アフターコロナ時代の日中経済関係
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【21-10】中国デジタル化の優位性と課題:「エコシステムの形成」からの分析(その2)

2021年02月26日 岡野寿彦(NTTデータ経営研究所・金融経済事業本部 グローバル金融ビジネスユニット・シニアスペシャリスト)

その1 よりつづき)

2.国家とプラットフォーマー:エコシステムのリーダーを誰が務めるのか

(1)新型コロナにより加速するデジタルインフラ建設

 中国政府は、新型コロナの感染拡大防止、経済再開対策で、「健康コード」[7]による感染者の追跡や巣ごもり対策が有効に機能していることを受けて、新型デジタルインフラの建設(新基建)に注力している。新基建について、2018年12月19日中央経済工作会議で「5G通信、AI、産業インターネット、IoT等の新型基礎施設建設を加速する」、2020年1月3日国務院常務会議で「先進製造を大いに発展させ、新型基礎施設投資支援政策を策定する」と謳われた。さらに2020年4月には習近平総書記が「産業のデジタル化が与えるチャンスをしっかりつかみ、5G通信やデータセンターなどの新型基礎インフラ建設を加速し、デジタル経済、健康、新素材などの戦略的新興産業、未来産業をしっかり準備し、科学技術イノベーションを力強く推進せよ」と発言し、その取り組みを加速している。

 ここで着目するべきは、デジタル技術を活用したイノベーションを創出するうえで、都市などのインフラの重要性が増していることである。CASE(Connected、Autonomous、Shared/Service、Electric)を例にすると、中国のスマートシティ建設において、都市渋滞の解消、移動の効率性、環境対策は重要な目的となっており、その実現に向けて、地方政府と自動車メーカー、IT企業の3者による協業が進行している。代表的な例として、雄安新区(河北省)では「政府+北京汽車+百度」、無錫市(江蘇省)では「政府+アウディ+ファーウェイ」が連携してCASEを推進している。CASE、特に自動運転を実現するための機能を全て自動車に搭載しようとすると高価になり普及の支障となる。このため、都市インフラにも機能を持たせ、車と都市インフラがコミュニケーションを取ることで、低価格化と安全性を両立することに取り組んでいる。

 このように、5G通信や分散化技術により「様々な機器がつながり合って機能する」ことが可能になるなかで、政府がルール作りや監督だけでなく、市場プレーヤーとしてインフラ整備にも取り組む中国の態勢は、デジタル技術の社会実装に優位に働くケースが多いと考えられる。

(2)国家とプラットフォーマーとの役割分担

 プラットフォーマーの経済社会に対する影響力が高まる中で、「政府とプラットフォーマーの役割分担」が、重要かつ難しい課題になりつつある。政府の力が強い中国においては、民間企業の活力を削いでしまうリスクも他国と比べて高いといえる。

 拙著『中国デジタル・イノベーション:ネット飽和時代の競争地図』(日本経済新聞出版、2020年)で解説したように、中国政府は、「モバイルインフラ」[8]を例にすると、次のようなステップで、民間企業の活力を活用しながら、国家のインフラを構築したと、筆者は理解している。(第5章『中国政府のIT政策と社会の変容』p179)

①アリペイは、電子商取引(Eコマース)の課題であった「安心な決済」という「困りごと」を解決する目的で、2004年にアリババがサービスをスタート。その後、他のEコマースにもオープン化

➡ 当初は、民間企業の自助努力で事業化を図った。政府は、既存の何かが時代に合わなくなっているときに、民間企業に自由に活動させてイノベーションを起こさせるよう企図。利便性の向上で、国民や社会の受容性を上げることをねらいとする。

②2011年:決済[9]ライセンスを制度化して事業者を絞り込み

➡ 市場として成長すると、「業界秩序」、「消費者保護」などを目的に、行き過ぎた部分の調整として「規範化」を行う。

③2017年頃からの動向:実質的にアリペイ、WeChat、銀聯の3社による競争

➡ 強い事業者2〜3社を実質的に選定して切磋琢磨させ、国際競争力を身に着けさせる。実質的に国家のインフラとして機能させる。

 そして今、中国政府のネット企業への統制は、より厳格になっている。アリババ集団傘下で金融サービスを担う「アント・グループ」の上場延期を例にすると、創業者である馬雲(ジャック・マー)氏の「金融当局の監督手法は時代遅れだ」という趣旨の発言(2020年10月)が"虎の尾を踏んだ"という見方がされているが、今後を展望するうえでは、「民間企業主導による市場形成の行き過ぎた部分を是正しながら政府と民間とのバランスを取り直す動き」として、次の3つの観点での分析を深めるべきである。

(a) 消費者金融のスキームによる金融リスク、金融秩序への影響

(b) プラットフォーマーの独占の弊害に対する是正

(c) プラットフォーマーにより、政府のコントロールが効かない経済圏が運営されていることへの懸念

 この3点はそれぞれ密接に関係しているが、このうち(b)(c)については、デジタル化を進めるうえで「エコシステムのリーダーを誰が務めるのか」という観点で考察することが有益である。

 中国のインターネットは、プラットフォーマーを中心とする民間企業の創意工夫によりイノベーションを起こし、政府も「やらせてみて、必要に応じて規制する」という規制ポリシーでこれを基本的に支援してきた。テンセントを例にすると、①ビジネスインフラを整える、②ロングテール層を顧客として取り込む(顧客を拡げる)、③ミニプログラム等により「つながり」を強化する、④企業や政府の効率化を支援する、ことを通じて、エコシステム構築・拡大をマネジメントしてきた。

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図1 テンセント エコシステム構築のメカニズム

 しかし、WeChat Pay、アリペイなどのスマホ決済が疑似的な通貨の機能を果たし、政府が把握できない経済圏が形成されて、市場での影響力が大きくなっていることに、政府は危機感を持っていると考えられる。プラットフォーマーは今、成長して経済・社会への影響が高まるほど、政府による管理が強化されるという「成長のジレンマ」に直面しているといえる。一方、中国政府は、民間企業によるイノベーション創出の必要性を認識し、政府による掌握・統制との間でバランスを取ろうとするだろう。

 前節で述べたように、デジタル技術を活用したイノベーションを創出するうえで、都市などのインフラの重要性が増しており、政府の役割は増大する方向にある。「政府とプラットフォーマーの役割分担」は、各国に共通する重要な論点であるが、特にデジタル技術の社会実装が先行する中国における試行錯誤は、日本にとっても参考になるだろう。

3.データの活用を巡る戦略とルール形成

 「国家とプラットフォーマーとの関係」(第2節)と共に、今後のデジタル化を展望するうえで重要な観点が「データの活用を巡る戦略とルール形成」である。個人の行動、企業の生産や物流が生み出す膨大なデータ資源は、21世紀の「新たな石油」といわれる。このデータ資源の獲得と活用に関する競争が、国家間、企業間、国家と企業の間で繰り広げられている。本節では、データの活用を巡る中国プラットフォーマーの戦略を紹介し、国家が主導するルール形成について分析したい。

(1)データインテリジェンスの実装経験を蓄積:ネットワーク化によって相互に結び付いた業務を効率化

 デジタル技術の進化と共に、企業戦略において「AIとデータの活用」の重要性が急速に高まっている。AIとデータを活用して何をするのか? 先行する中国では次の競争が主戦場となっている。

① 消費者との「対話」を通じた商品やサービスの開発

 AIを活用したレコメンド機能により、消費者との対話を強化。データをさらに収集して顧客や市場の理解を深め、顧客ニーズ駆動で商品やサービスを開発する。個々の消費者のニーズ理解と、商品・サービス開発、レコメンド機能の間で、繰り返し「フィードバック・ループ」[10]をまわすことによる「正確性」が競われている。

② 企業の効率化・低コスト化、「社会課題」の解決にAIを活用

 自動化による効率化・低コスト化や、人手よりも高い付加価値を実現するための「アルゴリズム」を開発。センサーなどでリアルのデータを収集し、アルゴリズムに読み込ませ、「フィードバック・ループ」を繰り返し回しながら、課題を解決する競争が行われている。

 AIの活用は、消費者向けサービス(①)を中心に進んできたが、今後の主戦場は企業や政府の業務プロセス(②)にシフトしていくだろう。ネットワーク化によって相互に結び付いた数多くの企業や政府機関の業務を効率化・低コスト化するためには、「意思決定や処理の自動化」が不可欠である。このために、アルゴリズムを使ってコンピューターにデータを学習させる「機械学習」や「深層学習(ディープラーニング)」に、中国企業は投資をしている。背景には、「データ分析技術」や「画像・音声認識技術」の急速な進化がある。企業が活用可能なデータの種類と量が飛躍的に増大した。また、IoT機器をはじめ、「つながるハードが増加」することで、ネット環境とリアル環境を跨って、活用できるデータも増加した。これにより、データを活用する組織能力が競争力を大きく左右するようになっている。

 強調したいのは、AI開発競争における中国の優位性である。AIの開発においては、大量のデータをアルゴリズムに読み込ませて磨いていくことが重要だが、この「実験・実装の場」として中国市場は優位性がある。日本企業の競争力の源泉は、製造、サービス現場でPDCAを廻しながら、継続的にQCD(品質、コスト、デリバリー)を改善していく「現場力」にあるとされてきた。現在、中国企業が、AIとビッグデータを活用して、消費者から企業の生産現場に跨る「フィードバック・ループ」を廻わしながら、課題解決に取り組もうとしている。

(2)個人情報(データ)保護の強化

 一方で、個人情報の保護は、各国・地域の法令で確実に強化されている。

 欧州連合(EU)では、個人情報(データ)の保護という基本的人権の確保を目的とした「EU 一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:GDPR)」が2018年から施行された。個人の行動や生活が追跡できるようになっている現状に対して、データ主体(個人)が、追跡されることを容認するか否かを選ぶ権利と、それができる環境を持てるようにすることがGDPRの基本思想である。EUを含む欧州経済領域(EEA)域内で取得した氏名、メールアドレスなどの個人データをEEA域外に移転することを原則禁止している。データ主体の同意を得たうえで、データの収集や処理を進める厳格な統一ルールを制定し、個人の安心感を増すことで、デジタル単一市場づくりを目指している。

 中国では、「個人情報保護法(草案)」が2020年10月に公布された。EUのGDPRも参考として、企業などが個人情報を取得・処理する際に、事前に本人に告知して同意を得ることを原則に据えている。さらに、2020年10月には、プラットフォーマーがスマートフォンを通じて個人情報を集める行為を規制する指針案を公表した。

 中国プラットフォーマーは、前節で見たように、データを活用して個々の消費者の人物像をより正確に理解し、そのニーズ仮説に合致した商品・サービスをレコメンドすることなどを通じて成長してきた。この過程で、データの取得、信用評価・価格付けなどのデータ活用において、独占的な振る舞いが強まってきたという面も否定できないだろう。個人情報保護に関する法整備により、プラットフォーマーのビジネスモデルが影響を受けることは避けられない。企業は、個人の同意のもとにデータを利用し、価値を引き出せる能力を強化していく必要がある。どのデータを取得し何を顧客に返せるのか、ベネフィットの明確化と利用の説明責任を果たせるか否かが、デジタル時代の企業競争力を左右する。この経営環境変化に適応するために、目指す社会像を示し、その実現のために自社はどのような役割を果たすのかという「大義名分」を掲げて、具体化する行動力が必要とされている。

その3 へつづく)


7. 市民の自己申告に加え、公安、交通、医療など政府が持っているデータとアリペイなどのビッグデータを照合し、個人ごとの健康状態を評価し、緑、黄、赤の3段階で表示する仕組み

8. モバイル決済を消費者との接点とし、これに企業や政府のサービスをつなぎ込むことで形成される経済圏(エコシステム)

9. 中国語:第三者支払

10. 何らかの課題の解決や、商品・サービスの開発を目的に、AI技術を活用して「アルゴリズム」(コンピューターが効率的に問題を解いたり、課題を解決したりするための処理手順)を開発。関連するデータを収集して、アルゴリズムに読み込ませ、さらに改善するというループを廻すことをいう。