アフターコロナ時代の日中経済関係
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【21-13】中国の長期的人口動態と経済社会への影響(その2)

2021年03月11日 遊川和郎(亜細亜大学アジア研究所教授)

その1 よりつづき)

3.都市・農村人口と流動人口

(1)流動人口

 中国の人口動態が経済社会に及ぼす影響はその規模や年齢構成に起因する問題にとどまらず、人口分布、すなわちその人口がどこで生活をするのか、移動についても考えなければならない。流動人口は1982年の670万から1990年2,135万人、2000年1.02億人、2010年2.21億人と急拡大した(図6参照)。これらの流動人口は農村部から都市部へ労働力供給がこれだけの規模で進んだことを意味している。しかし、都市と農村を厳格に区分する戸籍制度により、農村戸籍者の都市での差別的な待遇が社会問題となる中、2014年以降都市区分の調整と戸籍取得条件の緩和が進められた(表3参照)。

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図6 流動人口規模

表3 新都市区分と戸籍取得条件(2014)
(出所)国務院「都市規模区分基準の調整に関する通知」(2014年11月20日)、
「戸籍制度改革のさらなる推進に関する意見」(2014年7月24日)から筆者作成
都市区分 市街地居住人口 戸籍取得条件
小都市 50万未満 基本的に制限なし
中都市 50万以上100万未満 居住場所と安定した職業、国の定める社会保険に一定年数(3年以内で設定可)加入していれば基本的に開放
大都市Ⅱ型 100万~300万未満 上記条件を合理的に設定
大都市Ⅰ型 300万~500万未満 居住場所、職業に比較的厳しい条件を付けるかポイント制度を導入。社会保険の加入年数は5年以内で設定可
特大都市 500万~1,000万
(10都市から20年21都市に)
厳格な人口規模抑制対象
超大都市 1,000万以上
(同6都市から同8都市に)
厳格な人口規模抑制対象

 2019年12月に公布された「労働力と人材の流動化体制の改革促進に関する意見」(党中央・国務院)では、常住人口300万人以下の都市で戸籍の取得制限を全面撤廃し、300万~500万の都市でも取得条件が大幅に緩和された。それ以上の都市でも社会保険の納付や居住年数を主としたポイント制で、学歴や職業など以前は重視されていた条件は少なくなった(表4参照)。

表4 大都市の戸籍取得制限緩和(2019)
(出所)国家発展改革委員会「2019年新型城鎮化建設重点任務」(2019年4月8日)、「中共中央国務院の健全な都市農村融合発展メカニズムと政策体系建設に関する意見」(2019年4月15日)から筆者作成
都市区分 市街地居住人口 戸籍取得条件
中小都市・小城鎮 100万以下 引き続き取得制限撤廃
大都市Ⅱ型
(59都市)
100万~300万未満(長沙、洛陽、蘇州、無錫、揚州、合肥、寧波、福州、厦門、南寧...) 全面的に制限撤廃
大都市Ⅰ型
(10都市)
300万~500万未満(西安、瀋陽、ハルピン、昆明、鄭州、杭州、済南、青島、大連、長春) 全面的に取得条件緩和、「重点群体*」は全面取消
*①農村青年退役後進学、②都市就業居住5年以上、③一家で都市に移住した農業人口、④新生代農民工、⑤大卒、⑥職業学校卒業、⑦技術者、⑧留学帰国
特大都市
(10都市)
500万~1,000万(武漢、重慶、天津、成都、南京...) ポイント制度を改善し、戸籍取得の大幅増加とポイント項目スリム化。ポイントは社保納付と居住年数が主
超大都市
(4都市)
1,000万以上(上海、北京、広州、深圳)

 以前のような低賃金労働者の流入規制的なの意味合いが強い制度に代わってこのような緩和策が打ち出されている背景には、都市部における労働力のひっ迫があるものと思われる。流動人口規模は2014年の2.53億人をピークに2019年には2.36億人に減少した。日本における外国人労働者の受け入れと同様に、すでに地方(農村部)からの労働力がなければ都市部でのサービス提供が維持できないことを示しており、国内で労働力の奪い合いが生じているのである。

 近年、都市部の新規就業者数は目標(1,100万人)を上回る1,300万人以上を達成し、失業率も目標(登録失業率4.5%以内)を下回って推移しているが、これも労働需給ひっ迫によるものと推測可能である。都市部で当たり前になっている宅配やデリバリーなど大量の労働力に頼ったサービスは今後立ち行かなく可能性もある。

4.人口減社会に向けての考察

(1)世代間の不公平

 地域間の格差は比較可能であるが、世代間の格差・不公平は結果が目に見えるまで分かりにくい。特に下の世代がこれから受ける不利益は見過ごされやすい。日本において世代間の不公平は、年金や医療など社会保障面から見た格差に焦点が当たりやすいが、その時々の発展段階や経済状況による違いも無視できない。例えば、高度成長期に資産形成を行った世代と、バブル崩壊、デフレ期と重なる就職氷河期世代では、本人に起因しない世代間格差の要因が大きい。

 中国においても、資産形成のタイミングと世代間の不公平には大きな関係がある。中国の特殊要因として、資産形成に大きな影響を与えているのは住宅改革である。1990年代後半、国有企業改革に付随して住宅の市場化、賃貸から所有への転換が進められ、住宅は貸与されるものから個人資産に転じた。住宅改革当初は既存住宅の払い下げなど無理なく購入できる価格に抑えられていたが、その後値上がりが見込まれる住宅は投資・投機対象となり、1998年に平米当たり1,854元だった商品住宅の価格(全国平均)は2019年には1998年比5倍の9,287元となった。当初が低価格だったことを差し引いてもこの十数年の間での上昇幅は異常と言ってよい(図7参照)。

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図7 住宅価格の上昇

 すなわち、この間住宅を取得した層は保有資産の上昇でローン負担は解消・軽減され、売却・転売による利益や保有したまま未実現の利益も生じている。初期の段階での取得者ほどその恩恵は大きい。年齢で言えば1980年代初頭までに生まれた世代は住宅価格上昇の恩恵を受けている。一方、その後に生まれた世代は逆に親世代に依存しながらの住宅取得である。

 現在40歳代以上の層はこうした資産価格上昇の受益世代であることから、老後の経済的な不安も現時点ではそれほど尖鋭化していないと想像される。しかし、1990年代以降に生まれた世代では現役時代に住宅取得の負担が大きくのしかかり、老後に備えた資産形成が間に合わず、その分老後は公的支援に依存せざるを得なくなる。一人っ子世代なので、親の介護負担も重くのしかかる。

 こうした世代間の格差を考慮に入れ、歪な住宅価格の是正、現役時代の資産形成政策、老後の介護問題対策などを早めに講じる必要があるだろう。労働期間の延長(定年延長)を望む声はあまり聞こえてこないが、「第14次五カ年計画と2035年までの長期目標(草案)」では、「漸進的な法廷退職年齢の延長」が明記されており、これから動き出すことになろう。

(2)中国政府の対応と日中協力

 以上見てきたように中国の人口動態はすでに一部逆回転を始めており、今後一気にその面は拡大し、スピードは加速する。生産年齢人口の減少とそれに伴う労働力の逼迫・奪い合い、老年人口の増大に伴う社会負担の増大、農村部の過疎、といった現象が一気に噴出し始める。

 日本はこれまで、出生率の水準回復を期待しているうちに事態は好転せず問題の深刻化を招いているのが実情である。それに対して中国政府は少子化の歯車を無理に逆回転させようとするのではなく、来るべき高齢社会を所与のものと受け入れ、人口減少社会、高齢者の比重の高い社会のデザイン設計に取り組もうとしているのは正しいアプローチと言える。

 すでに始まっている労働力のひっ迫が最も早く直面する課題となる可能性が高く、今後人手不足を前提としてさらに社会のデジタル化が進むであろう。この分野において、中国企業のイノベーション力と社会実装の優位性は高く、社会の変革スピードは加速しよう。他方、こうしたデジタル社会に高齢者がどれだけ適応可能かも一つの課題となる。デジタル社会と高齢者との親和性を高める工夫が必要となる。こうした社会づくりにおいて、漸進的に進む日本社会の事例が参考になる可能性もあろう。

 中国では現在、2020年11月1日時点での第7回人口普査(国勢調査)が行われており、詳細はその結果によって明らかになる部分も多いが、急速に変化しつつある実態を正しく把握し、これを前提としたグランドデザインが望まれる。

(おわり)

参考文献