校生3,029人を育成し、取得した研究成果は868件で、うち約380人以上が北京大学、清華大学などの推薦入学のリストに入った。また、多くの生徒が科学技術イノベーション活動に参加して、約620件の表彰・奨励を受けた。

評価体系を整備し人材育成の「有用」と「有効」の間の矛盾を解消

 西南大学付属中学イノベーション人材育成工作室の責任者・羅鍵氏は、「高校生のイノベーション能力を育てるためには、生徒の総合的素養のマルチ評価体系を構築する必要がある。イノベーション教育にとっては、育成方法のほかに、評価もカギとなる」と指摘する。

「鷹のヒナ計画」を背景に、学校はイノベーション人材育成拠点クラスを開設し、生徒の評価情報アーカイブを構築している。羅氏は、「生徒、同級生、担当教師、クラスの担任、テクノロジー指導員などの多元化、網羅的な評価を通して、学生は全面的に自己を認識し、個性的な発展を実現できる」とする。

 範副院長は、「評価体系の構築は、青少年イノベーション人材育成の『有用』と『有効』の間にある矛盾を解消してくれるだろう。今後は、イノベーション能力評価体系を構築して、参加する生徒に対して、各過程で評価を行い、生徒の小学校から高校までの成長アーカイブを構築する。そして、評価があまりに一面的になることを避け、大学が人材を選抜する際の参考材料を提供し、生徒や保護者が『テストの点数だけを重視する』という、落とし穴にはまらないよう導く」と説明する。

 楊氏は、「現在、学生の審査には過程評価を採用している。各期の生徒は、拠点学校の選定、共同選抜、課題選択、共同育成、修了評価検査の5つの部分を経験する。絶対に研究成果を出さなければならないという要求はしないが、成長アーカイブを動的に記録し、研究を行う全過程を細かくチェックし、学術規範を遵守しているか、学術的モラルを守っているか、規範的に研究を行っているかなどを入念に観察して、本当に科学研究、イノベーションが好きな『金の卵』を発見する」と説明する。

 範副院長は、「2022年までに、我々は小学校、中学校、高校を全面的にカバーするイノベーション人材育成体系を構築、整備する計画。今後は、市全体において、イノベーション教育試行校、イノベーション教育モデル校、イノベーション教育拠点校、イノベーションモデル実験室、イノベーション拠点実験室を統一して設置し、基礎教育の段階で、『種子計画』、『鷹のヒナ計画』、『英才計画』を実施して、全生徒を対象に、多様な形式のイノベーション教育活動を幅広く展開し、ピラミッド形の青少年イノベーション人材チームを構築する」と将来の計画を語った。


※本稿は、科技日報「大学牽手中学,放飛創新雛鷹」(2021年2月26日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである