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【21-001】上海の奇跡

2021年01月28日

和中 清

和中 清: 株式会社インフォーム代表取締役

1946年生まれ。同志社大学卒業後、監査法人や経営コンサルティング会社などを経て1985年、株式会社インフォーム設立、代表取締役。1991年から上海に事務所を置いて日本企業への中国事業協力に取り組むとともに、多くのの著作を発表して経済成長の初期から日本企業に市場の中国を訴え、自らも中国で販売会社をつくり日本製品の直接販売事業を進めた。また1994年に「上海ビジネス研究会」を設立するなど、長く日本の企業への中国ビジネス教育を進めた。
中国で出版された「奇跡 発展背後的中国経験」は2019年の国家シルクロード書香工程の"外国人が書く中国"プロジェクトで傑出創作奨を受賞。
また現在、"感動中国100"(kando-chugoku.net)にて中国の秘境、自然の100カ所紹介に取り組んでいる。

主な著書

  • 『上海投資戦略』(インフォーム、1992年)
  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国マーケットに日本を売り込め』(明日香出版社、2004年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『仕組まれた中国との対立』(クロスメディア・パブリッシング、2015年)
  • 『中国はなぜ成長し、どこに向かうか、そして日本は』(クロスメディア・パブリッシング、2019年)他

30年を振り返って

 上海浦東開発開放30周年にあたり習近平主席が重要講話を発表した。主な内容は鄧小平氏の浦東開発への功績を称えると共に後の指導者によって浦東開発が長江デルタの広域開発へと発展した30年の成果と業績を評価するとともに、浦東の次の新しい5つの任務が語られた。

1) 今後も浦東が中国創新のエンジンとして進むこと

2) 今後も新機軸を試み浦東の先進性で地域を先導すること

3) より高度な開放を試み、国際競争力を高めること

4) 長江デルタ一体化と資金、情報、人材面でさらに国際化を推進し金融システムと国際貿易のパイオニアとなること

5) 現代的都市管理サービス、都市サービスのモデル都市になること

 筆者も30年間、上海開発を見続けた人間の一人としてCGTN(China Global Television Network)や新華網から取材を受けた。CGTNの取材では浦東開発30年を振り返り次のように述べた。

「経済特区の深圳は中国の改革開放の象徴だが、上海浦東開発はそれ以上の大きなインパクトがあった。深圳は特区の実験場だったが浦東開発は中国が本腰を入れ改革開放に進むという衝撃を世界に与えた。それは、日本はもとより世界に中国の変化への希望をもたらした。その希望はアジアの時代、中国の時代の到来を予感させるインパクトにもなった。90年代初頭、日本では改革開放を半信半疑で、社会主義と市場経済は水と油、論理の矛盾で中国は崩壊すると説く右派知識人が多数いた。しかしそれを払拭したのが次々に建設された上海の道路、橋、ビル群だった。その姿は改革開放を象徴するように世界の人々の目に飛び込んだ。筆者も運営に関わった徳島のアイリス社は外資第1号で浦東開発区に進出したが、小さな下着縫製工場の落成式典に当時の上海市長、後に常務委員となった黄菊氏が列席するほど、当時の上海は熱気に包まれていた。日本の中国投資が急速に拡大したのは1993年からだが、それを牽引したのが浦東開発で、浦東から全国の開発区に改革開放が波及した。当時、日本では中国の法律の未整備など多くの問題が指摘されたが、12億もの人口が豊かさを求めて市場経済に向かい、さらに2免3減(利益計上後2年間免税、3年間半免)の優遇政策までついている。世界のどこを見ても、そんなすばらしいビジネス環境は見当たらなかった。上海は昔、魔都と言われエトランゼの街で世界の人々があこがれた国際都市だった。かつては中国のGDPの4分の1を占めた。そんな上海が長く沈滞したが浦東開発によって希望が見えた。当時、上海人は揚子江を龍、上海を龍の頭に例え、上海開発でいつか巨竜が世界に羽ばたくと話した。浦東開発は上海人、中国人の心に大きな夢を与えた。筆者が1991年に見た外灘からの浦東の風景は東方明珠テレビ塔を支える杭だけだったが、90年代の後半には世界の5分の1のクレーンが上海に集まったと言われたように上海の街は激変した。これは世界の人に中国の躍動感、中国の時代を感じさせた」

 筆者は30年の上海開発を振り返り、それは計算された奇跡だったと思う。浦東開発が始まった時、多くの上海人が熱く上海の未来像を語ったが、まさか30年で上海の街がこれほどまで変わるとは筆者も思っていなかった。だがそれは周到に計算された奇跡でもあった。

 浦東開発、上海開発は巧みな戦略的開発だった。まず上海は地理的にも中国の臍、長い海岸線の中央にある。また長江を背骨、長い海岸線を手とするなら上海は頭である。広大な中国大陸の東端に位置し、嘗て世界の注目を集め、エキゾチックな雰囲気が漂う国際都市、アジアを代表するエトランゼの都市が上海で、改革開放を世界にアピールするには最適な都市である。上海から発信された情報はその地の利ゆえにすぐに全国に伝わる。上海ファッションは中国をリードし、上海のビジネススタイルも全国に波及する。古い上海の下町、石庫門を改造した新天地は多くの都市に影響を与え各地に新天地が生まれた。まさに中国の未来像を描ける都市が上海だった。上海には"魔都"の時代からの歴史の重みとそこで暮らす人々の生活の年輪があった。中国政府はそんな上海を戦略的に利用し改革開放を世界にアピールする舞台とした。浦東空港に着くと時速430㎞で疾駆するリニアモーターカーが出迎える。摩天楼が林立し年々姿を変える外灘の夜景、租界時代の建物と摩天楼が並び立つ姿に世界から訪れた人々は驚き、その風景に酔った。それはまるで劇場都市、上海の街全体がテーマパークのようでもあった。上海が香港に匹敵する国際金融貿易都市に生まれ変わる姿は正に世界の人々に中国の時代の到来を予感させた。中国政府は浦東を舞台に計算された奇跡を演出した。

上海のGDPが東京を超える日

 次の表は全国のGDPに対する上海の割合の推移を表わしたものである。

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 1990年に上海のGDPが中国のGDPに占める比率は4.13%だった。上海開発が始まり1995年から上海のGDPは拡大して2004年には5%に高まり中国の成長を牽引した。そして経済開発が内陸に波及すると共に比率は低下し2019年には3.9%になっている。

 そんな上海の奇跡はこれからどうなっていくのか。それを考えるために上海のGDPと東京のGDPを比較してみる。

 次のグラフは上海と東京のGDPを毎年の為替レートでドルに換算し比較したものである。

 1990年の上海のGDPは164億ドル、東京のGDPは5,344億ドルで上海は東京の僅か0.3%だった。しかし2010年には23%、2017年に48%になり、直近ではコロナの影響もあり60%近くになっていると思われる。為替レートの影響もあるが0%から23%に20年、23%から60%には僅か10年である。

 筆者はJSTの研究論文「中国企業・産業のコロナ感染症後への対応と日本企業のあり方」で、2035年に中国の人口の3分の1である4.5億人が日本人より豊かになると述べたが、2035年を待たずに2030年には上海のGDPは東京を超えるだろう。日本経済は東京集中である。東京という1台の機関車は金属疲労が起きて馬力も低下し、何台もの機関車が率いる中国経済に勝てる筈もない。中国は多くの都市が競う経済で、その相乗効果で上海も成長を続ける。2030年に上海は東京を抜きアジアを代表する国際都市になりゼロから出発した上海の奇跡は続く。

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(上海統計年鑑、東京都資料より計算)

情報化とサービス経済

 これからの上海経済のポイントは次の3点と考える。

 1. 情報化とサービス経済

 2. 国際化

 3. 消費経済

 まず情報化とサービス経済である。次の二つのグラフは2012年と2019年の上海のGDPの産業別構成並びに業種別構成を表わす。

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 2012年に60%だった第三次産業の比率は2019年に73%にまで高まっている。これは北京に次ぐ高い数値であるが、北京は政治の街、もともと工業分野の比率が低いことを考えると驚異的な変化である。また業種別に目立った変化をしたのは金融業でその生産額は6,600億元、2019年の第三次産業のGDP、2兆7,752億元の24%を占め、前年比では11.6%増加した。その他項目も高い増加率であるが、これには主に情報関連産業が貢献していると思われる。2019年の情報産業のGDPは4,095億元、前年比10.1%の増加である。そのうち情報サービスは2,863億元、15%の増加だった。

 既に上海では1,000万戸の家庭で光ファイバー通信が可能で、4G通信契約数は3,583万(2019年)に達している。さらに2019年末まで16,672局の5G基地局の設置を終えて市中心区と郊外主要区で5G通信が可能となっている。

 先に述べた五中全会の「国民経済と社会発展第十四・五年計画と2035年長期目標」で100の施策が掲げられたが、その中に「インターネットと人工知能の産業融合と高度化」「現代サービス業と先進製造業及び現代農業の融合発展」「消費新モデルと新業態の発展」「サービス業活性化」があるが、これらは全てĪTによる情報社会の発展を前提にしたものである。BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)も情報を武器にユニコーン(評価額10億ドル以上の非上場企業)に投資し新分野、新市場開拓を積極的に進めている。日本企業もパナソニックのようにスマート家電の開発や、ĪoT(Internet of Things)家電(洗濯機や中国限定の美容ドライヤー、デジタルヘルスと健康測定便座など)とEC(Electronic Commerce)の連携など情報化社会の一層の進展を見越して情報産業との融合発展に中国での活路を見出そうとしている。上海や深圳はその動きの中心である。

さらなる国際化

 上海の国際化は次の三つの要素でさらに進む。一つは海外から上海に来る旅行者が増加し国際化に拍車がかかる。

 先ず中国全体の訪問外国人数を確認する。中国を訪問した外国人数は次のグラフのように推移している。

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 次のグラフは主な国の訪問者数の2005年と2018年を比較したものである。

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 2005年と比べ中国への訪問者が減少した国は日本だけである。筆者はこれを日本の大きな問題と考えるが、それはJSTの研究論文「中国企業・産業のコロナ感染症後への対応と日本企業のあり方」で述べているのでそれを参照していただきたい。

 2018年の中国訪問外国人総数は3,054万人である。それを訪日外国人と比較すれば、同年の訪日外国人数は3,188万人で若干、日本が上回る。しかし日本への訪問者の30%、959万人は中国人である。2018年の香港、マカオ、台湾及び日本からの旅行者を除く中国を訪れた外国人数は2,785万人である。

 一方、中国、台湾からの旅行者を除く訪日外国人は1,390万人である。海外からの旅行者数を国際化の一つとして考えた場合、どちらがより国際化が進展しているかは明白である。そんな中国にあっても上海は海外からの旅行者と旅行者による収入が最も多い都市である。上海への国別訪問者数は次のグラフのように推移している。

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 2019年の上海への香港、台湾、マカオを含む訪問者数は897万人、それらを除く外国人訪問数は692万人で北京を上回り中国の都市ではトップである。

 一方、2019年の中国人の海外旅行者は1.6億人ほどであるが海外旅行者数の上位地域は上海、北京、江蘇省、浙江省、広東省でこの面からも上海の国際化に拍車がかかる。

 上海は内からも外からも常に海外と直に接触している真にエトランゼの都市である。

 上海の国際化に関する二つ目の要因は貿易である。2019年の上海税関の貨物輸出入総額は、8兆4,268億元で世界の都市税関でトップである。

 次のグラフは上海と主要国の貨物輸出入額を表わす。

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 中米貿易摩擦で2019年は米国との貿易額は輸出で10.9%、輸入で10.3%減少したが、EU貿易は輸出で2.6%減少したものの輸入は5.8%の増加、アセアン貿易は輸出が6.7%増加、輸入が14.5%の増加、台湾貿易は輸出で37.4%の増加、輸入は11.3%の増加、韓国貿易は輸出で7.1%の増加、輸入は5.5%の減少、一帯一路沿線国貿易は輸出が5.9%の増加、輸入は12.1%の増加だった。

 中国は2020年に日中韓並びにアセアン諸国との包括的経済連携(RCEP)に調印した。さらにEUとの投資協定締結にも基本合意した。中米貿易のリスク緩和に対し着々と手を打ち揺るぎない国際化を進めている。上海はその先兵の役割を担っている。

 そして今後はさらに加工貿易の比率は縮小し一般貿易の比重が増して貿易による上海の付加価値獲得額は増し、他方、外資投資の拡大で外資企業の輸出割合も増加する。

 また今後さらに拡大すると予想される貿易に中国からロシア、欧州に向かう国際貨物列車、"中欧班列"による貿易がある。次の表は"中欧班列"の列車本数の推移である。

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(中国一帯一路網、中国新聞網より)

"中欧班列"は今、欧州21か国、92都市に運行している。

 昨年12月2日にトヨタの自動車部品を積んだ船が名古屋港を出港し、上海から揚子江に入って武漢で"中欧班列"に積み替えて12月28日にドイツに到着した。今後その日数は22日になる予定で、日本から船で欧州に運ぶほぼ2分の1の日数である。"中欧班列"は年々規模だけでなく内容も充実させている。

 上海を中心とする長江デルタの各都市、義烏、蘇州、南京、上海などからモスクワ、欧州各都市への"中欧班列"も拡大している。浙江省の雑貨の街、義烏からの"義新欧"と呼ばれる列車は昨年のコロナ禍でも前年比90%増の974列車が運行した。

 上海から出発する"滬欧通"と呼ばれる列車はドイツまでは1万㎞を15日で走り、ロシアや欧州への電子関連製品の積載が増加している。

 上海は陸海空の貿易の要の都市である。

 上海の国際化の三つ目は外資投資である。次のグラフは上海の外資実際投資額の推移である。

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 2018年に自由貿易試験区が設置され、さらに金融、貿易、情報分野での都市機能の高まりと共に、上海にアジア総本部やアジア研究開発本部を設置する企業の動きが鮮明になり、2019年には過去最大の190.5億ドルの外資投資を達成した。しかも投資の90.7%が第三次産業の投資で、中でも計算機サービスとソフト分野の投資は前年比64%の増加、情報・運輸は24%の増加、リースとビジネスサービスは11%の増加で、この3分野で外資実際投資の56%を占める。

 国別では米国の投資が前年比30%増加し、シンガポールの投資が62%増加した。日本は4.7%の増加だった。先に述べたJSTの研究論文「中国企業・産業のコロナ感染症後への対応と日本企業のあり方」で筆者は「中国が豊かになり質的にも量的にも消費が拡大する"いよいよ"の時に日本は中国から遠ざかっている」と述べたが、世界がさらなる上海の奇跡に対応する時に日本が後れをとることが懸念される。

国際消費中心都市への発展

 さらに続く上海の奇跡を象徴するのが消費である。次のグラフは上海と北京の社会消費品小売総額の推移と1990年に対する2019年の倍率を表わす。

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 中国の大消費都市の上海と北京が競い合うように消費を高めている。

2019年の上海の社会消費品小売総額は1兆5,848億元、中国全体の3.88%を占める。2000年のその比率は4.8%だったが他都市の成長で比率は下がったが、上海は北京を上回る中国一の大消費都市である。

 昨年のコロナ禍で中国全体の社会消費品小売総額は11月までの累計で35兆1,415億元、前年比4.8%減少したが、上海の社会消費品小売総額は1兆4,235億元で前年比0.7%の減少に止まり、北京は1兆2,284億元で9.6%の減少だった。上海のホテル・飲食業売上が前年比21%減少したことを考えると上海の一般商品の消費はコロナ禍でも堅調だったことがわかる。

 次のグラフは上海の都市住民一人平均可処分所得の推移、表は中国の都市住民一人平均可処分所得の低所得から高所得までの5等分での2013年に対する2019年の倍率である。

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 先に2035年に中国の4.5億人が日本人より豊かになると述べた。それは、中国では上位層から中間層、下位層まで所得が拡大すると共に中間層が拡大するからである。一方で日本では中間層が減少し所得格差が拡大する。コロナ禍がそれに拍車をかけて金融バブルで潤う人と所得が減少する人に分かれる。また金融バブルは経済実態から乖離しバブル崩壊の再来リスクも抱えるが、中国では上記の表のように各層の増加率がほぼ均衡している。そのため中間層の所得拡大に伴い住宅、自動車、家電の消費も増え続ける。

 五中全会の「国民経済と社会発展第十四・五年計画と2035年長期目標」の施策には「国際消費中心都市の育成」がある。上海はĪT化が進み情報社会の発展には有利な位置にある。「インターネットと人口知能の産業融合と高度化」や「消費新モデルと新業態の発展」、「サービス業活性化」も全所帯的な所得増加による消費拡大があってこそ進展する。

 所得拡大と情報社会の進展の相乗効果で上海は情報と金融貿易都市、国際消費中心都市として成長し、これからも上海の奇跡が続く。