アフターコロナ時代の日中経済関係
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【21-12】中国の長期的人口動態と経済社会への影響(その1)

2021年03月11日 遊川和郎(亜細亜大学アジア研究所教授)

はじめに

 わが国では、長期的な人口動態が経済社会に及ぼす影響が長年指摘されていたが、有効な対策が採られないまま事態は一層深刻化している。中国においても過去40年間の驚異的な経済発展の陰で進行する人口動態の変化が今後の経済、社会の方向性にどのような影響を及ぼすのかに備える必要があろう。

 中国の人口問題については、1980年代は過去に例を見ない厳しい産児制限を伴う「独生子女政策(以下「一人っ子政策」)」とその成否、「小皇帝」「黒孩子」、極端な性比といった耳目をひく社会現象に注目が集まった。また、当初は「盲流」、その後「民工潮」と呼ばれた内陸農村部から沿海都市への人口移動(流動人口)によって顕在化した都市と農村の二重構造問題、また戸籍制度など驚異的な経済発展の陰でなお存在する不合理な社会のあり様が浮き彫りとなった。

 2003年あたりからは、沿海部で出稼ぎが以前のように集まらない「民工荒」現象が起き、「ルイスの転換点」到来をめぐる議論も内外で活発化し、水面下では一人っ子政策の出口が意識されるようになった。この頃から人口問題の関心は、労働力不足、枯渇、少子高齢化が中国経済の持続的な成長に及ぼす影響へと大きく変化していく。

 2011年には生産年齢人口(16~59歳)がピーク(9.24億人)を打ち、2019年の8.964億人までに約2,800万人減少した。2014年から一人っ子政策の見直しが進められているにもかかわらず、深刻な少子化には歯止めがかかっておらず、高齢者の増加とともに「未冨先老」、豊かさを実現する前に深刻な高齢化を迎える恐れが指摘されている。

 人口動態変容の原因と影響は、各国に共通する部分と、それぞれの国情に左右される部分がある。また人口動態は経済への短期的な影響よりも社会構造を変えるものであり、水面下でじわじわと進行し、気がついた時にはその流れを変えようとしても難しいものである。中国もすでに過去40年間とは異なる前提に基づく政策や社会のあり様が求められる段階に来ている。

 本稿では、人口総量、年齢構成、都市と農村の人口移動、世代間問題等、中国の人口を巡る諸事情に焦点を当てて経済社会の変化を考えてみたい。

1.出生数と人口総量

(1)一人っ子政策の効果

 1980年に始まった一人っ子政策最大の目的は人口増加の速度と総量の抑制であったが、その目的は十分に達成していると言ってよい。図1のとおり、人口が1億人増加するのに要した年数は、政策実施前の5年から7年、14年と急激にスローダウンしており、増加ペースは大きく鈍化した。

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図1 人口が1億人増加するのに要した年数

 中国の人口ピークは2033年頃に15億人前後と長期的に予測されていたが、最新の国連中位推計(World Population Prospects 2019)では2031年に14.64億人としている。中国李建民(2018)は国連の2017年の中位推計を基に、2029年に14.42億人をピークに減少を始めると予測しているが、2027年に前倒しになる可能性を示唆している。

 中国の公式な合計特殊出生率(政府発表)は2006年以降発表されていないが、国連をはじめとした研究機関や多くの研究者の見方としては、2016年の全面的な二子解禁当時で1.6前後、その後1.5近くに低下しているとみられている。国連の予測自体、合計特殊出生率1.6の水準が続くことを前提にしているので、現実にはさらに前倒しと、ピークの人口も予測を下回る可能性がある[1]

 いずれにしても、中国の人口減少はカウントダウンが始まっており、2029年ピークの場合、2050年13億6,400万人、2065年12億4,800万人、すなわち2065年は1996年の規模に逆戻りすることを意味する。また2027年ピーク予想のケースでは2065年は11.72億人と1990年規模にまで縮小する。

(2)回復しない出生数

 政府は2013年11月の中国共産党第18期五中全会決定を受け、2014年から、夫婦の一方が一人っ子であれば二人目を認めるよう政策を緩和(「单独两孩」)、2015年末には夫婦が一人っ子であるか否かにかかわらず二人目まで認めることを決定した(「全面二孩」)。

 しかし、二人っ子が全面解禁された2016年に出生数は前年から131万人増えたものの、その後はまた減少を続け、2019年の人口出生率は1.048%(前年から▼0.046)、2年連続で建国以来最低となった(図2、表1参照)。一人っ子政策見直しも少子化問題改善の転機とはなっていない。当局は出生数減少要因として、出産適齢期(15~49歳)の女性が2019年は前年比500万人以上減少(うち20~29歳は600万人以上)していることを挙げている。1990年代から超音波診断の普及で生まれてくる子供の性比に大きなアンバランスが生じており、今後の見通しも厳しいものとならざるを得ない。出産適齢期の女性数という要因のみならず、出産意欲に与える影響といった制約要因についても解明が必要だろう。

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図2 自然増加率(出生率-死亡率)の推移

表1 一人っ子政策見直し後の出生数
(出所)中国国家統計局発表
 2015年   1,655万人(▼32万) 
 2016年   1,786万人(△131万) 
 2017年   1,723万人(▼64万) 
 2018年   1,523万人(▼200万) 
 2019年   1,465万人(▼58万) 

 今振り返れば、2000年代に入り一人っ子政策の出口を巡る議論が水面下で行われていたようであるが、政策転換の失敗は許されず、緩和に踏み出せないままでいる間に増加スピードに急ブレーキがかかってしまった。

2.生産年齢人口減少と高齢化

(1)生産年齢人口の減少

 人口減少期に入ったとしても、人口ピラミッド(年齢構成)の形に変化がなければ問題は限定されるが、現実に生産年齢人口の減少、高齢化というさらに経済の足を引っ張る作用を伴う。すでに従属人口比率が減少から増加に転じ、人口ボーナスから人口オーナス期に入っている。中国の場合、従属人口比率が50を切った1990年頃から人口ボーナス期に入り、2010年頃の34を底に上昇に転じている(図3、図4参照)。

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図3 年齢別人口構成

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図4 従属人口比率の推移

 生産年齢人口(16~59歳)は2019年に8.96億人(ピークの2011年比2,700万人減)、実際の就業者数(7億7,586万人)も初めて前年(7億7,640万人)から減少に転じた。2019年に生産年齢人口の減少幅が小さかった(89万人)のは、大躍進期(1958~61年)の出生数が少なかったことに起因するもので、トレンドが変わったものではない。図1で見たように、5年で1億人増加していた世代が数年後には退職期を迎えるため、生産年齢人口の大幅減少が予想される。

(2)高齢化

 2019年の老年人口(65歳以上)は1億7,603万人で全人口に占める割合は12.6%となった。同割合は2001年に7%を超え、高齢化社会に入った。2015年には10.5%であり、そのペースは加速している。2025年には14%を超えて高齢社会、その10年後の2035年には21%を超える超高齢社会になると予想され、そのスピードは日本とほぼ変わらない。すなわち、日本が高齢化社会から高齢社会、超高齢社会になったのがそれぞれ1970年、1995年、2006年であり、中国はその約30年遅れで日本の後を追っていると言える(表2、図5参照)。

表2 老年人口の増加予想
(出所)『2017年中国社会形勢分析與予測』137頁から作成、元データは『国家応対人口老齢化戦略研究』
総人口
(億人)
60歳以上 65歳以上 70歳以上 80歳以上
人数 (%) 人数 (%) 人数 (%) 人数
2020 14.34 2.55 17.8 1.81 12.6 1.07 7.5 0.29
2025 14.58 3.08 21.1 2.09 14.3 1.39 9.5 0.33
2030 14.62 3.71 25.3 2.54 17.4 1.61 11.0 0.43
2035 14.56 4.18 28.7 3.08 21.2 1.97 13.6 0.60
2040 14.46 4.37 30.2 3.46 23.9 2.41 16.6 0.67
2050 14.17 4.83 34.1 3.63 25.6 2.72 19.2 1.08
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図5 老年人口が7%から14%,20%到達に要した年数

 日本と大きく異なるのは、地方ごとのばらつきである。高齢化が最も早い上海が1979年、②浙江省(1987年)、③北京・天津(1990年)、と続き、寧夏・新疆(2015年)、と36年の差があり、最も遅い西藏は2019年で6.0%とまだ高齢化社会に到達していない。

 2019年時点では全国12.6%に対し、高い方は①上海(16.3%)、②遼寧(15.9%)、③山東(15.8%)、④四川(15.7%)、⑤重慶(15.3%)、⑥江蘇(15.1%)、⑦浙江(14.0%)と続く(以上7省市が「高齢社会」到達)。一方、下位は少数民族地域が多いが、広東が8.6%と変わらない。省外から多くの若年齢層を引き付けていることによるものと思われる。

 高齢化が引き起こす問題への対応として、党中央は2019年11月、「人口高齢化に積極的に対応するための国家中長期計画」を発表した。同計画は短期2022年、中期2035年、長期2050年と設定した高齢化時代への総合指針的な文書となっている。その中で示された任務は、①パイの拡大を通した養老財源の確保、②人的資源の開発による労働力供給の改善、③質の高い高齢者サービスの供給体系構築、④社会の高齢化に対応したイノベーション強化、⑤敬老社会(高齢者にやさしい社会)の構築、の五項目。

その2 へつづく)


1. 国連の2017年中位推計では、その前提として合計特殊出生率を2015~2020年1.63、2020~2025年1.66,2025~2030年1.69、2030~2035年1.71、2035~2040年1.74、2045~2050年1.75、2050~2055年1.76、2055~60年1.77、2060~2065年1.77、と設定している。