田中修の中国経済分析
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【21-11】経済の動向と年後半の経済政策(その1)

2021年09月10日

田中修

田中 修(たなか おさむ)氏 :奈良県立大学特任教授
ジェトロ・アジア経済研究所 上席主任調査研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2009年10月~東京大学EMP講師。2 018年4月~奈良県立大学特任教授。2018年12月~ジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員。学術博士(東京大学)

主な著書

  • 「日本人と資本主義の精神」(ちくま新書)
  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 7月までの主要経済指標が発表され、年後半の経済政策の基本的考え方も公表された。

しかし、今年の指標は昨年との関係で、年初の数値が一番良く、その後後退していく形をとるため、経済の実態が把握しにくい。

 また、年後半の経済政策も、7月に豪雨による洪水・冠水災害と新型コロナ・デルタ株の流行が発生し、不確定性が増大したため、一時マクロ政策の表現が曖昧となった。

 本稿では、今年の主要経済指標の動向と指標の見方、年後半のマクロ政策の基本方針について、会議・会見・報告等の資料をもとに解説する。

Ⅰ.主要経済指標の動向

(1)GDP成長率の見方

 1-6月期のGDPは、実質12.7%の成長となった。四半期別では、1-3月期が18.3%、4-6月期が7.9%である。

 これをどう解釈するかであるが、まず中国の四半期別成長率の特徴に注意しなければならない。先進国の2021年4-6月期成長率は、1期前の2021年1-3月期と比較して3ヵ月分の成長率を計算し、これを4倍して年間成長率を計算している。これを前期比成長率という。これに対して、中国の4-6月期成長率は、1年前の2020年4-6月期と比較して計算している。これを前年同期比成長率という。

 前期比成長率の場合は、異なる季節を比較するので、データの季節調整が必要となるが、前年同期比成長率の場合は同じ季節を比較するので計算が簡単であり、中国はこちらを採用してきた。しかし、この前年同期比成長率には、前年の経済の状況に成長率が左右されるという問題が存在する。前年同期の経済が落ち込んでいればベースが低くなるので、今年の経済の伸びが低くても、成長率は過大に計算される。逆に、前年同期の経済が好調であればベースが高くなるので、今年の経済が好調でも成長率はかなり割り引かれることになる。

 2020年1-3月期の経済は新型コロナ感染症の流行で大きく落ち込み、4-6月期に景気対策が決定され関連予算が承認されると、7-9月期、10-12月期の経済は大きく回復した。四半期別の成長率は1-3月期-6.8%、4-6月期3.2%、7-9月期4.9%、10-12月期6.5%となっている。

 これは、2021年から見れば、前年1-3月期のベースが極端に低く、これが四半期ごとに急速にせり上がっていくことを意味している。この場合、2021年1-3月期の成長率は極めて不自然な高い数値となり、その後成長率は急速に減速していく恰好になる。これを、中国の四半期別成長率の特徴を知らない観察者が見ると、2020年1-3月に大きく落ち込んだ経済が、その後急速に回復し、21年1-3月にピークに達したあと、再び急速に悪化したように映る。これは市場の将来の経済予測に大きなバイアスを与えることになる。

 この点を意識した李克強総理は3月25日、一部の地方政府主要責任者ビデオ座談会を開催した際、「今年の情況は特殊であり、経済を分析するには前年同期比を見るだけでなく、前期比をも見なければならない。いくらかの経済指標の前年同期比の伸びは速いが、それはかなりの程度前年同期のベースが低いという要因があり、前期比で見ると経済運営は総体として平穏である。経済成長の予期目標は6%以上と確定したが、実際の運営ではやや高くなる可能性がある。やはり確固とした経済の基盤に立脚し、乱高下を回避し、平穏で健全な発展を実現しなければならない。情勢を全面的・客観的・冷静に分析し、市場の予想をうまく誘導しなければならない」と述べている。

 それでは、前期比成長率で成長を考えればよいのであろうか。国家統計局は四半期成長率を発表する際、あわせて前期比成長率を参考値として公表している。7月に公表された2020年以降の四半期前期比成長率は、2020年1-3月期-8.7%、4-6月期10.0%、7-9月2.8%、10-12月期3.0%、21年1-3月期0.4%、4-6月期1.3%である。これを単純に4倍すれば、21年1-3月期は1.6%、4-6月期は5.2%の成長となり、前年同期比成長率とは全く違った姿となる。

 ただ前期比成長率は、あくまでも参考値であることに注意する必要がある。まだ統計整備の途中過程であり、前期比成長率は3ヵ月ごとに1年前まで遡って大幅に改定されている。たとえば、1月に公表された時点では、2020年の四半期前期比成長率は、1-3月期-9.7%、4-6月期11.6%、7-9月期3.0%、10-12月期2.6%とされていた。これを4倍すると、誤差はさらに拡大されることになる。したがって、この数値を鵜吞みにして経済動向を判断することは危険である。これは、工業生産・小売消費・都市固定資産投資の前月比についても同様で、毎月1年前に遡って改定されており、しかも改定幅も大きいので、あくまで経済のトレンドを見る参考の1つとすべきであろう。

(2)どのデータを見ればいいのか

 今回国家統計局は、2019年同期からの2年間平均の成長率を公表している。それによれば、1-6月期の成長率は2年平均では5.3%の成長であり、1-3月期 5.0%、4-6月期 5.5%となっている。他の工業生産、小売消費についても、単月と累計別に、前年同期比のみならず、前月比、2019年同期比、2年平均の伸びを試算し、都市固定資産投資、不動産開発投資については、前月比、累計の2019年同期比、2年平均の伸びを試算している。

 では、数多く公表されているデータの中で、どれを見れば経済のトレンドを把握できるのであろうか。筆者は、2年平均が有力な手掛かりになると考えている。2年平均はコロナによる経済の落込みと、生産・営業再開、景気テコ入れによる経済回復をならした形になっているので、2年平均の値がコロナ前の2019年のデータに近づけば、経済はほぼ常態に戻ったと考えることができよう。

 ただ、2年平均のデータは、各月と累計データがある。このどちらを参考にすべきだろうか。この点については、各月の場合、2020年と2021年で事情の違いが大きすぎることを考えるべきであろう。2020年は、1-3月にコロナが流行しただけでなく、その余波を受けて全人代が3月上旬から5月末にずれこんだ。これは、予算の承認が大幅に遅れたことを意味しており、当然プロジェクトの新規着工にも影響を及ぼしている。この意味で、2020年1-5月は、異常事態が続いていたのであり、これを月ごとにみてもトレンドは分かりにくい。むしろ、累計のデータを見た方が、大きな流れが分かるのではないかと思われる。

(3)1-6月の主要経済指標の動向

 この累計のデータとその2年平均を見たものが下記の表である。貿易統計は税関総署、金融統計は人民銀行が公表しており、こちらは2年平均を公表していない。

表 累計と2年平均で見た主要経済指標 (%)
  2019年 2020年 21年1-3月 1-4月 1-5月 1-6月 1-7月
実質成長率 6.0 2.3 18.3(5.0) 12.7(5.3)
工業生産 5.7 2.8 24.5(6.8) 20.3(7.0) 17.8(7.0) 15.9(7.0) 14.4(6.7)
小売消費 8.0 -3.9 33.9(4.2) 29.6(4.2) 25.7(4.3) 23.0(4.4) 20.7(4.3)
投資(都市)
製造業
インフラ
不動産
民間
5.4
3.1
3.8
9.9
4.7
2.9
-2.2
0.9
7.0
1.0
25.6(2.9)
29.8(-2.0)
29.7(2.3)
25.6(7.6)
26.0(1.7)
19.9(3.9)
23.8(−0.4)
18.4(2.4)
21.6(8.4)21.0(2.9)
15.4(4.2)
20.4(0.6)
11.8(2.6)
18.3(8.6)
18.1(3.7)
12.6(4.4)
19.2(2.0)
7.8(2.4)
15.0(8.2)
15.4(3.8)
10.3(4.3)
17.3(3.1)
4.6(0.9)
12.7(8.0)
13.4(-)
輸出(ドル) 0.5 3.6 49.0 44.0 40.2 38.6 35.2
M2 8.7 10.1 9.4 8.1 8.3 8.6 8.3
社会資金調達
規模残高
10.7 13.3 12.3 11.7 11.0 11.0 10.7

(注)1.( )は、2019年同期からの2年平均の伸び。
   2.工業生産は、一定規模以上
   3.M2と社会資金調達規模残高は、12月、3月、4月、5月、6月、7月末の数字。

 累計のデータを見ると、当然のことながら、数値はゆっくりと低下している。これに対し、2年平均は6月までゆっくりと上昇している。

 実質成長率は、1-6月は2年平均5.3%まで回復した。1-3月を0.3ポイント上回っており、経済は回復過程にあることが分かる。ただ、中国の成長率は低下傾向にあるので、2021年は高い成長率を出すとしても、2年平均で2019年の6.0%を回復するかどうかは微妙である。

 工業生産は、すでに2019年の水準を上回っている。これは、1-6月の自動車生産が26.4%増、特に新エネルギー車が205.0%増と、大きく回復していることが大きいが、足元では半導体不足が制約要因となっている。また、国家統計局は「企業・業種・地域間のアンバランス現象がある程度強まり、大口取引商品価格の上昇が川中・川下業種に与える影響が増大し、産業チェーン・サプライチェーンの断裂・詰りが依然存在し、外部の不確定要因がかなり多く、工業経済の安定回復はなお多方面の試練に直面している」としている。

 これに対し、小売消費の回復の足取りは重い。これは、全体の23.7%を占める非接触型の全国インタ-ネット実物商品小売額が、1-6月は18.7%増、2年平均は16.5%増と好調な反面、接触型のレストランは1-6月48.6%増、2年平均では0.9%と、まだ回復していないためである。

 都市固定資産投資は1-6月12.6%増、2年平均は4.4%増であった。製造業投資は、1-5月からプラスに転じている。インフラ投資は伸びが鈍いが、これは財政部が地方政府の債務増大を懸念し、地方政府特別債発行による安易なインフラ投資拡大に慎重になっていることがあろう。今後は、第14次5ヵ年計画の重大プロジェクトが立ち上がってくるので、これがインフラ投資を支えることになるものと思われる。不動産開発投資は2年平均の伸びが鈍化しているが、これは政府が「不動産を短期的な経済刺激手段としない」方針を明らかにし、住宅価格の沈静化・不動産市場の安定に重点を置いていることがあろう。民間投資は、回復傾向にある。

 輸出は2年平均の伸びが発表されていないが、2020年は、世界の生産がコロナ禍でストップする中で、中国はいち早く生産を再開し、輸出が好調であったので、21年はその高いベースの反動で伸びが低迷する可能性が高い。

 金融も2年平均の伸びを発表していないが、M2と社会資金調達規模残高の伸びは既に2019年のレベルに戻っている。7月9日に預金準備率引下げ(実施は15日)を公表した際、人民銀行のスポークスマンは「2020年にコロナ感染症に対応した際、人民銀行は正常な金融政策の実施を堅持し、5月以降程度は徐々に常態に転換し、2021年1-6月は既に疫病前の常態に戻っている。今回の預金準備率引下げは、金融政策が常態に回帰した後の伝統的なオペレーションである」と説明している。

(4)物価の動向

①消費者物価

 消費者物価(CPI)は、1・2月はマイナス傾向であったが、3月から上昇に転じ、6月は前年同月比1.1%の上昇となっている。これは、一時期高騰していた豚肉価格が6月-36.5%と大きく下落し、食品価格を下落させた影響が大きい。他方、国際原油価格の上昇の影響で、6月の非食品価格では、ガソリン価格が24.3%上昇、ディーゼル油価格が26.8%上昇、液化石油ガス価格が11.1%上昇した。

 今後のCPIの見通しについて、国家統計局のスポークスマンは、1-6月期GDP発表後の記者会見で、

1)食品価格から見ると、夏季穀物生産量・夏季穀物収穫は豊作であり、食糧価格は引き続き安定を維持するものと見込まれる。豚肉価格は豚の生産が引き続き回復、国家備蓄政策のサポートもあって、価格は安定態勢を維持すると見込まれる。総体として上昇圧力は大きくない。

2)工業消費財から見ると、国際大口取引商品価格の上昇が一部工業消費財のある程度の上昇をもたらすが、長期に見れば、わが国の供給能力は比較的強く、工業生産能力は比較的強く、産業システムは比較的完全であり、工業消費財の市場供給は総体として比較的充足され、工業消費財価格には引き続き大幅に上昇する基礎は存在しない。

3)サービス価格から見ると、1-6月のサービス価格は引き続き散発的な疫病の影響を受けたが、現在は近年来の低水準にあり、1-6月のサービス価格は前年同期比0.3%の上昇である。今後、国内疫病防御情勢が引き続き好転するに伴い、レストラン・旅館・観光への消費需要が徐々に回復し、市場のコンフィデンスが不断に増強され、個人所得の伸びの加速も加わって、サービス価格は一定程度上昇する。しかし、総体として見れば、疫病防御の常態化の要因を考慮すると、サービス価格は小幅な上昇を維持するものと見込まれる。

と分析し、「この3点から判断すれば、年間の物価は穏やかな上昇を維持する基礎・条件があり、3%前後のコントロール目標実現も、同様に基礎・条件がある」としている。

②工業生産者出荷価格

 これに対し、工業生産者出荷価格(PPI)上昇率は1月の前年同月比0.3%上昇から、6月には8.8%上昇と加速した。

 これについて、国家統計局のスポークスマンは、上昇要因として、

1)経済が引き続き回復し、需要が不断に上昇した。

2)国際大口取引商品価格上昇という輸入性要因の影響である。6月、国際エネルギー価格指数は、前年同月比92.6%上昇し、非エネルギー価格指数は43.2%上昇しており、上昇幅は比較的高い。

3)前年同期の低いベースの影響を受けている。2020年4-6月期のPPIは、前年同月で毎月3%以上下落した。

と分析し、今後については、「国際大口取引商品価格の輸入性要因による上昇圧力は依然存在するが、わが国の工業生産能力は比較的強く、工業品の供給能力は比較的充足している。これと同時に、最近関係部門が国際大口取引商品価格供給保障・価格安定政策を実施し、効果は初歩的に現れている」としている。

 また、人民銀行が8月9日に公表した「2021年第2四半期貨幣政策執行報告」でも、「総体として見ると、わが国のPPIの上昇は概ね段階的であり、短期的には相対的に高いレベルを維持する可能性があるが、ベースの効果が解消し、グローバルな生産・供給が回復するに伴い、将来のPPIは反落傾向が見込まれる」と分析している。

(5)雇用の動向

 6月の全国都市調査失業率は5.0%(前年同期比0.7ポイント低下)、1-6月では5.2%であり、年間予期目標「5.5%前後」を下回っている。出稼ぎ農民を示す外来農業戸籍人口の調査失業率は4.7%であり、3月より0.7ポイント、前年同月より0.8ポイント低下した。

 大学卒業生を含む16-24歳人口の調査失業率は15.4%、25-59歳の調査失業率は4.2%であった。

 1-6月の新規就業者増は698万人(年間目標1100万人以上の63.5%)である。6月末の出稼ぎ農民は1億8233万人(前年同期比2.7%増)で、基本的に2019年6月末の水準を回復した。4-6月の有効求人倍率は1.58である。

 なお、国家統計局は失業率の懸念要因として、「6月の卒業時期が訪れるに伴い、労働力市場に職を求める大学卒業生が不断に増大し、雇用圧力が顕著に増加し、青年失業率の顕著な上昇をもたらしている。6月の16-24歳都市青年調査失業率は5月より1.6ポイント高くなり、前年同月と同じとなった。そのうち、20-24歳の大学・専門学校卒業生の失業率は更に高い」としている。

(6)7月の情勢変化

 1-6月は、2年平均でみると経済は回復傾向にあったが、 を見ると、1-7月の数値は全般的に低下した。これは、7月中下旬に豪雨による洪水・冠水の発生と、南京市から始まった新型コロナ・デルタ株の流行の影響が大きい。この2大要因により河南省・江蘇省・湖南省の経済が大きく落ち込み、これが経済全体の足を引っぱったのである。

 7月の物価は、CPI上昇率は1.0%に低下したものの、PPI上昇率は9.0%なり、依然上昇圧力が大きい。7月の雇用は、全国都市調査失業率が5.1%とやや上昇し、特に16-24歳人口の調査失業率は、大学卒業生が労働市場に参入したため、16.2%に上昇している。

 今後、デルタ株の流行情況と政府の対策しだいでは、10月の大型休暇の旅行需要を冷え込ませ、消費を再び落ち込ませることにもなりかねない。

その2 へつづく)