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【20-008】「国家安全法」香港導入への異論~「その手に乗るな」~

2020年7月08日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

米国の「挑発」に乗ってはいけない

 「その手に乗るな」。今、中国にとって大切なのは、まさにこの言葉である。

 米国は、なりふり構わず中国への圧力を強めているように見える。貿易摩擦、ファーウェイ問題、ウイグル問題そして南シナ海で対立が先鋭化している。さらに「国家安全法」の香港導入に対し香港民主化法案を決議し、「挑発」に拍車をかけているかのようだ。

 米国の中国に対する「挑発」をそのままなぞるように、日本でも「世界がコロナに追われる中、ある国の動きが混乱を深めている」といった言い回しで中国批判の報道が行われる。そこで今回の日中論壇は香港への「国家安全法」の香港導入問題を考える。

「一国二制度」の正しい理解がなく中国を批判している

 日本では多くのメディアも国民も「国家安全法」の香港導入に反対し、一国二制度をぶち壊すと批判する。最近はやりのネットの民意を使い、某女優も「国家安全法」導入反対署名をしていた。しかし筆者は「国家安全法」の香港導入は必要だと考え、敢えて異論を唱える。

 その理由には四つある。

 まず一つ目は「一国二制度」の意味である。言うまでもなくそれは「一国」の下での「二制度」である。「一国」は「二制度」の上位概念である。しからば「制度」の前に国家の「主権」が優先される。主権とそれに基づく国家基盤が安定してこその「制度」である。

 もともと「一国二制度」、中国では「一国両制」は香港返還時に中国自らの発議でイギリスと合意して導入された。それは香港返還の条件ではない。イギリスは中国を侵略した国家である。割譲地であれ、租借地であれ中国に返還すべきなのが香港で、イギリスは「二制度」を主張できる立場にはない。

 イギリスが香港を統治した時には香港総督に立法権も行政権も集中していた。今よりはるかに民主政治は遅れていた。総督は英女王により任命され英国から赴任した。

 しかも「両制」は国防、国家の安全、テロ、国の分裂を招く事項を除外している。それは「制度」の上位にある「一国」に包含される国家の主権である。香港は中国の一部で香港の安全が脅かされると中国に波及する。すなわち「中国の主権」に波及する。

 香港返還時、「一国両制」の下で「香港特別行政区基本法」が制定された。

 「香港特別行政区は中華人民共和国の不可分の地域」とし、中国憲法の下に制定されたのが「香港基本法」である。そのため中国は香港の主権を持っている。主権の中で重要なのは防衛、外交、行政長官任命である。

 イギリスでは外相経験者が中国に圧力をかける批判活動を強いるが、それは過去の侵略者側の言である。かつてイギリスはアヘン戦争やアロー号事件で中国への「砲艦外交」により中国各地を植民地にした。上海外灘では「犬と中国人は入るべからず」と書かれた看板が掲げられた。

 イギリスには中国が主権を守り国の安全を確保する行為、すなわち香港への「国家安全法」導入を批判する十分な根拠・資格は無いのではないだろうか。国家安全法で「一国二制度が壊される」という意見は「一国二制度」の意味を理解することなく論じられている。

「国家安全法」の香港導入は「一国二制度」と対立しない

 二つ目は「国家安全法は一国二制度と対立しない」。逆にそれによって「二制度」は安定し継続する。「制度」は「一国」の安定があってこそ維持できる。「一国」が不安定な状況にあれば「制度」もぐらつき、それを立て直すために「制度」への圧力が高まる。

 「香港特別行政区基本法」は香港住民による高度な自治と人権保障を認めている。

 しかし「一国両制」の「一国」が他国の干渉、暴力デモの扇動で揺らぐなら主権の確認をしなければならない。それが「国家安全法」である。それをしなければ基本法に記された高度な自治も香港住民の自由や人権保障も瓦解する。

 「国家安全法」の香港導入は香港デモが大きく影響した。香港デモは純粋な民主化デモと報道されるがそうでもない。香港には米国人権団体や米国学生が入り込み活動を支援している。人権団体と米国政府との深い関係も噂される。デモでは暴力行為と共に「香港独立」も掲げられている。まさに「一国、主権」に関わる事態である。警官による黒人殺害のデモに対し、米司法長官はデモには海外から活動家が入り込んでいると述べた。トランプ大統領はデモをテロとも言う。皮肉なことに米国はそれが自身に降りかかれば二枚舌になる。

 「国家安全法」の導入で外国政府に通じる人権団体や外国人の香港や中国本土への政治的干渉を防ぐことができる。その安心があれば「香港特別行政区基本法」どおりに「二制度」を維持することができ、それを変える必要もない。

 本来、香港に限らず「国家安全法」の考え方はどこの国にとっても大切である。世界のどこを見ても国家の転覆を狙う行為が許されないのは言うまでもないことである。日本でもテロやスパイ活動に対し公安調査庁は陣容を整え調査、取り締まりを行う。

 しかしそれを香港に導入となると途端に拒否反応が出る。なぜか。

 「国家安全法」が「独裁の中国」と「自由な香港」の極端な対比で論じられるからである。日本のニュース報道で度々登場するのは学生デモを率いる日本語を話す女子学生リーダーである。その映像で「気の毒でかわいそうな香港」が目に飛び込む。伝えるキャスターの言葉も「香港人が追い詰められている」「香港が香港でなくなる日が近づいている」となって「怖い中国」「独裁の中国」が演出される。

 「国家安全法」の香港導入をめぐる欧米の反応もしかりである。「国家安全法」の導入は「一国」の下での当然の法制であるのに、それが感情的にも意図的にも「一国二制度」の崩壊に結び付けられている。先に述べたように香港をイギリスが統治した時代は立法も行政も本国から委任、派遣された総督が握っていた。それこそ「独裁体制下の香港」だったのではないのか。その時代に日本のメディアで疑問を投げかけ「香港の民主化」を訴えたメディアがあったのか。先の大戦で戦争を賛美し、終われば180度転換する。同じことが今、香港をめぐり行われている。

 筆者は日中論壇で「中国は独裁国ではない」(20-001)と述べた。

 一番端的な一例は、中国人の海外旅行者数は2018年には年間1.6億人、コロナ問題がなければ2億人時代を迎える。独裁国でそんなことがあるはずはない。

 また香港ほど自由なところも世界で数少ない。学生の日常生活で自由に支障をきたしているとも思えない。香港の街頭では常時、「法輪功」が中国批判をしている。中国の主権下にある香港でそれが許されている。

 筆者には香港の学生達が、自らの豊かな生活を壊されないためにデモをしているようにも見える。もちろんそれも否定することではないかも知れない。だが香港には自由の一方で大きな社会矛盾もある。それはイギリスの統治時代から続き、多くの超富裕層が存在する一方で住居にも困窮する人も多い。香港島の海辺、アバディーンに行けば目を見張る大型クルーザーが所狭し、と並ぶ。しかし九龍では崩壊しそうな建物の狭い部屋で暮らす人も多い。

 2018年、香港の就業者は386.7万人である。そのうち毎月の収入が5,000香港ドル未満の人が47.1万人、全体の12.2%を占め、その10倍以上、50,000香港ドル以上の人が39.2万人で10.2%を占める。月100,000香港ドル以上に限れば9.5万人である。香港にはかなりの規模の裏社会が存在する。それを考えると現実の格差はさらに大きく拡大するだろう。

 日本のメディアは中国の格差は大きく取り上げるが、さらにひどい香港や米国の格差をどうして大きく取り上げないのかそれも不思議だ。

 なぜ学生はそんな矛盾に目をむけ、中国政府に協力を呼び掛けて香港社会の民生改革に若いエネルギーを注ごうとしないのか。デモにより多くの人が職を奪われさらにコロナが拍車をかけている。香港学生デモは困窮する人に追い打ちをかけ足蹴にして踏みつけているようにも見える。やはりそこには外国からの大きな力も働いているのだろう。

 先の日中論壇(20-002)で「香港デモ」はイソップ物語の「北風と太陽」と述べた。デモと外国からの干渉は、中国にとっては主権を脅かす北風である。北風を断ち切り外国の政治的干渉を受けないためにも「国家安全法」が必要であると筆者は思う。

 日本では、多くの政治家にとっても国民にとっても「中国侵略」は「遠い昔話」である。いや「昔話」として思い浮かばない人も多い。だが、「侵略された国家」の立場にたてばその疑念は、簡単に消え去らないことも少しは考えるべきである。

香港の安定は中国式民主化に貢献する

 三つ目は「香港の安定は中国式民主化」に貢献する。

 「中国は独裁国」という報道の一方で、日本や米国のメディアの多くが決して伝えないことがある。それは改革開放後の中国社会の変化である。

 改革開放で変わったのは経済だけではない。中国の社会制度も大きく変わり、中国人の生活自由度は格段に向上した。就学、就職、住居、財産の私有や自由な旅行など。1980年代と比べても自由度は歴然と向上している。しかし多くのメディアはそんな中国社会の変化を報じることなく「独裁の中国」ばかりに目を向けさせている。

 まるで米国政府による中国叩きに加担しているようにも見える。

 筆者は「一国二制度」は香港だけの利点でなく、双方が混じり合い中国の社会の進歩に貢献する制度でもあると考えている。

 筆者は自著『中国はなぜ成長しどこに向かうか、そして日本は』の中で次のように述べた。「中国は巨大人口の多民族国家で、貧困から脱するために市場経済に転換した国である。そこに必要なのはまず体制の安定である。民主化よりも貧しさから抜け出すことが中国人の切実な願いだった。そこで必要なのは経済建設である。だが、巨大人口を抱える国の経済建設には非常に困難が伴う。一歩間違えば、国が混乱するリスクもある。貧困と政治闘争から内戦に突入する国も多い。人口が巨大であるだけ混乱の影響は計り知れない。その混乱は多くの国も巻き込む。広大な国土と巨大人口、他民族、多数の国と国境を接する国、侵略を受け植民地化を経験した国、経済発展が遅れ国民が共に貧しかった国、これらを考える時、中国の民主化は他国が軽々しく一般論で語れるものではない。その民主化の過程は〈中国式〉でなければならない。先進国の〈民主化〉を中国に当てはめてはならない。中国の政治は常に巨大人口の圧力と対峙していることを考えるべきと思う。その体験も無い国が軽々に民主化を中国に求めるべきではない」「日本が中国との友好を深めるには中国の平和主義への理解が大切である。そのためには中国の〈異質性〉〈独自の道〉の理解が必要である。日本は〈同調〉を好とする社会で〈異質〉への理解が弱い。一方中国は〈異質)との共存の社会である。民族、言葉、習慣、気候、巨大人口も日本から見れば全く〈異質〉である。イギリスや日本による〈侵略〉も〈異質の歴史〉である。〈共産主義〉〈貧困〉も〈異質の歴史〉〈侵略〉が生み出した一面もある。日本人の多くは中国を独裁、非民主的と批判する。しかしそれを生み出したのは帝国主義による中国侵略でもある。多くの日本人はそれも忘れ〈中国なんて〉と批判する。批判は自身の顔に唾を吐いている」

 「国家安全法」の香港導入を批判する前に、かつて日本も香港を侵略し占領したことも考えるべきである。

 中国の民主化には長い時間が必要で、それが「中国式」である。「一国」の下に「二つの制度」があればお互いに影響を受ける。それは「香港の自由が壊される」ことでなく双方が「琴瑟相和す」ように長い時間をかけて融合していくことである。事実、中国は珠海横琴新区など自由貿易区で、経済だけでなくより自由な社会活動も導入しようとしている。香港学生デモは、それら民主化への動きも潰すことになりかねない。香港が米国やイギリスなど外国の政治的干渉を受けず「一国」の安定のもとで、時間をかけて「二制度」が融合していくべきである。そのためにも「国家安全法」の香港導入は大切であると筆者は考える。

「国家安全法」の導入は香港の社会経済的地位を高める

 四つ目は「国家安全法の導入は香港の社会経済的地位を高める」。香港に「国家安全法」が導入されると香港の国際金融センター機能は低下し、多くの企業がシンガポールや台湾に移ると説く論者、メディアも多い。しかしその考えは単純すぎる。香港の金融貿易センターは中国経済との密接なつながりと人的交流の上で機能している。中国から離れての金融センターは成り立たないし、近い時期にGDPで世界のトップになる中国と香港の経済交流は深まる。それは香港の価値をさらに高める。

 この欄で述べた粤港澳大湾区(広東、香港、マカオベイエリア)(19-003)がまさにその象徴である。香港の機能低下云々は米国の中国台頭へのあせりから発せられる言葉であると筆者は考える。

 「国家安全法」の導入で香港デモ時の混乱から抜け出せば香港社会も経済も安定する。

 もちろん香港から去る企業や人も出るだろう。しかしその多くは香港の租税優遇を利用したり、香港から租税回避地に資金を動かすことで一儲けを企んだ企業である。香港の闇、裏の世界で財産を築いてきた人達である。それを「香港の自由が奪われる」という言葉で語るべきではない。

 それらの企業が香港から去っても中国に影響は少ない。金融センター機能の背後には情報機能がある。さらにそれは実物経済の世界とつながる。それらは中国と接する中で機能してこそ価値がある。2018年、香港から中国内地への輸出額は香港の全輸出の55%を占める。

 さらに同年の香港への旅行者のうち78.3%が中国内地からの旅行者である。

 一帯一路や粤港澳大湾区が順調に進めば香港の価値も高まる。

 さらに中国は各地に自由貿易区をつくり香港対策も行っている。

 「世界トップの経済」を棄ててシンガポールに移る企業は殆ど存在しないだろう。ましてよほどのへそ曲がり企業は別にして台湾に移る企業などあるはずもない。

 日本では「国家安全法」の香港導入をめぐり与野党議員も参加して香港学生運動リーダーとの連携シンポジュウムも行われている。少なくとも国会議員は一般人がネットでクリックして賛同するような軽い考えでなく、「一国二制度」の意味や香港デモの背景にある真実、14億人もの人口の中国の民主化など深い洞察力を持ち行動しなければならないと思う。