アフターコロナ時代の日中経済関係
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【21-11】中国デジタル化の優位性と課題:「エコシステムの形成」からの分析(その3)

2021年02月26日 岡野寿彦(NTTデータ経営研究所・金融経済事業本部 グローバル金融ビジネスユニット・シニアスペシャリスト)

その2 よりつづき)

4.中国デジタル化の対外インパクトの展望:米中技術覇権競争の影響 

 最後に、中国デジタル化の対外インパクトの展望について、前節までの分析を踏まえて私見を述べたい。

(1)東南アジア等新興国のデジタルインフラに浸透:実践経験が経済成長段階にマッチ

 デジタル中国の対外的な優位性をとして、社会の「困りごと」を解決しながら進化してきた実践経験(第1節)が、新興国の経済成長段階にマッチすることが挙げられる。経済発展期における主要課題の一つが、低い社会信用に起因する「取引コスト[11]」である。アリババの成功要因は、(a)「消費者、企業が、取引をして良いと思う程度」までに信用を可視化したこと、(b)決済、物流、金融などのビジネスインフラを提供して、中小企業にビジネス機会をつくり、より豊富な商品・サービスを消費者が選択できるようにしたこと、だといえる。新興国が脆弱な社会インフラを整えながらデジタル化を推進するうえで、中国IT企業の実践経験は価値を提供し得るだろう。東南アジア等新興国は、経済政策においてデジタル化を重要戦略に位置づけている。国により事情は異なるが、「低い社会信用」などの社会課題を解決しながら、次第に豊かになっていく消費者のニーズを引き出して経済成長のエンジンとするために、中国で開発されたエコシステム構築のメカニズムやその背後にある思考は、有効なソリューションとなり得るであろう。

[事例]アリババのタイにおける事業展開

 中国プラットフォーマーの海外事業展開について、アリババを例にすると、中国市場で磨いてきた「EC + モバイル決済(+ 信用体系) + クラウド」を、進出先国の法規制や市場の状況に適応する形に組み替えて提供している。GAFAが米国で開発されたサービスをそのまま提供する傾向が強いのに対して、中国プラットフォーマーはローカル企業への出資を通じた"現地化"(ローカルのニーズに応じたサービスのカスタマイズ)に積極的に取り組んでいることが特徴だといえる。進出先国政府は、警戒をしながらも、「経済発展段階に合致したモデル」であること、「自国企業にとって中国は重要な市場」であることから、中国IT企業の進出を一定範囲で受け入れている例が多い。

 タイでは、2015年に、経済発展計画「タイランド4.0」が制定されている。これは、今後20年でデジタル立国を目指すという計画で、「デジタル経済の発展」と「新世代産業の育成」の2本柱で構成される。17年1月には、タイが国を挙げて取り組むデジタル経済建設の重要施策として、携帯電話を通じて個人間の送金を行う「プロンプトペイ(PromptPay)制度」がスタートした。プロンプトペイは5,000バーツ未満の金額の資金移動は振込手数料が免除されるので、既存のシステムに比べて割安な選択肢となる。急速にタイ国内に浸透し、2,000万を超えるIDが登録されている。

 そのタイで、アント・グループは、2016年に、デジタル決済企業Ascend Moneyと戦略的パートナーシップを結び、20%の出資を行った。アリババは同16年に、タイを含む東南アジア最大手のネット通販企業、LAZADA(ラザダ)に1,000億円規模の投資を実施して筆頭株主となった。アリババはこのように、地元企業への出資を通じてECや決済事業を展開していく体制を整えた。そして2018年に、タイ政府とIT関連分野で包括提携を結んでいる。中国から進出先国までエコシステム(生態系)を拡大するための布石を、着実に打っているといえる。

 日本企業は、中国プラットフォーマーが東南アジア等新興国のデジタルインフラに着実に浸透していることを直視し、競争するのか提携するのか、戦略を策定する必要がある。

(2)中国発「国際標準」とデータ経済圏づくり:半導体内製化の成否に着目

 中国政府は2015年に「中国製造2025」を発表し、「世界の工場」から世界水準の製品とサービスを生み出す「製造強国」への転換を目指す国家戦略を打ち出した。「情報・通信技術」(半導体、5G通信設備など)をはじめとして、重点的に成長させる10大分野を指定している。15年には「一帯一路」戦略を掲げ、中国国内で飽和しつつあるインフラ建設を周辺国に拡大し、東南アジア、中央アジア、アフリカなどのインフラ建設に積極的に関与しようとしている。この社会インフラ建設に沿って、中国発「国際標準」を世界に流入していく狙いがあるとされる。そして、2017年の共産党大会で「中国標準2035」を打ち出した。5G通信、AI、産業ロボット、自動運転等の分野で、国際標準の主導権を握り、産業の国際競争力を高める狙いがあるとされる。このために中国は技術の実用と市場の形成を進めながら、国際標準案の提案に積極的に取り組んでいる。これに対して、中国が技術の標準化で主導権を握ることを警戒する米国政府は、中国のハイテク企業を極力排除するデカップリング(切り離し)策を進めてきた。米中摩擦は、両国間の関税切り上げ合戦に象徴される貿易戦争から、ハイテク覇権競争の性格が強くなっている。

 ネット空間では、個人情報・データの取り扱いについて、国・地域が価値観をぶつけ合うようになっている。安全保障の観点でも、米国、欧州、中国の3つのデータ経済圏で、センシティブデータ(国家機密、プライバシー情報)を国内に保存し、越境データを確保する競争が行われている。データローカライゼーション[12]が進むと、国により異なるルールへの対応、サーバーの新設などにより企業のコストは増加することが懸念される。

 今後の展望について予断は許さないが、データ経済圏がブロック化すれば、自前で"良質で多様なデータ"を調達できる国ほどAIアルゴリズムを進化させやすくなる。AIの実用、社会実装において、中国の優位性は高まっていくと想定される。中国が主導するデータ経済圏が、一帯一路沿線国にじわじわと拡大していくだろう、一方で、ハイテク覇権競争の主戦場は、軍事技術とも関連する5G通信と半導体になっている。米国の輸出規制[13]により、中国は自己完結できるサプライチェーンを築くために半導体の内製力を整えることが急務となった。しかし、プロセッサの製造は技術の蓄積が必要であり、人材面や輸入に頼る製造装置の現状などから、キャッチアップには課題があるとされる。中国が、社会実装をしながら磨いているAIの能力を活かすためにも、半導体の性能が重要になる。中国のデジタル化を展望するうえで、本稿で分析してきたデータの活用・エコシステム構築戦略と、半導体の内製化の進捗状況とを両にらみして分析することが重要になっている。

(おわり)


11. 取引相手の信用度が低いために、事前の調査や、取引におけるリスク管理に要するコスト

12. ECサイトやコンテンツ配信サービスなど、インターネットを通じて提供される各種サービスに用いられるサーバーやデータについて、国外への移転・持ち出しを制限すること

13. 2019年5月、米国政府は、ファーウェイへの米国企業の製品やソフトウェアの輸出を許可制にした。2020年には、米国製の装置を使用する国内外の半導体メーカーに対してファーウェイへの輸出を禁止している。

[参考文献]

  • ・伊藤亞聖『デジタル化する新興国:先進国を超えるか、監視社会の到来か』(中公新書、2020年)
  • ・岡野寿彦『中国デジタル・イノベーション:ネット飽和時代の競争地図』(日本経済新聞出版、2020年)
  • ・柯隆『中国「強国復権」の条件:「一帯一路」の大望とリスク』(慶応義塾大学出版、2020年)
  • ・馬化騰等著、永井麻生子訳、岡野寿彦監修『テンセントが起こすインターネット+世界革命:その飛躍とビジネスモデルの秘密』(アルファベータブックス、2020年)