【24-47】未来を予感させる量子インターネット(その2)
劉 霞(科技日報記者) 2024年05月31日
米ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の科学者らが、室温下における量子メモリーネットワークの構築に成功した。量子メモリーは量子インターネットの基礎的技術であるため、この研究成果により、量子インターネットの実現がまた一歩近づいたことになる。
(その1 よりつづき)
大規模ネットワーク構築への道のりは遠い
人々の大きな期待を背負う量子インターネットだが、それを実現するには、まだ多くの高いハードルを越えなければならない。
中山大学電子・通信工程学院の孫仕海教授は「量子インターネットの実現には、数多くの重要技術のブレイクスルーが必要だ。まず、量子インターネットと従来型インターネットは、プロトコルやアーキテクチャという面で一定の違いがあり、効果的な量子インターネットのアーキテクチャをどのようにして構築するかについては、まだ研究段階だ。次に、現時点で量子通信ネットワークの研究と構築は主に、量子鍵配送などのセキュリティ関連の分野で、データをどのようにして安全に伝送するかの研究段階に集中しており、通信ネットワークアーキテクチャの研究はまだ十分進んでいない」と説明した。
そして、「量子インターネットの構築には、量子ストレージや量子リレーなどのブレイクスルーが必要であるほか、高輝度エンタングルメント源、高性能単一光子検出、光・電気集積量子状態変調・復調チップ、量子デバイス用プログラミングソフトウェアなどのブレイクスルーも急務だ。デバイスの体積、消費電力、コストなどを低下させ、大規模ネットワーク構築のニーズを満たす必要がある」と指摘した。
米ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の科学者、エデン・フィゲロア氏率いるチームの研究は、まさに量子メモリー分野で遂げた最新の進展だ。フィゲロア氏は「近年構築されてきた量子ネットワークは、絶対零度まで温度を下げなければ作動しないため、実用の足かせとなっていた。しかし、私たちの最新研究成果は、従来の成果よりも実行性が優れている。ただ、室温下では、量子ビットを0コンマ数秒しか保存できない。一方で、他の科学者は、極めて低い温度下で量子ビットを1時間以上保存できる」と説明した。
さらに大規模な量子ネットワークを構築するためには、課題が山積みとなっている。専門家によると、量子情報は光子によって運ばれ、光ファイバーを通して伝送される。これは従来型インターネットと同じだ。しかし、光子は最大で50~150km伝送すると吸収されてしまう。そのため現在、科学者が構築できるのは大都市規模の量子ネットワークのみで、1つの国、または世界規模の量子ネットワークは構築できない。
そのため、フィゲロア氏が率いるチームは今後、量子中継器の開発を計画している。量子信号の伝送距離を伸ばすことができる中継器は、大規模な量子インターネットの構築にとってプラスとなる。
複数の国が量子インターネットの開発に注力
仏紙「レゼコー」の報道によると、さらに大規模な量子インターネットを構築すべく、複数の大企業やスタートアップ企業、および大学、科学研究機関が2023年4月に「フランス量子通信ネットワーク」という30カ月に及ぶ計画を制定し、「量子ネットワーク」という未来型通信システムの構築に取り組んでいる。
2023年、EUも「量子インターネット・アライアンス」というプロジェクトを立ち上げ、欧州各地の研究機関や企業を集結させた。同プロジェクトは、2026年3月末までの3年間に、2400万ユーロ(1ユーロ=約171円)の資金が投じられる計画になっている。EUでは既に、類似の27プロジェクトの実験が行われている。仏ソルボンヌ大学のジュリアン・ローラ物理学教授は「こうしたプロジェクトは、先進国のインフラを発展させた後、欧州でより大きくつながった一つの量子ネットワークを構築することを目的としている」と説明した。
科学者は、世界の複数の地域でも量子インターネット関連の実験を次々と展開している。例えば、欧州のウェブサイト「Modern Diplomacy」の報道によると、2023年5月、オーストリア・インスブルック大学の研究チームは、量子物理学原理を利用して、長さ50キロの光ファイバーケーブルに沿って量子情報を送信することに成功した。
また、米科学月刊誌「ポピュラー・サイエンス」のウェブサイトによると、Amazon Web Servicesとハーバード大学は共同で量子インターネット技術のテスト・開発を行っており、実験中の量子ネットワークは、光子を利用して長距離量子通信を実現している。
2022年夏、シカゴ大学の量子研究チームは、量子情報を送信するテストに使用する長さ約200キロの量子ネットワークを発表した。2023年、中国科学院院士(アカデミー会員)で中国科学技術大学の潘建偉教授らは、光ファイバーで1002キロのポイントツーポイント長距離量子鍵配送に成功し、中継器を通さない光ファイバーによる量子鍵配送距離の世界記録を塗り替えたほか、都市間量子通信高速バックボーンソリューションも提供した。
科学者は、世界各地で実験が行われている量子通信ネットワークを光ファイバーと衛星を通じて連結し、最終的には世界規模となる量子インターネットの雛形を作り上げることを目標としている。
量子インターネットが将来、世界にどんな劇的な変化をもたらすかは、進展を見守るしかない。シカゴ大学量子研究チームのグラント・スミス氏が述べたように、インターネットの雛形が初めて発表された時は、EC(電子商取引)が登場することを誰も予想していなかった。量子インターネットの全ての潜在的用途も、今予想することはできないだろう。
孫氏は「もちろん、量子インターネットが従来型インターネットに完全に取って代わることはない。量子インターネット時代に突入しても、ネットワークの中には、従来型センサーとコンピューティングモジュールが存在するはずだ」と見解を述べた。
※本稿は、科技日報「量子互联网:小荷已露尖尖角」(2024年3月22日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。