アフターコロナ時代の日中経済関係
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【21-27】中国の国家計画と政策制定プロセス―第14次5カ年計画と2035年長期目標の要点―(その3)

2021年06月17日 張小勁(清華大学社会科学学院教授、政治学部長)

その2 よりつづき)

第4節 「第14次5カ年計画」の重点課題:「安全保障」

 すでに中国国内では今回の「第14次5カ年計画」の各種解説が公表されており、国内発展と国際情勢の関係性に関する説明と分析が多く行われている。これらは「三新問題」と呼ばれ、具体的には「新発展段階」、「新発展理念」、「新発展構造」である。「新発展段階」は、鄧小平時代に提出された「小康社会の全面建設」という目標が、「近代化強国の建設」という新しい段階に移行していることを指している。「新発展理念」は、それぞれ、「質の高い発展」をテーマに、「科学技術イノベーション」を動力とし、「内需拡大」を支援策とし、さらなる改革開放を突破口に、「国家安全」と「国際協調」のバランス調整を基本方針としている。中国の発展理念は、技術と資本導入からコア技術の創出へ、数量の拡張から質の向上へと変わりつつある。「新発展構造」は、国内と国外情勢を常に分析し、科学技術、産業経済、政治体制、国民生活、文化教育、生態環境、安全と国防などから総合的、包括的に構造設計することである。このような制度構造により、新しい挑戦と国際的な不確定要素に対応する体制が構築されつつある。

 一方、「計画建議」と「計画綱要」の本文の中では、「安全保障」に関する記述が注目される。従来の「5カ年計画」と比較すると、「第14次5カ年計画」では「安全保障」に関する記述とそれに関係する課題が大幅に増えて体系化された。前々回の「第12次5カ年計画」では、国防に関する章節以外では第41章の「公共安全建設の強化」だけであり、前回の「第13次5カ年計画」では、第73章の「国家安全体系の建設」だけであった。しかし今回の「第14次5カ年計画」では、第15章の「発展と安全保障に関する包括的計画、より高水準の安全中国の建設」、第52章の「国家安全体系と能力建設の強化」、第53章の「国家経済安全保障の強化」と3章にまで増えた。

 そして、「第14次5カ年計画」において、安全保障問題は「国内社会安定」と「国際平和安全」の2つの分類に分けられた。これは近年、習総書記により提起された「全体安全観」に関係している。中国が直面している国際安全環境は激変し、国内の社会的安定は中国の国際的立場、対外関係、国際貿易と文化、科学技術交流などの要素と密接に関係するようになった。そこで、従来の「安定と発展」に代わって、「安全と発展」という字句が使用されることになった。さらに、「計画建議」と「計画綱要」において、安全保障問題はより体系化され、多くの関連分野と課題が設定された(図4)。このことは、中国政府が有する国際安全情勢に対する憂慮、他の国際勢力が中国国内の社会危機を引き起こす可能性などと関連している。同時に、中国政府がこれらの安全保障関連問題を常に警戒し、より迅速に対応するため、対応策を用意しようとしていることを意味している。

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図4 「全体安全観」の体系図

第5節 「第14次5カ年計画」の新たな重点:「デジタル中国」

「第14次5カ年計画」における新たな重点をみるならば、「デジタル化の発展の加速、デジタル中国の建設」と題する第5章は注目すべき内容である。「計画綱要」によると、この第5章の趣旨は「デジタル時代を迎え、データ要素の潜在能力の活性化、ネットワーク強国の建設の推進、デジタル経済・デジタル社会・デジタル政府の建設の加速を実施し、デジタル転換によって生産方式・生活方式・管理統制方式の全体的な変革を実行する」ということである。政府当局の解説、専門家の評論、公共メディアにおいて「デジタル中国」と称されるこの発展戦略は、実際には新しい「デジタル時代」の「デジタルエコシステム」について専門的に論じており、デジタル経済・デジタル社会・デジタル政府の課題に言及している。

「デジタル中国」はまた、「科技強国」戦略や「ネットワーク強国」戦略に結びつくだけでなく、実体経済の発展に影響を及ぼし、グローバル化に向けても深く浸透している。以前の「5カ年計画」が注目していた情報化、インターネットとビッグデータ普及といった課題とも関連し、より高度でより新しいデジタル化への進化による今後の発展の動向を示している。「第12次5カ年計画」および「第13次5カ年計画」と比較し、「第14次5カ年計画」における「デジタル中国」という新たな重点は、際立った内容であるといえよう(図5)。

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図5 「デジタル中国」に関する「5カ年計画」の比較

「計画建議」と「計画綱要」の説明に基づいて、デジタル中国戦略の基本構想はおおむね確認することができる。この中で、「デジタル経済・デジタル社会・デジタル政府」の三者間には密接な相互作用の関係がある(図6)。

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図6 「デジタル中国」戦略構想

「デジタル経済」が重視するのは、デジタル産業化の発展と産業デジタル化への移行を並行させ、デジタル化を核とする現代の産業クラスターを育成し、世界的なデジタル化の激しい競争に参戦することである。

「デジタル社会」は、デジタル化の普及により、スマート化・精確化した管理社会、公共サービス、公共財の供給を推進することを重視している。社会性、普遍的恩恵、自立性の向上と発展を特徴とし、これらは高品質の社会生活をリードするものである。そして「シティブレイン(都市の頭脳化)」やスマートシティの建設により、「新型都市」の発展を推進し、農村・農業のデジタル化により農村地域の状態を変化させるものである。

「デジタル政府」については、デジタル化・スマート化の手段と方法で公共サービスの様式を変え、公共政策決定や公共管理の質を改善し、よりよい方法と効果的なサービスを通じて社会進歩や経済発展を促すことを重視している。具体的には行政プロセスの改善、行政機能の向上、公共施設の管理・監督レベルの改善などが挙げられる。

 この三者をすべて貫くのが「デジタルガバナンス」である。これにはデジタル化の発展に有益な基本制度と標準仕様の確立、ビッグデータの応用方法とツールの実現、デジタル化の普及により生み出されたデジタル財産の十分な開発と利用、個人データのプライバシー保護と政府・企業データのセキュリティ対策が含まれる。同時に、三者はそれぞれの重点と独特の機能を持ち、連携し、分離不可能なデジタルエコシステムを形成している。デジタル政府はデジタル化の発展において指導と主導の立場にあり、政府の投資でインフラストラクチャとその標準仕様を確立し、代表的なシーンやサービスに対して監督・管理をおこなう。デジタル経済は、基礎構築力と推進力を持つ主体である。これまでの発展で、新型デジタル企業と完全にデジタル転換した旧体制企業で構成されたデジタル経済は、多くのニーズを生み、強力な推進力をみせている。さらに、デジタル社会とデジタル政府に対し、最新型の先進施設・設備を供給し、大量のさまざまなアルゴリズムや強大な計算力を準備している。デジタル社会は、デジタル経済とデジタル政府の発展と向上の受益者であり、両者の発展の帰結であり目的でもある。したがって、両者が十分に発展することを担保する根本的な保証でもある。デジタル経済やデジタル政府の十分な発展は、一般大衆の理解と支持や社会的ニーズや大規模な応用の推進なしには不可能である。近年の経験、とくに新型コロナウイルス発生以降の状況はすでにこの点を余すことなく証明している。

 このように、今回策定された「計画綱要」には、デジタル化の発展に対する中国政府の考えが存分に反映されている。その一方で、詳細かつ具体的なデジタル経済の重点産業一覧(表4)の記載があり、今後、政府における優遇政策がこれらに関するプロジェクトに集中的に投入されることは間違いないであろう。また、工業生産や国民生活の各方面に関連するデジタル化の応用分野(表5)も具体的に列挙されており、デジタル化の発展の基本像が明らかとなっている。

表4 デジタル経済の重点産業

出典:「計画綱要」案

01 次世代人工知能
先端基礎理論におけるブレイクスルーを達成し、専用チップを研究・開発し、ディープラーニングフレームワーク等のプラットフォームを構築し、推理と策定、映像と図形、音声と動画、自然言語処理等の領域の革新を学習する。
02 量子情報
MAN、都市間および自由空間量子通信技術を研究・開発し、量子コンピューターと実用化量子シミューレータ―を研究・製造し、量子精密測定技術におけるブレイクスルーを達成する。
03 集積回路
設計ツール、重点設備および高純度ターゲット材等の重要材料を研究・開発し、先端工芸、IGBT、MEMS等特色のある製造技術のブレイクスルーを達成し、先端ストレージ技術を向上させ、炭化ケイ素(SiC)やガリウムナイトライド(GaN)などのワイドギャップ半導体を発展させる。
04 脳研究と脳型研究
脳認識原理を解析し、脳神経関連計画図を作成し、脳の疾病の原理と介入を研究し、子ども・青少年の脳と智能の発育、脳型計算、脳とコンピューターの融合技術を研究・開発する。
05 遺伝子とバイオテクノロジー
遺伝子学を研究・応用し、遺伝子細胞、遺伝子育種、合成生物、バイオ医薬品等の技術を革新し、ワクチンの革新、体外診断、抗体薬等を研究・開発し、農作物、畜産・水産、微生物等の新品種を改良し、生物安全技術を研究する。
06 臨床医学と健康
癌、脳心血管病、呼吸、代謝性疾病等の基礎発生メカニズムを研究し、健康介入技術を研究・開発し、再生医学、微生物組、新たな治療方法などの先端技術を研究・開発し、重要な伝染病、慢性非伝染病の重要な予防・治療技術を研究する。
07 深宇宙、深海および極地の探知
宇宙の起源と変遷、地球探知などの基礎科学を研究し、火星や小さい惑星などを探査し、新たなキャリアロケット、リサイクル宇宙運送システム、地球深部探査設備、深海運営維持と設備試験船、極地立体モニタリングプラットフォームおよび重型砕氷船を研究・開発し、月探査事業第4期、蛟龍号有人潜水調査事業第2期、雪龍砕氷船事業第2期を推進する。
表5 デジタル化の応用分野

出典:「計画綱要」案

01:スマート交通
自動運転と車路連携のモビリティサービスを発展させる。幹線道路のスマート管理、交通信号の連動、公共交通の優先通行制御を普及させる。スマート鉄道、スマート航空、スマート港湾、デジタル航路、スマートパーキングを整備する。
02:スマートエネルギー
炭鉱、油田・ガス田、発電所などのスマート化アップデートを推進する。エネルギー使用情報の広範な収集、エネルギー効率のオンライン分析をおこなう。電源・ネットワーク・負荷・貯蔵の相互作用、エネルギーの相互補完、エネルギー使用ニーズのスマート制御を実現する。
03:スマート製造
設備のネットワーク化、生産プロセスのデジタル化、サプライチェーンの連携を促進する。生産データの一貫化、製造の柔軟化、製品の差別化、管理のスマート化を推進する。
04:スマート農業水利
広大な国土の作物の精確な播種、施肥・施薬、収穫を普及させ、施設園芸農業、家畜・家禽の肥育、水産物の養殖のスマート化に関する応用を推進する。スマート水利システムを構築し、流域ごとの水位や流量の観測・予報、スマート管理能力を向上させる。
05:スマート教育
社会的な高品質のオンライン授業を公共教育システムに組み入れ、オンラインを通じて、教育が手薄な農村・遠隔地域の学校への良質な教育の拡大を推進する。状況に応じた学習や体験型学習、教育管理評価のスマート化を発展させる。
06:スマート医療
電子健康管理ファイル・電子カルテ・電子処方箋などのデータベースを構築し、医療衛生機関のデータの共有を加速する。遠隔医療を普及させ、医学映像判読アシスト、臨床診断アシストなどの応用を推進する。ビッグデータを運用し、医療機関と医療行為に対する監督管理能力を向上させる。
07:スマートカルチャー/トラベル
観光地・博物館などをオンライン上で展開するデジタル体験製品を促進する。観光地モニタリング施設とビッグデータプラットフォームを構築し、没入型体験、バーチャル展示ホール、高精細ライブ配信などを利用した文化・旅行の新型サービスを発展させる。
08:スマート社区
社区(都市部の基礎的な行政区画)の政務サービスプラットフォーム、センサー設備と家庭にある端末との接続を推進する。スマート警告アラーム、救急・救援・救護、スマート養老などのコミュニティサービスを充実させ、無人物流による配送体制を確立する。
09:スマートホーム
センサー制御・音声制御・遠隔制御などのテクノロジーを応用し、スマート家電、スマート照明、スマートセキュリティ監視、スマートスピーカー、新型ウェアラブルデバイス、サービスロボットなどを発展させる。
10:スマート政務
インターネットを活用したワンストップ政務サービスを推進する。電子証明書、電子契約書、電子署名、電子領収書、電子ファイルを普及させ、政務サービスの評価体制を整備する。

 注目すべきは、「計画建議」と「計画綱要」が提示する中国の「デジタル政府」に関する説明や計画に、すでに将来的な可能性と発展の余地が含まれている点である。

 図7に示すように、「デジタル政府」への移行後、「スマート政府」への転換とアップデートが期待されており、その見通しもついている。この意味において、「第14次5カ年計画」は2035年の未来展望を示しているといえるであろう。

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図7 デジタル化時代の政府の発展形態

(おわり)