日中交流の過去・現在・未来
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【19-04】「陸の時代」の日中関係のカギは歴史・文化の相互理解と中国の大国としての矜持―中央アジア・コーカサス研究所所長田中哲二氏インタビュー

2019年8月1日 孫秀蓮(アジア太平洋観光社 取材/文)

 アジアインフラ投資銀行発足にイギリスのEU離脱決定、米国にトランプ政権誕生......など世界で大きな動きが続く時代。そのような状況の中で日本と中国が共存共栄していくためには、一体何が重要なのか?日中国交正常化直後から金融・経済交流に携わってきた日銀マンで、後にキルギス共和国大統領経済顧問に就任、現在も中央アジア諸国で政府顧問・大臣顧問として活躍する金融経済学者(兼中国研究所会長)田中哲二氏に、日本と中国の理想的な未来について語っていただいた。


初めて中国に行かれたのはいつだったのでしょう?

 1973年の初夏に、日銀が派遣した第1回正式訪中団のメンバー5人の最若手として参加したのが最初。戦後すぐの頃から日中経済交流推進に尽力し、国交正常化の実現にも多大な貢献をされた岡崎嘉平太さんが日銀出身という縁もあって、中国人民銀行と日銀の交流が始まりました。この交流は後に2年に一度の実務代表団の相互派遣という形になり永続しており、そちらでも何度も訪中しました。

印象深い出来事はありましたか?

 初期の交流内容は、中国が社会主義計画経済から市場経済へ大きく舵を切るときに必要となる中央銀行の役割と金融政策のノウハウを伝えること。もし日銀のような中央銀行にするなら、留意した方がいい点や必要な法律などを議論したりすることでした。ところが、最初に会った人民銀行の信貸計画局長に「金融の話をする前に私たちは国民生活を考えなければいけません。まず、7億人(当時の中国の人口)×3食の食事を提供するのが私たちの責任です」と言われ、それがとても印象に残っています。中国は大きく深い、金融だけでなく常に国民経済全体の大枠を考えないといけないのだと感じさせた一言でした。

周恩来さんに会ったこともあるそうですね。

 日銀の大先輩・岡崎嘉平太さん、前川・三重野両総裁、大蔵省元財務官等の随行で、歴代の人民銀行行長、廖承志、汪道涵、周恩来、姚依林、田紀雲といった方々にお目に掛かっています。中国の大人(たいじん)とはこういうものかという強い印象を持ちました。特に、周恩来さんは、巨大なカリスマ性を持った懐の深い老練な外交官という印象。「中日両国は子々孫々まで互いに引っ越しできない間柄、中日友誼の確立・継続には若い世代の責任は大きい」といった内容の話をされたという記憶があります。多感な若い頃にこうした方々の直接の謦咳に接したことは非常に大きな経験でした。

近年の日本では、中国の急速な国力拡大を危惧する声もあるように思います。
田中先生はどう感じておられますか?

 確かに、日本が中国の大きな経済発展と軍事力の強化に対してある種の危惧を抱き始めていることは事実です。しかし、日中が相手を警戒し合っていたのでは東アジアの平和は成り立ちません。地政学的に隣接しているだけに紛争が起きやすい要素が多分にあるからこそ、お互いの文化や歴史を学び合い、平和実現のためには、日中間には共通の部分も多く、平和の実現は日中双方の利益に資するのだという確信を持って活動できる政治家や経済人を育成することが必要。かっての岡崎さんと周恩来さんのように、両国間で摩擦や問題が起きてもよく話し合い穏便に処理していけるような人間関係・パイプをもっと育成することが必要だと思います。

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「中央アジア調査会・一帯一路セミナー」で司会兼オルガナイザーを務める田中哲二氏(荒牧万佐行氏撮影)

中国の「一帯一路」構想とAIIB設立に関して、先生はどう思われますか。また、それによって、これから世界はどう変わり、中国と日本はどうあるべきだとお考えでしょうか?

 あくまで一つの可能性ですが、今世界は大航海時代に始まるヨーロッパ主導の「海の時代」からユーラシア大陸を陸路で人・物・金が往来する「陸の時代」へ移行しようとしている。その具体的な動きが「一帯一路」で、例えば、重慶~ドイツ・デュイスブルク間を結ぶ鉄道をはじめ、ユーラシア大陸全土が鉄道網とハイウェイで結ばれ、新しい経済圏形成に向かっている。その中心にいるのが中国です。日本はこれまで島国としてより多く海の恩恵を受けてきましたが、この政治経済の新しい動きに対し協力できる分野を明確にしてできる限り早く参加していく必要があります。

 一方、「陸の時代」の中心となる中国にとって重要なのは、まずは「海の時代」のリーダー国が陥りつつある「自国優先主義」のような自国の利益ばかりを求めるのではなく、周辺の国々や民族にも利益になるシステムを作り上げること。また、大国は「国際公共財」を提供しその活動を担保していく責務があります。AIIBはこれに当たりますが、日本は国際金融機関の健全かつ効率的運営の視点から協力していくことが必要です。大国には盛衰があります。数百年後に振り返ったとき「陸の時代を担った大国は、他の民族のことも考えて大国としての責任を果たした」と言われるような、大国としての矜持を持ってほしいと思います。また、古代ローマのような本当の意味での世界帝国になるには、文化や哲学といったものを含め、周辺と共存できるような新中国文明を発信することが大切です。

 繰り返しになりますが、日本が新経済圏に参加する上でも、中国が周辺諸国を受け入れる上でも必要不可欠なのが、アジア的なものを含め相互の文化的・歴史的理解の姿勢です。以上が、シンパシーを持ちながら長年日中問題を見続けてきたサイエンティスト・エコノミストとしての私の意見です。

田中哲二

田中 哲二(たなか てつじ)

略歴

1942年埼玉県生まれ、東京外国語大学中国語学科卒。1967年日本銀行入行、約30年間勤務。1993年日銀参事・考査役からIMF・日銀の派遣でキルギス中央銀行最高顧問、同大統領経済顧問およびカザフスタン経済・予算大臣顧問を務める。帰国後、東芝・常勤顧問、三井化学社外取締役の傍ら、国連大学学長上級顧問。現在、一般社団法人中国研究所会長、NPO法人中央アジア・コーカサス研究所所長、国士舘大学大学院客員教授など多彩な活動を続ける。専攻は日本金融論、国際金融論、開発経済論。著書に『お金の履歴書』、『キルギス大統領顧問日記』などがある。


※本稿は孫秀蓮編著『温故知新 日中交流の最前線に立つ40人』(アジア太平洋観光社、2019年)より転載したものである。