【21-18】SARSと新型コロナウイルス感染症の比較からみる中国経済の動向について(その1)
2021年04月23日 魏加寧(中国国務院参事室金融研究センター研究員)
はじめに
本稿では、SARS(重症急性呼吸器症候群)と新型コロナウイルス感染症の流行時の比較を手掛かりに中国経済の動向について分析する。10年前から、筆者は1929年の世界恐慌と2008年の世界金融危機の比較に関する研究に2回関与してきた。
一つは、2012年中央財政弁公室の劉鶴主任が執筆した『两次全球大危机比较研究(1929年の世界恐慌と2008年の世界金融危機の比較に関する研究)』(中国经济出版社,2013年)である。当時の国務院発展研究センター、中国社会科学院、中国人民銀行、中国銀行業監督管理委員会および北京大学は、協力してこの研究に取り組んだ。「100年に一度の危機」と呼ばれた2008年の世界金融危機と比較できるのは、1929年に発生した世界恐慌である。そのため、この二つの世界危機を比較して研究を行った。筆者は、当時国務院発展研究センターの研究グループのコーディーネーターとして、報告書の一部の執筆を担当した。この報告書の中で言及された結論や判断は、既に国内外での実践を通して検証されている。
もう一つは、筆者の著作である『两次国际金融危机比较(1998年のアジア通貨危機と2008年の世界金融危機の比較について)』である。本書では、改革開放以来中国の経済に最も大きな影響を与えた1998年のアジア通貨危機と2008年の世界金融危機を比較研究している。また、『1998年亚洲金融危机实录(1998年アジア通貨危機に関する追跡研究実録)』と『2008年全球金融危机追踪研究实录(2008年世界金融危機に関する追跡研究実録)』が発展出版社で出版されている。そして現在、三つ目となる『1998年亚洲金融危机与2008年全球金融危机比较研究』を編集中である。
2020年3月に始まった世界的な株価大暴落で新たな金融危機の発生が懸念されている。筆者は、同僚の提案を受けてSARSと新型コロナウイルス感染症の比較について研究した。以下では、これらの研究結果を踏まえて分析する。
第1節 国際環境面の比較
1-1 SARS流行時の国際環境
中国で2002年から2003年にかけてSARSが発生した当時は、経済のグローバル化が加速しており、世界経済は極めて好調な時であった。国際貿易量の伸び率が世界経済の成長率を上回ったことがその証左の一つである。また、当時米中両国間の関係は、両国の政治家、専門家の努力と協力に恵まれて、相対的に良好であり安定していた。
1-2 新型コロナウイルス感染症の時の国際環境
2019年末に新型コロナウイルス感染症が発生した時点は、SARSの発生時とは違い、国際政治・経済環境が大きく変化している。
まず、2008年に発生した世界金融危機以来、国際貿易量の伸び率が低下しつつあり、世界経済の成長スピードとほぼ同じかそれより下回った。
次に、世界各国における経済の反グローバル化への風潮と、それに基づく政策の導入が挙げられる。劉(2013)では、「通常大きな危機に遭遇する確率は、一生に一回程度である。しかし現在の世界経済は、ポピュリズム、ナショナリズムおよび問題の政治化という3つの難題に直面している。これに対応している政策決定者は経験が不足しており、国民の意見、政治のメカニズム、既存のイデオロギーに縛られている」と指摘している。同書の最後に劉は、「かつての大恐慌から第二次世界大戦に至る厳しい状況に国際社会が入ることを避けるために、中国は国際協調を促進するべきである」と述べている。
さらに、近年米中関係が悪化しつつあり、トランプ政権が発動した米中貿易戦争は続いている。2020年1月に米中両国は貿易交渉を巡る「第1段階の合意」で正式に文書に署名したが、その後、新型コロナウイルス感染症が発生して世界に広がった。この影響により、新たな世界経済大恐慌の発生が懸念されている。
第2節 政権交代期の比較
2-1 SARSと政権交代期の関係
2002年末から2003年始めにかけてSARSが発生した際、中国の政権指導部の任期が満了となり新たな指導部の選出を行っているところであった。新政権の指導部は、2002年末に開催された中国共産党全国代表大会で選出された。中国の指導部が交代するこの時期に、SARSが発生して拡大したのである。
新たな指導部は、国民の新たな感染症に対する恐怖を和らげるため様々な対応政策や感染拡大防止政策を講じ、責任者である衛生部部長と北京市市長を免職するとともに、SARSの拡大状況を詳細に公表した。その結果、SARSの感染拡大が有効に制御された。
当時、筆者が『China Economic Times(中国经济时报)』で発表した文章では、SARSの発生原因について、「長期的にみると、医療への資源投入が不足している。中期的にみると、リスク評価が不足している。短期的にみると、危機への初動対応が適切ではない」と指摘していた。
中国政府は、国務院弁公室が専門家会議を開催し、緊急対応管理制度の構築について議論を行った。また各地方政府は、「緊急対応弁公室」を設立し、中央政府は1億元を超える資金を投入して国家行政学院に緊急対応管理研修センターを設立した。
2-2 新型コロナウイルス感染症と政権交代期の関係
SARS発生の際とは違って、新型コロナウイルス感染症が発生したのは政権の端境期ではなく、習近平政権が継続している中であった。2020年1月当初、筆者は上海、北京で参加した三つの会議において、以下に述べる情報に関する四つの非対称性の課題を提起し、この課題を解決しなければ更なる問題が発生する可能性が高いと述べた。
一つ目は、内外情報の非対称性、情報市場の閉鎖性である。国内外の状況を報道する際、自国のメリットと相手国のデメリットのみ報道しているが、自国のデメリットと相手国のメリットを報道しない。これによって、我々は相手国の状況を判断し間違え、相手国の実力を過小評価する。一方、相手国は我が国の実力を過大評価する。これは国の間の誤解や摩擦を引き起こしやすくなる。
二つ目は、保守と革新の情報の非対称性、情報市場の単一性である。情報市場の単一性は理性的な意見を封じ、メディアは保守に偏っているようであるが実際に革新に偏る可能性がある。これは指導層の誤解を招いたり判断に影響を与える。
三つ目は、上層部と下層部の情報の非対称性である。下層部は良い成果のみ上層部に報告しようとする。上層部は下層部から報告された情報に基づいて政策を作っている。下層部が上層部の希望と要求に従って良い成果を選んで報告している。こういった下層部の自らを欺き上層部をだますやり方は、上層部の政策に誤ちを招く。
四つ目は、時間的な情報の非対称性である。未来への確実な予測が不足していた。SARSが発生した際には、経済のグローバル化の加速と人の頻繫な移動に伴い、新たな感染症が再び発生する可能性が高かった。そのため、有効な感染症の拡大防止政策が事前に講じられるべきであった。また、感染症の発生を避けるために、SARSの失敗経験や対応管理上の問題点を整理して活用する必要があった。
以上の四つの面における情報の非対称性により、新型コロナウイルス感染症が拡大された。危機を経験した際に重要なのは、対応の際の課題を洗い出すことである。近年、市場化とグローバル化が加速するとともに商品、資金および人は自由に移動できるようになったが、情報はまだ自由に伝達されない。国の発展は、その長所ではなく課題で決定される。危機が発生した後、課題への対応が最も重要なことである。
現在、技術の発展で情報も自由に伝達されるようになった。新型コロナウイルス感染症が続いているにもかかわらず、情報が円滑に伝達されているため、生産が継続し、交通運送が順調に進み、感染拡大もコントロールされる。
(その2へつづく)