【21-04】「一人っ子政策」の転換で中国の出生率は上昇に転じるのか
2021年06月21日
柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員
略歴
1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員
一般的に人口は戦争や疫病などの影響がなければ、経済発展に伴う生活水準の上昇により緩やかに増加すると思われていたが、先進国の出生率は逆に減少し、移民の流入を除けば、人口はむしろ減少している。先進国政府は出生率を押し上げるために、育児手当など種々の政策を講じているが、期待されているほど効果が上がっていない。
それに対して、中国の人口政策は過去70年間、極端に変動してきた。毛沢東時代(1949-76年)、経済活動を支えるために、出産奨励政策が講じられた。1950年代末、間違った大躍進の工業化政策により農業が荒廃し、深刻な食糧不足により、もっとも少なく見積もっても、2,000万人以上が餓死されたといわれている。もっとも多く見積もられたのは7,000万人が犠牲になったともいわれている。
その後、経済の低迷が続き、出生制限が実施されていないが、出生率は上向くことはなかった。問題は第3次産業が停滞したため、都市部を中心に若者の就職難は深刻な社会問題となった。毛は都市部の若者を農村に下放し、彼らに対して「農民に学べ」と号令した。これは一時的な緊急避難策として有効だが、根本的に問題が解決されることはなかった。
1976年9月、毛沢東は死去した。その1か月後、夫人の江青女史をはじめとする四人組が追放された。それとともに、鄧小平が復権し、かつて毛に追放された革命世代は再び実権を握り、「改革・開放」へと大きく方針を転換した。しかし、中国の「改革・開放」がgradualism(漸進主義)と定義されているように、すぐには経済が活性化しなかった。中国政府は食糧難を克服し、若者の就職圧力を緩和するために、思い切った出生制限、すなわち、「一人っ子政策」の実施を決断した。一組の夫婦は一人の子供しか産めないという厳しい措置だった。
一人っ子政策を完全に実行するにあたり、一番の難題は農村地帯だった。農家にとり、子供は労働力であり、とくに男の子がほしい。したがって、娘が生まれた夫婦にとり、どうしても二番目の子供を産みたい。それを封じ込めるために、出産適齢期の夫婦に対する監視が強化され、強制的な不妊手術が施された。とくに、中国では、1958年に戸籍管理制度が導入され、戸籍登録と管理が徹底的に行われている。当時、居住地以外の親戚が遊びに来ても、臨時戸籍登録を行わなければならなかった。
1980年代、出生率を押し下げたことで、若者の就職難はすぐに緩和されなかったが、一般家庭の消費性向を押し上げることに成功し、経済成長に大きく寄与した。なぜ出生率が下がることで一般家庭の消費性向がよくなるのだろうか。まず、当時の中国社会はまだ高齢化していなかった。従来の場合、夫婦は2-3人子供を産むと、その分、育児コストがかかるため、生計を切り詰める必要があった。一人っ子政策下では一人の子供しか産めないため、生計には余裕が出てきて、その分、消費性向が上昇した。
常識的に見通せば、一人っ子政策は緊急避難的な政策としてやむを得ないかもしれないが、できるだけ早めに解除すべき政策である。しかし、一人っ子政策を着実に履行するために、全国的に「計画出産弁公室」といった役所が設立され、パートタイムも含めれば、600万人以上の職員が働いているといわれている。要するに「省益」を守るために、この「計画出産弁公室」は長年、一人っ子政策の解除に猛烈に抵抗していたといわれている。また、人口センサスの人口統計も多めに報告されるなどといわれている。その論理とは、一人っ子政策でも出生率がそんなに減少していないため、それを解除する必要がないということのようだ。
しかし、人口動態と出生率の論争はともかく、もっと切実な問題が迫ってきている。それは生産年齢人口(16-59歳)の減少と高齢化の進展である。中国では、2012年以降、生産年齢人口は減少に転じた。長年、中国経済を支えてきた人口ボーナスは人口オーナスになった。また、高齢化が急激に進み、社会保障基金は枯渇する可能性が出てきた。
こうしたことを背景に、2016年に中国政府は一人っ子政策を転換させ、二人目の子供の出産を認めるようになった。しかし、それでも出生率は期待されているほど上昇していない。なぜ出生率は上がらないのか。事情はやや複雑になっている。
かつて、労働力として男の子がほしかった農家の若者は都市部へ出稼ぎしているため、二人目の子供を産む余裕がない。それに対して、都市部の若者の生活はすでに先進国化しており、子供を産むよりも、生活をもっと楽しみたい。
このような時代背景のほかに、これまでの一人っ子政策の負の遺産も影響している。現在の出産適齢期の夫婦のほとんどは一人っ子同士である。標準的な家庭であれば、彼らは4人の老人の老後をケアする必要がある。そのうえ、一人の子供を出産しており、その教育費などのコストが重く伸し掛かっている。また、中国では、不動産の賃貸マーケットが発達していないため、若者は結婚するにあたって、マイホームを購入するのが一般的である。住宅ローンと自動車ローンも重い負担になっている。
したがって、政府の一方的な都合で「一人っ子政策」が「三人っ子政策」に緩和されたからといって、出生率は上昇に転じる可能性は低い。一部の専門家は中国政府に育児手当の支給を提案しているが、中国政府には資金的な余裕がないはずである。
近年の経済政策をみればわかるように、さまざまなインフラ公共投資が行われ、対外的には一帯一路関連のアフリカ諸国への巨額な経済支援が実施されている。また、社会保障基金に対して、資金を注入する必要もある。結論的に言えば、出産制限の一人っ子政策を緩和しないより緩和したほうがいいが、それほど効果を期待することができないはずである。