アフターコロナ時代の日中経済関係
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【21-09】中国デジタル化の優位性と課題:「エコシステムの形成」からの分析(その1)

2021年02月26日 岡野寿彦(NTTデータ経営研究所・金融経済事業本部 グローバル金融ビジネスユニット・シニアスペシャリスト)

はじめに

 デジタル技術の開発と社会への実装を猛スピードで進める中国。本稿では、中国デジタル化の特徴であるエコシステム(生態系)の形成に焦点を当てて、その競争優位構築のメカニズムと直面する課題を明らかにする(第1節)。さらに、今後重要な論点となる、「国家とプラットフォーマーの関係」(第2節)および「データの活用を巡る戦略とルール形成」(第3節)について分析する。そして、中国デジタル化の対外インパクトについて私見を述べる(第4節)。

1.中国プラットフォーム経済の進化プロセス:エコシステムはいかに構築されたのか

(1)消費者の利便性、体験を起点とする「ニューノーマル」創り

 BAT(百度、アリババ、テンセント)が創業した2000年前後から現在に至る中国デジタル化の歩みは、一言でまとめると、「消費者の利便性、体験(カスタマーエクスペリエンス)を起点とする『ニューノーマル』を創る取り組みであり、現在も継続・深化しているといえる。

 BATが創業したのは、中国がインターネット起業ブームに沸いた2000年前後。筆者はIT企業の北京現地法人の総経理を務めていたが、十数名の優秀層が辞めて起業しては、うまくいかずに戻ってきた。BATは無数の起業者の中の生き残りだが、結果論として3社に共通するのは、「技術の進化と、信用などの中国社会の困りごとの解決とを組み合わせた」、「プラットフォームのモデル[1]の力を引き出した」ことだと考える。

 2010年代のスマホの普及という「技術の進化」を機会として、テンセント、アリババなどはPCからモバイルへのシフトと、エコシステム型企業への転換を進めた。その中核を担ったのが支付宝(アリペイ)、微信支付(WeChat Pay)であり、スマホ決済を消費者との接点として、生活シーンを囲い込む競争が行われた。主戦場は、食べる、移動するなど生活に深く浸透したオフラインのサービスの提供だった。テンセントのWeChat Payと連動してフードデリバリーを提供した美団点評、配車サービスを提供した滴滴は成長の機会を得た。このような、スマホを入り口にオフラインのサービスにつなげる "O2O(Online to Offline)"が、生活の様々なシーンに深く普及していることが中国デジタル化の特徴だといえる。O2Oの浸透により、中国ではネットからリアルまで跨って様々なデータを取得することが可能になっており、膨大な人口、多様性と相まって、AIアルゴリズム開発のための良質な実験場となり得る。中国政府系シンクタンクの研究者からは、「基礎技術では米国にまだ敵わないが、実用化を積極的に進めて、そこから得られる知見を中国の強みとしていきたい」との発言が聞かれる。

(2)互聯網下半場(インターネット第2ラウンド)における競争地図の変化

 中国インターネットビジネスは、2010年代半ばに大きな転換点を迎えた。ネット人口の増加率が15年から減少に転じ、それまでの「消費者を集客して、企業に(広告枠として)販売する」という収益モデルに限界がおとずれた。中国政府は、14年に「経済新常態」、15年には「供給側改革」を打ち出し、経済の「量から質への転換」を掲げた。経済成長期から成熟期への移行に対応したビジネスモデル変革が必要になったのである。美団点評[2] 王興CEO、テンセント 馬化騰CEOらは、「中国インターネットは第2ラウンド入りした」として、戦略の重点を「企業(供給サイド)の効率化を支援」、「サプライチェーンの上流に遡って、既存産業を再構築」に転換することを宣言した。テンセントは「消費インターネットから産業インターネットへ」を提唱し、コンテンツ、製造、金融、医療などの領域において、伝統的企業との提携を通じたビジネスモデル革新を模索している。美団点評は、飲食を中心とする「生活総合プラットフォーム」を構築するために、飲食店の経営安定化を支援し、さらに食材の産地までサプライチェーンをつなげようとしている。アリババは、データ駆動型での既存産業再構築の取り組みとして「新小売」、「新製造」、「新金融」というコンセプトを打ち出し、実践面においてトライを進めている。

 このような状況の中で、2020年に新型コロナの感染拡大の中で、「コロナテック」と呼ばれるデジタルサービスが生み出された。コロナによって変化したというよりも、コロナ前からの取り組みが「加速」したと見るべきだ。

(3)考察:エコシステムはいかに形成されたのか

 デジタル化を推進するうえで、多様な主体(消費者、企業、政府機関など)の知見や能力を活かすエコシステム[3]を、いかに形成するかがカギとなる。中国の事例から2つの示唆を提示したい。

(a)  技術の進化、市場環境の変化を機会として活かす

 ここまで見てきた進化プロセスから、中国プラットフォーマーは、技術進化や市場環境の変化を機会として活かし、エコシステムを拡大・強化しながら成長してきたことがわかる。

表1 中国プラットフォーマーをリーダーとするエコシステムの進化プロセス
(出所)筆者作成
  [Srage-1]2000年~ [Srage-2]2010年~ [Srage-3]2016年~
エコシステムの特徴 プラットフォームの両サイド(消費者とパートナー企業)の規模を確保 オンラインからオフライン(消費者のリアルな生活)まで拡大 供給サイド(商品、サービス)の魅力度向上、伝統的産業の再構築
プラットフォーマーの戦略

・ 消費者に良好な体験を提供

・ 中小企業に、決済、信用体系、物流、金融などのビジネスインフラを提供 ➡ プラットフォーム上での事業機会を提供

スマホ決済を消費者との接点として、食べる、移動するなどのリアルの生活シーンのサービスを提供 パートナー企業の効率化を支援し、消費者により魅力的なサービスを提供することで、消費者からパートナー企業に跨る「データ経済圏」を形成
背景

・ 経済成長段階における未成熟なインフラなど、社会の”困りごと”の存在が事業化の機会となった

・ 次第に豊かになる消費者のニーズ変化

・ オンライン空間のみでの消費者への”新たな魅力”の提供が限界に

・ 地方都市の顧客開拓で、フードデリバリー、配車サービスなど生活密着したリアルサービスが武器になった

・ ネットユーザの増加率が鈍化

・ 経済成熟段階に入り、不効率なまま残っている伝統的産業の変革が、政策課題としても重要度が高まった

2000年代は、消費者(Cサイド)の利便性、体験(Customer Experience)を高めると共に、決済、信用体系、物流、金融などのビジネスインフラを整え、中小企業などパートナー企業(Bサイド)に事業機会を提供した。これによりプラットフォームの両サイドの規模を確保して、ネットワーク効果[4]を機能させた(Stage-1)。

 2010年代前半のスマホ普及を契機に、オンライン上で得たデータや顧客接点を活かして、リアルの店舗などでのモノやサービスの販売につなげるO2Oサービスを実現し、エコシステムをオフラインまで拡大した(Stage-2)。さらに、2016年からのインターネット第2ラウンドにおいて、パートナー企業の効率化を支援し、消費者により魅力的なサービスを提供することで、消費者からパートナー企業に跨る「データ経済圏」の形成を進めている(Stage-3)。

(b)  集中化と分散化

 エコシステムは自然発生的に形成されたのではなく、プラットフォーマーがリーダーシップを発揮して構築している。

 コンピューターの歴史は「集中と分散」を繰り返してきた。エコシステムの性格についても、「集中化と分散化」という概念で説明されることがある。エコシステム運営における「集中型/分散型」には、それぞれメリット/デメリットがある。集中型は、顧客に一貫性ある体験を提供しやすく効率性も高い。これに対して分散型は、エコシステム参加企業が自主的にサービスを磨くことで、エコシステムの競争力を高めやすい。アリババのエコシステムはアリババの戦略に基づいてグループ企業が一体的に動く傾向が強く、「集中型」だと言われることが多い。これに対して、テンセントのエコシステムは「分散型」の性格が強いと言われる。テンセントは京東、美団点評、滴滴出行、拼多多などのパートナー企業にWeChatの顧客資源を提供し、見返りに企業価値に対して割安な価格で出資をしてキャピタルゲインを獲得してきた。出資関係およびWeChat顧客のオープン化を通じた、緩やかな企業間関係が特徴だとされる。しかし、テンセントのエコシステムも、WeChat Pay(スマホ決済)が疑似通貨的な機能を果たし、「ミニプログラム」[5]によって消費者とパートナー各社のつながりを強める(仲介機能を短縮する)ことで一つの経済圏を形成し、次第に「集中化」に向かう方向にあると筆者は認識している[6]。そして、エコシステムの「集中化」が進むと共にプラットフォーマーの市場支配力が強まる中で、「国家とプラットフォーマーとの関係」が新たな争点となっている。次章で分析したい。

その2 へつづく)


1. 人と人、人と企業、企業と企業をマッチングすることで取引を生み、経済的価値を生み出すモデル

2. 2010年に創業した、飲食を中心とする生活総合プラットフォーム企業。2018年香港市場上場、中国IT企業で時価総額第3位

3. 複数の企業が事業活動や商品開発などでパートナーシップを組み、互いの技術、知見や資本を生かしながら、消費者や社会を巻き込み、業界の枠や国境を超えて広く共存共栄していく仕組み。

4. 利用者が増えるほど製品やサービスの価値が上がることを意味する経済原理。利用者の拡大によって利用者の便益が増加する場合にネットワーク効果が働く。

5. アプリ上で機能するプログラム

6. 「デジタル技術の進化が、エコシステムを『集中型』に向かわせる」との仮説を筆者は持っているが、今後検証していきたい。