高橋五郎の先端アグリ解剖学
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【20-04】第8回 中国で盛んな農畜林水産物エキスと拡大する用途―モジュール食品の拡大―

2020年09月09日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会会長
研究領域 中国農業問題全般

1.エキスとは?

 我々がなにげなく日常的に口にしている加工食品、味付けや香り次第で、美味しくもあり美味しくもなく感じるものである。農畜林水産物(食材)にはもともと固有の味・うまみ・香りなどが個性的に備わっているが、その引き出し方は調理する人の腕やさまざまな食材の組み合わせ方次第だといわれている。これが下手だと、せっかくの食材の価値は半減するし"美味しくない"となる。一方、これが上手いと"美味しい"つまりうまい(上手い)となる。

 中国の都市部では共稼ぎ世帯が普通のかたちで、最近は日本でも共稼ぎ世帯が増えたり、子供の世話や家事が忙しくなったりで、ゆっくりと手の込んだ家庭料理を作るのはお正月と家族の祝い事やなにかのイベント時くらいのことにとどまる家庭が増えている。そこで、外食やデリバリー、便利な出来合の総菜や加工食品に頼る傾向が増えていった。

 これらはまずいと売れないから、化学調味料をふんだんに使って、味付けをカバーするのが流行とさえなってきた。いまなお化学調味料のこうした役割は消えていないが、中国でも日本でも、消費者のなかには化学調味料を避ける動きが生まれて広がる気配をみせている。

 このようなうごきが見え出しても、変わらぬ役割を担っているのが、これから取り上げる農畜林水産物エキスという物質である。エキスの定義は日中ともに同じである。原義は英語の"extract"からきており、中国では"提取物"という。

"extract"には多くの意味があるが食品や薬品の原材料を意味する場合は、"A preparation containing the active ingredient of a substance in concentrated form"(オックスフォード英語辞典)とされ、「 ある物質の有効成分を濃縮した形で含有する製剤」と訳すことができる。中国でも"提取物"の英訳を"extract"としているから、定義はここでも変わらないと見てよかろう。

2.モジュール食品とエキス

 食品を加工度や成分構成によってカテゴライズすると、①生鮮食品・②プライマリー食品・③モジュール食品・④デジタル食品の4つのカテゴリーに分かれる(筆者独自の分類。拙著『デジタル食品の恐怖』新潮新書、2016)。

 ①生鮮食品とはコメ・キャベツ・リンゴ・解体直後の肉類・鶏卵・魚・椎茸・えのき茸・など、穀類・野菜・果物・畜産物・林産物のことで、形質が第一次産品としての基本的な属性のままのもの。

 ②プライマリー食品とはパックごはん・カット野菜・乾燥野菜・カット肉類・魚の切り身・乾燥椎茸など、生鮮食品の加工度が最小限にとどまっているもの。

 ③モジュール食品とは瓶詰め離乳食・食混ぜごはん・シリアル食品・トマトペースト・カレールウ・ドレッシング・コンソメ・昆布だし・なめ茸など、熱を加えて加工し、複数の①または②を混ぜる工程を経たものであって、加工度が最小限にとどまっているもの。

 ④デジタル食品とは以上の3つが結合・合成・付加されてできているもの、たとえば「野菜調製品」・「肉類調製品」・「魚介類調製品」・「その他調製品」・「その他」など、ある食材の性質が主となってはいるが全体の食材構成や成分の仕組みが不明もしくは複雑で食材の構成がほとんど不明であり具体的な成分が判別しにくいもののことを指しているる。これらのうち「野菜調製品」は主な食材が野菜であることが分かるがそれ以外の食材は不明であり、「その他調製品」は結合・合成・付加されている食材は不明であるが各種の食材が調製(食品化学的な高度な加工がなされたもの)、「その他」は、元となる食材が基礎になっているものの高度かつ複雑な加工を経て、もはや正体不明となったもののことである。関税を付すために付けられているHSコードは、以上4つのカテゴリーに分類することが可能である。中国の実行関税表から当てはまるものを探すと、8桁コード当たりにたくさんの「その他」が記載されている。いちど確かめてみてほしい。

 では、本題のエキスはどこに属するか?答えは③のモジュール食品である。モジュール食品の定義についてやや詳しく説明すると、モジュールはIT用語として馴染みが深いが、つまりは一定の明確な目的を持って作られたソフトやハードを構成する一つ一つの部品のことである。なぜ単に「部品」と呼ばずにモジュールと呼ぶかというと、ダイオード・コンデンサなど電子部品としてコンピューターやその他のデジタル製品に使われているからである。ちなみ、半導体は本稿のデジタル食品に分類される。モジュール食品というわけは、これと同じように、複雑さにかけては従来の食品の枠組みから一段も二段も飛躍したこれまでとは異質のコンピューターのような食品だからである。とはいっても、たとえ話に過ぎないが。

 エキスは、それだけ高度な食品加工技術や化学技術を使って作り出されたモジュールのような食品である。

3.エキスの生産量

 このエキス、中国では加工食品には不可欠の物質となっている。生産量も毎年のように増えており、中国産業情報ネットデータセンターの調査によると2010年の5万3千トンが2018年には4倍の20万8千トンと大幅な増加を見ている。その背景にはB2Bビジネスモデルの発展、食品に対する意識向上、保健意識の向上などがあるとしている。エキスがB2Bビジネスモデルと関係があるとはどんなことを指すのかというと、ネットを媒介にエキス企業、エキスが供給・需要の拡大を招き、情報・エキス市場・エキス物流・代金決済など一連の動きがプラットフォームで繋がってきたことがエキス需要の掘り起こしと需要増加をもたらしたということらしい。

 いま触れたように中国ではエキスの用途が拡大する一方で、食品に限らず中薬の原材料としての用途も急速に伸びている。このため、エキスの生産・流通は国家食品薬品監督管理局(中国版FDA)の監督下に置かれている。ちなみに日本にはエキスメーカーなどを会員とする日本調味料協会という団体があり業界の発展に寄与しているが、生産量などの詳細なデータにアクセスするのはやさしいことではない。農林水産省は日本のエキス生産量を把握しており、公開統計の一つとして公表していたが2008年までをもって公表を取りやめている。

 中国のエキス国内市場規模は図のように、毎年拡大傾向にある。2010年15.5億元、2015年32.6億元、2020(予測)62.1億元と5年毎に倍増する勢いである。

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資料:中国産業情報網データセンターのデータから筆者作成。

4.エキスの形状

 エキスという物質は液体と粉末双方の製品形態を持つが、生産量という場合、重量で測るのが普通であるが液体と粉末を合わせたものであることが一般的のため、また、エキスの原材料によって、また用途によっても、製品の形態と重量が決まることから生産量が尺度として適切かどうかという問題がある。日本がエキスの生産量の統計公表を止めたのにも、こうした理由があるかもしれない。

 いか以下に、エキスのいくつかを例示した。

5.エキスの用途と背景

 エキスの用途は、食材・中薬素材・化粧品に大きく分かれる。食材としては食品添加物に分類される色素、調味料、香料、栄養剤などに重宝され、エキスの生産者団体に加盟するメーカーは数え切れないほど増えている。

 用途に深い関係のあるのは原料であるが、エキスは、技術的にはどんなものからも作ることができる。ここで挙げたチンゲンサイ、ニンニク、唐辛子、いちごは例示にすぎない。

 その主な用途である食品添加物に分類される色素、調味料、香料、栄養剤の形質には粉末と液体が主なものであるが、個体化したものも存在する。最近になって、用途にはさらなる広がりがみられるがその背景には、冒頭で述べた食生活上の変化、食の時間短縮の動きや簡便化に加え、飽くなき美味しさの欲求―筆者はこれを"美味しさ依存症"または"美味しさ症候群"と呼ぶが、このような"美味しさ"を至上主義とする食に関する風潮が蔓延していることの反映ではないかと思う。

もちろん、人間である以上"美味しさ"を追求することは自然なことである。しかし、その背景に、行き過ぎたファストフィードや個々の食材元来の自然の味覚や香りから人工的な味覚や香りを組み込んだ加工食品の氾濫という現象があるのではないかと思う。また、アメリカや日本からの需要が急増していることも忘れてはならない。

 主要なもう一つの用途である中薬原料としてのエキスの需要も、中国では急速に高まっている。正確で具体的な統計はないが、中薬全体の需要が拡大しつつも本来の原料である天然植物の供給不足が起きていることへの対応、そして海外からの引き合いも増えている。

 次回は、エキス製造技術をめぐる現状や開発動向などを中心に述べることとしたい。